第26話 よーし皆! 今日はざまぁを敢行するぞ!!

 自身の命と引き換えにアッシュを守る。セレスのその言葉にマークが食ってかかる。

「そんなのおかしいですよ! アッシュさんはその話を知ってるんですか!」


「知らないわ。アッシュの実家の方も誰も関わってない」

 街の人間で詳細を知っているのはフィルマだけだ。

 自分の身を捧げる条件として、最期の一年をアッシュの元で過ごす。交渉の末に勝ち取った権利とその後始末。友人であるフィルマにだけは協力を求め、事情を伝えていたのだ。


 フィルマも今頃は自分がいないことに気付いて探してくれているだろうが、現在地はわからないだろう。セレス自身目的地は知らない。

 王子が予定を早めているのなら、内部の力関係が動いたのだろうが、どちらにせよ向かっているのは関わるグループの勢力地のどこかであろうとしか分からない。


「アッシュ達が関わっていないのは意図的によ。国も教会も私の実家も、上層部の本音は邪神うんぬんよりも異界の英雄からもたらされる知識の方が狙いだから」


 プリンや火酒、かつての英雄から様々な知識や技術がもたらされていることをセレスは説明する。アッシュの先祖のことを知らないマーク達にも、世にあふれたそれらを自分達で独占できたのなら、どれだけの金と権力に繋がるかは想像できた。


「あの王子なんてその筆頭ね。早まったとはいえ数十年後の脅威なんて本気で心配していない癖に、英雄の知識を利用できれば自分が王位継承レースで有利になれるからってだけでこの計画を進めてるの」


 その時セレス達が軟禁されている村長の邸宅の外から、人の騒ぎ声が聞こえてきた。耳をすませば何やら破壊音も。


「きっとグレゴさんだ!」

 マークが声を上げた。


「もう大丈夫です。本当は俺たち護衛任務の途中だったんです。グレゴさんのおまけ扱いで商隊の護衛を勉強させてもらってて。角兎の穴場に向かってたのはほんとですけど、休憩中に飯のおかずを増やそうとしてただけなんです。だから俺たちがセレスさんを追ってきたのはグレゴさんが知っています」

 おまけ扱いであるため、任務途中で抜け出すことが許されたという。


 そこへ王子に仕える侍女が慌ててかけこんできた。

「セレス様、王子がお呼びです。治癒魔法の準備を」


「やっぱりグレゴさんが来てくれたんだ!」

 侍女の言葉に王子の護衛の騎士が負傷したらしいと分かり、マークは興奮する。

 セレスは彼ほど楽観視はできず、急ぎ外へ向かう。見張りの騎士も後を追い、マーク達もなし崩しに続く。


「おがぁっ!」

 ドアを開けたセレスの目にとびこんできた光景。

 それはAランク冒険者パーティー『屈強なスリー・ドワーフワイリー・三兄弟ドワーヴス』の長兄リーダー、グレゴが騎士の振るう大剣に叩き伏せられた姿であった。


「そんな……グレゴ!」

 グレゴを見下ろすのは一際輝く白い甲冑を身にまとった大男。その体躯に見合った大剣を軽々扱い、鞘に収める。


「はーっ、はっはっ。さすがは王家の盾にして剣、守護騎士ガーディだ。謀反者の討伐、見事であった」

 鷹揚に手を叩いて褒める王子に、その守護騎士は膝をつき拝礼した。


 セレスは急ぎ、グレゴの元にかけより治癒魔法を展開する。

「セレス、王族に剣を向けた謀反人に何をする気だ!」


 とがめられるが、グレゴの胸には大きな切り傷。セレスは王子を無視して魔法の詠唱を進める。

「セレス!」

「全員を治癒しましたが? そのためにお呼びになったのでしょう?」

 手早く呪文の詠唱を終えると、セレスは立ち上がった。


 彼女を中心に十メートル円内に光が降り注いでいた。その範囲に倒れていた騎士数人に光が集まっていく。

 セレスの扱う高位神聖魔法である。


「王子! 申し訳ありません!」

 起き上がり、慌てて自分の元に跪く騎士達を王子が足げにした。

「冒険者風情に負けるなど、この騎士の面汚しがぁ!」


 セレスの足元でもグレゴが目を開く。

「おう、セレスの嬢ちゃん。無事だったか」

「あなた任務中だったんでしょ。何で来たの」

 来てくれても何が変わるわけでもない。その思いからセレスは吐き捨てるように尋ねた。


「おう、街に向かって進んでたんだが、道中にモンスターの死骸が並んでてなあ。切り口みりゃあ腕が立つ奴の仕業ってことは分かったからな。まあせっかく道掃除しといてくれてんだ。護衛は弟たちに任せて、俺はその腕利きと一勝負しにきたってわけよ」

 グレゴはそううそぶく。


「王子! 馬車が!」

 そこへ侍女が走り込んできた。見ればセレスの護送用と王子の乗る二台の車輪が破壊されている。


「きさまかああ!」

 王子が横たわるグレゴを踏みつける。

 グレゴはそれを避けもせずに、顔を真っ赤にした王子を笑い飛ばす。


「おう、あんた王子つったか。王族でも案外やわな馬車にのってんだな」


 騎士達が馬車を検分して修理に一日はかかると告げると、王子はさらに激怒した。報告した騎士を怒鳴りつけ、腹いせにまたもグレゴとマーク達に暴行を加える。セレスが身をていして止めるが、今度は一切の治療を許されず、冒険者四人は村外れの小屋に監禁されることとなった。

 

 捕縛され、騎士に連行されていくグレゴが、首だけを回して言った。

「おう、嬢ちゃん。細けえことは分からねえけどよ。お前さん、困ってるんならなんでアッシュに相談しねえんだ? あいつならこいつらぶん殴って終いだぜ?」


「言えるわけないじゃない……」

 セレスは俯きつぶやいた。

 グレゴは時間稼ぎを狙ったのだろうが、どの道アッシュがここまで来ることはない。もう二度とその顔を見ることはできないのだ。

 とうに覚悟を決めていたはずなのに。改めて突きつけられる現実に、悪くなっていくばかりの状況に、セレスは伏せた顔を上げることができなかった。


       ◇◇◇◇◇


 だが翌日。

 日も上がったばかりの早朝。小さな村にセレスを呼ぶ声が響いた。

「セレース!」

 

 声が聞こえたのは見張りの騎士が食事を運んできた時だった。セレスは信じられない思いで、部屋を飛び出した。

 追いかけてきた見張りに制止されながらも開けたドア。その先には騎士達に囲まれるアッシュの姿。


「アッシュ……なんでここに!?」

「おう、セレス。迎えにきたぜ」

 周りから剣を突きつけられながらも、緊張感のない様子のアッシュ。


「いやあ、ギルドで緊急招集かけて街の冒険者総出で探し回ったぜ。見慣れない馬車の目撃談でここまでたどり着けたけどな」

「なんで……」


 二人の会話をどこからか現れた王子が邪魔をする。その横には守護騎士ガーディーが付き従う。

「久しぶりだなあ、平民。私から逃げ出して辺境地で冒険者をやっていると聞いたが、のこのこと姿を見せるとはな」

「あん、バカ王子じゃねえか。フィルマから話は聞いたぜ。性懲りなくセレスに迫ってるそうじゃねえか」


「くっ……誰が今さらこんな女など。使い道ができたから拾いにきたまでだ。ガーディー、殺せ。全員でいたぶった上で無様に殺せ」

「はっ」

 その指示にガーディー以下、騎士全員が剣を握り直し応える。


「アッシュ逃げて! その騎士にはグレゴも負けたのよ!」

「なあに、今日は俺の本気を見せてやるからよ」


 余裕の表情を崩さないアッシュ。


「覚悟!」

「死ね平民!」

 だが騎士達の猛攻が始まる。


 四方から間髪入れずに切りつけ、時にあえてタイミングをずらしての連撃は一切の反撃を許さない。


 昨日のグレゴへの敗北を経験した騎士達に油断はない。さらに長であるガーディーが最初から指揮をとっている。

 長年訓練に明け暮れた彼らが連携した時、獲物を囲い込んだ陣形で、敵将であろうとA級モンスターであろうと常に討ち果たしてきたのだ。


「がはっ」

 事実アッシュは防戦一方。

 必死に身を捩り、地面を転げ回るばかり。

 

「ははっ、どうした冒険者風情が!」


 王子の命令どおり、騎士達はトドメの大振りはせずに、軽くとも素早く手数を増やす連撃を繰り出しアッシュの身に剣を当てていく。


「はーっはっはっ! いいざまだなあアッシュ! ワイバーン討伐に参加したと聞いたが、そのざまを見ればうわさ違いであったのがよく分かるわ。大方あのドワーフのおこぼれを貰ったのだろう。その防具もワイバーンの鱗か? 借金でもしてあつらえたのだろうが、せっかくの一品が傷だらけではないか」


 アッシュの胸部を覆う防具。A級モンスターの身を守っていた赤銅色の鱗が散りばめられ、本来は強靭な防御力を誇るそれ。

 だが王族に仕える騎士ともなれば、相応の名剣を振るう。一刀ごとに果物の皮をむくように鱗が裂かれ、刻まれ、穴があき、見るかげもない。


「王子、やめさせて下さい!」

 見張りの騎士に取り押さえられ、助けに入ることもできないセレス。

「ようし、その調子だお前達。まだトドメを刺すな。この女に愛する男が傷をおっていくところを見せつけてやれ!」

「アッシュー!」

 涙まじりに叫ぶセレスに、ついに地に倒れたアッシュが顔を上げる。


「大丈夫だ……俺を信じろ。」


 そこへ聞こえてきた馬のいななく声。

 村に小さな馬車がかけこんできたのだ。御者席に座っていたのは狼人の戦士ヴァルド。

「ヴァルド!? お願い、アッシュが!」


 セレスの叫びにヴァルドが御者席から飛び降り、駆け寄ってくる。

 そしてアッシュの姿を見て絶句した。

「そんな……アッシュ……嘘だろ。信じられねえ……」


 続けて馬車からリーアと商人フィルマが降りてきた。

 リーアも同じくアッシュの姿に絶句。


「近づくな! 貴様らも死にたいか!」

 王子がどなるが、フィルマだけは歩みを止めずに近づき叫んだ。


「アッシュはん、新しい防具や!」

 

 同時にフィルマが何かを投げつける。それをいつの間にか立ち上がっていたアッシュが受け取る。

 アッシュが手にしたのは、

「防具?」

 赤茶けた光沢を放つ、胸当てであった。アッシュが身につけ、今やボロボロとなった物と同じ。


「はあ? 今さら防具など何になるというのだ」

 王子の言葉にアッシュがむしろ得意げな表情。


「言ったろ。俺は本気だと。今日の俺は最高のPTを稼ぐ叙事詩を作るために全力を出すのさ」

「「「はあ?」」」

 王子が、騎士が、セレスが、口を開けてあっけにとられた。命の危機だというのに口にするのが叙事詩だと?


「信じられねえ……あいつこの状況で遊んでやがるんだぜ……」

「もう今日のアッシュは止まらないね」

 二人の仲間が呆れたという表情。


「ふっふっふっ。これはな同じ防具を3つ用意するというテクニックなんだ。これによって防具のダメージを一切気にせずに困難な依頼に突き進むことができる。この豪胆さがPTにつながるんだ。なんでもこのテクを編み出した冒険者の叙事詩はこないだ王都で劇場化されたそうだ」


「「「はあ?」」」


「いやあ、実家に向かってる途中に寄った村の酒場でこの秘訣を聞いてな。慌てたぜ。この防具はできた数が少ないからな。実家に行ってる間に誰かに買われちゃならないんで、一旦戻ることにしたんだよ」


「せやで。ウチの店で付与魔法の処理を依頼されて引き取ってた分があったんで、アッシュはんがそれ狙ってやって来たんよ」

「さて、それじゃあ2つ目に着替えるか」


 アッシュがほぼちぎれかかっていた胸当てを乱暴に剥がす。

 そうして全員が気付いた。防具こそボロボロであるが、アッシュのその身には傷一つついていないことを。

 それが意味するのは防具が機能を果たしたというのではない。同時に浴びせられる刃の全てを胸当てのみで防いでいたということ。やみくもに逃げていたように見せて、全ての攻撃を胸と背部で受け、それでいて身体内部にダメージを与えることないギリギリの立ち回りを調整。

 つまりは一対多数でそれを実現した圧倒的な力量差。


「ばかな……」

「我々は遊ばれていたのか!?」


 護衛団の要、ガーディーが身を震わせた。彼だけはその差を先程から感じ取っていたのだ。

「あ、ありえぬ。なぜこの男がDランクなのだ……。わざわざ実力を偽る必要などないはず。そう、叙事詩の才能がないのに下手の横好きでかたくなに自分で詩を作り続けるせいで、PTが稼げずに昇格できていないのでもなければありえぬ!」


「その通りなんだよ!」

「もっと言ってやれや!」

 ここぞとばかりに仲間たちが敵へとエールを送る。


 当のアッシュはどこ吹く風で新しい防具をいじっている。

「ちょいと待ってな。既製品だからサイドをちょっと調整しないといけないからよ。おう、フィルマ。すぐ使うから3つ目も用意しといてくれや」

「毎度おおきにやでー」


「ふざけるなあああ!」

 この茶番をまたも繰り返すというアッシュの言葉にガーディーが声を張り上げた。

 激昂した騎士が繰り出す刺突。風切り音を立てる大剣が、アッシュに直撃。胸当てをその場に落とし、吹き飛ばされていく。


「アッシュー!」

 セレスが悲鳴を上げた。防具すら外した状態ではさしものアッシュもただではすまないはず。


 しかし仲間の二人が上げるのは呆れたような声。

「アッシュ……そんな……嘘だろ!……まだ遊んでやがんのか!」

「ああ、500万マトルがこんなことで……」


 大きく飛ばされたアッシュはむくりと起き上がった。

「危なかったぜ。もしも俺のこのボタンが一万年ボタンでなければ命を落としていただろうな」

 こぼれ落ちた胸元についていたシャツのボタン。2つに割れたべっ甲製のボタンを満面の笑みで掲げる。


 必死の刺突がまたも余裕でかわされた。いや、小さなボタンに当てさせられたと分かり、これまで幾多の戦さで勝利を収めてきた守護騎士ガーディーは、

「うわあああ……」

 茫然自失となり膝から崩れ落ちた。

 

 リーダーが戦意を喪失したことに周囲の騎士がとまどう。そこをヴァルドの弓とリーアの精霊術が襲い、彼らは瞬時に無力化される。

 彼らの間を通り、アッシュがセレスに近づいた。


「さてと、フィルマから聞いたぜ。お前、邪神だなんだと一人で抱え込んでたそうじゃねえか」

「なら分かるでしょ。私は自分の意思でこうしてるの。助けなんて求めてない」


「そ、そうだ。今さら貴様が首を突っ込んでどうする気だ! 邪神が復活するのだぞ。解決するにはお前が死ぬか、セレスが死ぬかのどちらかだ!」


「あん? 何で俺が死ななきゃなんねえんだよ」

「だから私が―――」

「却下だ。お前を失うわけにはいかない」

 アッシュが真っ直ぐセレスの眼を見つめながら言った。「なぜなら、お前は俺の大事な――――高PTの秘訣なんだからな!」


「はあ!?」

 とセレスのどこか潤んだ眼と引きつった頬という微妙な顔。

 それを見たリーアが満面の笑みで言った。

「はっはー。ざまあだよ! その顔が見たかったんだよ。そんなねえ、悪者から救い出されるお姫様なんて、すてきな物語にはさせないんだよ!」


「えっ、リーアちゃん。何言って……」

「ほら、アッシュ、言ってやんなよ。セレスさんでどうやってPT稼ぐの?」


「ああ、セレス。お前はな、悪者令嬢なんだよ」

「はあ?」

「いいか、酒場で聞いたんだが悪者令嬢ってのは冒険者以上にPTを稼ぐ存在なんだ。それはな、平民をイジメて王族との婚約を破棄する令嬢のことなんだ。フィルマから聞いたぜ。お前、学院にいた頃、あいつをイジメたそうじゃないか」


「せやでー。あん時はセレスに平民に何が分かる、って引っ叩かれたりしたんや」

「はあ? それ王子の件で悩んでた私にアッシュに全部押し付ければいいとかいうから…………というか、あん時すぐやり返してきたじゃない!」


「何をワケの分からぬことを言っている! 自分も命を捧げぬ。セレスも救うだと! 邪神をどうする気だ!」


「倒しゃあいいじゃねえか」


「倒すって……そりゃあアッシュは山喰いにだって勝ったけど、邪神が復活するのはまだ間があるのよ。それまでアッシュが力を保っていられる保証は無いじゃない」

 十年後ならむしろ全盛期になるかもしれない。だが二十年後、三十年後と時間がたてばアッシュの力も衰えるはずだ。


 だがアッシュはセレスの言葉には答えず、彼女の背後に呼びかけた。

「おう、グレゴ。マーク。ジーン、ハッジも、ありがとよ。セレスを守ってくれてな」


 見れば新人の三人とグレゴがそこに立っている。縛られた両腕はそのままに荒い息。騒ぎを聞きつけ監禁場所から脱出してきたのが分かる。


 アッシュはそのまま三人の新人冒険者に語りかけた。

「ところでなお前達、今度俺は若手の冒険者を鍛える学校を作るんだが、お前達も入学しないか」


「えっ、がっこう?」

「ああ、お前ら若手に依頼をこなすいろはや、武器の使い方に、正しい叙事詩の作り方を教えるところだ」


 マーク達は顔を見合わせ、やがてその意味を理解すると声を合わせて答えた。

「「「はい!」」」


「貴様! なんの話をしている!」

「あん? だから邪神討伐だろ。さすがに数十年後ってなら俺自身が出るのは無理があるからな。だからこいつらを鍛える」

 マーク達がぎょっと目を見開く。


「そんなヤワなガキを鍛えてどうなるというのだ!」

「シンジョウ様もよ、この世界にお越しになった時は17歳のガキだったそうだぜ。そんな若いのにもう一度お願いしますって方がおかしいじゃねえか。


 それにやり方も分からねえ当時ならともかく、今なら経験もある。武器のノウハウも魔法の威力だって昔より上がってる。今から鍛えたこいつらがまた十年後に新人を鍛える。それを続けりゃあ、いざ邪神が復活した時にAランク冒険者が山のように出迎えるってわけだ。そのための学校だ」


「な……何を。そんな甘い計算でうまくいくはずが」

「少なくとも女一人殺してどうこうするよりも、ずっとマトモだろ」


「お、俺達、がんばります!」

 縛られたままのマーク達がつっかえながらも大きく宣言した。


「ってわけでだ。邪神の件はこれで解決だな。じゃあ後はこいつをぶん殴って終わりだ」

 肩を回しながら近づいてくるアッシュに、王子が狼狽。

「お、王族を殴ってただですむと思ってるのか!」


 アッシュはまったく臆することなくまっすぐ歩く。

「酒場で仕入れた情報によればな、高PTの悪者令嬢になるには3つ条件があるんだ。王族との婚約を破棄すること、平民をイジメること。そして最後には――――自由を手に入れることだ」

「ま、待て、待ってくれ」


 アッシュは一歩を大きく踏み込んだ。

「フィルマ! 後の言いつくろいはまかせたぜ!」 

「はいな。高うつくで!」


 そして振るわれたアッシュの右腕。

 悲鳴を上げながら吹き飛ばされた王子は、修理中の馬車まで飛ばされ意識を失った。


「よーし、これでお前は自由だ。後は今回の冒険を叙事詩にして9999pt超えを果たして終わりだ。昔約束したろ。お前に高PTの詩を贈るって」


 振り返って何の気負いもないアッシュの笑顔を見て、セレスは思う。


 ああ、自分がずっと悩んできたことも、この人にとっては高PTの詩を仕上げるよりも簡単に乗り越えられることなんだな。


 セレスはアッシュにかけより、いつかの子供の頃のように、その身に抱きついてわんわんと泣き出した。


       ◇◇◇◇◇


「リーアちゃん、名前借りるで。精霊王様と出会ったそうやないの。実質リンドルース族の次代の神官長やで、この国の初代国王も精霊王の加護を貰っとるからね。その縁を持ち出せば上手いこといくはずや。後はこの不始末を第一王子と第二王子、どっちの派閥に高く売りつけるか。楽しみやで」


「ふーん。それってセレモンティ伯爵家より偉いの?」

「まあ、精霊樹をお守りする神官なんて、他に替えがないって意味では上やね」

「こっちではそんなに偉いんだ。じゃあセレスさん。ってことで第一夫人は当然私だかんね」

「ええっ!?」

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