第6話 よーし皆! 今日はステータスチェックをするぞ!! ①

『当方詠い手。

 王都詩作クラブにて開花フロレイゾンクラス到達の実績あり

 本気でPT向上を目指すメンバーを募集。共に石碑に名を刻もう!』


 冒険者ギルドの受付部屋で。『星の白銀』シルバー・スターの新メンバー募集の知らせを掲示板に自分で貼り付け、満足げに頷くアッシュ。


 一方、カウンターで頭を抱えて呟く受付嬢エルザ。

「もう冒険者の募集ですらない…………いや、もういいんですよアッシュさんがそれで満足なら…………はあ、必死にあのリストを理解しようとした私の努力は…………」


「おう、エルザちゃん。俺は今日は赤い大渦亭にいるからさ。PT稼げそうな応募者が来たらすぐに教えてくれよな」

 力なく手を上げるエルザと対照的にご機嫌に食事処へ移動するアッシュ。


 この日はワイバーン討伐に関わる事後処理がようやく終わり、星の白銀の活動は休みとなった。アッシュはこの機会にPT獲得への新体制づくりにいそしむことにしていた。メンバー募集の掲示もその一環である。

 仲間のリーアは友人と遊びに行っている。普段は休日は家族と過ごすヴァルドは、ちょうど妻子が出かけているということで、アッシュに付き合うことにして、食事処に顔を出していた。


 合流して定位置になっているテーブルにつくや、ペンと紙を取り出すアッシュ。

「何すんだ?」

「ああ、エルザちゃんがヒーラーが加入するのがウチのパーティーのバランスが良いって言ってたんだが、その辺をはっきりと数値化して資料にしようと思ってな」

「数値?」


「ああ、酒場で耳にしたんだが高PTの冒険者の多くは人間の力を数値化する、ステータスチェックっていうのをやってるそうなんだ。むしろ基本テクニックと言ってもいいらしい」


「聞いたことねえぞ。んっ? おーい、グレゴ! お前らステータスチェックって知ってるか?」

 ヴァルドがちょうど食事処に入ってきたドワーフ三兄弟に声をかける。この辺りで一番の高PT冒険者パーティーと言えば彼ら『屈強なスリー・ドワーフワイリー・三兄弟ドワーヴス』である。


 顔を見合わせて疑問顔の3人。改めてアッシュがステータスチェックの説明をする。

「ステータスチェックってのはな、人間の強さを数字で表すことを言うんだ」

「なるほど、分かるぜ。こういうこったな」

 席についたグレゴはお気に入りの酒を注文する。ベテランの店員は常連の好みを心得ており、すぐに注文品を運んでくる。


「こいつは火酒蒸留酒、通称ドワーフ殺しっていう強烈な酒でな。火を近づけりゃあ燃える程に酒の精霊の加護がつまった上物よ。ガキの頃の俺はこれ1杯でぶっ倒れてたが、今なら10杯はいける」

 そう言ってグレゴは得意げに酒をあおる。


「ぷはぁ、こいつは効くぜ。こうなるとジャガイモとベーコンの炒めものが欲しくなるな」

「あんちゃん、俺たちも」

 さっそく付け合せの料理を注文する三兄弟。アッシュ達もエールと川魚の油漬けを注文。


「で、アッシュ。これは火酒違うだろ」

「いや、考え方としてはそれであってるはずだ。たしかステータスの中にはMNDマインド、精神力っていう項目があるそうなんだが、言われてみりゃあどんだけ酒を飲んで意識を保ってられるかっていう意味だったのか」


「がははっ、この辺でそのMNDってが10に至るのは俺くらいだろうぜ」

「やっぱ、あんちゃんは賢いぜ」

「もうオレはステタースは酔っぱらいのタワゴトだったって確信したね」


「だがその辺りはサブ的なもんで、実際には戦闘に関係する強さをチェックするのが肝心なんだとさ。具体的にはHPヒットポイントMPマジックポイントってのが基本中の基本だっていうんだ…………MPってのは何となく分かるんだ。これが尽きると魔法が使えなくなるっていうから、魔力量のことだろうな。ただ具体的な数値に表すにはどうするかだが……」


「あいにく俺たちはそういうまどろこしいモンには縁がないからな」

 彼らドワーフ族は、例外はあるが全体の傾向としてあまり魔法の使用にはむいていない種族である。


「そういやあオレの一族は多分そのMPって数値を使ってるぞ。戦士階級は皆身体強化術を習うんだけどな、最初はせいぜい1分しか持たねえんだ。修行して徐々に伸ばしてくんだが、その長さでそいつの力量をはかってたな。60分で一人前とされる、って感じでな。ちなみに俺は最長で10時間ぶっ続けでいける」


「なるほど、お前のMPは600ってわけだな。ふむ、そうなると俺も最初に使えるようになった氷剣、これがどれだけ持つかって数字なわけか…………よしよし、高PTの秘訣、つかめてきたぞ! この調子でHPも割り出してえ、お前らの知恵を貸してくれ!」


 アッシュの頼みに皆が仕方ねえなと応じる。

「ふっ、ドワーフのえいち叡智を頼られたんじゃあ、嫌とは言えねえな」

 

「それじゃあHPだが、冒険の最中にこれが尽きるとアウトってことらしいんだ。何のことだと思う?」

「それが尽きたら死ぬってことか?」

「ああ、でも0になっても動けないだけで死にはしないっていってた奴もいるんだよな」

「どっちだよ」


「なんでい。そんなもん人間腹が空っぽになりゃあ動けなくなる。そのまま食わずにほっときゃ死んじまう。そういうこった。つまりHPってのはどんだけ腹に食いもんを詰め込めるかっていう数字なわけだろ。つまりジャガベーコンが何皿食えるかって意味だろうよ。……おーい、女将さん、俺の注文早くもってきてくれよ!」


「おお、なるほど……って、待て。たしかそれを俺に教えてくれた奴はHPが0になりかけて回復ポーションで命拾いしたっていってたんだ。あれは薬であって腹は膨れねえぞ」

「まずその言ってた奴を捕まえて詳しいこと吐かせようぜ」


「なんでい、それなら簡単だろうが。アッシュ、お前最初から言ってるじゃねえか、ヒットのポイントだって。つまりどれだけの攻撃ヒットに耐えられるかっていうポイントなわけだろ。ようは身体の頑丈さのことよ」


「おお、今日は冴えてるじゃねえか」

「やっぱあんちゃんは物知りだぜ」「すげえや大にいちゃん!」


「問題はどうやって頑丈さを数値化するかだが……」

「あん、そんなもん考えるまでもねえだろ」

 グレゴはそう言いながら毛深い腕を曲げる。ふんっといきむと力こぶが盛り上がる。


「俺のパンチが決まりゃあ誰だって一撃でノックアウトよ。つまりこの辺のやつらは皆HPは1ってわけよ」

「おいおい、1はねえだろ」

 アッシュとヴァルドが顔を見合わせ失笑。

「お前のパンチ一発で倒されるなんざ新人冒険者くらいだぜ」


「ああん? 俺が初陣で岩熊バサルトベア倒した時な、あん時は安もんの斧しか持ってなかったせいですぐに刃こぼれしちまって、結局トドメをさしたのはこのげんこよ。まあお前さんが岩熊みてえに全身を鎧で覆いかくすってなら二発はかかっちまうかもしれねえけどよ」

 ガハハと三兄弟が大口を開ける。


「へっ、ならウチがこないだ倒した鉄迷像メタルゴーレムな。弓が通らねえんで、オレが殴ってトドメよ。岩と金属比べりゃあオレの勝ちだよな」

「おいおい、ありゃあ俺の炎と氷の交互打ちが効いてたんだろうが」


「その通り、アッシュといやあ魔法剣ってのは知る人は知るところだろ。だが星の白銀で肉弾戦となりゃあ身体強化術も使えるオレってのは誰もが認めることだろうが」

「聞き捨てならねえな。そもそもお前、弓持ちのくせに前に出すぎなんだよ」


 言い合いがアッシュとヴァルドの間に移るが、グレゴが割って入る。

「はっ、お前ら"1"同士で争うんじゃねえよ。こうなりゃ俺がじかにHPを鑑定して証明してやるぜ。立ちな」

「へっ、おもしれえじゃねえか」

「ほう、やるか。お前さんら3人まとめてでもいいぜ」

「へんっ、あんちゃんが出るまでもねえ、俺と弟でかたぁつけてやるぜ!」「おおよ!」


 五人の男たちが乱暴に立ち上がる。勢いで倒された椅子が大きな音をたて、周囲の者たちが慌ててすっと距離をとる。

 ギルドのトップ集団たる荒れくれ者達が両の拳を打ち合わせ、関節をならし、肩を回す。

 突然の物騒な雰囲気に、食事を楽しんでいた他の冒険者たちが固唾をのんで見守る中……


「はいよっと!」

 ガガンと五人の後頭部に突然の衝撃。

「なんでい!」

 男たちが振り返ると恰幅の良い女性が両手に真っ黒な大根を握っていた。


「女将さんかよ」

 それは自身もかつてBランク冒険者であり、今は同じパーティーメンバーであった亭主と共に赤い大渦亭を切り盛りする女将さんであった。


「まったく、大の男が雁首揃えて何騒いでるんだい! 酒場でもめごとおこすんじゃないよ! あと、これはあんた達で食べるんだよ!」

 突き出された大根は殴りつけた衝撃で中太な身が折れて白い中身がさらされている。


「おいおい女将さん、俺は大根嫌いなんだよ。それより早くジャガベーコンを食わせてくれよ!」

「好き嫌いすんじゃないよ、亭主の料理が食えないってのかい! 大人しく待ってな!」


 怒鳴りつけられ渋々席に座り直す男達。

 程なく運ばれてくる大根サラダ。

 男達は渋々サラダをつついた。


「こんなん食った気にならねえよ」

「苦い……っつうか、話を戻すが実際の所、オレ達じゃあワンパンチが強すぎて正確なHPが掴めねえだろ。Dランク冒険者まではワンパンでいける自信はあるが、いくらなんでもその辺の新人と中堅下位が同じHP頑丈さってわけはないだろうが」

 ヴァルドの言葉に皆がだよなあと腕を組んでうなる。


 そこでアッシュがぽんと手を叩いた。

「ひらめいたぜ」

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