第25話 よーし皆! 今日はニート脱出するぞ!!
夢の学校ライフを思い描いて浮かれているアッシュ達。
ギルマスとエルザはひとまず三人は放っておいて、本命のセレスに話しかける。
「まあ俺達が声かけたかったのはセレスさんなんだ。学校で教える予定の、依頼に関するノウハウや剣や弓なんかは教師はどうとでもなるだろ。怪我で依頼に出れないやつや、引退した冒険者がいくらでも確保できるからな。
だけど魔法ってのは人に教えづらいだろ。まあどのみち学校で教えるのは基礎の基礎であとは自己鍛錬だ、って突き放すしかないんだが。せめてどっちの方向に行けばいいか示すくらいはしてやりたいんだ」
剣や弓といった武具は大勢の人間により長年をかけて積み上げられ、洗練された型というものがある。大抵の人間に適用できて、この動きを身につければそれなりの力量になれる、というある種のマニュアルが。
だが魔法は詠唱や魔法陣、呪具など様々な手法が今も進化し続ける発展途上の技術である。それ自体は喜ばしいことだが、業界の細分化という害もある。
例えば基礎を覚えた魔法の使える冒険者が、魔術師ギルドや先輩冒険者に師事を仰いだとする。だが師である彼らも広がった魔法技術の一部しか知らない状態なのだ。
元々魔法使いとは適性者の少なさから特権的で排他的に振るまいがちである。自分の知る手法の魔法が最上のものだと信じるし、もしも弟子にその手法への適性が無かったとしても他をすすめることはせず、ひたすらに不向きな手法の習得を強いるだろう。
「剣や弓なら、教師も生徒も向き不向きがあるのを承知してるから、ダメなら他に行ってみろって気軽に言われるんだがな」
「ようするにその適性判断をしてほしいってわけね」
貴族家、王都の学院、教会と、セレスはそれぞれで最高の教育を受けている。
細分化して広がりつつある魔法の世界において、それらを横断的に体系的に学んでこれた数少ない人間である。
「さすがに教会や貴族家で学んだ魔法を教えて欲しいってわけにはいかないんだろ。守秘義務契約とかあるだろうしな。だけどせめて生徒がどの手法や流派が向いているかっていう判断のノウハウくらいは分けてくれねえかな」
「それくらいなら別に禁止はされてないから、力になれそうね」
「できりゃあそのまま魔法の教師もお願いしたいところなんだが……」
「それはできないわね。教会のお務めが控えてるから」
セレスは寂しげに呟き、ギルマスも無言でうなずく。
「ん? なんだ、魔法の教師が必要なのか?」
ようやく妄想からさめたアッシュが三人の会話の最後の方だけを聞きつけた。そして何やら考え込む仕草。
リーアがそれなら、と声を上げる。
「精霊術だったら、私が教えたげるからね」
「いや、リーアちゃんって、精霊とフィーリングが合ってて向こうから協力してくれてるタイプだから、あまり一般人の参考にならないんですよ」
「オレは女子寮の管理人やるからよ」
「……ヴァルドさんって、そういう人だったんですね」
「魔法の教師なら俺の方であてがあるぞ」
アッシュの言葉にギルマスが勢い込む。
「ほんとか!」
「ああ。才能はあるんだが、飽きっぽくて手当たり次第に手を出して、結局ものにはなってないってタイプなんだがな。それでも元素魔法から紋章やら魔法陣やら大抵の手法に触れてきてるから、それぞれの基礎だけは教えられるぞ」
「まさに、そういうタイプが必要なんですよ」
あつらえむきの人材に受付嬢エルザの顔もほころぶ。
一方セレスが何かに気付いた様子。
「んっ、アッシュ、それってもしかして……?」
「ああ、実家にいる俺の下の兄貴だ」
「あれ、アッシュさんて実は貴族の出なんですよね」
貴族の出ならば魔法に明るいという点では期待できるが、そんな人物が立ち上がってもいない辺境ギルドの学校になど、来てくれるのだろうか。エルザは当然の常識としてそう疑問を抱いた。
「そこは大丈夫だ。ちょうど追放されるところだったからな」
「追放?」
「ちょい前に上の兄貴ん所に子供が生まれたんだよ。次期当主である長男のな。これで兄貴に万一のことがあっても跡継ぎに問題ないとなりゃ、控えの次男はお役御免ってことで追い出すことになったんだよ」
「でもよ、お前の実家って子爵家だろ。三男のお前まで学院に入れてたくらいだろ。別に追い出さなくても家の補佐で使えてたんじゃねえの?」
学院ならば当然貴族家の経営に関わるノウハウや学問を身につけていたはずである。当主でなくても、領地の一部の管理など活躍の場はいくらでもある。今まで外に出ていないというのならば、むしろそういった仕事を担っていたと考えるのが普通であろう。
「それがな、兄貴のやつ、卒業後は働かずに家にこもって画家になるんだって、言い張って遊んでたんだよ」
「うわあ……」
「アッシュの一族って芸術方面に興味持つタイプが多いのよね」
みんな下手の横好きなんだけど、とセレスは小さく付け足した。
「俺が継承権を失って、家に金があることをいいことに、自分の好きなことだけをやって生きてきたんだよな。いわゆる高等遊民ってやつだ」
「よく今まで追い出されなかったね」
「まあああいう世界じゃあ当主の控えは絶対に必要だし、一応画家としては王都で評価されてたってことになってたからな」
「なってた?」
「偽装してたんだよ。王都の絵画クラブに送ってた絵が毎回高評価されてたと親父に報告してたんだが、一向に金にならないから調べたらクラブそのものが同好会に毛が生えたようなレベルでな。仲間内で調整してランキングが上がったように見せかけてたって寸法だ。まったく、仮にも芸術を志す者が情けない話だぜ」
「ああ……うん、よくある話だよね」
リーアとヴァルドは今も順調に順位を上げているアッシュの王都詩作クラブの件を思い出し、力なく息を吐いた。
「それもあって、孫が生まれた以上追い出されることになってたんだ。元々俺が冒険者として引き取るつもりだったからちょうどいい。学校の教師をやらせる」
「聞いてるとちょっと不安もありますが……」
「なに、仕事は俺が責任もってやらせるからよ。何せ兄貴が就職することが俺の高PTにつながるからな」
アッシュの望むPT。今回の件にどう関わっているのかと皆疑問に思ったが、一応話がまとまりそうであったのであえてスルーした。
「ってことで、俺は久しぶりに実家に帰るわ。生まれた甥っ子に誕生日プレゼントも用意してたしな」
「じゃあ私もー! アッシュのお父様お母様に挨拶しなきゃいけないし」
「あっち方面の護衛依頼とかあるといいんだがな」
リーアとヴァルドも同行の意思を示す。
「セレスも行こうぜ。お前のことも手紙で伝えてたからな。久々に会いたいって言ってたぞ」
アッシュがセレスにも声をかけるが、渋い顔が返ってくる
「あー、私は今回は遠慮しとくわ。教会のお務めとかあるしね」
「なんだ、日取りは調整できないか?」
アッシュが食い下がるがそこへリーアが「はいはい、無理強いしちゃだめなんだよ」と割って入る。
そうして結局セレスを除く三人でアッシュの故郷に向かうことになったのであった。
◇◇◇◇◇
アッシュが旅立って三日後。
街から馬車にして一日の距離の村。
借り上げられた村長の家、その一室にてベッドに腰掛けていたセレス。
人の気配にドアに目をむける。
鍵が開けられる音がして、姿を現したのは小太りの男。地味な格好ではあるが、服の生地や留め具、幾重にも重ねられた内着から、男の身分が低くないことが見て取れる。
「調子はどうだセレス・セレモンティ」
「あら、お気遣いいただけるのなら、放って置いて欲しいですわね」
「なんだ、心細さに震えていると、心配してやったのだぞ」
男の言葉にセレスが嘲笑する。
「ええ、まったく。期日まではまだ間があると思っていましたから。おかげで誰にも挨拶もできませんでしたから。そこは気落ちしますね。でもそうでしたわね、今ならアッシュがいないんですから。王子としてみればこの機を逃さないのは当然でしたね」
この男はこの国の第三王子である。かつて学院で下級生であるセレスを見初めて強引に迫り、アッシュに殴り倒された男である。
セレスは暗にアッシュが怖いのだろうと揶揄したのだ。
「別にやつの前で引っ張ってきてやってもよかったのだぞ。前は仮にも子爵家の人間だったが、今はただの平民。しかも聞けばいまだにDランクの冒険者だそうではないか。ここで俺に楯突けば文句なしに首をはねることができるのだ。だがお前との契約があるからな。穏便に済ませてやるために今を動いたにすぎん」
そううそぶく第三王子。セレスはつまらなそうに顔を横にそむけた。
「ふん、可愛げのない女だ。俺が戯れに愛でてやろうとした時に応じていれば、守ってやったのだがな」
何の反応も返さないセレスに、王子は苛立つが、すぐに歪な笑みを浮かべる。
「ああ、それとネズミを捕まえたぞ」
訝しげな顔をするセレス。王子は背後の騎士に「連れてこい」と命じる。
やがて連行されてきた三人の少年。
「マークくん!?」
それは新人冒険者パーティー
「ひどい……」
少年たちの顔ははれあがり、手足がおかしな方向に曲がっている。明らかに暴行を受けた跡。
「セレ…スさん……」
「なんでこんなところに!?」
セレスは慌てて治療魔法をかけ始める。
「……俺達、故郷が、こっちの方向……で。そんで角兎が捕まえられるいい穴場があるから向かってて……それで……セレスさんが馬車に押し込められるのを目にして……」
彼らが言うのは、村に連れてこられるまでに一度馬を休めていたときのことだと、セレスは思い当たった。
昨日突然現れた王子により連れ出され、軟禁状態で馬車に乗せられていたが、休憩時に短時間だけ外に出ることを許されたのだ。
そのときの様子に不審を覚えてわざわざ後を追って、こうして捕まってしまったということらしい。
「おっと、足の治療は許さんぞ」
「あうっ!」
王子がマークの足を踏みつける。
「あなたという人は!」
「顔見知りならちょうどいい。お前に手を出せないのなら、今後は不作法の罰はこいつらに受けてもらうとしよう」
苦々しい顔を見せるセレスに、王子は満足げににやつき、笑い声をあげながら部屋を出ていく。
その際にそばの騎士にそのまま見張りにつくように言いつけていく。
「もうっ、なんでこんなことをしたの! 怪しいことは見て分かってたんでしょうに」
ドアが閉められると、セレスは小さく叱りつける。
「だって、アッシュさんが……ギルドの受付で会ったんです。しばらく故郷に戻るから、何かあったらセレスさんを助けてくれって頼まれて……だから」
マークの弁にセレスは「そう……」と押し黙る。
「あいつら何者なんですか?」
「あれはこの国の第三王子」
「王子!?」
「あんなやつがですか!?」
「なんでそんな偉い人がセレスさんと!?」
少年達が慌てふためいた。
「私、これでも貴族の出なのよ」
「それは……何となく納得いきますけど……」
「昔王都にいたころ私とアッシュはあいつの恨みを買っちゃってね。まあその恨みはほんとに個人的な問題なんだけど……、先に言っておくけどここからの話は絶対に他所では漏らさないで。状況からしてあなた達はこのまま私の儀式が終わるまで連れて行かれることになるはず。でもあなた達の命は私が保証させるから。街に戻って、皆に何があったか聞かれても本当のことは言っちゃダメよ」
セレスの真剣な表情に三人は息をのんで頷く。マークだけは、彼女の口ぶりが肝心の自分の命は軽視しているように聞こえたのが気になった。
「あなた達は昔この国を滅ぼしかけた邪神の話は知ってる?」
「はい、じいちゃんに聞いたことあります」
「あれを倒したのは当時の王族が率いた騎士団とミリアム教の神官が協力してということになっているけど、実際はアッシュのご先祖のシンジョウ様とそのお仲間なの」
「ええっ!」
「マジかよ、アッシュさんが強いわけだよ」
「じゃあ、アッシュさんはこの国の恩人の子孫じゃないですか、なら貴族になったっておかしくないじゃないですか」
あれで本当は貴族なんだけどね、とセレスは内心で苦笑する。
「問題はその邪神は本当は倒したんじゃなくて、封印した状態だってこと。いずれ復活するのよ」
「それはじいちゃんも言ってました。小さい頃、俺が悪さするとまた邪神が復活して食っちまうぞって脅かしてきて」
「うん、実はその封印が本当に破られそうになっているの」
「えっ!」
「といってもまだずっと後よ。何十年って単位だもの」
年数を聞いて少年たちは少し安心する。
「本当は復活するにしてももう百年は後だとされてきたの。それが幾らかでも早まった理由。それがアッシュの存在なの」
少年たちは煙に巻かれたような思いになる。いきなり語られた歴史的なスケールの大きな話に、原因としてすぐ身近な人間の名前が出てきたのだから。
「邪神ともなれば、倒すどころか封印するだけでも難しい。それを可能にした理由がシンジョウ様が異界から来た方だからなの。ただ強かったからじゃないの。この世界とは違うルールで邪神を縛り付けたのよ。
ほら、この間アッシュがすごろく世界でズルをしてたでしょ。サイコロは1~6まで、っていうルールなのに勝手に5~10のサイコロを持ち込んでたじゃない。
あれでもしもマス目に『7が出るまで休み』っていうイベントが起きていたらどう? アッシュ以外はそのマスから抜けられないわよね。かつてシンジョウ様が施した封印というのが、そういう異界の
「この世界の誰も7がでるサイコロを持っていない以上、邪神の封印を解くことはできない。もちろん邪神だって何とかそれを打ち破ろうとして中から暴れてるわ。ドアに鍵が掛けられたなら、扉ごと破ってしまおうってね。もちろんその場合は相応に時間がかかるわ。それが百年はかかるっていうこと」
「ただ今になってその7のサイコロを持つ者が現れたの。それがアッシュ。アッシュは実は剣に魔法を纏わせるという、魔法剣という能力を持っているんだけど、それがまさにシンジョウ様が施した封印の制約なの。ある魔法をある剣で覆うことで封印の鍵にしているの。逆に言うとアッシュならその鍵を解除できるというわけ」
「でもそんなのアッシュさんが封印なんて解くはずないじゃないですか」
「ええ、でも可能性としてはある。それに何よりアッシュが存在することでこの世界そのものが影響を受けていくの。これはミリアム教の研究者の説だけど、異界のルールは最初は異質なものとして機能するけど、次第に互いのルールが混ざり合っていくの。
すごろくで1回だけ7のサイコロを使うならいいけど、ずっと使用しつづけるとすごろくのルールが二つのサイコロを振って7が出れば良し、みたいに私達のルールの方が影響を受けていく可能性があるのよ。
ううん。実際に邪神の封印が予測よりも弱まっている以上、アッシュの存在がすでに影響を与えているのは間違いないわ」
マークはそこで気付いてしまった。
アッシュの存在が邪神の封印を弱めているというのなら、逆にアッシュがいなければ押さえられるという意味なのではないかと。
「その通りよ」とセレスはマークの表情を見て答えた。
「ひょっとしたらアッシュの亡くなったお祖父様も発覚していないだけで、その異能力を抱えていたのかもしれないけれど。現にその異能力をフルに発揮しているアッシュの影響が一番大きいでしょうね」
「そんな……、じゃあ王家はアッシュさんを殺そうというんですか!」
「そういう声もあったわ。ただ、さすがに英雄の子孫を王家が殺めるのは聞こえが悪いし、何より本来の予定の百年後にはシンジョウ様がもう一度この世界に来てくれることになっているの。
そこでアッシュを亡き者にしてたらもう協力なんてしてもらえないでしょ。まあ邪神が復活したらその百年後を迎えることすらできないから、あの王子なんかは強硬策をとるように主張してたけど。まあそこは話合って収まったわ」
その説明にマークは胸をなでおろす、でも再度不安にかられる。
じゃあなんでアッシュではなくセレスの方が王族に連れ去られるようなことになっているのだ?
「王家とミリアム教と、あと私の実家セレモンティ家。関係者の協議の結果、もう一つの手を取ることにしたの。それがシンジョウ様、あるいはそれに代わるあちらの世界の英雄を再度召喚すること。
それに必要なのがセレモンティ家が受け継いでいる空間制御の技術と、ミリアム教が蓄えた神力とそのエネルギーへの変換技術。そして何よりその両方に適性のあるうら若い巫女。つまり私」
セレスはむしろ優しい笑みを浮かべながら言った。
「私の命と引き換えにもう一度英雄を召喚する。それがアッシュに手を出さない条件」
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