第4話 よーし皆! 今日は初陣でワイバーン撃破に挑戦するぞ!! ②

 マークの眼前で信じられない光景が展開された。


 彼に向かい放たれたワイバーンの炎。それを駆けつけたアッシュが一刀に断ち切ったのだ。

 両断された赤黒い球体はその場で散り乱れ、火の粉となってあっという間に消えていった。

 

「魔法を切ったー!」

 マークの常識では魔法で生み出した炎を切ることなんてできない。放たれた炎球に剣が触れた瞬間、着弾と見なされて剣とその持ち手が劫火に焼き尽くされるはずなのだ。


 そしてあっけにとられたのはマークだけではない。

 必殺の魔法がかき消されたワイバーンがわずかに膠着。一歩進んだアッシュに慌てて威嚇の雄叫びを上げた。


「キィアアアアアー!」

 その口には新たな炎の球が生み出された。先のそれよりも大きさを増していく。


「離れてろ」

 短くマークに告げたアッシュは左手で剣をそっと撫でる。

凍れフリーズ


 その途端、手の動きに合わせて黒光りする剣の表面が変化していく。薄っすらと青白い光へ。まるで魔道士が生み出す氷結魔法のような輝き。

 

 ごわっと音を立てて放出された炎。アッシュは自身の全身を飲み込むほどの大きさのそれに、まっすぐ突っ込んでいく。

「サイズの話じゃねえんだよ!」


 ロングソードを十字に切り込んでまたも炎は四散。

 

 アッシュはその勢いのままワイバーンに斬りかかる。ザシュッと腹部に切り込みが入り鮮血が吹き出した。赤銅色の表皮にそこだけ白い腹が一瞬で赤く染まる。


「ふゴォオオオ!」

 ワイバーンが両翼を折りたたむ。攻撃というよりも、少しでもアッシュをとおのけたいとばかりに。アッシュの追撃の剣を羽根で阻み、跳ぶように後退。


 左腕を犠牲にアッシュから距離をおいたワイバーンであったが、既に遅かった。


「オラアアアア!」

 背後から。ドワーフ三兄弟が右の羽根へ、一体化した細い腕へ、手の先の爪へ、斧をぶち当てる。

 悲鳴を上げ地に倒れるワイバーン。

 シュンッ、と長大な矢が左の羽根を地面に射抜く。民家の屋根に登っていたヴァルドの一射。


「束縛のツタ!」

 リーアがワンド片手杖を掲げると、地面から茶色のツタが何本も伸び上がってくる。ツタはヘビがのたうつようにワイバーンの全身にまとわりつく。

 その色合いは枯れてみえるが、もがくワイバーンを地面にしっかりと縫いつけていた。


 他の冒険者たちが駆け寄ってきて鱗に守られたワイバーンのわずかな弱点、羽根の付け根や関節をえぐっていく。


 そうしてあっという間にワイバーンは文字通り虫の息と成り果てた。


「そんな……」

 マークは驚愕に棒立ちのままであった。


 ワイバーンは嵐や山火事と同じ災害として扱われるモンスターなのだ。

 それをたまたまギルド内にいただけの冒険者の20名程度。

 村の大人たちが話してたように、ちくちくと攻撃して嫌気がさした亜竜が帰っていくのを狙ってたのだと思っていたのに。正面から戦って、魔法にも対抗して、こうして討ち果たしたのだ。


「……信じられない」


 思わず本心からの言葉が漏れるマーク。

 それを聞きつけたアッシュは気軽な調子で反応するのであった。

「なあに、ワイバーンってのは要はドラゴンの子分みたいなもんだろ。だったら俺達の敵じゃねえよ」


 そう言いながらアッシュが剣を鞘に収めた時、広場がどわっと沸いた。

 いったいどこにいたのか、大勢の人が一斉に広場に姿を現してきたのだ。


 建物の窓から、細い路地から、何を考えてたのか木樽の中から。

 たくさんの住人が歓声を上げながら近づいてくる。


「アッシュさーん!」 

「百中のヴァルド!」

「リーアちゃんこっち向いてー!」

 名前が連呼されるのはワイバーンと堂々渡り合った主力メンバー。


「スリー!」「ワイリー!」「ドワーブズ!」

 荷運び人達の野太い声が髭面の兄弟を称賛する。

「「「おおよ!」」」

 打ち合わされる3本の斧が音を響かせる。


「俺たちもいるぜえ!」

 中堅どころが剣を、槍を、高く掲げて貢献をアピール。


「アッシュー!」

 一際華やいだ高い声。ダニーとその母親が彼のもとへ近づいてきた。


「姐さんか。待った待った。まだ息はあるんだ。そこでストップだ」

 ワイバーンに数十歩の位置に来た親子。ダニーは血まみれのモンスターを目にすると「ふぐっ」と悲鳴を上げて母親の胸にしがみついた。


「アッシュー! 私の坊やも討伐に参加させてやってくれないかい! この子、今年が奉納祭なんだ。お願いだよ。坊やをあんたみたいな強い男にしたいんだ」


 奉納祭―――それは秋になると開かれる豊穣と健康を土地の神々へ感謝する祭。そこでその年に5歳になる子供が簡単な叙事詩を神へ捧げるという風習がある。

 

 冒険者とは困難に立ち向かい、誰かを助けるために生きる者のことである。その志があればギルドメンバーでなくても冒険者用の神殿を利用することができる。


『家のお手伝いをして苦手なニンジンも食べました』

 ならば、これだけでも立派な冒険者であるといえよう。そしてその前日に子供達は実際に初のモンスター退治を行うのだ。

 もちろん親や冒険者が用意した、角鼠ホーンラッドのような小物。それも動けないくらいに弱らせたものであるが。


「ちょいと線の細い子だからね。その分PTは盛り上げてやりたいじゃないか」

 

 祭りの時に魔石に賜るPTはその子の一生のお守りとなる。ならばできるだけ高いPTにしてやりたいというのが親心である。初陣がネズミではなくワイバーンだったとなればPTは跳ね上がり、その子の人生にも箔がつくというものだ。


「おいおい姐さん。この街に5歳児が何人いると思ってるんだよ」

「そこを何とか! この子を男にしてやって!」

「だがなあ……」


「ねえ、頼むよ。私が娼館にいた頃、あんたを男にしたのがこの私だっ――――」

「ダニエル坊ちゃんの初陣だあーーー! てめえら全力でサポートしろぉー!」


 アッシュの叫びに冒険者共が即座に応じる。

「おうよ!」「姐さん、まかせてくだせえ!」「俺の活躍お見せいたしやす!」


 リーアだけはジト目をアッシュに向ける。

「ねえ、あの子まさかアッシュの……」

「んなわけねえだろ。姐さんが商会長に身請けされたのはもう6年も前だぞ」


 そうしてその様子を伺っていた他の住人もばらばらと近づいてきた。


「アッシュさーん、うちの子もお願いしまーす」

「見ておくれよ、うちの娘はもうこんなやる気だよ」

 パン屋の一人娘が火かき棒を振って勇ましさをアピール。


「仕方ねえな、安全のため一組ずつだぞ。グレゴ頼むわ」


 おうよ、と応じたドワーフがその豪腕で斧を振るう。ごん太の斧の柄がワイバーンの眉間に当たり、ジタバタともがいていたワイバーンが昏睡する。 


 そして……


「ふびゃあアアアァ!!!」

「よーしいけいけ。えい!……よーし刺さった! やったねダニー。あんた初陣でワイバーン討伐に参加しちゃったよ。将来が楽しみだねえ」

 泣き叫ぶダニーの手には小型のナイフが握らされている。このナイフも彼の家でワイバーンを倒した聖剣として大事に保管されるであろう。


 そのダニーを背後で支えるのはマーク。

 彼はご婦人に指名されてダニーの初陣のサポート役を務めたのだ。これもまたPTに恩恵のある役どころである。

 改めてご婦人にお礼を言われ、思わず赤面してしまうマーク。


 そんな彼に仲間たちが声をかけてきた。

「おおーい、マークー!」

「お前こんな近くにいたのかよ、大丈夫だったか?」


 まあな、とマークは余裕ぶって答え、大げさにポケットから戦利品を取り出す。

「そ、それってまさかワイバーンの鱗!?」

「す、すげえ、マーク。お前直接ワイバーンに立ち向かったのかよ!」

「へへっ」

 ほんとうは鱗は拾い物だ。子供たちのナイフが刺さるようにと、ドワーフがガンガンと斧をワイバーンの腹に叩きつけた。その時の小さな破片を分けてもらえたのだ。


「それよりいこう。今回参加した冒険者皆に討伐の権利を分けてくれるんだってさ。PTだけでも稼がせてもらおうぜ」

「マジで!」「やった!」


 彼らが担当したのは伝令や、よいところ囮である。それでもA級モンスターともなれば、ただ参加したことと意気込みを添えて奉じれば2~300PTは追加されるであろう。


「じゃあみんないっくよー! はい、せーの、えい!」

「オラー!」「ウオォー!」「くたばりやがれー!」

 リーアの合図でワイバーンの身体に剣が、斧が、槍が、魔法が。一斉に突き刺さる。


 マークもダニーのナイフと同じ箇所に自分の聖剣を差し込んだ。ぐずっと分厚い肉が抵抗する感触。きっと自分はこれを一生忘れることはないだろうなと彼は思った。

 

 そして憐れなワイバーンは短く断末魔の悲鳴を上げてこと切れた。


     ◇◇◇◇◇


「おう、アッシュ。悪いな、全部まかしちまってよ」

 ワイバーンを囲み、今も騒ぎ立てる人々をかき分けて近づいてくる髭面にいかつい顔の大男。むき出しの太い両腕、丸太のような両足。晒された肌のあちこちにいくつもの傷跡。元は自身もAランク冒険者であったこの街の冒険者ギルドのマスターである。


 用事で出向いてた王都から帰ってきた彼が、ワイバーン襲来の報告を受けた時にはすでにアッシュが叩き伏せた頃であった。


「なに、こんな所まで飛んできて引き際も知らねえってことは虫付き寄生虫だろ。仕方ねえよ。それに御老体を前に出すわけにはいかねえからな」

「うるせえ!」

 ギルマスが軽く腹を叩きながら、アッシュの鼻先に封筒をつきつける。

「それと王都からいつもの手紙を預かってきたぞ」

「うおっ!」


 ひったくるようにその封を手にし、それでも丁寧に開封したアッシュは中の文面を真剣に見つめ、そして叫んだ。

「ぃやっったーーーーー! ついに、ついに開花フロレイゾンクラスに到達だあああ!」


「ねえヴァルド、アッシュいったいどうしたの?」

「ああ、そういやもう昇格のタイミングか」

「何のこと?」

 文字通り小躍りし始めたアッシュのそばでリーアとヴァルドが話す。


「あいつ王都にいた頃から詩作クラブに入ってたんだよ。叙事詩じゃなくて心の動きがどうのとかいう抒情詩ってやつ? 会員数は百人くらいだけど歴史だけはすごく長い所に。そっちでも毎回詩を投稿してその評価でランキングが作られててな。今回冒険者で言えばCランクに到達したってところだ」


「ふーん。でも、一応その界隈かいわいではアッシュって評価されてるんだ」

「というか、そのクラブって実質アッシュの寄付金で運営されてるからな」

「えっ!?」

「年4回の会員同人誌の発行ごとに順位が1つずつ上がってんだよ」

「雑、雑すぎ! もっとこう4回に1回は落とすとかしないといつか気づいちゃうよ! 騙すんならもっと心を込めて丁寧にやって!」


 リーアの心配をよそにアッシュは浮かれ顔で会員誌の続きを読む。

「えーと、なになに……

『アッシュ殿。貴殿の詩は厳選なる考査の結果、開花フロレイゾンクラスに値すると認定されました。古来よりの技法をふんだんに配した貴稿の…………但し技量テクニックが向上したことで、却って技巧にふける癖が…………』か。


 そうか、皆が言ってたのはそういうことだったんだな。俺の叙事詩が低PTだったのは決して神々が望んでいないわけじゃなかったんだ。ただ俺の詩の力量が上がってしまったことで技巧を使うことに溺れてしまっていたせいなんだ!


 やはり俺が王都で学んだことは無駄じゃなかったんだ。よし、明日からはもう一度初心に帰って叙事詩作りに取り組むぜ!!!」


 アッシュの宣言を聞いてリーアは肩を落とした。

「いや、そうなんだけど、そういうことじゃないんだよ。……どうしよう、せっかくの心からの忠告でアッシュが現実を認識したと思ったのに、またやる気を取り戻しちゃったよ」

 

 だけれど……

「まあいっか。アッシュ喜んでるし」

 エルフの少女はワイバーンの上に登り立ち、集まった人々にこれから大宴会を開催すると宣言する青年を見つめる。

 皆は歓声を上げ、さっそく酒と料理の調達に散っていく。


「アッシュー! デザートも用意してー!」

 リーアはそう言いながらアッシュの元へ駆け出す。


 ヴァルドはその後姿を見送って大きくため息をつくと、自分も宴会に参加すべく歩き出した。


※今日の獲得PT


・アッシュ『空が陰る日-王国辺境伯領飛竜討伐記-』65PT

・マーク『ワイバーン倒したけど冒険者登録忘れてました ~報酬? 少女の笑顔と美女のキスで十分です~』487PT

・ダニエル坊や『影の支配者に甘やかされて ~美人の母さんが俺を溺愛しすぎてワイバーン代わりにかってきたり、可愛い許嫁を用意してくれたりで人生楽勝ルートです~』620PT

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る