第19話 よーし皆! 今日は修行パートだから速攻で終わらせるぞ!! ②

 再び山間の村。


 荷車を引いていた村人達が絶望に顔を歪ませる。

「そんな……もうここまでたどり着いたのか。あの冒険者達が身を挺してダメージを与えてくれたというのに……」


 皆を束ねる村長たる老人の前には灰色の巨大な粘液がうごめいていた。

 それはあらゆる物理攻撃を受け付けず、生きとし生けるもの全てを飲み込み、腐食の猛毒を体内に抱え込んだ恐るべきモンスター、スライムである。

 

 高さは2メートル、広がりにして10メートルの、それ自身が山とも思える巨大な粘液。そのおぞましさと異臭に村人達は恐怖に身をすくめて動けないでいた。


 スライムがまだ発生当初の角兎程度のサイズであれば問題はなかった。その粘液に物理攻撃が通じずとも、剣は刺さるために力押しで唯一の弱点である核に届かせることができた。だが人どころか家よりも大きくなってしまえば、そんな手は使えない。


 粘液が弾力性を増し、よほどの名刀でなければ刃は刺さらない。そもそも厚みがあるため核には到底届かない。その身に淀む毒は剣をあっという間に腐食させもする。

 魔法攻撃は効くが、このサイズになればダメージを受けた表面を切り離してくるため、致命傷を与えるのも難しい。

 腹立たしいことに、冒険者が必死の攻撃を繰り出す端で、身体を伸ばして植物なり逃げ遅れたモンスターなりを捕食して、栄養素として失った体積を補うのである。


 Aランク冒険者パーティーを複数、さらに騎士団の精鋭。そんな領地を、国を上げての対処が必要な、それでも討伐部隊の半壊を覚悟しなければならない。成長したスライムとはそこまでのA級上位にカテゴリされる程のモンスターである。


「やはり山を捨てねばならんのか……」


 村長が悔しそうに口にする。スライムへの有効的な手段。貴重な上位の冒険者と騎士団の損害を減らすための策。それはスライムの成長体が発生した山を丸ごと捨てることである。

 すなわち山を焼き、毒を撒くのである。

 木々を焼き払えば植物も虫も小動物もモンスターも、全てが死ぬか周囲へ逃げ出す。


 しかし移動が遅いという唯一の弱点を抱えるスライムは山火事に巻き込まれる。むろんそれだけでは倒しきれない。地下に潜り込んで火が収まるのを待つ程度の知恵はあるのだ。

 だが、一時的にせよ山の生命が無くなることで餌の捕食ができなくなる。そうして時間を置いてそのサイズを減じた所で、持てる最大戦力を当てる。

 それが最も被害の少ないと立証されている作戦である。


 先祖代々受け継いできた自然の恵みに生きてきた村人にとって、自分達の身を切るほどのつらさがあっても。


「おじいちゃん……」


 孫娘のか細い呼びかけに、村長ははっと身体を揺らす。

「早く逃げるぞ。荷物は捨てろ!」

 その言葉に村人たちがようやく動き出す。

 

 そこへ背後から冒険者数人がかけつけてきた。剣を打ち鳴らしてスライムの注意をひき、村人の避難を助ける。

 彼らは冒険者ギルドから山を焼く為に派遣された中堅パーティーである。


「おじいちゃーん」

 だが荷車に押し込められていた少女が、荷物に引っかかり抜け出せなくなっていた。

 

 ゆっくり山のような身体を前進させるスライムが、その叫びに反応するかのうように標的を少女に定める。

 じりじり進む本体とはうらはらに、むちのようにしなり伸ばされた触手が少女にせまる。冒険者たちには到底その進行を止めることができない。老人はとっさに孫娘の身体に覆いかぶさる。


 ずしゃっ、と何かが切断される音と、落下音。遅れて破裂音。

 老人と孫娘がおそるおそる振り返ると、

「アッシュ兄ちゃん!」


 そこにはロングソードを振り下ろしたアッシュの姿があった。


「いよう。またせちまったな」

 アッシュはかけつけた中堅冒険者に少女を避難させるように伝えると、自身はスライムに向けて歩みだす。


「待つんじゃ! あんたも逃げなさい!」

 村長が叫ぶ。

 最初に山喰いスライムが隣山で発見された時、偶然居合わせてその進行を阻んだのが星の白銀であった。見事ダメージを与えて一旦はスライムは地中に身を隠した。だがアッシュは重症を負う。セレスがいたことで再起はするが、スライムの知性からすれば再び姿を現すときはさらに拡大・成長しているだろう。


 そうなれば今度こそ、この若き冒険者に勝ち目はない。そう判断した村長がアッシュに逃走を促すのは当然だろう。


 だがアッシュは悠々と山喰いに近づいていく。


 老人はその剣が赤く燃えるような光を纏っているのに気づく。

「あんたのその剣、もしや魔法を纏っておるのか? だが一撃は効いてもあの巨体ならば飲み込まれて終わりだぞ」

 今のサイズでは表面を傷つけても意味はない。しかしその身に深く切りつけようとすれば魔法の効果が失われた時点で剣が毒にやられてしまう。


「ああ、だが今は対策ずみだ。以前の倍の時間は持つさ。そして……」

 アッシュは背に負ったもう一振りの剣を左手で抜く。


「アレは……東洋の侍と呼ばれる剣士が持つという刀!」


 その刀の刀身が青白く光だす。さらに赤く燃えるような光へと上書きされる。

「これで四倍だ」


 両手に輝く剣を構え、悠然と敵を見据えるアッシュ。

 スライムも一度はダメージを与えた相手を覚えているのだろう。触手を何本も伸ばし、その全てをアッシュに突き伸ばしてきた。

 左右から上方下方から。一斉に突き出される槍のごとき突き。 


「二刀流ってのも悪くねえな」

 それを両手の剣の一振りずつで叩き落とすアッシュ。


「おおっ」「すげえ」

 村人の避難に当たっていた冒険者たちの声を背後にアッシュが駆ける。


 一挙に距離を詰めたアッシュがスライムの巨体に切り込む。一撃、二撃――――

 間髪入れずに幾度もの切り込み。

 刻まれた粘液とその破片が燃え上がり、凍りつき。


 身悶えるように巨体を震わせたスライムが先の倍の触手を伸ばし、アッシュを包み込むように迫る。

 だがそれを阻む光の壁がアッシュの周囲に展開される。


「ちょっと、先走らないでよ」

 息を切りながら近づいてくるセレス。


 壁を破ろうと押し込められる触手を同時に居抜き、弾き飛ばすのはヴァルドの放った矢。


「カウフ商会謹製の破邪の矢。使い捨てなのがネックだな」

 いったいどうやって同時に複数の矢を当てることができたのか。そのシーンを見ていたはずの冒険者が理解できないと首をかしげる。


「束縛のツタ!」

 リーアが杖を抱げると地面から枯れ色のツタが何本も伸び上がり、スライムの全身にまとわりつく。弾力のある身体を締め付けるように。

 スライムは悶えるように身を震わせる。するとその全身がツタを内部に取り込み始める。

「まだまだだよ!」


 その言葉と同時にツタが突如燃えだした。スライムに取り込まれた部分も火を纏い、慌ててツタを排出しようとするが、リーアが杖を振るうのに合わせてツタの締め付けが増していく。


 間近でスライムが苦しむのをよそに、二本の剣に再度魔法を纏わせたアッシュが宣言する。


「よーし、皆。それじゃあさっさと片付けるぞ」

「おうっ」

「ええ」

「おっけーだよ」


 そして生まれ変わった『星の白銀』シルバー・スターの戦いが始まる。

 それは先日の敗北に近い初戦とは裏腹の、一方的なまでの猛攻であった。

 もはや避難など忘れ、村人も冒険者達もその一部始終を見守る。


 一人村長のみが叫んでいた。

「山喰いを囲んだ結界の内部がかき乱されている? ミリアム教の神聖魔法にそんな技が? いや、あれはまさか、セレモンティ家が古代文明から受け継いでいるという、空間制御の秘術なのか!」


「あの動き、狼人族は身体強化の技を持つというが、耳に聞く以上の身体能力。まさかあの男、外部のマナを取り込み自身の強化に変えているのか! かの一族の始祖が提唱していたが誰もたどり着けなかったという幻の!? ここに完成させる男がいたのか!」


「なんと、水の精霊と火の精霊を同時に使役しているというのか! 高位の精霊ほど癖が強く、相反する精霊を同時に呼び出すことなどできないはず。そう、精霊王にでも認められなければ……まさかあの少女が!」


「あの刀とその動き、あれは聞いたことがある。海を渡った遠く東の果て。千姫と呼ばれる美しく心優しき亡国の姫君と、一人最後まで付き従った剣士の伝説を……」


「うわあ、おじいちゃんがかつてなく生き生きしてるぅー!」


 そして……


 人間サイズにまで切り刻まれたスライム。アッシュの両剣がついにその核をえぐり出した。

 途端にあたかも最初からそうであったように、ただの液体として崩れ流れるスライムの身体。


 アッシュが山喰いに苦しめられた村人たちに見せるように、核を大きく掲げた。


「「「うおおおおお!」」」

「アッシュ兄ちゃーん!」

「信じられねえ。たった1パーティーで山喰いを仕留めたぜ!」

「すげえよ! すげえよ!」

「わしは伝えねばならん。この勇敢なる者たちの戦いを……」


 村人たちは嬉しさと安堵に泣き崩れ、互いに抱き合う。冒険者たちも興奮に騒ぎ立てるままだ。


「みんな、よくやってくれた」

 アッシュが仲間たちへ振り向いた。


「ざっとこんなもんさ」ヴァルドがそううそぶく。

「へへーん。ギルドには祝賀パーティー開いて貰わないとね」


「ええ、ところでアッシュ。そのスライムの核をなんで大事そうに包んでるのかしら? 見た所まだ完全には破壊できてないわよね。なにかの拍子で復活したらまずいでしょ」

 セレスの指摘。アッシュが核を布にくるんで懐に入れようとしていたのだ。

「いや……その……」


「これは絶対よからぬことを企んでる顔だよ!」

 セレスが「ヴァルドお願い」と呼びかけると強化された狼人の肉体がアッシュを拘束する。


「違うんだ、このスライムを毎日コツコツ倒し続けることで最強になった冒険者が、すげえ高PTなんだ! 今度王都の劇場で上演されるっていうんだ! 俺もあやかるんだ!」

 もがくアッシュの意味不明な言葉に皆が呆れはてる。


「こんなの毎日発生したら大事でしょうに」


「おやおやこれは不思議なことを。スライムを倒す程のみなさまは、すでに最強と呼ぶに相応しいお力だと思いますぞ」

 村長の言葉に「だよね」と応じるリーアがスライムの核を強引に奪い取る。


「じゃあみんないっくよー! はい、せーの、えい!」

「やめろーー!」

 リーアとセレスに村人が加わっての踏み付けによるトドメ。見事スライムの核は粉々に砕け散る。これにて村と平和は守られたのであった。


「ほっほっほっ、これでめでたしめでたしですな」

「ねえねえ、今日のおじいちゃん、最高に輝いてたよ」

「そうじゃろ孫娘よ。わしもだてに王都で学んだ上級村長じゃあないんじゃよ」

「うん、わたしも将来はおじいちゃんみたいに最強の村長になるよ!」

「嬉しいことをいってくれるのう。じゃが、道は厳しいぞ。王国中のあらゆる歴史や伝承を学び、古代文明の調査にも出向き、武芸百般に通じ、ここ百年の天気を暗記し、鍋底の焦げ落としのコツや夏風邪予防まで、覚えることは山のようにあるからの」

「わたしこつこつがんばるよ!」


※実際の所は海外ファンタジーでも弱いスライムはそれなりに出てくるみたいです。さすがに可愛いイメージはあまりないようですが。

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