第23話 よーし皆! 今日はいよいよチートを発揮するぞ!!

「ようこそ、ゲームの世界へ!」


「そんな……まだ終わってなかったなんて……」

 アッシュの宣言。リーアにはその意味は分からないが、これがいつもの高PTへの挑戦であろうことはすぐに理解した。


「そうだ。これこそが高PTの秘訣。ゲームの世界での冒険よ。あいにく本物のゲームの世界ってのは見つからなかったが、無ければ作ればいい。それがこの世界だ!」

 アッシュはそう言うと、この窪地を抱え込むように大きく両手を広げた。


「何がゲームだ! ふざけんなオラー!」

 ヴァルドやグレゴ達が抗議するが、アッシュはどこふく風だ。


「そしてお前達はこのゲームの世界のプレイヤーに選ばれた。俺に借りのあるやつは強制参加だ」

 その言葉にアッシュに莫大な借金を負っているヴァルドやグレゴが歯噛みする。エリクサーの恩のある不滅の蒼の三人も押し黙る。それ以外の冒険者達も多かれ少なかれ、似たような事情でアッシュに頭が上がらないようである。


「言っておくが逃げようったってそうはいかねえぞ。すでにこの窪地は神聖魔法の結界によって封じられているからな」

 たしかに囲みに沿うように、光の壁が天高くまで立ち上がっているのが薄っすらと見えた。これほどの広大な範囲の結界をはれるとなると、施術者は限られる。


 リーアはアッシュの陰で身を縮こませているその術者を糾弾する。

「ちょっとー! セレスさん、なにそっち側にいるのー! 自分ばっかズルいでしょー!」

「ごめーんリーアちゃん! 気付いた時には話が進んでてもうこっち側に来るしかなかったのー!」

「ミリアム教の高位神聖魔法をこういうことに使っていいのー!?」

 セレスがさらに縮こまるのをよそに、アッシュが話を進めていく。


「さて、それではこの世界の紹介といこうか。ここはな、一言で言えば、すごろくの世界よ!」

 すごろく。サイコロを振って、出た数だけマス目を進んで一番にゴールを目指す、この世界では定番のゲーム。特に近年ではボードにカラフルな絵が入り、各マスに観光名所をなぞって、道中記形式にするなどの特色が追加されたりで、子供だけでなく大人にまで人気のゲームである。


「ほんとだ。よく見れば地面にマス目と数字が書かれている……」

 見回せば窪地全体に百以上のマス目が並んでいる。


「ガキじゃねえんだぞ、オラー!」

 ヴァルドの抗議にアッシュは無言で自分の横に置かれていた椅子に手を添える。背もたれを皆に向けた大きな椅子。


「安心しな。ただのすごろくじゃあねえ。なにせ今回このすごろく世界の総合プランナーと運営を務めてくれたのが、ゲームに関して造詣の深いこちらのチノちゃんだ。定番のすごろくに様々なイベント性を加えた手腕をよく味わって欲しい」

 アッシュが椅子をひっくり返すと、そこにはヴァルドの愛娘チノが座っていた。手にはプリンを持って、スプーンですくった一口にご満悦の表情。

 よく見ればその後ろには母親の姿もある。


「チノちゃーん! いくつー? いったいそのプリン幾つで私達をこんな目に合わせようというのー!」

 リーアが悲鳴を上げた。


 一方ヴァルドは震えていた。

「な、なんであの二人がここに……いや、それよりも今二人がこっちを見た……なんて冷たい目だ。あれは……オレがアッシュに莫大な借金を負ったことがバレている! あわわああ……」


「はーい、それじゃあルールを説明しますね!」

 そこでアッシュに代わって、皆に声をかけてきたのは冒険者ギルドの看板受付嬢エルザ。

「ちょっとー! ギルドがこんなことに加担していいのー!」

「私、今日は非番ですんで」


 エルザはさくさくと皆にルールを説明していく。

「すごろくのルール自体は皆さんご存知ですね。ですが今回は特別ルールが追加されています。それが各マスに設置された様々な試練クエストの発生です。それが何かは皆さん自身で体験して頂きますが、その助けとして各自に10万マトルをお渡しします」

「「「えっ!」」」

 その言葉で皆の目の色が変わった。


「ほんとだ! 本当に10万マトルある!」

 エルザの指示で冒険者の一人が近くに置かれた木箱を開けると、中から人数分の布袋が出てきた。その中にはたしかに10万マトル分の金貨が入っていたのだ。

 

「えっ、これもらっていいんすか!?」

 日頃アッシュの奢りに食いついていた金欠の中堅冒険者が布袋をがしっと抱えこむ。

「これだけあれば全員の装備の更新ができるぞ」

 マーク達も今まで見たこともない大金に手に汗を握る。


「そのお金は各マスで発生する試練クエストのクリアに使ってもらいますが、もちろんゴールに達した際に残った金額は皆さんのものです。さらに一番でゴールまでたどり着いた方には豪華な賞品の数々が用意されています」


 そう説明されるや、グレゴがほくそ笑む。

「なるほどな。すごろくなんて言うから子供騙しに思えたが、さいころ勝負ギャンブルだと思えば、たしかにこいつは俺たちの十八番よ」

「あんた、昨日身ぐるみ剥がれといてよく言うね」


「まあ、細かい所は実際にやってみて説明しましょうか。リーアちゃん、試しにサイコロ振ってみてくださーい!」


「もう、しょうがないなあ」

 指名されたリーアが、やはり木箱に入っていた大きなサイコロをふる。

 表示されたのは『5』の面。


 リーアはてくてくと歩き、地面にその数字が書かれたマスに踏み込んだ。

 そこにはやはり小さな木箱があり、それを開けると一枚のパネルと豪華な装飾の施された小箱。

「えーと、なになに。最初にこのマスに止まった者に1万マトルを進呈する……やったね!」


 パネルに書いてある通り、箱の中身は現金であった。その金貨の輝きが皆の目にも届く。

「なんだって!」

「次は俺が振るぜ!」

「あっ、ずるいぞお前!」

 争ってサイコロを振る一般冒険者。

「へっ、早いものがちさ――――『3』っと」


 冒険者がいそいそと3のマス目に向かい、置かれた木箱に近寄る。

「へへっ、お宝ゲットだぜ―――おわあっ!」

「うわあ! モーブルのやつが落とし穴に!」

「ぎゃああ! ミニトードがうごめいてるー! 気持ち悪ーい!」

 哀れな犠牲者の悲鳴が地面深くから響いた。


「はーい、ということで試練クエストには幸運ラッキーなのも不運アンラッキーなのもあります。この場合ですと、自力で落とし穴から脱出するか、次のサイコロ振りのターンで1万マトルを支払えばハシゴが掛けられる、という流れになります」

「いやだー、1万マトルなんて払いたくなーい! でも気持ち悪ーい!」


 その言葉と今も続く犠牲者の悲鳴に全員が理解する。

「ヴァルド! おめえの娘はなんて恐ろしいもんを造りやがったんだ!」

「うるせえ! チノちゃんに文句付けんじゃねえ! これはな、チノちゃんからのメッセージなんだよ! お父さんに借金を返せるくらいに、このゲームで金を稼いでねっていうな。チノちゃーん! お父さんにその思いは伝わったよー!」


「アッシュ兄ちゃん、プリンお代わりいいかな?」

「おう、チノちゃんはこのゲーム世界の功労者だからな。好きなだけ食ってくれ」


       ◇◇◇◇◇


 さて、そんなこんなでゲームの世界はスタートした。


「ええ! この大量の大根サラダを次のターンまでに食い切れだって!?」


「このマスでは大小の箱のどちらかを選んで……やった! 中身はカウフ商会の加護付きアミュレットだ!」


「ぶはっ! このポーション、ハズレだ。中身が酢だ! これを飲み干せだって!?」


「なになに、『この大岩を動かせ』か。てこ棒が1万マトル? はっ、強化術が使えるオレには試練にはならねえよ。ふんっ!」


 サイコロが振られるごとに、それぞれのマスで男たちが試練に果敢に挑んでいく。


「さて、そろそろ俺もサイコロを振るぜ」

「えっ!?」

 そして普通にプレイヤーとして参加するアッシュ。


「アッシュさんもやるんですか。てっきり俺たちがあたふたするのを上で眺めてるのかと思ってました」

「フィルマはそうしてるけどな」

 マークが見上げるとカウフ商会を率いるフィルマが、従者の用意したお茶を堪能している所であった。この巨大なゲーム世界。制作総指揮はアッシュであるが、実際の設計施工は大金を払い、フィルマに依頼していたのである。


「よーし『7』か。幸先良いぜ」

「「「「ちょっと待てー!!!」」」」

 全員からツッコミが飛ぶ。


「なんでサイコロで7が出るんだよ!」

「あっ、アッシュさんのサイコロ、数字が5から10になってます!」

 マークがアッシュの振ったサイコロを拾い上げた叫んだ。


「ふざけんなコラー! 完全にズルじゃねえか!」

「ズルだあ? いいか、これこそが高PTの秘訣なんだ。運営といういわばこの世界の神に与えられた特別な力。これをチートと言って、高PTの冒険者の多くはこの力を持っているのさ」

 アッシュはそこで「だよなあチノちゃん!」と運営に確認をすると、チノが両手で丸を作って許可を示した。


「そんな、チノちゃんがアッシュにだけ加護を与えるなんて……」

 ヴァルドが膝をつき、わなないた。


「いい気になるのはそこまでだぜアッシュ!」

 そう言って指を突きつけたのはグレゴ。彼がいるマスには檻が運びこまれ、中にはゴブリンの姿。だがそのE級モンスターはグレゴの拳骨をくらい息絶えていた。


「このマスではモンスターにげんこを食らわせる必要がある。だがその報酬はデカイぜ」

 グレゴがその報酬であるパネルを高らかに掲げた。


『指定した相手を1回休みにできる』


「そういうこった。もちろん指名するのはお前だぜアッシュ! ルールで決まってるんだ、文句はねえよなあ」

「まあその通りだな。ちなみに他にもモンスターとの戦闘が用意されたマスはあるが、そこの報酬はそういった他のプレイヤーへの攻撃権だそうだ」


「いいこと聞いたぜ、よう皆! 全員でこのインチキチート野郎を仕留めようぜ!」

「「「オウよ!」」」

 この時、全員の心が一つになった。だがアッシュは余裕の表情を崩さない。


「バリアを張る。お前の攻撃は無効化された」

 その言葉と共にアッシュの周囲に展開される光の防壁。

「なっ!?」


 アッシュは手にしていた布袋から金貨を五枚取り出し、黒服の運営スタッフに手渡した。

試練クエストの報酬の中には攻撃を無効化するパネルもある。そして俺は5万マトルでそのパネルをいつでも使うことができる。これもまた俺のチート能力だ」

「なんて卑怯な!」

 だがスプーンを咥えたチノが、高所から両手で丸を送った。


「っていうか、セレスさん。今の実際に防壁張る意味あるの?」

「言わないでリーアちゃん。私も何のために神聖魔法の修行してたのかアイデンティティが崩れ掛けてるんだから」


       ◇◇◇◇◇


 それからはアッシュの一方的な独走であった。最低でも5マス分進むチートスピードの彼に追いすがれる者はだれもいない。


 それでも冒険者達は果敢にモンスターに挑み、アッシュへパネル攻撃を続けるが防壁魔法バリアに阻まれる。


「なんで……もう二回攻撃したから10万マトルは使い切ったはずなのに……また防いでいる……」

「あいにくと、俺の布袋はいくら金を使っても無くならないチート袋なのさ」

「明らかに大量に金貨入れてるだけじゃねえか! ようし皆、どんどん攻撃を続けるぞ!」


 一方、運営サイド。

 プリンを片手に狼人の幼女チノは、テキパキと黒服スタッフに指示を出していた。


「アッシュ兄ちゃんが30番台のマスに突入したよ。ここからご褒美マスに娼館のお姉さん達のキス権が入ってくるから。リーアお姉ちゃんのリアル攻撃がくるからセレスさんに高位防壁の詠唱に入ってもらって」

「パスされた大根サラダはスタッフの皆で食べてね。残しちゃダメだよ」

「うーん、下位グループが心折れてるね。アッシュ兄ちゃんに蹴散らされてもらわないといけないから、補充する報酬パネルを少し有利ものに変えてやる気を出してもらおうか」

「楽士ギルドの皆はスタンバイ入って」


 その的確な指示により、ゲームはさらに白熱していくのだった。


「ウチも子供の頃からこしゃまっくれた言われとったけど、チノちゃんはまたそれ以上に見事な采配やね」

「うん、今回はアッシュ兄ちゃんがPT取れるように、ってのが注文だからね。テキストの方でかなり下がるだろうけど、冒険の方をこれだけ盛り上げとけばそれなりにPTは取れるはずだよ」

「その分、運営はがっぽり、やね。取り決め通り運営に支払われた金は半々言うことでな」

「うん、お父さんちょっと前から、ギャンブル禁止令を破ってたみたいだから、今回のアッシュ兄ちゃんの依頼はほんとに助かったんだよ」


 二人が固い握手を交わした頃、ファンファーレと美女の歓声と共にアッシュの高らかな笑い声がゲーム世界に響き渡ったのであった。

 

「チート能力でゲーム世界を無双! これで高PTゲットだぜー!」


       ◇◇◇◇◇


「チノちゃん、すまない! お父さんついアッシュへの攻撃に夢中になって、10万マトル全部使い切っちゃったんだー」

「いいんだよお父さん、私お父さんが頑張ってたのは見てたから。お金より大事なものってあるよね」

「チ、チノちゃーん!」


※その後すごろく世界はカウフ商会が買取り、一大レジャースポットに生まれ変わりました。

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