第3話 よーし皆! 今日は初陣でワイバーン撃破に挑戦するぞ!! ①

 赤色のくせっ毛が特徴のマークは、王国に数少ないAランク冒険者グループ『不滅の蒼』エターナル・ブルーのリーダーである。

 いずれは――――今はまだ冒険者登録すらしていないけれど。


 小さな農村の末っ子同士で幼馴染の三人組が5歳の時、鍋のフタといい感じの木の棒を手にして結成したのが『不滅の蒼』である。


 そんな彼らが14歳の成人を迎え、幼き頃からの夢を実現するべく都会である王国辺境伯領の首都に出てきた日…………


「マ、マーク! 俺たちなんで走ってるんだよお!」

「わっかんねーよ。とにかく走れー!」


 …………彼らが意気揚々とギルドで冒険者登録をすべく受付に並んでいた所に現れた長身の男。ロングソードを背負い、細身ながら筋肉質な体躯。黒髪に一房の銀髪が特徴的な存在感のある青年。


 周囲からアッシュと呼ばれた彼が奢りを宣言すると、受付部屋にいた20人近くの者達がいっせいに酒場になだれこんだ。マーク達も訳がわからないままにその流れにおされて席についてしまう。


 不安になりながらも、じきに農村では祭りの時にしかお目にかかれないような豪華で香しい料理が運ばれてくると、三人はあっという間に夢中で皿をかきこんでいた。


 そこへ告げられたワイバーン襲来の報。


 ワイバーン――――山間に住まう亜竜。たまにテリトリーを離れて人里に飛び込んで家畜や人を戯れに屠る恐るべき暴君。

 

 対処するには高位の冒険者達を何組も呼び寄せるか、領主様の騎士団が来てくれるか、それでも追い払うのが精々な厄災。

 マーク達は直接目にしたことはないけれど、数年に一度は村が潰された生き残りが彼らの村に流れ着いたりで、その恐ろしさはよく知っていた。

 

 だけどアッシュという青年は受付嬢の報告を聞くや、ぐいっとエールをあおり宣言したのだ。

「いいぜ、この悲しみをぶつける相手が欲しかったんだ。よっしゃ、行くぞ野郎ども!」


「おっしゃあ!!」

 高く掲げられる斧や剣や槍。マーク達はまたも流されて酒場を飛び出した。


 アッシュを先頭に大通りを駆ける一行。

 澄んだ青空に暖かな春の日差しが彼らを照らす。だがそんな陽気とは裏腹に街の人々はパニックに陥っていた。


 悲鳴を上げ、天を指差し、逃げ惑い。


 誰かが叫ぶ。「来るぞ!」


 ドスン、と音をたてて一行の前方に何かが落下した。

 茶色の大きな物体。赤い色がその周りに広がっていく。


「ひいっ」

 冒険者達の足は止まることなく進み、マークが横切った時にそれが馬の成れの果てであることが分かった。その長い胴体には大きな三つの爪痕。


「キィイイイイイイーー!!」

 同時に頭上から叩きつけられたワイバーンの雄叫び。

 反射的に見上げると、陽光を塞ぐように巨大な羽根を広げた影が視界を横切っていく。

 遅れて流れていく風がワイバーンの羽ばたきであったと気づくと、マークの背筋が一気に凍りついた。


「やばいよマーク、やばいよ」

「何、この人達ワイバーンと戦う気なの!?」

 仲間が震える声で訴えてくる。


(騎士団が来るまで住人の避難誘導するくらいと思ったのに……)

 こっそり逃げれないかな……そう考えて周囲を伺うが、


「おう、お前ら見たところ新人だな。初陣でワイバーンたぁ運があるぜ」

 屈強なドワーフ達が彼らを囲むようにドタドタと並走する。


「あんちゃん、俺たちの初陣の時の岩熊バサルトベアを思い出すね」

「あの時ゃ、十人で出陣して五人も生き残ったからな。やっぱビギナーズラックってのはあるよな」

 物騒なことを言ってガハガハと笑う三人のドワーフ。


(だめだ……これ逃げたら殺されるやつだ……)

 マークの本能が逃走を諦めるが、このまま進んでも同じじゃないかと心が沈む。

 

 やがて皆を先導していたアッシュが十字路で立ち止まった。

「この流れからすると多分中央広場の市場を荒らすはずだ。家畜や食いもんが並んでるから時間が稼げるだろう。そこで叩くぞ。ヴァルドは先行して広場を人払いしてくれ。リーアは東側から炎弾で追い込め。グレゴ、お前達は西側を任せる。あと大通りから……」

 アッシュが周囲の面々に矢継ぎ早に指示を出す。皆は即座にそれぞれの持ち場へと散っていく。


「んっ、見ねえ顔だがお前ら新人か?」

「はっ、はい」

「よし、お前達には伝令を頼みたい。一人はギルドに戻って受付でアッシュが広場で仕留めると言ってたと伝えればいい。もう一人は騎士団の詰め所だ。あそこの赤い屋根の建物で同じことを伝えろ。後は、ええと、お前は……」

「マ、マークって言います!」

「よしマーク。お前はあそこにいるガキ共をできるだけ頑丈そうな建物の中に連れていけ」

「はっ、はい! 行ってきます!」


 指示された方向には数名の幼い子供達。地面に棒きれで落描きをしていたらしい彼らは、周囲の騒然とする様子に泣きべそをかいていた。


 マークが近づくと子供達はびくっと怯えるが、一緒に避難するよと声をかければ、わっと足にしがみついてきた。


「お兄ちゃんたすけてくれるの!?」

「いや、むしろ君達が俺を助けてくれたんだよ」

 ワイバーンから離れられるなんだっていい。


 マークは彼らをあやしながら、目についた近くの小麦問屋の倉庫に向かう。幸い戸口でこわごわ外を伺っていた番人はすぐに皆を中にかくまってくれた。


「よーし皆、もう大丈夫だぞ」

 頑強な戸板を閉め、子供達を手近な木箱に座らせてやる。そのほっとした表情にマークも肩をおろす。

 だが一番年長ねんちょうの子がマークの服の袖を引く。


「お兄ちゃん、ダニーがいないよ」

「えっ、ダニーって誰?」

「ちびのダニーだよ。さっきまでいっしょにいたのに」

「ボク知ってるよ。あいつすっごい大きなトカゲのシッポを手に入れたから、母ちゃんに見せにいくっていってたよ」

「えっと、どこに?」


「あっち」

 指差すのはアッシュ達が向かった方向。そちらには中央広場があることは街に来たばかりのマークも知っていた。

 子供達によれば、ダニーの母は商会長の妻で、今日は市場に出向いているという。


 よりによってワイバーンの来る方に……


「あいつ弱虫だから、きっとどっかで泣いてるよ」

「お兄ちゃん、ダニーを助けたげて」

 小さな少女が目に涙を浮かべながら懇願してきた。


「い、いや。きっと誰かが助けてくれてるんじゃないかな」

 市場に向かったんなら、間違ってそこまでたどり着いてしまったら、それはそれであのアッシュさんがまた保護してくれるんじゃないか。

  

 マークも、アッシュが自分たちが足手まといになるからと、ワイバーンから離れる任務を与えてくれたことは分かっていた。


「あいつ怖いことがあると、いつも狭いとこにもぐり込んでふるえてるんだ」

「きっと市場につく前にかくれて泣いてるよ」

 なにその習性……マークの方が泣きたくなった。


「お兄ちゃんは冒険者なんでしょ! お願い!」

 冒険者―――その肩書と少女の涙にマークはハッと身を固めた。


 そうだ、将来のAランク冒険者がここで動かなくてどうする! 


「ああ、分かった。……君の名前を教えてくれる?」

「ふぇ? うん、私マリー。将来はダニーのお嫁さんになるの」

「よし、マリー。君の依頼は不滅の蒼が受領した。必ずダニーを助けるよ」

「ありがとう!」


 マークは子供達に見送られながら外へと飛び出す。 

 やってやる。冒険者登録する前に少女の依頼を受けてその愛しき恋人を凶暴なモンスターから救い出す。ついでにそのワイバーン撃退にも貢献しちゃったら? これはもうPTは1000や2000じゃきかないだろう。9999PTを超えて一気にAランク認定されちゃうかも。神殿に叙事詩が刻まれた石碑が飾られるレベルだ。


「ダニー! ダニーは居るー!」

 マークが心を滾らせて大通りを走っていると、進行方向を逆流して多くの人が逃げてきた。悲鳴を上げながら少しでも距離をとろうと必死の形相。慌てて壁際によけて確認するが、その中に子供や母親らしき姿はない。

 

「出た」

 同時に視界の先、赤銅色のワイバーンが空高くに浮上してきたのが屋根の隙間に見えた。大きな羽根をはばたかせてその場に滞空している。


 そこへ放たれた炎の弾。村唯一の魔道士が得意気に披露したのより数倍も大きな赤々とした炎。

 ワイバーンがのけぞり、回避。さらに連発される炎に、苛ついた様子ではばたき、大きく旋回し距離をおく。


 マークは先ほど先頭を走っていたエルフの少女を思い出す。ローブに身を包み、手には古めかしい杖。精霊の加護を示す銀の装飾品。それは高位の精霊術師の証。


 突然何かが下からワイバーン目掛けて突き進む。ワイバーンの足の爪に当たり、大きく弾かれたことで、それが長大な矢であると分かった。ワイバーンが悲鳴か威嚇か、金切り声を上げる。


 ヴァルドと呼ばれていた狼人が、マーク自身の背と同じくらいの大弓を背負っていたことを思い出す。


「すげえ。やっぱり都会の冒険者は違うぜ」

 直撃こそしていないが、彼らの攻撃はワイバーンを確実にひるませている。

 マークは先輩冒険者の活躍に勇気づけられ、より声を張り上げた。


「ダニー!」


 何回目かの呼びかけで反応があった。

 建物の間の横道から突然子供が飛び出してきたのだ。

「ダニー?」

 受け止めて涙にまみれていた顔を拭ってやると、小さくこくんと頷く。

「良かった、一緒に逃げるよ。マリーちゃんのところに行こう」

 

 だが子供は首を振って、マークの服を必死に引っ張る。

 何かあるの? 誘導される方に向かうと小道に置かれた建築用の木材が崩れており、その隙間に女性が倒れていた。

 慌ててかけ寄るマーク。


「大丈夫ですか!?」

 懸命に力を振り絞り、木材をどかすと女性が自力で半身を起こした。


「ああ、助かったよ。ありがとね坊や」

 坊やじゃない、普段ならそう否定するところだ。

 けれど、薄っすら化粧をして、すだれ髪が白い肌を浮き立たせたその女性。何というか、すごく艶めいていて、見ているだけでむず痒いようなこそばゆいような。不思議と子供呼ばりされて嬉しささえ感じさせられる。


「ワイバーンから逃げて来たんだけど、途中でこの子が市場に向かってたのを見たって聞いて、慌てて探し回っていたのさ。ようやく見つけた時にあれが暴れた衝撃でね」

 今は母親の服に顔をうずめているダニーは足が早いのか、かなり市場に近づいていた。ワイバーンと冒険者達の戦いの音がすぐ近くに聞こえている。


「とにかくここから離れましょう」

 それから三人は女性の案内で近くの石造りの建物に避難した。


 マークだけはすぐに引き返し市場に向かった。自分にも何か手伝えることがあるかもしれない。ベテラン冒険者の技を盗めるかもしれない。

 ダニーの母親には引き止められたが「自分は冒険者だから」と言うと苦笑して送り出してくれた。


 マークはこの日、冒険者としての初依頼を達成したのだ。ダニーはお礼にと大きなトカゲのシッポをくれた。そのうえ美しいご婦人は別れる際にほおにキスまでしてくれた。幸運のおまじないだと。


 一端いっぱしの冒険者になったような高揚感がマークの全身を覆っていた。


 冒険者ギルドの受付嬢がその姿を見たら、口をすっぱくして言い聞かせるだろう。新人冒険者は初任務よりも二回目三回目に注意をしろ、と。最初はだれもが十分に用心をするが、案外あっさり片付いた初任務に油断して痛い目を見る者が後をたたないのだ。


 だが冒険者登録すら済ませていないマークはそんな基本すら聞いていない。


 だから調子にのってしまった。不用意に広場に身を晒してしまった。


 その結果…………


「あっ、あっ……ああ……」


 マークの目の前にはワイバーンが立ち、羽根を広げている。音もなく、羽ばたきすらせずに彼の視界を塞いだ暴君は、きっとマークのことなど狙ったわけではなかった。

 ただ他の冒険者の猛攻を避けようとたまたまそこに降り立っただけ。


 だがワイバーンは彼らへの威嚇になるだろうと、その小さな獲物に目をつけた。

 口を開く。鋭い牙の並びの奥、ボウッと小さな炎が灯される。


 その揺らめきを見てマークの脳裏に浮かぶ―――高位のワイバーンは炎の魔法を吐き出す―――村を壊滅された流れ者から聞いた言葉。


 あっという間にワイバーンの開いた口を埋めるほどに大きくなった炎の球。


「かあさん……」

 自分よりも大きくなった炎にマークが最期を悟った時、頭上から何かが飛びこんできた。

 

「ようやく降りてきたかあ!」

 ロングソードを担いだその男、アッシュはワイバーンから放出された炎の球体に向かい剣を振り下ろした。

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