第51話 過去の遺産

そして次の日、アリッサは教会に彩海達を招いていた。



「え、この小さい女の子が世界最強?マジで?うそでしょ、ありえないって」



彩海の疑問はもっともである。今目の前でハンモックに揺られて読書をしている金髪の少女を見て誰が世界最強だと思うか。



「間違いなく世界最強だよ。だから、あんまりからかわないようにね」


「童をなんだと思っている。おい、そこの男。ちょっとこちらへ来い」


「へ?なんです?」


「バニラ、手当を頼んだぞ」


「インドラ様!?ちょ!彰!!待て!!!」



彩海にからかわれて若干イラっと来たインドラは、アザムと一緒に子供達と遊んでいた彰を呼ぶとハンモックに乗ったままデコピンをした。

次の瞬間、彰の身体から突風が駆け抜けた。教会に植えられた木が激しく揺れ、門はガタガタと音を立て、それが止むと彰は静かに膝から崩れ落ちる。



「あ、彰ー!!!インドラ様なにしてんだー!!!」


「な、なにってちょっとデコピンをしただけだ!外傷はない!」


「え?あ、彰?き、気絶してるー!!!うちのアタッカーが一発で!?」


「ちょ!今のやばくない!?てか、彰白目向いてるんだけどー!!おもしろ!!」


「莉々!!もう彰ってば起きて。てか、彩海のせいだかんね。この子マジでやばいから」



つぐみだけ目を使わずとも明らかにやばい雰囲気が漂うインドラを警戒していたが、意識が戻った時には既にことは起きた後だった。



「おい、ウチに任せろ」



と、いくら揺さぶっても起きる気配がない彰をバニラが寝かせるため連れて行こうとしたところで、修道服を着たリニアが現れた。

リニアは右手をまくると、手に微弱な電気を纏わせて彰へ触れる。すると彰の身体はビクンビクンと痙攣し、医療措置としてこれは正解なのか怪しく思うが、リニアが手を離したと同時に彰ははっと目を開けた。



「ぼ、僕はいったい……」


「なんでもねえ、ただの脳震盪みたいなもんだ」



マキナの義眼で一通り彰の状態を見たリニアは、そう告げると部屋に戻っていった。



「あ、あの……あの人は?角とか機械っぽい尻尾生えていますけど……」


「リニア。なんつうのかな、人間なんだけど身体は機械の子なんだ」


「はええ~ファンタジーの世界なのに急にSFになったくさい」


「彩海さん達ってマキナ技術を知っているかな?」



そこでアリッサは、この世界の歴史とマキナについて語ってみせた。どうせろくに歴史を調べずここへ来たと思ったのだが、それは的中し、彰と彩海は露骨に反応を示した。



「ってことは!?アリッサさん達がここを留守にしていた時マキナ遺跡に行っていたんですか!?」


「そうなるね。ほら、嵐の海域があるだろ?あそこをアザムくんと抜けたんだ」


「え!?2人で!?ここの漁師さん達が言っていたんですけど、あそこはとても船じゃ無理だって」


「あれ……」



アリッサはアザムに振り返ると、彼もその話を聞いており、顔を左右に振ったのをみるに自分の正体は語っていないらしい。

何とか誤魔化していると相変わらず現代ならとても許されないようなボンデージ姿のリリスが現れ、彩海達が小さい悲鳴を上げる。既に見慣れてしまったアリッサにとって彼女たちの反応が自然であり、バニラがいつも通り子供の教育によろしくないのを察してローブを着せるのもお約束になっている。



「こんにちは、リリスさん」


「あら、アンタは……ナナリーとは仲良くやれてるの?」


「はい、おかげさまで」


「そ、ならいいわ。バニラ、これ目を通しておいて。どうせこいつ読めないし」


「かしこまりました」



恐らくマキナ遺跡関係の調査報告書だろうとアリッサは片付け、あまりの美しさで固まっているのか、はたまたとんでも恰好を見て固まっているのか分からない彩海達にリリスについて軽く説明をする。



「さ、サキュバス!?え、えっとそれってよく彰達オタクが言ってたあの?」


「やっぱりあたし達の種族って有名なのかしら。異世界人はみんな似たような反応するのね」


「エルフと並んで有名だぞ。まぁ大体敵な気もするけど」


「悪の女幹部って感じですよね~」



それはともかくとして、彰はだいぶサキュバス族に対して耐性を得たような気がする。最初の頃はリリスを見ただけで無言になって数分石化をくらったような状態になったというのに、今ではクィーンサキュバスであるリリスを見ても普通に話せている。

これ、元居た世界に戻ったら一般の女性と付き合っていけるのだろうかと不安になってくるが、そこのところ彰はちゃんと理解しているのだろうか。


リリスの話で盛り上がって蚊帳の外になっているところで、報告書を読んだバニラがタイミングを見計らって話しかけてきた。


要約すると、あまりにも散らかっているため先に掃除をしているのだが、慎重に遺産を回収しながらのため調査に進展はないようだ。そしてこちらが本題らしく、現在管理者がアリッサになったせいなのか分からないが、マキナ遺跡を隠蔽していた霧が晴れてしまい、夜になると危険なモンスターが近寄って来ていて危ないとのこと。出来ればインドラの力を借りて結界を張ってほしいらしい。

アリッサは、少し反省している様子が見て取れるインドラに結界を張ってほしいと頼むと、あっさりと引き受けてくれた。

簡単な言語は理解できるようになったものの、元の世界から言わせたら精々小学校低学年レベルの理解力なので、早く暇を見つけたいものだ。



その後、彩海達と親睦を深め、麗奈に対する愚痴を少し聞いたところで、アザムとバニラに鍛えて貰うため学生達は昼過ぎ頃から去って行った。

急に手持ち無沙汰になってしまったアリッサは、今朝インドラに結界を張って欲しいと頼まれた件を思い出し、留守中のリニアをリリスとどこかで見てるメリシュの部下に任せて、2人はマキナ遺跡へ旅立った。


先入りしている魔族たちへ軽く挨拶を済ませて、インドラはあっさりと結界を張ってしまう。マキナ遺跡周辺は再び霧に包まれ、辺りに反応があったモンスターが少しずつ結界の外へ逃げていく様子が見て取れて2人は安心する。



「結構強いモンスターがちらほらいたんですね」


「魔族では荷が重かろう。さて、帰るか」


「いえ、少し見てみたいところがあるんです」


「アリッサが気になる場所か。ふむ、行ってみるか」



思いのほかあっさり快諾してくれたインドラは、竜の羽を出すと有無を言わさずアリッサを掴んで空へ舞い上がった。



「うわああ!?」


「暴れると危ないぞ。で、どこへ行くのだ?」


「飛ぶなら一言欲しかったんですけど……――――えっと、あの遠くになんか建物見えませんか?明らかに異質なこの世界に似合わない感じの」


「あの人工物か」



アリッサが指さす先には、コンクリートで出来たビルが立ち並ぶ街が見えた。だが、全ての建物には苔が生えたり、大きな植物に浸食させていたりと人が住んでいるようには見えない。



「あれもマキナか?」


「かつて人が住んでいた街ですね」


「行ってみればわかるか。では、行くぞ」



アザムならば風魔法でかかるGも打ち消してくれたのだろうが、この真竜に気遣いというものはなかった。風で顔面と髪の毛が滅茶苦茶になりながら進むこと僅か数分。秒速何メートルで進んでいたのか分からないほど高速飛行で目的地に到着すると、降りるなりアリッサは茂みに駆け込んで昼間に食ったバニラの手料理を吐き散らかした。



「だらしない」


「くっ!竜基準で考えないでくださいよ」



呆れ顔で見るインドラを睨みつけ、胃液で気持ち悪い口をインベントリから取り出した飲料水でリセットし、気持ちを入れ替えて辺りを観察する。


遠くから見た通りかつて人々が生活していたのであろう都市の名残りがあった。簡潔に言えば渋谷の街並みが全て苔や植物に覆われて、舗装された道もひび割れていると思い浮かべて貰えればいいだろうか。

世紀末のような明らかに異質な街並みにインドラから言葉が漏れ出る。



「まるでここだけ世界から切り離されたようだな」


「あながち間違いではないですよ。ここの大陸は元々全ての種族が緊急避難先として指定していた場所なんです」



この場所がブックマークされたことを確認したアリッサは、街の大きな入り口を通り抜けてひび割れた地面に手を置いて材質を見る。



「アスファルトに限りなく近い材質だな……」


「先の言葉はどういうことだ?」


「避難場所ってことですか。あれは、古代竜と真竜の戦いが原因なんです」


「ふむ………ああ、一時的に人が住めぬ大地になったのだったな……」


「はい。次の世代へ繋げるためにこの大陸へありとあらゆる種族が送られた。ここで嵐をやり過ごし、いつかまた故郷に帰るために」



おおよそ10万の人々がこの大地にデーモン族の秘術によって送られた。だが、人々が再び故郷の空気を吸うことはなかった。

元々この大陸を支配していたジャバウォックは、送られてきた人々を支配することを決めた。真竜にも観測されず、人知れず事を進めたジャバウォックは、この人々を使いラームレン大塔と巨大都市アンダーワールドを作り上げたのだ。


無論、それに従わず立ち向かう勇者が数多くいたが、ジャバウォックは強かった。ケツァルコアトルとの戦いに敗れ、深い傷を負ってもなお力は健在で、光学兵器など物ともせず反乱分子は即刻抹殺した。


そう、ここにジャバウォックの恐怖政治が出来上がったのだ。異世界人が数多くいるこの大地でジャバウォックは、マキナ技術を手に入れ、来たるべき日に備えて知恵を蓄えたのだろう。



「それで、何故ここは滅びたのだ?」


「インドラ様は鼻で笑いそうですが、最期は人同士の争いです」


「笑いはせぬ。だが、理解もできぬ」


「バハムートが敗れ、古代竜が次々と倒されていく中で、ジャバウォックはファフニールとアジダハーカと共に姿をくらましました」


「ムスペルヘイムがファフニールを打ち取り、アジダハーカはリヴァイアサンが殺したと思ったんだがな……今思えばあれはジャバウォックの魔法だったか」



誰もいない静まり帰った街を2人は散策する。途中おおきなデパートがあり、アリッサとインドラは足を運ぶ。



「それで支配者が突然いなくなり、この街の人々は恐怖からの解放を喜んだわけですが、いきなりトップがいなくなると何が起きるかと言うと……――――まぁ言うまでもないですが」


「多種多様な種族がいて、独裁政治だったわけだからな。童でなくとも事の顛末など想像に難くない」


「人々は思い出したかのようにそれぞれの種族同士に分かれ、急に対立を始めたんです。それがいつしかまるで戦争をするかのように互いに国を作り、血が流れたわけです。可笑しいですよね、希望を託されてこの大陸へ来たはずなのに」


「愚か、と言うほかないな。では、この大陸の歴史は長くはないのだな」


「かなり短いです。ほぼ技術開発と争いの歴史しかないですし。して、人々はその愚かさに途中で気付けましたが、その頃には後にも引けないくらい血が流れてしまっていたってわけです」



触れると風化して砕ける物を寂しく思いながら、2人はかつて人々で毎日賑わっていいたのであろう光景を思い浮かべる。



「ここに来る途中、遠くに見えた石造りの城はその名残りか」



インドラと久しく一対一で話すアリッサは、目的のホームセンターへ入る。



「ほとんど持ち去られているようだが」


「誰が持っていくんだろ……ダークエルフが持っていくか?それともまだ生きている奴がいるのか?」


「知らないのか?」


「あんまりこの大陸探索してなかったんですよね。マキナドラゴンもそんな魅力的な素材落とさなかったですし、ゲームだとオマケ要素でこんなに広大じゃなかったですし……」


「げ~むとやらはよく分からんが、微かに漂う魔力から察するに1週間程度前にここを訪れた奴がいたようだが、そいつが文化的な会話を可能としている奴かは知らん」


「誰だろ……」



アリッサは通路に戻って埃をかぶった通路を観察し、足跡が残っていないかを見る。すると爪が3本に分かれているリザードマンのような足跡と猫のような足跡が確認できた。



「リザードマン…?それとこっちは猫型のモンスターかそれとも獣人か……」


「リザードマンで間違いはないだろう。童の里にもリザードマンがいるのでな、見慣れておる。しかし、こちらは分からぬ」


「まぁトラだったりライオンだったりはたまたヒョウだったり色々種類はいますからね。ただ、共通するのは猫型のモンスターは総じてやばい」


「童達なら問題はないが、一般の冒険者にすれば大体Cランク以上の脅威か」


「そうですね。それにしても湿地帯を好むリザードマンが何故ここに?わっかんねえ」


「今考えたところで仕方がなかろう。異文化交流とやらは魔族に任せるのだろう?」


「当分は魔族と昨日なんかオレの部下になったブラッディ・シャドウの連中に任せますよ」


「バニラが言っておったな。お前の理解者が増えたと」


「殺人集団ですけどね。まぁオレがトップになった以上無駄な殺生は許しませんが」


「童は何も言っとらんぞ。人がいくら死のうが真竜はそこに介入はしない。それが我らが定めたルール故にな」


「でも、バニラが死んだら嫌ですよね?」


「そ、それはそうだが……お前、ひょっとして意地悪しているのか?童に」


「冗談ですよ、冗談」



ちょっとインドラをからかいつつ再びホームセンターに戻り、2人はそのまま予備が置かれているであろう倉庫へ向かう。

バックヤードの控室や更衣室がある直線状の廊下を抜け、電気が通っていない重い自動ドアをインドラが破壊して開ける。貴重な資源を破壊するのに躊躇いがない彼女にもう少し穏便にしていただくようにお願いしつつ、予想通りほぼ空っぽの棚だらけの倉庫を見渡す。



「開いてなかったようだが……あまり目ぼしいものはないか?」


「いや、あのコンテナは……」



隅に乱雑に置かれたコンテナを開けると、埃をかぶってはいるが、パキパキになってしまったラッピングに包まれた新品のドライバーや工具が入っていた。



「あったー!!!これこれ!!」


「ん?なんだこの短い鉄の杖は……」


「杖じゃないっすよ!!」



漁れば出てくる釘やナットやネジなどこの先マキナ技術を扱う上では欠かせない部品の数々がコンテナに入っており、アリッサはインベントリに全部ぶち込もうとしてそれを断念する。



「じゅ、重量オーバー……まじか……初めてインベントリに入らなくなった」


「ほれ、この前殺した蛇どもの素材が邪魔しているんだろう」


「あ~……勿体ないと思って丸々入れたのが間違いだったか……」



仕方なく重いコンテナをレベルによって上昇した筋力によるごり押しで持ち上げ、残っているものはインドラに持ってもらう。

嫌そうな顔をするインドラだったが、コンテナの中には調理器具も入っており、お菓子を作ることを条件に持ってもらった。



「用事は終わったのか?」


「とりあえずは。なんかこういうゴミ漁り好きなんですよ」


「童に価値が分からぬが、アリッサからすればガラクタではないのだろう」


「そうですよ。まさかほぼ新品の状態で残っているとは思っていませんでしたが」



見たところ同じ種類が何個も入っているようなので、帰ったらリリスに報告して魔族で量産でもしてもらおうと思った。恐らく一つ一つ手作りのこの世界で均一に作られた釘やナットを見て驚くだろうが、マキナ遺跡にあった旋盤を動かせるようになれば色々出来るようになるだろう。旋盤で狂いの無いパーツの型を作り、鋳造まで持っていければ、技術改革はだいぶ進歩すると思われる。


どこまで自分が手伝うべきか悩むが、そこはインドラと相談していこうと考えた。



















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