第52話 聖なる国の影

廃棄されたアンダーワールドを探索し終えてから1カ月という時間が経った。マキナ遺跡騒動や教会の補修工事も終わり、暇を少しずつ見つけられるようになった頃、メリシュのコネで新しい拠点となる家を紹介された。


案内してくれるのは、アンガス商会というこのブルースの町で最大手の商会らしく、メリシュの紹介から察するに彼女らの支配下にある商会の一つなのだろうと予測。


大通りの一番奥にある大きな屋敷のような建物の前には屈強な男が左右に立っており、入ってもいいかと聞くが応答はない。2人は門番を見ながら恐る恐る扉を開けると、突如として喧騒が聞こえたと思うと中は人でごった返していた。

ここは一般の冒険者が狩ったモンスターの素材や鉱石など幅広く買い取っているそうだが、客層を見るに最低でもCランク以上の中級冒険者しかおらず、恐らく何かしら紹介が無ければ門前払いを受けるのだろう。


バニラと2人でごった返すフロントでまごまごしていると、2人の前に初老の執事が現れた。



「ようこそいらっしゃいました。失礼ですが、アリッサ様とバニラ様でお間違いないでしょうか?」



綺麗な物腰にアリッサも頭をさげてそうだと答えると同時にメリシュの紹介状を渡した。

執事は一つアリッサへ断りを入れると、さっと紹介状を確認し、そのまま2人は上の階へ案内される。



「どうぞ、おかけになってお待ちください。ルドマン様をお呼びしてまいります」



紅茶と事前に用意してあったお茶菓子を出されるなり、執事は一礼して部屋を出ていく。それを見るなりアリッサはバニラへ耳打ちする。



「ルドマンって誰…?」


「ここの商会を束ねるアンガス家の3代目当主です」


「なるほどね……」



もっと勉強をしなくては、と改めて心に誓い、さして美味しくもない甘すぎるクッキーを一つ食べて顔を顰めて茶で濁すこと数分。



「おお、貴方がアリッサ様ですか。これはこれは美しいお方だ」



扉を開けて入ってきた男は若かった。ビュルアーツ家と仲がいいとのことで、てっきり典型的な肥った無駄に豪華な服を着た男が来るかと思えば、20代後半程度に見えるすらっとした男性がやってきたのだ。

ウェーブがかかったブロンドの髪にフォーマルな深緑の服を着た少し頬が痩せこけている男ことルドマンは、開口一番に大雑把な演技でアリッサを褒めた。バニラと言えば従者モードらしく、目を伏せてアリッサの背後に立っており、それを察してルドマンもまた彼女のことを話題には上げなかった。



「メリシュ様の紹介状を渡された時は何事かと思ったのだが、まさか家を紹介してほしいとは」



サラリーマンとして生きてきたアリッサは、立ち上がると軽く自己紹介しつつルドマンと握手を交わし、バニラに持たせたアリッサ手作りの本場のクッキーを先ほどの初老の執事に渡した。



「我々で貴方のお目にかなう家を精査したのだが……予算はどれくらいおありかな?」


「金はいくらでもあるが、変にでかい屋敷を押し付けられても困る。貴方の事を信用していないわけじゃないが、メリシュはオレの部下だ。ぼったくったら分かってるな?」



軽くこちらを値踏みしようと、甘く見ている気配を感じたアリッサは、最近インドラに教わって魔力放出による威嚇を身に着けたのをさっそく実践すると、ルドマンは見るからに冷や汗を浮かべ始め、懐からハンカチを取り出して冷静を保って見せる。



「アリッサさん……私の情報では、ルドマンという男はもっと年配だった気がするのですが……」



見るからに怯えてしまってしどろもどろになる目の前の男に違和感を覚えてきたところで、バニラが耳打ちをしてきた。

そう、この裏社会を支配する組織の一つのトップがこんな小娘一つの威嚇で怯えるようでは、とても太刀打ちできないと思いながら、話を聞いていると執事をしていた初老の男が歩き始める。



「流石ですな。メリシュ様の言う通り、貴方はただものではないようですな」


「ん?」



すると目の前の若いルドマン?はさっとソファーから離れ、代わるように執事が座った。



「一つ芝居を打たせてもらいました。私がこの商会をまとめるルドマン・アンガスです」


「やっぱりですか。でも、どうしてです?」


「お恥ずかしながら、貴方に関する情報が何一つ出て来なかったので。メリシュ様もレイラ様も手出し無用と仰るので、こうして貴方の人柄を知るために少々芝居をね」



ということは、入り口で警備をしていた兵士が無断で入ろうとするアリッサとバニラを止めなかったのも、入ってすぐ自分らに話しかけてきたのも全て仕組まれていたというわけだ。



「お話は聞いておりますよ。なんでもメリシュ様の上司になられたとか。私共には到底理解のできない範疇でございますが、一体どういった経緯でなられたのかお聞かせいただいても?」


「話……オレからは特に何もしていないと思います。ただ、あいつの過去の話を聞いていつまでもこんなことをしてんだって言って、ディケダインを殺したらいつの間にか」


「あのディケダインを……私共も噂話で知っておりましたが……いやはやまさか……」



そこでアリッサは、左腕に巻かれている聖骸布を取って見せる。そして現れた銀狼の腕にルドマンと若い助手と思われる男性が目を見張る。



「ディケダインのことに詳しい貴方達なら見たことはあると思います。あいつの呪いは、倒したオレに引き継がれました。分かって貰えました?」


「は、はい……どうやら噂は本当のようですな……度重なる失礼をどうかご容赦を」



理解をいただけたようで、再び聖骸布を巻くと燃える左腕に2人はまた驚いた。


それから交渉は驚くほどスムーズに進み、新築するよりも過去に貴族が別荘として建てたが、使われなくなり売りに出された家を買うことに決めた。

決めたと言っても内装や老朽化など色々見てからになるが、とりあえずはキープということで話は落ち着いた。










その後の打ち合わせや詳細の取引については、メリシュとバニラが請け負ってくれるそうで、文字が読めないアリッサは早々にお払い箱になってしまい、急に手持ち無沙汰になりそうになったところで、

教会にやってきたのは、およそ100人は超える甲冑の兵士。その先頭に立つのは、オーデリック家のパステルと知らぬ赤髪の少年。



「アリッサ殿!お迎えに参られた!」


「ようやくか~なんか長かったな」


「それについては申し訳なかった!」



敬語を使わないアリッサに背後の兵士たちが難色を示すが、アザムもまた睨みを利かせているので、言葉に出すことなくすごすごと表情を引っ込める。

それに気づかず、アリッサは隣に立つ白と赤が目立つ豪華な鎧を着込んだ少年に目をやる。



『ん……赤の聖剣……ああ、オーディアスが抱えるもう1人の聖剣使いか』



生意気そうな目つきの少年の正体を看破したアリッサは、それ以上興味を失って一緒に暮らして飯を食べた間柄、仲良くなった2人はそのままアリッサが乗る護衛の馬車へ世間話をしながら歩いていく。



「インドラ様達はマーカスの馬車でお願いします」


「分かった。アリッサも気を付けるが良い」


「分かってますよ。それじゃ後ほど」



今回オーディアスへ行くのはリニアとリリスを含めたアリッサパーティー全員である。その他にも王様に言いたいことがあるらしい彩海たち勇者パーティーも一緒で、結構な大所帯となっている。


アリッサは重苦しい雰囲気のなかパステルと共に貴族仕様の馬車へ乗り込むと、そこへ聖剣使いと細見の甲冑騎士も乗り込み、計4名が馬車へ入る。



「紹介が遅れたな。こちらは我が国が誇る炎の聖剣使い。キリシュ・フェアリアだ」


「どうも。今回はアリッサ様の護衛を務めさせていただきます」


「そしてその隣が彼の従者でありレアス・バドリットだ」


「このような姿で失礼します。短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします」



アリッサも適当に挨拶を返し、ついでに真眼を発動する。キリシュは予想通り炎の聖剣使いでレベルは90。記憶に間違いなければ14歳の少年だったと思うが、この年齢で特殊クラスの『聖剣使い』に目覚めているのは素直に称賛せざる負えないだろう。


以前バニラやリーシアやジェニファにこの世界の人々のレベルがどうして低いのか質問してみたことがあったが、実に簡潔で明確な答えが返ってきた。


そう、『誰も死にたくないから』この一言に尽きる。


その前にこの世界のレベルアップについておさらいしておくことがある。そもそもレベルアップというのは、神によって作られたシステムらしい。

らしい、というのはあくまでエウロから聞いた話なので、理解に苦しむがとりあえず頭の隅に置いておいたが、要は人の強さを分かりやすく示す指標のために作ったシステムだそうだ。


レベルはモンスターを倒すことで経験値を得てレベルが上がるのはもちろんだが、戦闘を行わない生産クラスならば糸や布や服などを作ることでも上がる。

戦闘クラスならば低レベルのモンスターを狩り続ければ簡単にレベル上限に達するのではないかと誰もが考える。だが、それにもしっかりと限界があり、自分よりも低レベルのモンスターを倒していると経験値が貰えなくなってしまうのだ。


何故そのようなシステムを作ったのかと問えば、世界のバランスのため、だそうだ。確かにひたすら安全なモンスターを倒すだけで強くなれるのであれば、モンスターと人類のバランスが崩れて世の中にモンスターがいなくなり、人類だけが生き残る世界になる。

それは神様的に良くないことらしく、タナトス神が怒る案件らしい。モンスターもまた世界になくてはならない存在であり、そうしてこの世界は魂が巡り巡って輪廻転生を繰り返し、世界のエネルギーが満たされているらしい。らしい、ばっかりで大変恐縮だが、なにせアリッサとしてはあんまり興味がない話で、エウロも覚えてほしくて語ったわけではないのだろう。まぁ聖王国とかのお偉いさんが聞いたら涙を流して自分の心臓を差し出しそうな話をしていたわけだが、生憎とその話が世に放たれることはなかった。


さて、話は戻り、大体自分よりも10レベル低いモンスターを倒すと経験値の獲得量が大幅に減少し、20レベルも離れると完全に経験値が獲得できなくなる。


そしてレベル50超えのモンスターとなると途端に難易度が上がり、鉄装備では太刀打ちできなくなり、最低限鋼鉄か安全が欲しいならば貴重鉱石であるミスリル製を考えなくなくてはならなくなる。

たとえ依頼を達成したとしても武具のメンテナンスに金を使いトントンか、はたまたマイナスまでありえる現実に人は高みを目指すのをやめた。それで世界のバランスが保たれたわけでもあるが。


だから、この世界にいる冒険者のレベルは低い。よく王都やブルースの町で名の売れている冒険者のレベルが大体40前半か後半程度で、50レベルともなれば貴族お抱えの私兵となって危険な旅に出ずとも裕福な暮らしが約束されるのだ。


高みを目指すのはそれこそ大馬鹿か勇者か。そこで振り返るとアリッサパーティーで唯一の人間で常識人であるバニラやその他でリーシアの父やオルバルトなどは相当苦難の道を歩んできたのだろう。今一度バニラ達の苦労っぷりを振り返ったところで、現状の世界レベルを理解してもらえただろうか。


なので、その若さでレベル90になっているこの聖剣使いは、人類の中では間違いなく大陸最強と言っても過言ではないだろう。

一体今までどんな旅をしてきたのか気になるが、今はそれよりも聞くべきことがあることを思い出してパステルに話をかける。



「パステルさん、オレはこれからどうなるんです?」


「アリッサ殿は、これから陛下と会っていただきます。ですが、少々大事になってしまいまして、陛下の他に聖王国と獣人国からの代表が招かれております」


「獣人国はまだしも聖王国?あの閉鎖的な国がなぜ?」


「俺の頭では、あの国が何を考えているのかさっぱりわかりませんが、兄貴が言うには真竜と共に行動をしている貴方が神と通じていると思っているそうです」


「………通じていたらどうなるんです?」


「過激派が貴方を拉致するかもしれないと兄貴は考えています。なので、王都に着くまで長らく国を空けていたキリシュに護衛として帰って来てもらったんです」



実際本当に神様と通じているアリッサとしては否定しづらい事実ではあるが、自分を攫ったところでテレポートで戻ってこれるので、一向にかまわないのは置いといて。やはりあの国とは距離を置いておくべきかと今一度考えを改める。


聖王国とは、聖王国『ミスティアーノ』の事を示しており、数々の宗教が集まってできた過去を持つオーディアスと並ぶ大国である。場所は獣人国と人間国の北側の国境近くにあり、大陸全土に展開している教会のほとんどが聖王国から派遣され、ブルースの町にいるミゲルもまた聖王国から派遣されたシスターである。


何故宗教の国がここまで大国になったかと言うと、過去の真竜大戦が深く関わっている。もともとは小さな貿易国だったのだが、大戦後居場所を失った難民を引き受け、その時に神の啓示の下誕生した聖女が人々を明日へと導いたことで、たちまち国が大きくなったらしい。

その聖女は転生者とも転移者とも噂されているが、実際は不明である。


そんな大きくなった聖王国は神から愛された国として名を改め、代々聖女の血を引く女性が国を治めているそうだ。

リーシアやバニラの話を聞くに実際あの国は、暗躍と思惑が飛び交う下衆みたいな国と総称するように、根本から腐りきっている者達で溢れかえっているそうで、一部の裏の顔を知る者達は『あの国は一度入ってしまえば二度と出れない』と口を揃えて『ラビリンス』と呼んでいるらしい。


そしてあの国がどうしてそこまで国際社会において大きな発言権を持っているのか。それはまず圧倒的な信者の数は言うまでもないが、聖女を守護する天使族の血を引いていると言われる『ヴァルキリーシスターズ』の存在が大きい。

彼女らは、過去の聖女を最期まで支え続け、国に安寧をもたらした存在として大陸では知らぬ者はいないほど有名な存在であり、代々武芸も秀でていることから聖剣使いと同等の扱いを受けている。


アリッサの原作知識でも、ヴァルキリーシスターズは強い。彼女らは聖王国を守護する最強のガーディアンであり、血は薄まっているものの間違いなく彼女らは天使族の血を引いている。

さて、ここで天使族だとあの国にアリッサの存在がバレればどうなるか、それは火を見るよりも明らかである。アリッサ本人は、自身が天使族だと確証を持っていないが、彼女は間違いなく天使族で、それも彼女の転生にはエウロと最高神ソルをはじめ、ソルと同じ位に立つ生命神エロスも関わっており、間違いなく厄介ごとにしかならない。人体実験で済めばいい方で、最悪苗床として聖王国から一生出られない人生を過ごす日々になるかもしれない。

今のところ彼女のテレポートを阻害する力は見つかっていないが、この先どうなるか分からない。聖王国に近づいて何一ついいことはないので、出来るものなら聖王国とは会いたいくないのがアリッサの本音だ。



「アリッサ様、安心してくれ。俺がいる限りヴァルキリーシスターズが来ようとも聖剣で薙ぎ払ってやるさ」


「そいつは頼もしいな」



アリッサの心情が顔に出ていたのか、それを気にしたキリシュが声をかけてくれる。鼻をつく言い方ではあるが、彼の強さは本当なので、その強さだけはあてにしておこうと心の中で吐露する。



「パステルさん、一つだけ聞きたいのですが、例えば聖王国がオレと面会したいと言ったらどうなります?」


「………その話がもし出てしまうと我々オーディアスにそれを止めることはできないです。その際キリシュが護衛に入るとは思いますが、ほぼ口出しは出来ないかと」


「聖王国とは力関係がほぼ一緒ですもんね……たとえオーディアスの中であろうと力は健在ですか……」


「アリッサ殿が陛下と手を結んでくだされば、我々が盾になれるのですが、その逆のことが起きてしまうと我々としてはなんとも……」


「そうですよね……」



アリッサは、今夜あたりインドラと話し合っておくべき案件が増えたと心の中のメモに書き記す。

聖王国は間違いなくアリッサを狙っている。話し合うのも危険だと暫定し、最悪インドラが力を開放して威厳とやらを見せつければ恐れおののくのではないかと思った。



「狂信者がいると厄介か……」



あの国にこれから起こるであろうイベントを思い出しつつアリッサは、自身に降りかかる火の粉を払う算段を思い描き始めた。


























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