第17話 よーし皆! 今日はポーション頼みで生き返るぞ!!
星の白銀の一行が戻ってきたのは夜も空けようという頃であった。
背後に他の数組のパーティーを従え、先頭にたつアッシュ。格好こそ多少汚れてはいるが、その表情は落ち着いている。見事、目的を果たしたことが見て取れる。
帰還に気づいたマークとジーンは結界を飛び出て地面に土下座した。
「アッシュさん、すいませんでした! 俺、勝手にアッシュさんのポーション使いました。ハッジが死にそうで……あの、これほんとはエリクサーですよね。この代金は必ず返します。どうか許して下さい!」
腕は治っても流れた血液の全てが補完されたわけではなく、貧血で目が眩むからと寝込んでいたハッジも起き上がり、二人にならおうとする。
セレスが慌ててそれを押しとどめて寝かしつける。
どういうことだ、と尋ねたアッシュに状況を語る。
三人が倒した鱗狼の死体を見せながらの説明に、アッシュは無断使用を怒るではなく、むしろどこか満足気な表情であった。
「エリクサーが幾らするか分かりませんが、これは俺たち三人で必ず弁償します」
「エリクサー? 何のことだ?」
「いえ、瓶は初級ポーションのでしたけど、ハッジの千切れてた腕が治ったんですから、本当はエリクサーなんじゃないんですか?」
上級ポーションでも深い傷は治せるが、何も無い所に新しい腕を生やすなど、まさに神の所業である。神の霊薬と呼ばれるエリクサーでなくて何だというのか。
だがアッシュは知らぬ振りの姿勢を崩さない。
「知らねえな。俺はちまちま買うのが面倒でポーションの類はいつもまとめ買いするんだ。初級の1本や2本、気にするこたねえ。まあどうしてもっていうんなら、いま俺が仕込んでるPT稼ぎの策が動くときに手伝ってくれりゃあ、それでいい」
「アッシュさん……」
実のところ自分たちEランクが莫大な借金を負った状態では、返済に追われて目先の依頼に飛びつくジリ損状態になるのが目に見えていた。
そうなれば装備を揃えるとか、長期的なトレーニングを行うとか、より自分たちを強化するようなAランクへの道が遠のいていたことだろう。
それが分かってとぼけた振りをしてくれているのだ。
「なんてデカイ人だよ」「もう頭が上がらねえ」
マーク達が感謝の男泣きをしていると、
「あー、君達。ほんとに気にしなくていいよ。たしかにこれエリクサーを詰め替えたやつだけど、アッシュ、こないだから使いたくてうずうずしてたから」
横合いからリーアが告げる。ヴァルドもそれに続いた。
「ああ、だけどセレスがいるからウチのパーティーで必要になる機会はなくてな。俺、そのうちにアッシュに罠にハメられて、無理やり窮地に追い込まれて使われるんじゃないかと怯えてたからな」
「えっ?」
「おいおい、ネタばらしすんじゃねえよ。俺がすげえPTを獲得してから驚かせたいんだからよ」
「へっ?」
仕方ねえなとアッシュがそのネタとやらを明かす。
「実は酒場で聞いたんだ。高PT冒険者の多くが初級ポーションの瓶に上級やエリクサーを詰め替えてるってな」
「さっぱり意味がわかりません」
「安心して。私達のだれもわかんないから」
「まあとにかくアッシュとしたら『初級ポーションなのにエリクサーみたいだ』って一言が欲しかっただけだから、ほんとに気にしなくていいのよ」
マーク達があっけにとられているところへ、がやがやとした声が聞こえた。
『
「よう、逃げてきたやつもあらかた片付いたぜ」
皆を率いた形のグレゴがそうに口にする。
その時になって、マークは先に戻ってきた冒険者達が一頭の鱗狼の死体を運んできていたことに気づいた。
布担架に乗せられたそれは、マーク達が仕留めたものよりさらに大きな躰であった。付近の村々を恐怖に陥れて、鱗狼の危険度をB級に引き上げていた群れのリーダーで間違いない。
聞けば鱗狼の長は冒険者パーティーの一つ、
鱗狼はそこを的確についてきた。だがそれこそが討伐隊の狙いであった。盾役主体の彼らはひたすらに身を守ることに徹し、背後に控えていた隠密の技に
餌に食いついたことを察知したアッシュ達が駆けつければ後は予定通りだ。アッシュのみが鱗狼のボスに当たる。他のメンバーは群れがボスの援護に入れないように、彼らの進路妨害へと注力する。
知恵あるボスが群れを動かすことで危険度が跳ね上がるのだ。逆に言えば群れの力が得られなければB級モンスターなどアッシュの敵ではない。
しばしの睨み合いの果てに、交わされた剣と牙の一合。その瞬間に氷結魔法で強化された剣はボスの爪を叩き切りながら、続く牙を剥き出しにした頭部をも両断した。
これにて鱗狼の群れは瓦解。
ばらばらに攻め、逃げる鱗狼など高位冒険者にとってよい的でしかなかった。
接触地点から距離のあったグレゴ達はそのまま外周の包囲へと動き、アッシュ達から逃げのびた鱗狼を仕留めていった。
最終的に探知した群れの殆どは片付けられた。生き残りがいてもせいぜい10数頭。それならば今まで通り村だけで対処が可能な数である。
これにて冒険者ギルドから依頼された鱗狼の大グループ討伐は達成されたのであった。
手短にそう語ったグレゴは「おう、暖まらせてもらうぜ」と焚き火の前にどかっと座る。
マークとジーンは自分の役目を思い出し慌てて立ち上がる。拠点を守るのは戦い終えた皆を迎えるためだ。急ぎ焚き火を他のパーティーの元へも移植し、沸かしたお湯で皆の汚れを拭いて回る。
強敵を倒し、死者も無し。予定期間の早々に片が付いた。ギルドからの討伐報酬に加え、鱗狼の毛皮も上物がいくつか手に入ったことで大幅な黒字が見込める。
身体の疲労はあるが、万々歳の状況に皆の顔も明るい。
戦闘直後で気分が高ぶったままなこともあり、今は身体を休めるだけにして、そのまま日が昇るのを待つこととなった。
ドワーフ兄弟が大きなカバンの殆どを占めていた酒壺を皆に振る舞い、ちょっとした宴会気分が流れる。
「斧を四振り~、酔いがさめたら迎え酒~」
グレゴの十八番のドワーフ讃歌が響く中、マークも温めたスープを皆に注いで回る。
口の軽くなった冒険者達の自慢話は、新人であるマークにとってはベテランの技が拾える宝の山だ。お酌もして続きを促す。
歌い終えたグレゴにも近づくと、その腕から出血があるのに気づいた。
「グレゴさん、大丈夫ですか、それ」
「んっ、おお。弟のどっちかがポーション持ってるかと思って、代わりにカバンに酒壺突っ込んどいたんだが、全員同じ考えでな」
そう言って兄弟皆でガハハと笑う。
どうやらポーションを一つも持たずに来てしまったらしい。どうやってこの人達はAランクになるまで生き延びたのだろう、とマークは疑問を抱く。
「あなた達またポーション忘れたの? 治癒魔法かけてあげるから見せなさい」
会話を聞きつけたセレスが呆れ顔で声をかける。
「なあに、こんなくらいわざわざ魔法使うまでもねえよ。こういうのはな、酒飲んどきゃ治るんだ。酒ってのはな百薬の長っていうんだぜ」
「はい、出たよドワーフ論法。もうセレスさんも本人がいいってんだから放っていて。いつか痛い目にあえばいいんだよ」
そこへ
サブパーティーなのかな、と思ってマークは大人しく彼らから離れ、星の白銀にスープのお代わりを差し出しに行く。
「それにしてもアッシュさん、よくエリクサー10本分も持ってますね」
ハッジと、そして不滅の蒼を救ってくれたアッシュのポーション瓶。これの中身がエリクサーに入れ替えられていたなんて。それ自体がまさに奇跡だ。
「いや、エリクサーはさすがに1本だけしかねえぞ」
マークはその返答にぞっとする。10本あったウチの1本だけがハッジの命を救ったのだ。無意識に手にしていた1本。もしもその隣を選んでたら不滅の蒼は解散していたのだ。
「……じゃあ残りは上級ですか?」
「そいつも1本だな」
「あれ、そうすると8本は初級のままですか?」
「いや、色々だぞ。初級と中級が1本ずつだろ、それにオリーブオイルと魚醤と虫よけ薬、あとは毒だな。
「毒!?」
アッシュから信じられない言葉が飛び出た。仲間達もそれに関しては初耳だったらしく、驚きに目を見開いている。
「毒って、あなた何でそんなことを!?」
「さっぱりだよ、さっぱりだよ、アッシュ」
「お前、そんなもんオレに勧めてきてやがったのか!」
「言ったろ、それが高PTの秘訣だって。初級ポーションを上等品に入れ替えるだけじゃないんだ。野営の時に振りまいて虫除けに使ったり、調味料として料理を引き立たせる。ポーションを回復効果以外に使うのが出来る冒険者のたしなみってやつだ」
「だからそんなんポーションとは呼ばねえんだよ」
「オリーブオイルはまだしも、毒はないわよアッシュ」
セレスに責められアッシュはすねたように答える。
「だってセレスが治癒魔法を身体回復にしか使えないっていうからさ……」
治癒魔法を身体の損傷を治すのに用いる。そんな当たり前に文句を言うアッシュに皆が疑問顔を向ける。
「酒場で聞いた話はな、ポーションの件だけじゃないんだ。真に高PTな冒険者はな、治癒魔法を様々に応用できるそうなんだ。たとえば【
これがどれだけすごいかっていうと、そのテクニックを使う
「それ、私が悪いみたいに言わないでくれる。できる方がすごいのよ」
「そこで俺なりに工夫してみたんだ。それがこの回復ポーションの名の下に攻撃力をを持たせたアッシュスペシャルよ!」
「だからって毒はないよアッシュ」
「いや、大丈夫だって。ちゃんと木箱の位置で管理してるから。ヤバイのは右側にってな」
「そんなこと聞いてるんじゃないのよ」
アッシュが現物を見せて弁解しようとしたが、そこでポーション瓶の入った木箱が見当たらないのに気づく。
「あれ、どこにいった?」
そのタイミングで悠々とマッサージを受けていたグレゴがぶはっと酒を吐き出した。そのままごろりと地面に横なりに転げる。
「あんちゃーん!」「大にいちゃーん!」「兄貴ー!」
「まさか……」
皆がかけ寄ると地面に横たわったグレゴの手には初級ポーションの瓶が握られていた。リーアがそれを見て気づく。
「分かった。腕の傷が痛かったんだ、後から傷がキツくなってきたけど今更セレスさんに頼れないから、こっそりアッシュのポーションもらったんだよ、グレゴのやつ」
「いや、たしかにあんちゃんはポーションを酒で割って飲んだけどよ、こないだ貸した分をもらっただけだろ! それが何でこうなんだよ!」
グレゴの身体を支えるドワーフ次男が叫んだ。
「アッシュが持ってたのは毒入りだったの!」
「ええっ、何か? 鱗狼に飲ませようってのかよ!」
「それより、アッシュ。毒って
「ああ、横たわってるってことはグレゴが飲んだのは
「ひとまず解毒魔法をかけるわよ」
セレスが手をかざすと、ぼうっとその両手が薄っすらとした光に包まれ、やがてその光がグレゴの全身をも覆いつくす。
ヒーラーの多くが習得している解毒魔法。だが名前こそ毒の解除だが、実際には治癒魔法のアレンジでしかない。身体の自然治癒力を強化し、人体の異物排除機能に頼る形の解毒である。
魔法をかけ終えたセレスが問う。
「解毒薬は?」
しかし毒とは種類によっては影響する部位もメカニズムもまったく異なる。肺の筋肉を麻痺させて呼吸を止めるタイプ、血液凝固を阻害して流血を止めないタイプ、様々である。種類によって適切な処理方法は異なる。
幸いにも毒蜥蜴の毒は効果的な解毒薬が存在するのである。
「安心しろ。こんな時のために、ちゃんと解毒効果のある回復ポーションも1本混ぜといたんだ」
ドワーフ二人が「解毒効果の回復ポーション?」と疑問顔だが、説明している余裕はない。
「それより俺のポーションの入ってた木箱をよこせ。そいつの右から3番目に入れてたんだ」
だが、ドワーフ兄弟がこれだと示した木箱は地面に横倒しになっていた。騒ぎの最中に誰かに蹴飛ばされ、中身がバラバラにとび出てしまっているのだ。
「あっ、どれか分からねえ」
「アッシュー!」
アッシュがセレスに締め上げられる横で、マークはしゃがみこみ、散った8本の瓶を拾い集めた。
「この中のどれか1本が解毒薬か……」
「もう全部飲ませるってのはどうかな。ハズレでも回復ポーションなら悪影響はないし、残りの毒は下剤でしょ。一週間寝込むより三日間お腹壊す方がマシだよね」
「虫除け薬も残ってるわ。それにこの状態で全部は飲めないわよ」
リーアとセレスが相談していると、
「ここは俺達にまかせてもらいましょうか」
そう言って自分達の胸をたたくのは
「話は聞きました。俺達が毒味をします」
六人はきりっとした表情で言った。
「あなた達……」
澄んだ目を一度グレゴに向けた男達は静かに語る。
「俺達は王都でその日暮らしでチャラチャラと生きてたんっす。だけど、そんな半端もんだったから恋人を貴族やAランクハンターに奪われちまって。それでメンツがたたなくってここへ流れてきたんすけど。
結局ここでも同じような生き方してて……そんな俺達にグレゴの兄貴が教えてくれたんです。女は裏切っても、男同士の絆と筋肉は裏切らないって。その言葉と厳しいけど愛のある指導を受けて俺達は生まれ変われました」
六人は揃って筋肉を誇示するポーズ。
「「ああ、そっち行っちゃったんだ……」」
「だから、今度は俺達が兄貴を救います」
優男達は揃ってポーション瓶を手に取る。
「俺達の覚悟、見届けて下さい!」
彼らが瓶を喉に流し込もうとした時にマークが「あのお……」と声をかける。
「さすがにオリーブオイルと魚醤の瓶は他と区別つきますよね」
内の二人が口をつけていた瓶の中身は黒色と、薄緑色。他の瓶はポーションの標準の色合い。
「そうすると残りは回復ポーションと虫よけと下剤と解毒薬ですよね。色は見分けつかないですけど、回復ポーションは飲まなくても直接傷にかけても効果あるじゃないですか」
マークは自分の腕を切りつける仕草をする。
軽い傷をつけて、そこへ瓶の中身を垂らすのだ。そうすれば残り6本の内、回復ポーションの3本は判明するのだ。
「そっか、あとは1/3ってことになるね。というか、ここは責任とってアッシュが確認するべきじゃない?」
リーアがアッシュにそう告げようとしたが、
「って、なにやってんの!?」
アッシュとヴァルド、ドワーフ弟達がグレゴの身体を支え起こし、口に酒壺を流し込もうとしていたのだ。
「えっ、グレゴならこの程度の毒なら酒追加しときゃ中和できるだろ」
アッシュが平然とした顔で言った。
「おう、我が家じゃあ食あたりでも何でも、腹ん中に悪いもんを入れちまったときは酒で退治すんだよ」
弟達もうなずき同意する。
「できないよ! アッシュまでドワーフ論法やめて!」
「おいおい娘っ子が。いいか、俺達ドワーフってのは酒が持ついろんな可能性を最大限引き出す
【
……ってなふうに、山ほどあるんだ。
そして今引き出す酒の力は―――【
叫びと共に注ぎ込まれるエールがグレゴの口元からもこぼれ落ちる。
「やめて、ドワーフ論法やめてー!」
「兄貴ー、そりゃ無茶ですよ!」
周囲が慌てる。だが、そこで奇跡が起こった。
ぶはっとグレゴが注ぎ込まれた酒を吹き出し、目を開いたのだ。
「おおっ……!? なんだ、俺は何で横になってるんだ? まさか……俺はエールなんて弱い酒にやられちまったのか! くそう、こいつは我ながら情けねえ。俺のMND値はこんなに衰えてたってのかよ。もう一度初心に戻って鍛え直すか」
「おう、飲め飲め」
ここぞとばかりにアッシュがグレゴにお代わりの杯を手渡す。
「あんちゃん、頑張って」
「小にいちゃん、俺たちも一緒に鍛えよう」
そのまま酒盛りが再開された。
優男達もさすが兄貴だぜと称賛の声をあげ、次をお酌していく。
「あれ、いいんですかセレスさん」
「うーん、一応の解毒魔法はかけといたからそれが効いたってこと?……なんだろうけど」
「もうあのバカは放っておこう。自分が毒盛られたのも気づいてないし」
ガハハと笑い合い、つぎつぎに杯をあおる高位冒険者達。毒の騒ぎなどなかったかのような浮かれよう。マークは鱗狼の討伐以上にAランクの格を思い知らされ、道のりの遠さに身震いするのであった。
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