第18話 よーし皆! 今日は修行パートだから速攻で終わらせるぞ!! ①

 静謐せいひつなる石造りの神殿。

 その一室で、簡素な寝具に横たわるエルフの少女。

 どこかで水が滴り落ちる音だけが室内に響く。


 幾度目かの水音に合わせるかのように、少女の頬がぴくっと動く。やがて……

「ふわああぁ……よく寝たなあ」

 目をこすりながらエルフの少女、リーアは半身を起こす。


「まったく、あなたという子は」

 いつの間にか部屋の入り口に立っていた女性。老化の遅い種族であるため年齢は分かりづらいが、その美しき目鼻だちは横たわっていた少女と似通っている。


「んー、あれ、母さんおはよう」

「神官長と呼びなさい……まったく。それで、その様子だと精霊王様にお目通りは叶ったのですね」

「うん、言ってることはよく分かんなかったけど、私のお願いは聞いてくれたよ。

でも母……神官長が言ってた試練なんてなかったなあ」


「ちゃんとあったはずです。でも試練を知らずに乗り越えたというのならば、それは、あなたが真に人を愛することを知ったからなのでしょうね」


 母はそっと娘の身体を抱きしめる。

「あなたが出ていったときはアッシュさんを恨みもしましたが、こうしてあなたを一人前の精霊術師に成長させてくれたことに感謝すべきなのでしょうか。さあ、リーア。久しぶりに家族で過ごしたい所ですが……」


「うん、もう行くよ。私はそのために故郷に戻ってきたんだから」

 リーアは神殿の外に出る。天高くそびえる大木が落とす影の下。両手を組み祈りを捧げるリーアの全身に眩いばかりの光の粒が集まっていく。


 すっ、と目を見開いたリーアが告げた。

「風の精霊よ、私を運んで、アッシュの元へ!」


     ◇◇◇◇◇


 月明かりもささぬ雲深い真夜中。ある荘厳な貴族の邸宅。庭にたかれたかがり火がその立派な造りを黒いシルエットととして闇夜に浮かび上がらせる。

 何者かがその邸宅の中を静かに移動する。


「動くな曲者! セレモンティ家筆頭侍女頭がマーサが相手だ! 女だとて侮るな!」

 屋敷を見回りしていた侍女が侵入者に気づきカンテラの光を突きつける。


「はーい、おひさ」

 軽い調子で返す影――セレスが小さく手を振っていた。

「お、お嬢様……なぜこんな所に!?」

 セレスが赤ん坊の頃から使えていた侍女頭は、彼女が手にしていたものに目をみはる。


「それは秘伝の書!」


 屋敷の当主が厳重に保管していたはずの魔術書。侍女頭は当主が時期がくればセレスにその書を閲覧させる意向であることは聞いていた。

 ならば彼女は封印を解除するすべも知らされているのかもしれない。だが少なくとも当主に断りなく、予定よりも早く真夜中にこそこそと持ち出せる物ではない。


「お願い。必要なことなの」

「あの男の為ですか」

 セレスは何も言わず、まっすぐ侍女頭の目を見つめる。


 やがて侍女頭はすっと目をそらした。

「私が知っているお嬢様は修道院で修行中のはず。ならばここにいるのはお嬢様を騙る不届き者。すぐに警備の者を呼んでこなくては」

 侍女頭は踵を返して部屋を出ていった。


「ありがとう。マーサ……」

 セレスは侍女頭が長い廊下の端で姿を消すまで、ドアのそばに立ち尽くしていた。


     ◇◇◇◇◇


 その日、狼人族の聖地、フォレの森の深部が鳴動した。

 地が揺れ、木々は身を震わせ、小動物が闇雲にかけずり回る。


 森の浅部で居住する狼人族がかけつけ、異変に慌てふためいている。


「やっべーな。こんな騒がしいもんだったのかよ」

 そんな彼らの姿から隠れ、こそこそと森を進む影。そしてその歩みを阻むもう一つの小さな影。

 

「兄さん」

「お前か……」

 二つの影が相対する。それはかつてこの狼人の森を出奔したヴァルドと、その弟である。


「始祖の霊廟に入ったんだね」

「ああ」

 ヴァルドはきまり悪そうに頬をかく。その手にはそれまで無かった銀色の腕輪がはめられている。


「その腕輪……始祖の試練を突破したってことなんだよね。ならやはり兄さんが族長になるべきだ!」

「族長なんて面倒な仕事は皆のために働く生真面目なやつがやるべきなんだよ」

 お前のようにな、とヴァルドは少年の肩を叩きながらすれ違う。


「だったら兄さんがやるべきだ。兄さんは自分のやりたいようにやるって言いながら、いつだって誰かのために動いてたじゃないか! 今回だって誰かを助けるためなんでしょう!」

「力を貸してやりてえ奴がいる。これはそうしたいっていうオレのワガママだ」


 ヴァルドは腕輪をはめた右手を振る。

「んでもって今のオレは墓荒らしだ。悪いがこいつはもらってくぜ」

「まって、兄さん。もう日が暮れる。せめて村で休んでいくべきだ」

「いや、今の俺なら1時間もかからずここを抜け出せるはずだ」


 ヴァルドがふんっと気合を入れると、瞬間その全身の毛が逆立つ。それは狼人族の戦士階級が会得している始祖の編み出した秘技、身体強化の術が発動された特徴しるし。だがヴァルドの弟は目をみはる。

「ただの強化術じゃあない! まさか兄さんは周囲のマナをも取り込み自身の強化に使ってるというの! 始祖がその存在だけは示唆していた強化術の幻の第二ステージ!」


「ああ、ちょいとスパルタ訓練で身につけてきたのさ。さあそれじゃあいくぜ、待ってなアッシュ!」


     ◇◇◇◇◇


 山間の村。村人たちが慌ただしく動き回る。家から運びだした食料や僅かな家財道具を荷車に押し込める。その顔は悲壮感にあふれている。


「おじいちゃん! どうして!? なんで村を捨てなきゃいけないの!」

 荷物と共に荷車に乗せられた幼い少女が祖父に訴えかける。


「仕方ないんじゃ。隣の山に山喰いが……成長したアレが出てきた以上、じきにここにもたどり着く。わしらにはここを離れるしかないんじゃ」


「いやだ、アッシュお兄ちゃんが約束したもん。この村を守ってくれるって!」


「既に彼らは山喰いに敗れたんじゃ!」

 老人は悲しみとも怒りともつかぬ声を上げた。


     ◇◇◇◇◇


 人里離れた山の中腹。


 草がまばらな砂地に横たわったうす汚れた男。

 黒髪に輝いていた一房の銀髪も今は土にまみれている。星の白銀のリーダー、アッシュである。


「はて、力尽きたかの」

 そうつぶやきながら一人の老人が近づいてきた。

 口に木の串を咥え、身にまとうのはキモノと呼ばれる東洋の衣装。


「ふむ、か細い縁とは言え、墓くらいは掘ってやろうかのう」

 アッシュの横に立った老人が淡々と口にすると、

「あんたのな」

 目を見開いたアッシュがかたわらのロングソードを突きつけた。


「ほいっとな」

 だが老人は難なくその突きをかわす。


「かかっ、お主、芝居の才がないのう。死んだフリならせめて顔を汚しておけい。頬の血の巡りがよすぎるわ」

「ちっ」


「それよりアシュ坊よ。飯はどうした」

 老人がそう問うと、アッシュが目線をそばの岩場に送る。そこには一匹のワイバーンが死体となって倒れていた。


小兵竜ワイバーンは肉が固くて年寄りにはキツイのだがのう。まあよい、朝飯前に稽古をつけてやろうかの。ほれ、この爺の天下に響く銘刀、見事叩き折ってみい」

 そう言って大仰 おおぎょうに構えるのは口に咥えていた串。


「ちいっ」

 再び舌打ちしながらアッシュが遠慮なく剣を振るう。

 だがその上段からの一閃はなんの変哲のない木の串に阻まれる。


「瑞穂流剣術が奥義、単衣ひとえ

 アッシュの目にはその串が薄っすら魔力を纏っているのが見えていた。


「まさかこんな所で魔法剣の使い手に会えるとは思ってなかったぜ」

「わしもよ。侍にも陰陽師にも邪道と蔑まれてきた我が剣。よもや海を越えた大陸でぶつかり稽古ができるとはなあ。とはいえ、そのへっぴり腰では巻藁の代わりにもならんぞぉ」

 

 にやりと笑う老人が串を素早くアッシュに繰り出す。とうてい老人とは思えぬその連打にアッシュが押され、距離をおく。


「悔しいが見切りも筋の鋭さもかなわねえ。力押しでいかせてもらう」

 アッシュが剣を頭上に構える。


「通用せぬと……おほぅ」

 老人が目を見開く。アッシュの持つ青白く光るロングソード。その色が燃えるような赤へと変化する。


「いくぜ!」

 アッシュの一刀。先ほどはじかれた同じ軌跡。だが今度は逆に老人の串を切り落とす。

 手元に串の根本だけを残した老人が、文字通り顔を歪めるほどに破顔した。

 

「ほほっ、ようやった! まさかこの短期間で十二単衣の二段目、五衣いつつぎぬを会得するとはな! そうよ、剣に五行魔法の一つを纏えるのならば、さらに重ねるのが道理よ」


 剣に魔法を纏わせるという周囲に類を見ないアッシュの異能力。偶然の縁で出会った異国の老人が彼と同じような能力を有していた。剣士としても魔法剣の使い手としても数段上手うわての相手に、アッシュはこのところ師事をうけていたのだ。


 街では最強の冒険者として知られる彼が、この老人の前ではまるで赤子のような扱い。それでも、今ようやく一矢報いたような流れであったが、

「たかが串一本を切っただけで、褒められてる気がしねえよ」

 アッシュは不服そうにこぼす。


「ほっほっ。乳飲み子がつかまり立ちすれば、褒めてふやかし煎餅を与えてやるのが爺の役目よ」


「くそっ、言い返す気力も残ってねえ」

 アッシュは剣を鞘に納めながら、乱れた息を整えた。


 老人はそんな彼に腰にさげていた剣―――刀と呼ばれる反り返った細身の剣を差し出した。

「使えい。お主の剣術とは勝手が違おうが、鑪人ドワーフの刀匠が鍛えた業物よ。銘は千姫ちひめ脇差サブなら邪魔にもなるまい」


「いや、爺さん。俺はとうていあんたの剣術を受け継いだとは言えねえ。悔しいが十二単衣にはまだ先があるんだろう。とても受け取れねえよ」

「かまわぬ。いかに極めようと肝心な時に守るべき人を守れなかった無用の剣よ。だがお主にはまだ守るべき者がいるのだろう。助けを待つ者がおるのだろう。ならば使え。いや、使ってくれい」


 老人が両手に持ち替え差し出してくる刀。アッシュは一度大きくうなずくと、それを受け取る。

「分かった。ありがたく頂戴するぜ、爺さん」


「ふむ、ちょうど迎えもきたようだの」

 老人が短い串で示す先には三つの影がかけよってくる

「アッシュー!」

 高い声が自分を呼ぶのを聞き、アッシュは受け取ったばかりの刀を高く振って応えた。


※強敵山喰いに敗れたアッシュは少女との約束を守るため、偶然出会った魔法剣の達人に修行を受け、自身の異能力、魔法剣の可能性を開花させる。

 次回、パワーアップしたアッシュ達が山喰いに無双する「第19話:修行パート②」は週内更新!

 フォローはそのまま!


※すみません、修行パートが思ったよりも長くなりすぎたので無双パートは次回に回しました。今回何のオチもないですね。高PTを獲得するためにはアッシュ以外の修行シーンは削除して文字数抑えるべき。そう分かってはいるんですが…………

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