第53話 聖王国の思惑

これはアリッサがオーディアスへ連行、というには少々物騒な響きではあるが、連れていかれる前の話である。

ここは聖王国ミスティアーノ。白塗りの建物で統一された清潔感漂う街中には、ありとあらゆる場所に水路が引かれており、水の都と言うべきこの王国の中央には初代聖女の姿が彫られた石像と巨大な噴水が設置されている。

街行く人々のほとんどが何らかの信徒であり、黒色や白色などの基本色をはじめ様々な色の修道服があるなか、共通しているのは皆口元を透明なヴェールで覆っていることである。それは身分を表しており、下級の信徒がみだりに素顔を晒すのははしたないとされているそうだ。


街を上空から見ると街の端に大きな柱が7本建っており、あれが最も多く信徒を抱えている最高神達を信仰する教会である。

アリッサにとって最も馴染みのある水神エウロの教会は、あるにはあるのだが、やはり同じ水神で知名度の高いポセイドン神には劣るようで、こじんまりとしているのは今はおいておこう。


この国が外敵から守るようにひょうたん型の地形をしているのは理由がある。まず下の街が一般の人々が入れる城下街があり、そこには一般の住宅街や市場の他に下位の神を信仰する教会が立ち並んでいる。そして城と言うよりかは、神殿と言うべき建造物が下街からも見え、そこには聖女を始めとしたヴァルキリーシスターズが暮らしており、神殿に行くためには長い長い天界へと通じるような階段を上る必要がある。


さて、地形の理由だが、それは過去この辺り一帯は険しい山岳だった。人間と獣人族の国境貿易国としてあったこの国は、あの大戦時に移民を受け入れ、やがて人々の想いを胸に聖女が誕生した。そんな話を以前にざっくりとしたと思う。

そこで聖女は祈りを捧げるため天に最も近いこの険しい山の頂上で祈り、その祈りを聞き届けた神に力を授けられて人々を導いた。以来、その山は神聖なものとなり、最初はこじんまりとした神殿だったが、いつしか城をも超える大神殿が出来上がり、今に至る。




そんな大神殿の内部の会議室で円卓のテーブルを8人もの様々な種族の重鎮が囲んでいた。どの人間もこの他国においても大きな発言力を持つ教祖であり、そんな重鎮達を待たせる存在がただ一人この国にはいる。



「皆さん、お待たせしました」



静まり返る会議室に柔らかな声が響く。4人の少女達『ヴァルキリーシスターズ』を従えて入ってきたのは1人の女性。

白い修道服に金の装飾があしらわれた代々受け継ぐ聖女のみが着ることを許されるこの服をこの女性は身に纏っている。すなわち当代の聖女であることを如実に示していた。

しかし、それよりも目を引くのは彼女の両目は白い布で覆われていたのだ。その布の下にある瞳は、修道服同様に代々聖女から受け継がれてきた神の瞳と言われているが、真竜大戦以来その瞳は一度も開眼していない。一体どうやって神眼を移植しているのか一切が謎に包まれているが、彼女は紛れもなくこの聖王国を纏める聖女であることに違いはなかった。


じろりと遅れてきたことを静かに非難する教祖達の目を涼し気に受け流し、ウェーブがかかった腰まで届く長い金髪を揺らしながら、まるで見えているかのように彼女優雅に椅子へ腰かけると、にこりと微笑む。



「では、聖女様が来られたようなので始めましょうか」



彼女の異様な出立ちに何の疑問を抱かない教祖たちは、集まった議題について話し合う。



「此度はどのようなことで我々を呼びつけたのかね?聖女様」


「実はこの前の勇者召喚の他に召喚された方がいらっしゃったようなのです」


「なんと!?」


「バジェスト王は何を考えられておるのか」



突然のカミングアウトに教祖達が一瞬にして色めき立つが、美しい金髪をポニーテールしているヴァルキリーシスターズの長女『ブリュンヒルデ』が赤い長槍で床を叩く。



「聖女様のお言葉が先だ。口を慎め」


『………』



その一言で教祖達は渋々口を閉じる。彼女らヴァルキリーシスターズは、この聖王国でも下界においても最強と自他共に認めてやまない。彼女らに勝てる存在はそれこそ聖剣使いかバジェスト王か、それとも魔族の先代王ミドラか。大陸においても数えるほどしかいないのだ。

しかも、長女に至っては一度獣人国の聖剣使いに勝利するという偉業すら立てているのだ。誰も彼女に逆らおうと思わなかった。



「ありがとう、ブリュンヒルデ」


「いえ」


「それでバジェスト王が何やら企んでいるようなので、私は一枚嚙みたいと思っています」


「………しかし、聖女様。その件の転移者についての情報は何もありませんぞ。一枚噛みたいと言っても我々にメリットがある奴なのか、さっぱりですな」



鍛冶の神『ヘファイストス』を信仰するドワーフの教祖が顎の髭をさすりながら苦言を呈する。その意見に他の教祖達も同様に頷くが、それを待っていたとばかりに聖女がにやりと笑う。



「その者は何やら噂ではジャンドゥールの再来と言われているようです」


「ジャンドゥール!?聖女様、流石の貴方とはいえ、我々ドワーフの英雄を貶すような言い方はやめていただきたいものだ」


「いえ、私が言っているのではなく他の方々が言っているんですよ。かのディケダインは、その冒険者が持つ氷のドラゴンの槍でやられたと報告がありましたから」


『………っ!!』



聖女の情報網――――それは一部の教祖のみが噂程度に知っている。かの聖女の後ろには恐ろしい暗殺集団がいると。



「ディケダインがやられたと聞いた時は半信半疑だったのですが……聖女様に挙がってくる情報であれば疑う余地はございませんね……」



生命の神『エロス』を信仰するハーフエルフの教祖がうすら寒いものを感じ、他の教祖もまた言葉を失う。



「聖女様、先ほどの非礼をお詫びします。それで話に噛むというのは、そやつをこの国へ?」


「はい。是非おもてなしをしてあげたいと思うのです。ね?ブリュンヒルデ」


「ええ、是非その御仁にはこの国でたっぷりとおもてなしをさせていただきたいと存じます」



その時彼女の笑みに聖女以外の全員が凍り付いた。そう、姉妹もまた姉の凶悪な笑みに震えたのだ。

ブリュンヒルデが恐れられる理由はもう一つある。ヴァルキリーシスターズは、正しく言えば『ハーフエンジェル』である。そして天使族とは元来両性具有の存在であり、その性質を持ってかつてあった天界へ招かれた勇者をもてなしたと言う。

さて、何が言いたいかと言うとブリュンヒルデは先祖返りをした。つまり、男性器がある。そして恐ろしいほどの性豪なのだ。男も女も関係なく等しく食い散らかし、彼女の寝室に呼ばれた修道女や修道者が何人廃人と化したか分からない。


幸か不幸か、流石のブリュンヒルデも血を分けた姉妹には興味がないようで、手を出してきていないが、いつも長女と遠征に出かける際には、盾に出来る生贄のシスターが欠かせないのだ。



「ま、ブリュンヒルデに預けると壊しちゃうからあげないけどね~」


「な!?聖女様!それは生殺しではありませんか!」


「なら、一緒にいる魔族四天王にしなさい」


「リリス……あれは良い女ですね。ラクーシャ様同様にめちゃくちゃにしてやりたい1人ですが、まさかこうも機会が回ってくるとは」


「今の今まで隠れていたのだけど、一体どうしたのかしら」


「せ、聖女様、流石に魔族の四天王を攫うのはまずいのでは…?」


「なら、貴方がブリュンヒルデの相手をする?」



どこかの教祖が震える唇で意見を言うが、つまらなそうに吐き捨てる聖女の言葉に黙ってしまう。



「流石にじじいを喰う気はありませんよ」


「それもそうね」



力こそすべて。それがこの国のすべてである。恐ろしい、残りの3姉妹も含め教祖の全員がこの力がある2人を恐れた。そしてこの国は一体どこまで腐りゆくのだろう、とこの会議に忍び込み早くも2年間修道女の恰好をしているメリシュの部下が聞いていた。













ラクーシャは普段の表情とは打って変わって厳しい表情を見せていた。彼女が見つめる先には一通の手紙。

それは聖王国の聖女がアリッサの召喚に立ち会うという文言が書かれた機密文書であった。なぜこれをラクーシャが見ているかというと、一重に彼女がアリッサと唯一友好関係を結んでいる王族だからだ。今更アリッサを人間側に引き留めておくことは不可能だとバジェスト王も考えており、せめて彼女とは良き付き合いをしていきたいために交渉役として娘であるラクーシャへ白羽の矢が立ったのだ。


政に今の今まで関わってこなかったラクーシャではあるが、彼女は何も知らぬ王族ではなく、彼女もまた強かであった。



「どこで漏れたんだろ」



と、そんな彼女の前でソファーに寝そべって勝手にクッキーを食べているリーシアがいた。無論彼女もまたアリッサを説得する交渉役としてラクーシャのサポートに任命され、療養中の身とあって近頃はずっとラクーシャの部屋に入り浸っていた。



「いい加減我慢ならんぞ……おのれリーシア……!ここは姫様のお部屋だぞ!来る日も来る日も貴様は!!」


「あ~もううるさいなぁ……」


「ごめんなさい、オリヴィア。今大事な話をしているから怒るのは後にして」


「も、申し訳ございません!」



いくら仲が良いとは言え、王族の前で自堕落な姿を見せるリーシアに対してオリヴィアの怒りはもっともであったのだが、ラクーシャはそれどころではないようだ。



「あの性悪達が雁首揃えてくるって相当よ?特にヴァルキリーシスターズの長女が来るってのがやばいわ」


「………」



リーシアの言葉にラクーシャやオリヴィア、そして背後に控えるジェニファは無言で頷いていた。

会った機会こそ少ないものの大事な舞台では、ここの4人全員が聖女とヴァルキリーシスターズと面識があったため、あの舐めまわすような視線を体験しているのだ。


しかし、だからと言って来ないでと言えるわけもなく。相手はオーディアスとはまた別の影響力で他国を表からではなく裏から支配する国であり、その張り巡らされた糸は種族間を超えて全大陸にまで広がっている始末。


このオーディアスもまた例外ではなく、口惜しくも既に王城にもかの国の影響は少なからず出ており、これにはバジェスト王も手を焼いている。


ラクーシャは頭をひねる。一体何故今更召喚した勇者ではなく『転生した』アリッサを所望するのか。



「分かりませんね」


「箝口令を敷いたんでしょ?って言っても限界はあるか…」



ラクーシャに尋ねるも答えを聞かずにさっさと自分で答えに辿り着いたリーシアは、面白くなさそうに口をとがらせる。



「あいつらがアリッサのことをどこまで知っているか……鍛冶才能は既にバレているとみていいかも」


「この招待状に書かれている参加者から見ても一目瞭然ですね。ドワーフのトップが来るのです。間違いなくあちらはアリッサさんの鍛冶才能に気付いていることでしょう」


「以前、イェーガー家があの国に潜入してみたけど、なぁんか怪しい繋がりがあるっぽいんだよね~」


「あの国は昔から耳聡いですね。私の権限で調べられる情報の程度は知れているのですが、一説にはブラッディ・シャドウと繋がりがあるとかないとか」


「あながち嘘じゃないかもよ。あいつらの本拠地全く分からないんだもの。実は聖王国が裏で匿っているかもね~」



ほぼ確信めいた表情を見せるリーシアにラクーシャは呆れつつ来たる『アリッサ』との対話について話の方向を修正する。



「結局のところ我々オーディアス……いえ、人族は今後アリッサさんとどう付き合っていくべきなのでしょうか」


「色々言いたいことはあるけど、今は私情を抜きにして陛下を支える貴族として意見を述べるわ」


「忌憚のない意見を」


「まず絶対に敵対しないこと。そして自由にさせること。それが回りまわって我々のためになる。これはアルベット家の総意思よ」


「ジェニファは?」


「レーグネス家も同じです。あのお方は自由であることが望ましいと考えます。変に鎖をつけると飼い犬に手を嚙まれるどころか、ドラゴンの逆鱗に触れるのと相違ないでしょう」


「オリヴィアは?」


「私はアリッサという人物をよく知りません。しかし、そやつは人族なのでしょう?ならば、我々オーディアスに与するのが良いと思いますが」


「ま、普通ならそう考えるよね~。でも、アリッサを縛り付けようなんて思わない方がいい。縛り付けた暁には、この国はあっさりと滅ぶわよ」



一通りの意見を聞き、また再びアリッサを良く知る不真面目なリーシアと頼りになるが少々生真面目すぎるオリヴィアが衝突し、ラクーシャは現実逃避をして今の意見をまとめる。



「ねえ、ジェニファ。アリッサさんってどんな人だったの?」


「どんな人ですか……――――一言で表すと『捉えどころのない人』と申しましょうか」



喧嘩をする2人を放っておいて、ラクーシャは観察眼に優れているジェニファに話しかける。



「初めは……言葉が悪いのですが、へらへらとしていて何故リーシアお嬢様が気に入ったのか分からなかったのです。ですが、摩訶不思議なお菓子造りの技術やキックベースボールと言った新たな娯楽。そこで私は改めてこの人は、我々と違う世界からいらっしゃったのだなと思ったのです」


「確かにあのパーティーで王族である私に向かって自分の身よりも学生達である勇者達を心配して啖呵を切ったのは、我々の世界からするとありえない行動ですね」


「打ち首ものです。ですが、そういう恐れないところやたまに見せる無邪気な一面がリーシアお嬢様の心を射止めたのではないかと勘繰ってしまいますね」


「ふふ、あの男っ気のないリーシアがねえ……――――とりあえずジェニファの言葉で私も決心しました。アリッサさんとは、お友達でいるのが一番ですね。変に接触せず、付かず離れずの関係を保つことにしましょう」


「それがよろしいかと。保守派の貴族もラクーシャ様のお言葉を聞けば動くと思われます」


「ふぅ……あまり政には関わりたくなかったのですが、リーシアとアリッサさんのためとあれば致し方ありませんね」


「聖王国に好き勝手させないのが最善ですね。リーシアお嬢様は……今はこれですが、一度戻りましたら旦那様を含め、話し合いをしたのち教会には圧力をかけるといたしましょう」


「この国で血が流れないといいのですが……」



ジェニファとあっさり話がまとまったラクーシャは、遠くに見える黒い雲を見て顔を曇らせた。



















































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