第16話 よーし皆! 今日は上位級のモンスターに挑むぞ!!

 木々に青々しい葉が繁る山中。昼は強い日差しに汗ばむが、夜ともなると一転する冷え込みに新人冒険者たちは身を震わせた。


 赤毛のマーク率いる『不滅の蒼』エターナル・ブルーはこの日、鱗狼スケルドウルフの討伐隊に参加し、山間の森に入っていた。


 鱗狼は背中の毛が名前の通りうろこのように角質化した狼である。単体ではE級のモンスターであるが、群れることで脅威度は跳ね上がる。それでも群れの数は通常は多くて10体程度で、C~D級の危険度とされる。

 だが辺境伯領の西あいの山脈地帯。ここに今年生まれた群れは特に優秀な個体がリーダーとなったらしく、その下に100頭以上が従う大集団となっていた。


 当然その数を養うためにテリトリーは一気に広がった。幾つかの村がその範囲に入り、すでに山あいの村が一つ潰されている。


 事態を重く見た冒険者ギルドはこの群れ全体の危険度をB級と認定。指定依頼により、『星の白銀』シルバー・スターと『屈強なスリー・ドワーフワイリー・三兄弟ドワーヴス』を含む高位パーティー数組が現地に派遣された。


 マーク達は彼らの出立の場に居合わせており、その目的を知って自分たちも連れて行って欲しいと懇願した。当然アッシュ達は断り、受付嬢エルザも無謀だと諌める。


 不滅の蒼自体はすでにEランクとなっており、その順調さからエルザにも早期のDランク昇格も夢ではないと評されている。

 だが標的はB級。高位ランクが一緒とはいえ、3ランクも上位のモンスターを相手にするのは無謀である。


 それでも彼らは必死に追いすがった。田舎の農村出身の彼らは群れをなした狼系モンスターの脅威は分かっていたが、それだけに潰された村の悲劇は他人事ではない。だからこそ自分たちがその無念を果たすべきだと考えたのだ。今の不滅の蒼なら力になれないでも足を引っ張りはしないという自信もあった。


 認められないのならば勝手についていくとまで言い切り、何とか荷物持ち兼現地拠点での荷物番として参加を許されたのだが…………


     ◇◇◇◇◇


 討伐隊が鱗狼のテリトリーの端、森の中ほどに開けた草原を拠点と定めたのは数時間前だ。それから各パーティーは予め決めていた通りに別方向へと散っていった。


 Aランクを含む高位パーティーを長期間拘束することはできない。今回ギルドが予算をけたのはわずか三日分。

 広い山中をただ群れを追っていくのでは到底日数が足りない。さとい群れのリーダーならば危険をおかさないはずだ。精鋭がひと固まりになっていては鱗狼はテリトリー内を逃げていくだけである。

 そうなれば三日間などあっという間に過ぎる。


 だから冒険者達は散開する。


 つまりは囮である。


 各個撃破なら勝てる。鱗狼にそう思わせて、おびき出す。

 むろん各パーティーはそれぞれの技で密かに連携をとっている。バラバラに散ったとみせて包囲網を形成しているのだ。網のどこかが狙われたら即座に近場のパーティーが集合しこれを叩く手はずとなっている。


 冒険者側にとっては危険度は高い。だがこれ以上の犠牲を出さないための、短期決戦の策である。


 マーク達は彼らの後ろ姿にその覚悟を感じ、自分達が荷物番しか任せられないことに歯噛みした。

 だが現状ではそれ以上の行動は許されない。


 忸怩じくじたる思いで彼らが食事の準備を始めた頃、一匹の鱗狼が現れた。通常の成体よりも二周りも大柄で鱗が背中いっぱいに広がっている。

 想定では鱗狼は高位冒険者の進行に合わせて逃げ広がっている段階で、その出発点に現れるはずはなかった。


「マーク、どうする」

 弓士のジーンがつがえた矢で狙いをつけながらリーダーの判断を仰ぐ。

 倒木を寄せ上げたバリケードに隠れ、彼らは鱗狼と対峙する。そこはセレスが張ってくれた簡易結界の中。手に負えないモンスターが現れたらその中にこもっているように命じられていた。


 相手はこちらを威嚇してくるが、ひとまず攻撃してこようという意志は見えない。


 鱗狼が通常の成体であればE級である。悩むことなく仕留めにいっただろう。だがこの個体は標準体よりもずっと大きい。鱗の広がり方からすれば数年を生き延びた経験も持っているはずだ。1対3とはいえ迂闊に戦うことはできない。


(どうする……)

 そこそこ経験をつんだマークは敵わないモンスターには立ち向かわかないことを学んでいる。芽生え始めた勘働きが相手は自分たちよりずっと上位の存在だと教えている。


 だけど……

「くそっ」


 その鱗狼はこちらを威嚇しながらもゆっくりと移動し、端に置かれていたアッシュの荷物を引っ張り、そのまま引きずり後退していくのだ。


 マーク達は荷物番を任されたのだ。なのに目の前でモンスターにその最低限の期待すら奪われようとしている。先程高位冒険者の覚悟を見せられたばかりだ。そんな恥さらしな真似ができるだろうか。


(いや、まてよ。何で荷物なんて。無人なら漁られてもおかしくないけど、人がいるなら狙ってこないだろ)


 そこでマークは気づいた。鱗狼をよく観察すればその全身に傷があるのが見えた。それに後ろ右足の動きがぎこちない。

「そうだよ、鱗狼が一匹だけってのがおかしいんだよ。多分あいつは元は一つの群れを率いてたんだけど、今のリーダーに群れを奪われたんだ。破れて追い出されたんだ。あいつははぐれなんだよ」


 この鱗狼が新リーダーに素直に恭順を示せばサブリーダーとして許されたかもしれないが、堂々と対決して末に傷を負ってしまえば追放されるしかない。マークはそう読み取った。


「そうか、だから置かれてたこっちの荷物を漁りにきたんだ。もう自分だけじゃあ餌が取れないんだ」

 パーティーの守り手、盾と槍を持ったハッジが声をはずませる。


 鱗狼というものは単体では意外や角兎を狩ることすら難しいモンスターである。最低二匹で連携を取らなければ小動物すら捕らえられない。現実の野生では一匹狼の末路は大抵が飢え死にである。


「だったら……」


 ここにアッシュがいればそこまでは同意した上で手を出すなと言っただろう。いくつもの群れが統合されたのは昨日今日ではない。少なくともこの個体は群れを追われた後もここまで生き延びているのだ。弱ってはいるだろうがその経験値と生命力を侮ることはできない。


 だがマークは剣を構えた。ハッジも盾を前に。ジーンが弓を引き絞る。


「よし、やろう。いくぞ!」「おう!」「おおっ!」


     ◇◇◇◇◇


 かつて一つの群れを率いていた鱗狼の個体。冒険者ギルドが正しく査定すれば単体でC級、追放時点でD級と認定しただろう。

 その難敵が地面にむくろをさらす。後ろ右足には矢が突き刺さり、鱗のない腹部が大きく裂かれ、全身を流血に沈める。


 軽量でありながら刃を通さない防具としての需要の高い、成長した鱗付きのその毛皮は『不滅の蒼』エターナル・ブルーの最大戦果となった。

 だがその代償は大きかった。


「ハッジ! しっかりしろ!」

 槍を振ってモンスターの注意を引き、長身と盾を活かして後衛のジーンを守る。パーティーの守り手、ハッジが地面に横たわる。その左手は肘から先が裂けて失われた状態。出血がひどく、命も危ういのがひと目で分かる。


 回復ポーションはあるったけかけた。だけど欠損と言えるほどの傷には効果がない。


「ああ……俺はもうだめだ……ごめんよ……みんな……」

 もはやマーク達に焦点を合わせることもできず、ハッジはぼんやりとした目で別れの言葉を口にした。くわえていた痛めどめの薬草が、はらと地面に落ちる。


「バカ! あきらめんな!」

 叫ぶマークの目からは涙が止められない。自分の決断の後悔に、瀕死のモンスターの最後の反撃を防げなかった無力さに、地につけた手で土くれをかきむしる。


「俺たちD級、いやきっとC級のモンスターをやっつけたんだ。これからだろ! 不滅の蒼は三人でAランクになるって約束しただろ!」

「やだよぉ、ハッジ……」


 ハッジはうわ言のように小さくごめんと繰り返す。


「くそっ」

 その顔を見ていられず、マークは立ち上がった。

「マーク、どうするの」

「セレスさんを呼んでくる。高位神官のあの人ならハッジを助けられる」

「無理だよ……今頃戦ってるのに……」


 言われるまでもない。彼らは今頃もっと多くの数を相手にしているのだ。そもそもどこへ呼びに行けばいいのか分からない。

 それでもマークは動かずにいられず、ハッジの最後の姿など見ていられず、簡易結界の外に出て、気づく。

「アッシュさんならエリクサーを持っているかも」


 エリクサー。神の霊薬とも呼ばれる身体の欠損すら治す薬。効果は絶大だが非常に高額だ。並の冒険者ならば一生を捧げてもまだ足りない。だがAランク冒険者であれば常備していてもおかしくはない。


 鱗狼が引っ張っていたアッシュの遠征用カバン。その口が開き木箱が顔を出していたのだ。その箱は魔法薬の販売店で見たことがある。薬瓶を保護するための箱だ。


 マーク達は各自1本ずつの初級ポーションの瓶を布でくるんで常備しているが、高位冒険者たるアッシュならば回復薬はまとめ買いもするのだろう。もしもその中にエリクサーがあったのなら―――


 マークは震える手でその木箱に手をかける。

 これはご法度の行為だ。ギルドに訴えられれば登録を抹消されても文句は言えない。いや、例えそうでなくても、もう彼らを相手にする冒険者はいなくなるだろう。

 荷物番を言いつかったのにそれすら果たせず、あげく守るはずの当の荷物を自分が盗もうというのだ。


 だけどここでハッジを失えばどうせ不滅の蒼は終わりだ。でも生きてさえいれば三人でエリクサーの代金を支払うことだって出来るはずだ。三人いれば彼らはいずれAランクになれるのだから。


「すみません」


 マークは滑る手でつっかえながら木箱を開けた。

 中には10本の回復薬。だが、その全ての瓶が見覚えのあるフタの形。

「なんで……なんで初級しかないんだよ……」


 10本全てが簡単な傷しか直せない初級ポーションだったのだ。せめて上級ですらなかった。

 回復役のセレスがいるからポーションになど予算をかけなかったのだろうか。いや、普通に考えればエリクサーなど非常用に備えているのならば自分の手元に置いているだろう。

 どちらにせよここにはエリクサーはない。ハッジを助けられない。


「今更初級なんて意味ねえよ……」

 一度望みを抱いてしまっただけに、マークの心がかき乱れる。


 ジーンの泣き声が聞こえてきて、マークはふらふらと結界の中へ戻る。

 ハッジはすでに目と口を閉じている。時折痛みに眉をしかめることでかろうじて息はあると分かるが、もはや時間の問題である。


「マーク、それは?」

 ジーンの言葉にマークは自分が木箱から初級ポーションを1本持ってきてしまっていたのに気づく。


 こんなの意味ないのに……

 

 マークは投げやりに瓶のフタを開ける。

 そんな効果はないと知っているけど、少しでも痛みが和らぐのではないか。そんな願望にすがって瓶の中身をふりかけた時、奇跡が起こった――――


 シュウとかすかに蒸気のような薄い煙がわいて、ハッジの左腕がみるみるうちに修復されていったのだ。

「えっ、なんで」

「マークー! ハッジが、ハッジが」

 やがて見開かれたハッジの目に色が戻ってくる。

「ええっ……お、俺、生きてるの……」


 その頬にも赤く生気が宿る。煙が散った左腕は擦り傷一つない奇麗な状態だ。


 三人はようやく目の前の奇跡を受け入れると、ひしっと抱き合った。

「うわああん、よかったー」

「ハッジー」

「俺、俺……また三人で冒険できるんだよな」


 でもなんで……

 絶望から安堵と喜びへ。理由の分からない困惑も混じり、揺れ動かされたマークの心はへとへとだ。


「これって中身はエリクサーだよな」

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