第5話 よーし皆! 今日は新メンバーを募集するぞ!!
ギルドの看板受付嬢エルザはこの道ウン年のベテラン事務員である。
トップパーティーであり、毎度数々のトラブルを引き起こす
「はあ、新メンバーを募集したいと」
この日、一人で冒険者ギルドを訪れたアッシュは、受付に来るやびっしりと書き込みのされた一枚の紙を差し出してきた。
「ああ、具体的に要求する条件はここに書いてあるが、今回は即戦力が欲しい。シンプルに言えばとにかくPTが稼げるメンバーを入れたいんだ」
「吟遊詩人ですか?」
「何であんな奴らを入れるんだよ」
あれ、叙事詩作りはやめるんじゃなかったのかな? あなたが叙事詩を作るのを止めればすぐにでもPTが稼げますが? エルザはそう思ったが有能なので何も言わなかった。
だがスイッチの入ったアッシュは止まらない。
「あいつらはな、受ければいいってことしか考えてないんだ。そりゃあ詩ってのは受け手あってのもんだ。だがな、それでも詩の詠い手ってのは根底には自分の語りによって世界を美しく格調高く切り取ろうっていう矜持があるべきだと思うんだ。それをあいつらは――――」
(即戦力か。たしかに引き受けてくれるから最近はついつい新人育成を押し付けちゃってたけど、基本『星の白銀』って主要メンバー3人の力量が桁違いに高いから、せめてサブメンバーはCランクじゃないと釣り合い取れないんだよね。
思えばこないだ引退したあの
他の高位冒険者パーティーはもう少し人数が多く、2軍扱いのサブパーティーを組むことも多い。その層の厚さで様々な任務に臨機応変対処していくし、新人育成の余地もあるのだ。
中には結成以来ずっと3名という少数で、しかも全員がパワーファイターで得物も斧オンリーという偏ったAランクパーティーもあるが。
(新人がいなくなればこれからの『星の白銀』はガンガンAランクの依頼を受けてくから、それには3人について行けるメンバーを何としても手配しなきゃね)
「――――ってことでだ、ウチのパーティーに吟遊詩人は必要ない」
「あっ、はい。分かりました」
「おお」
「それで、アッシュさん達のパーティー構成からするとやっぱりヒーラーが必要だと思うんすけど……」
そこでエルザはアッシュの持ってきた紙に目を落とす。
「えっ、なんですかこれ?」
てっきり必要な職や技能が書いてあると思いきや…………
「よく分かんないスキル? 職? が脈絡なく書いてありますけど」
「ああ、これからの『星の白銀』は生まれ変わる。俺も叙事詩作りにさらに力を入れていくが、冒険自体もよりPTが取れる方向性を探っていこうと思うんだ」
(あっ、そっち行っちゃうんだ……)
むろん、より華々しい活躍や人々に感謝され称賛を浴びる依頼を達成する方がPTが高いという傾向はある。だが現実に生きる冒険者は、どちらかといえば余録であるPTが稼げるかよりも報酬や危険度が見合っているかという方を重視する。
だが実質Aランクの彼らが引き受ける依頼は、本来十分にPTが付いてくるはずのものばかり。となるとこれはアッシュが暴走していく兆候である。
エルザは気を引き締めてもう一度紙をチェックする。
「えっと、この先頭のオンリーワンスキルの使い手ってのは?」
「言い換えれば異能力だな。世の中でそいつしか使えない能力。他の奴らとは違う才能の持ち主ってわけよ。酒場で聞いたんだが、高PT冒険者の7割がこの
「7割って多すぎでは……あんまり聞かないんですけど……」
(それ言ったら、そもそも既にアッシュさんが異能力の持ち主なんですが……)
ギルマスからの信頼も高いエルザは、ワイバーンの炎をも打ち消せるアッシュの能力が剣に魔法を宿すことのできる魔法剣士という、それこそこの世界ではオンリーワンの、異能力であることを知らされている。
「7割もいれば勧誘の成功確率も高いだろう。こいつは期待だな。んでその次は……」
「異世界人?」
「ああ、転移って言って、こことは別の世界から飛んでくるそうだ。多分飛ぶってからには嵐とか竜巻に巻き込まれてやってきたんだと思う」
(そう言えばお祖母ちゃんがよく、夜中に橋を渡ると悪いおばけに別の世界に連れてかれちゃうって言ってたな。そういうやつのことかな?)
エルザはシチューを作るのが得意な祖母のことを思い出し、次の休暇には久々に会いに行こうと決めた。
「酒場で聞いたんだが、高PT冒険者の4割がこの異世界人だそうだ」
「聞いたことないんですけど……」
4割もいるならちょっと連れてきてくれません? とエルザは思った。
「ちなみにその別の世界ってどういう感じなんですか?」
「ああ、実は俺の家にはその辺が伝わってるんだが、何でも精霊がいない世界らしいぞ」
「ええっ、そんなんでどうやって生活してるんです?」
精霊は自然界を調律し、マナの循環を担っている。精霊術士であるリーアのように直接精霊の加護を得なくても、人間はただ生きているだけでもその恩恵を受けているのは誰もが知っていることだ。
「いや、正確にいうと雷の精霊ってのがいて、そいつが他の火や風や土や水の精霊の代わりをしてくれるらしい」
受付嬢エルザは首をかしげる。
「アッシュさん、雷の精霊なんていませんよ。雷ってのは大雨の日に水と風と火の精霊が喧嘩して、その力のせめぎ合いの衝撃がとばっちりで大人しく寝ていた土の精霊にぶつけられる現象のことですよ?」
「リーアも雷はそういうもんだって言ってたけどな、まあそれくらい不思議な世界だからこそ、異世界っていうのさ」
受付嬢はますます訝しげな目でアッシュを見る。
「横に書いてある『タナカ』ってのは?」
「異世界にはそういう一族がいるんだ。異世界転移を果たした人間の内、かなりの人数がそのタナカ家の者らしい。こっちでの活躍を思えば、元の世界でかなり勢力を持った家柄だと思うぜ。どうせ異世界人ならそういう高貴で非凡な人間を迎えたいもんだよな」
「じゃあその横の転生者ってのは……これって生まれ変わりのことですよね? それなら私もアッシュさんも皆そうなんじゃないですか?」
おおむね王国やその近辺では土着の先祖信仰からの生まれ変わりという概念は広く受け入れられている。
宗教によっては転生を教義で否定するものもあるが、一般の信者は古くからの言い伝えも同時に信じる柔軟性を持っているものである。
「いや、ただの生まれ変わりじゃねえ。俺が求めているのは前の人生を覚えているっていう条件があるのさ」
「そういえば私って子供の頃からリュート弾くのが得意だったんですけど、そしたらお祖母ちゃんが大祖母ちゃんみたいに上手だってすごく褒めてくれたんです。何でも大祖母ちゃんは私が生まれるちょっと前に亡くなったそうで、その生まれ変わりだって言って可愛がってくれましたね」
でもそれが本当だとしても大祖母ちゃんだった頃の記憶なんてないけどなあ、とエルザは思った。大祖母ちゃんが生み出したという秘伝のシチューも、彼女だけはマスターできなかったのだ。
「前の人生っても、そんなすぐのことじゃないんだ。もっとずっと昔、それこそ何百年も過去の時代に、この辺に古代文明ってのがあっただろ。それくらい前に生きていた人間の記憶を持ってるってのが肝心なんだ。いわば過去の人だな」
「古代文明ですか」
この王国に限らず、大陸全土にかつて高度な魔導文明が栄えており、何らかの原因で滅び去っている。一部の技術がか細く残り、現在の社会インフラに組み込まれていたり、アイテムや魔導書なりの今でも利用可能な遺物は市場に流通して高値で取引されている。
冒険者の中にはそういった古代文明の遺物を探すのを専門としている者がいるくらいである。
「考えてもみろよ。古代文明と言えば今では作動原理も分からねえ魔導機械や、大地の形を変えるほどの威力の魔法を使いこなしていたんだぜ。失伝したそういった技術や魔法の知識を持ったまま生まれ変わったとしたら? 水準がだいぶ落ちちまった現在にそんな過去の遺産を使いこなせる人材がいればどんだけ活躍できるか分かるだろう」
(過去っていうと、亡くなる時点で高齢になってる上に長い時間が空いてるから生まれ変わった時からボケてて大事なこと忘れちゃってそうだなあ)
エルザはそう思ったが、有能なので何も言わず次を促した。
「酒場で聞いたんだが、最近になって高PTを獲得している冒険者の4割がこの過去からの転生者だそうだ」
「そんなに!? ちょっと転移者でも転生者でもいいから、誰か一人連れてきてくれません!?」
「ところが誰に聞いても自分は違うっていうんだよな。そりゃ冒険者なら自分のPTの秘訣を秘密にしたいってのは分かるけどよ……」
アッシュはやれやれと手を広げた。
「はあ……ええと、次の星船の船長ってのは?」
「ああ、エルザちゃんも空を飛ぶ船ってのを知ってるよな?」
「古代文明の飛空艇ってやつですね。この国でも王家や大貴族だけが所有してるっていう」
そうだ、とアッシュは頷く。
「星船ってのはいわば、それのすげえ奴さ。飛空艇が高く飛ぶっても山よりちょい上って程度の高さだろう。星船ってのはさらに高く、それこそあのお月さままで飛べる船ってわけさ」
「ええっ!? そんな高い所、飛べるわけがありませんよ。前にギルマスが王都で乗船した話をしてくれましたけど、やっぱり山くらいの高さが限度で、それに窓開けたらすごい息苦しかったそうですよ。上にいけばいくほどそうなって、理屈は分かんないけどその関係でそれ以上は船が飛ばないんだそうです」
あん時は船員にめっちゃ怒られたなあ、とギルマスは殴られたらしい頭を撫でていた。
「そこは心配いらねえ。10年前に王都の学院で万物学の教授が発表したんだ。宇宙はエーテルっていう無色の物体が満ちてるってな。俺が思うに星船ってのは海をいく船みたいにそのエーテルをかき分けて進むんだ」
「待って下さいよ。そんな飛空艇よりもすごい船がこの街に来てたら大騒ぎになってますって!」
「なに、当然古代文明の船ってことだろう。なら船全体に隠蔽魔法の一つも使えたっておかしくねえ。多分遺物専門の冒険者がその船を見つけたってことだろうな。さぞかし腕がたつだろうよ。なんせ海の漢だってたいがいな逞しさだろう。だったらエーテルの海を進む宇宙の漢ならさらにすごいことになってるぜ!」
辺境伯領には海はないが、隣の領地が大海に面している。エルザも何度かその地を訪れる機会があり、海という大自然を相手に日々戦う漁師の屈強さは冒険者に引けをとるものではないと知っていた。
(あの時の貝、おいしかったなあ。ああ……もうお昼時だ。お腹すいてきた……)
エルザはそっと周囲を見回す。だが他の職員は視線に気づくとさっと目を合わせないように顔を伏せる。馴染みの冒険者達も近づこうとしない。
(薄情者め……)
カウンターの紙を見下ろす。並べられた意味不明のフレーズはまだまだ残っている。勧誘条件を掲示するにはこれを他の冒険者に伝わるように、エルザ自身が理解しなければならない。
エルザはハアとため息を吐くと、バンと手を付きながら立ち上がった。
「アッシュさん! お腹すきました! 私は今日はもう覚悟しましたよ。とことん付き合いますから赤い大渦亭に移りましょう。もちろんアッシュさんの奢りです!」
「おう、いいぜ。次はテイマーがどんだけすげえかをじっくりと説明したかったんだ」
「テイマー? モンスターを飼いならすアレですよね。たしかに技術はすごいですけどPTにはあまり関係ないんじゃ……ああ、もう食べながらじっくり聞きます。もう、どんとこいですよ!」
それからエルザがカウンター業務を近くの同僚に引き継いでいる間、アッシュは手持ち無沙汰に辺りを見渡す。
「おっと、これから腕利きに来てもらおうっていうんだ。俺からも直接呼びかけしねえと失礼だな」
アッシュはそう言うと受付部屋の中央に移動した。
「ようし皆聞いてくれ!」
皆の注目を集めると腕を組み仁王立ちに宣言する。
「俺はDランク冒険者パーティー
だがな、
そしてあっけにとられる周囲をよそに、アッシュは満足気に頷くと、忘れていたという風に一言付け加えた。
「あとタナカ」
※作者はハルヒで唯一出てきていない異世界人はキョンのことである、という説が素適だなって思います。ハルヒにとって男の子という何考えてるか分かんない、自分とは違う存在、だから知りたい相手なんだっていう解釈の方ね。
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