第47話 竜戦士ファフニール

翌日、朝早々にバニラから一件の報告を受けた。その内容は、昨夜アリッサ達がバーベキューをしている最中にパステル達が町を抜けたとのこと。

恐らく国を通していないミドラの存在に気付いたパステルが、大方慌ててバジェスト王に報告するために戻ったのだろうと思った。


アリッサとしては別に関係のないことだと片付ける。それで魔族と人族が険悪になろうと自分の知ったことではないし、新垣達学生らが被害を被らなければいいと考えているからだ。

ここ最近のパステルと言えば、配下の騎士2人を含め非常に貴族らしかぬ行動が目立った。それは悪い意味ではなく、親のいない孤児相手に本の読み聞かせや一緒にボール遊びをするなど、本気になって取り組んでいたのだ。

それをアリッサは良い変化だと捉えていた。だから、パステルの件は特に気にしていなかった。あそこまで汚れることを構わず子供達と本気で遊んでくれた男が自分達を曲解して王に報告するとは思えなかったのだ。



「バニラ、今はパステル様のことはいいよ。オレの話題はあまり上がらないと思うし、どちらかと言うとミドラ様達の方が厄介ネタだろうしね」


「確かに国を通していない密入国ですからね。それも一介の冒険者ではなく、魔王ですから……」


「それもオレ達には関係ないことだよ。とりあえず今はマキナ遺跡だ。下手したらオレ達の冒険はここで終わるかもしれないしね」



そのまま欠伸を嚙み殺しながら顔を洗いに行ったアリッサを見送り、バニラは急いでインドラを起こし、今日の戦いのために腕によりをかけて朝食を作るのであった。






「んじゃ、行こう」



時刻は9時。全員がいつも転移に使うオーディアス付近の森奥に位置する湖にあつまった所で、アリッサは呼び掛ける。

馬車を率いるマーカスに準備物を乗せ、バニラが最終確認を行う。そして彼女から報告を受けたアリッサが全員輪になって手を繋ぐように指示を出す。



「余の秘術と何が違うのか、気になるところだ」


「ああ、デーモン族とは違う異世界の転移術。今後の魔族発展のために役立つかもしれん」


「それは是非とも開発してもらいたい。嵐の海域を抜けた島って結構広くてさ、いつかあそこに子供達を連れていきたいと思っているんだ」


「ほう……なら、落ち着いたのなら余が転移門を置いて行ってやろう」


「マジっすか!?ありがとうございます!!」


「気にするな。アリッサがやろうとしている事には余も興味あるでのう」



自由自在にあの島へ行き来できる算段が立ったところで、アリッサは全員が手を繋いでいることを確認し、テレポートを発動した。



一瞬の浮遊感と空間が揺れ。それを全員が体験し、空間の揺れが収まると明らかに別の場所へやってきたことがわかる空気の移り変わりを感じる。



「おお……なんという蒼穹なのだ……」


「これが嵐の海域を抜けた先なのですか……」


「この前はじっくり観察している暇もなかったが、こいつはすげえ空だな」



ミドラ、バニラ、アザムが空を見上げたところで他のメンバーも空を仰ぐ。何度も見ても圧倒される台風の目の中にいるような空間。ゆっくりと渦巻きながら天へ昇っていく雲は圧巻の一言で、徐々にアリッサとアザムを除く全員が嵐の海域を抜けたことを実感し始める。



「この雲の外側にケツァルコアトルがいたのか」


「ええ、あの時は話し合いもくそもなかったのですが」



ここに来てから一言も発していなかったインドラが遂に口を開いた。その言葉は悲しみに包まれており、彼の普段の突き抜けた明るさを知っているインドラとしては複雑なのだろう。


そして踵の返し、そびえ立つ雷のマキナ遺跡『ワームレン大塔』を見る。



「いる。奴が、我ら真竜の敵が!」


「やっぱりですか。何とかマキナドラゴンを奪取される前には間に合いましたか」



握り拳に力を籠めるインドラの傍に立ち、同じくアリッサもワームレン大塔を見上げる。



「余にもわかるぞ。これが古代竜の竜圧か。おっそろしい力を持っておるのう」


「俺達が戦ったどの魔王よりも強いのは確実だな」


「俺も……なんとなくだが、分かる。竜の闘気とはまた違うプレッシャーがビシビシ感じる……ああ……こいつはやべえな…」


「はい……纏わりつくような闇属性のオーラを感じます。それもひと際凶悪です」


「皆の反応を見るにファフニールは、まだここに着いたばかりのようだな」



自分だけ感じられないアリッサは、内心ちょっぴり拗ねながらも全員にパーティー招待を送る。

全員がパーティーメンバーに加わったことで、アリッサはインドラへある武器を貸す。



「インドラ様、あいつと素手で戦うのは流石に無謀なので、これを」



アリッサが取り出したのはハルモニウムとインドラの素材をふんだんに使われた神剣。それも母の世代の成体となったインドラ。

恐らくアリッサが取り出せる武器の中でトップ3に君臨するであろう剣が足元の地面に突き刺さる。



「オレが鍛えた武器の中で最難関だった奴です。名は『アガート・ミスラ』。オレ達ユーザーの間では、作ればゲームが終わる……いや、世界を終わらせると言われた剣です」


「……母上と父上の力を感じる」


「はい。インドラ様の母様『アテン様』とちょっぴりユグドラシル様の素材が使われています」



二つの神の名を授けられたこの剣は、言わばエンドコンテンツだった。ハルモニウムはともかくとして、古代竜、真竜討伐クエストを数回受けるとランダム確率でユグドラシルのレイド挑戦権を得ることができ、そこから低確率で『ユグドラシルの世界雫』というアイテムをゲットすることができる。この素材は1回の挑戦で、抽選枠が一つしか存在しないため、必然と1個しか入手できず、それをまず5個必要になる。


そして裏ラスボスである今目の前にいるちっちゃいインドラに挑戦できるクエストがあり、それを1000分の1の確率で幼いインドラではなく、レアエネミーとして母上である『太陽竜アテン』が出てくるのだ。


ただでさえ激戦を強いられるインドラが、更に凶悪な強さとなって出てくるので、ユーザーからの不満は言わずもがなであった。

ただ勝利すれば最強クラスの装備を作れるようになるので、皆血眼になってリセットを繰り返してアテン討伐にあしげく通っていた。


だが、ここにも確率は付き纏い、アテンの討伐報酬で光属性最強の武器『アガート・ミスラ』を作るには『太陽王姫の涙』というのが必要になってくる。

それがまたえぐい確率で、さすがの坂口龍之介も何度も諦めようと思ったくらい低かった。


そして出来上がったのがこの剣。

柄は大地のユグドラシルの力を宿す緑色とアテンの黄金色を帯び、刀身にはインドラの魔力に反応して黄金の魔力が枝状に流れている。



「俺の聖剣が霞むレベルだな、ありゃ……」


「うむ……これが神級鍛冶師か……いや、ジャンドゥールと同じというのも失礼に値するやもしれん」



背中で微かに震える自身の聖剣を抑え、眼前で広がる黄金の魔力に忘れていた心がよみがえる。



「伝説の剣っていうのは、ああいうモノのことを言うんだろう。柄でもないが、ほしくなっちまった」


「分かる気もするのう。それに、あの剣に使われている鉱石は間違いなく伝説の『ハルモニウム鉱石』だろうよ」


「だろうな。あの魔力伝達率。使用者の魔力に反応して姿を変える性質といい、伝承通りだ」



インドラが試しに何もない虚空を切り裂くと、黄金の炎と光の軌跡が残され、衝撃波が遅れてやってくる。



「……大体この剣の使い方は分かった。使うときは童が結界を張ろう。でなくては、アリッサの言う通り世界を滅ぼしかねん」


「ええ、ですから、恐らくこの剣が出るのはあと何回あるかどうかってところですかね」


「童のいないところでこれを抜くのはやめよ。母上と父上の力は、少し強すぎる」


「オレもそう思っていますよ。ハルモニウム製の武器なんて抜くもんじゃない」



実は以前アダマンタイト鉱石を採掘するためにハルモニウム製の武器を投擲したのだが、山崩れをいとも簡単に起こしてしまい、あの時にアリッサは2度と自分勝手な理由でハルモニウム製の武器を抜かないことを決めたのだ。





ワームレン大塔。見た目は普通の鉄の塔だが、この塔は魔竜王ジャバウォック自ら生成した特殊合金でできており、やわな攻撃ではビクともしない造りになっている。



「開かねえぜ。それにビクともしねえ」



と、先頭のアザムがラームレン大塔の大扉を前に色々試して中に入ろうとしているが、鉄の扉はビクともせず、アリッサ達の侵入を拒んでいる。



「余が壊すか?」


「いえ、そのためにオレがいるんです。インドラ様、これを入り口のカギ穴へ」



アリッサが召喚したのは鍵の見た目をした杖。1mほどの大きな杖には竜の玉眼が埋め込まれており、紫色の見た目いい禍々しいオーラを放っている。



「ジャバウォックの杖です。例に漏れずこれもハルモニウム製なので、気を付けてください」


「心得た」



自分では到底装備できない装備をインドラに預け、受け取った彼女は下底の鍵になっている杖を入り口の鍵穴へ差し込んだ。

すると、鍵を通じて扉へ魔力が伝達し、扉は重々しい音を立てながら開いていく。



「埃っぽいのう……」


「数えるのも嫌になるほどの年月が経っていると思いますよ」



役目を終えた杖を収納し、一足先に入ったミドラはローブの袖で埃が舞う室内を見て嫌そうな顔をする。

そして全員が入った瞬間、扉が閉まり、壁に立てかけられていた魔法のランプが青い炎をともす。



「アリッサさん、これが目的のランプでしょうか」


「うん、これだね。バニラから見てまだまだ動きそう?」



アザムに一つランプを取って貰って状態を確認してもらいながら、1階層を探索している面々をアリッサは見る。

1階層は研究員達が必ず通るエントランスホールと受付が存在していた。円柱状の建物なので、上を見上げれば遥か上まで続く螺旋階段が見え、普通に足を使って上るのは現実的ではないだろう。



「これがマキナ遺跡か。遺跡っつうよりオーディアスのモンスター研究所見てえだな」


「アザムくんの指摘は間違っていないね。ここは、気象を操る研究がされていたマキナ遺跡なんだ。雷とあって特に電子機器の機材が多く置かれている場所でもある。下手に弄ると大変なことになるから破壊はやめてね」


「お、おう……見慣れねえもんばっかで触るのもこええな……」


「オレらの目的はこれよりもっと下だ。幸いにもファフニールが来たことでこの遺跡は再び動き出した。エレベーターが生きているはずだから、それに乗って下の管理室に行こう」



バニラがあと数十年動くことを確認したので、アリッサは脳内マップを頼りにしながらエレベーターがある主任室へ向かう。

途中徘徊中のマキナガーディアンがいたが、全てアザムの拳一つで破壊できたので、マキナ遺跡を傷つけることなく面々は進んでいく。



「お、あれが姉御が言ってた親玉か?」


「ドラゴンゴーレムだね」


「ということは、その裏に目的のえれべ~た~という奴があるのだな?」


「ええ、後ろに主任室があり、中に下へ続くエレベーターがあります」


「んじゃ、いっちょやるかねえ」


「俺も行こう」


「余は派手であるが故、お前たち2人に任せよう」



物陰からアザムと聖剣を携えたジーノがドラゴンゴーレムの前へ現れると、軋んだ音と共にドラゴンゴーレムが動き出した。



「しゃあ!!来いや!!」



ミドラはデーモン族固有スキルである『亜空間結界』を発動し、辺り一帯の空間を切り取って別次元へ全員を誘う。

これによって好き勝手暴れられるようになったのだが、ミドラはあえてアザムとジーノに任せた。その意を汲み取ってインドラも待機しており、そんな退屈そうな彼女にアリッサはまだ手持ちにあったクッキーを渡す。


ドラゴンゴーレムの突進を迎え打つアザムは、右腕を弓のように引き絞り竜闘気を練る。



「まぁまぁ形になっているではないか」



と、まるで野球観戦するかのようなインドラからお褒めの言葉をいただいたアザムは、衝突する瞬間緑色の竜闘気を纏った拳をマキナドラゴンへ叩きつけた。



『――――――――――――――!?!?!?』



ろくな知能も持たないドラゴンゴーレムの突進は、アザムの拳一つで甚大なダメージを受けた。インパクトを受けたドラゴンゴーレムの身体をかき廻るように緑の竜闘気が駆け抜け、一瞬でドラゴンゴーレムの右腕と背中の両翼を破壊したのだ。



「魔力で動いているドラゴンゴーレムにとって竜闘気は弱点だろうな。まだまだ拙い練りではあるが、このまま修練を積めばひょっとするかもしれぬな」


「………」



その様子をアリッサは静かに見守っていた。アザムが竜闘気を習得するのは、はっきり言って物語終了後のイベントである。

それも教えて貰う相手がファフニールであり、間違っても真竜の長であるインドラから教わることはない。それも昨夜は、インドラの魔力を流して強制的に目覚めさせたのだ。これが彼にとってどのような変化をもたらすかは分からないが、もしかするとこれが布石で―――――



「進化の芽が生まれたか…?」



それは期待か。アリッサはアザムの未来が良い方向へ変わることを祈った。





そしてジーノの剣技も素晴らしいものだった。アリッサはこの世界に来て初めて達人の領域へ到達している者の剣技を見た。

聖剣の力によって自身の身体から霧を放つジーノは、剣を構えるとふっと消えた。魔力の反応を頼りにアリッサが上を見ると、上空から頭目掛けて剣を振り下ろすジーノの姿があり、ドラゴンゴーレムが気付いた時にはもう遅い。

黒いオーラを纏う大剣がドラゴンゴーレムの首を切り落としたのだ。激しい衝突もなく、豆腐を斬るように行われた静かな斬撃は、見事と言うほかない。



「あれがジャンドゥールの聖剣か」


「ええ、霧の聖剣レギンレイヴです」


「どういう聖剣なのですか?」


「あれは、使用者を霧にするというか。魔力を消費して瞬間移動したり、分身を生み出したり、霧になって無敵になったりと結構便利な能力を持っている剣なんだ。あと魔力探知を搔い潜るステルス能力も持ってる」



バニラの質問にアリッサは大雑把に霧の聖剣について説明した。



「そして最大の特徴が、使用者は霧と同化して魔力を纏った攻撃以外一切受け付けなくなるという強さを持っているんだよね」


「つまり、アザムさんのような竜闘気や魔法でしかダメージを与えられないと?」


「そういうこと。大地の聖剣ガイアストラーダのような派手な殲滅力はないけど、1対1ならほぼ負けない性能を持っている。ちなみに素材には真竜ミラージュの体毛が少しだけ使われているよ」


「奴らしい能力だな。しかし、ジャンドゥールはどこで奴の毛を手に入れたのか、些か疑問が残るところだな」



と、聖剣について雑談をしていると、アザムが最後の一撃をドラゴンゴーレムへ叩きこみ、ドラゴンゴーレムは瓦解して崩れ落ちた。



「タフなだけの機械だったな」


「ああ、手応えがない相手だった」



戦った2人がそれぞれ感想を言うとミドラは結界を解除する。景色は研究所の廊下に戻り、アリッサは事前に知っていたパスワードを入り口のタッチパネルに打ち込んで中へ入る。



「汚い部屋だ」


「片付けたくなっちゃいますね」



インドラの呟きにバニラが賛同する。そう、部屋はファイルや紙の束で溢れかえっていた。



「ずっと昔から放置されていたのに風化しないで残っているなんて、一体どういうことなんだ?」


「不思議よのう。書かれている内容としては、アリッサが言ったような気象観測についてのモノか」


「そのようですね。オレは研究者でもないので、あんまり分からないのですが」


「特に古代文字というわけでもなさそうです。これなら、私でも読めます」



字や読めないアリッサはともかく、ミドラやバニラは床に散らばるファイルや研究レポートに興味津々のようだ。



「おい、目的を忘れていないか?」


「ああ、そうですね。下へ行きましょう」



と、皆の足が止まりそうになったが、インドラが声をかけたことで奥の扉へアリッサ達は向かう。



「えっと……これで……」



ここでもパスワードがあり、アリッサは思い出しながらパネルを操作してエレベーターを呼ぶ。



「姉御、上も相当長かったが、下はどれくらいあるんだ?」


「下は大体20階くらいだよ。でも、1階層ごとに分かれているんじゃなくて、一番下の階層のために全て吹き抜けになっているんだ」


「マキナドラゴンのためのエリアってことか」


「そ、正解。まぁでかいし、色々実験するためのエリアなんだろうね」



無事パスワードが通り、エレベーターを呼ぶことが出来たアリッサは、全員が乗ったことを確認するとパネルを操作して下へ向かう。



「おお、なんとも奇妙な浮遊感よ」


「マキナの技術というわけか……」


「エレベーターは……確かにマキナの技術か」



エレベーターが動き出すと、初めての浮遊感にアリッサ以外の全員が驚いており、インドラはアリッサの服の袖を掴んでいた。



「む……」


「あれが、そうか」



ガラス張りのエレベーターが下へ向かう途中、遂にアリッサ達は目にする。



「あれが雷のマキナドラゴンです」



インドラが忌々しそうに見る先には、機械仕掛けのドラゴンが眠っていた。鈍く輝く金色の塗装に大きな翼。

フォルムとしてはサンダードラゴンのような2足歩行の西洋竜だが、全員が目に留まるのは背中に抱えている大きな車輪だった。



「姉御……あれはなんだ?」


「マキナドラゴンの切り札『エグゼクス・ブレス』を撃つための兵器。あれで大気中に散らばる魔力をかき集めて強力な無属性のブレスを吐くんだ」


「なかなか大がかりじゃのう。して、余らはともかく、マキナ組であるお主達にはあれを防ぐ手立てはあるのかの?」


「はっきり言ってあれを撃たれたら、このマキナ遺跡ごと終わってしまうんで、その前に倒すしかないです」


「時間制限つきというわけか……こいつは死に物狂いで戦うしかねえな」


「最悪オレがアルビオンを召喚して防ぐくらいしかないけど、堕狼化していない状態でアルビオンを呼んでも防げるかどうか……」


「そいつは最後の手段だな。それに姉御がダウンしてしまったら、どの道俺達は終わりだ」


「アリッサさんのことは私が守ります」


「無理しない程度に守ってくれよ」



ふんす、と息巻いているバニラに微笑みながら、一行は遂に最下層へ降り立つ。


エレベーターの扉が開くと、そこは大きな空間が広がっていた。何かの製造工場とも倉庫とも見てとれる巨大な空間は、ただライトで照らされているだけである。

しかし、その中央でこちらを待つ存在がいた。



「ファフニール!!!!」



インドラが叫んだ。そう、空間の中央にいたのは黒い鎧を身に纏った竜戦士だった。



「来たか」



インドラの呼びかけに応じず、その竜戦士はこちらへゆっくりと身体を向ける。


限りなく人間に近い骨格を持ち、全身をハルモニウムの鎧に身を纏う竜の名は『竜戦士・ファフニール』。

彼の役目は『真竜を鍛えること』であり、戦いの神アレスによって生み出された始祖竜でもある。

しかし、いつしかその信念は歪み、バハムート、ジャバウォック、アジダハーカと共に離反し、自分らを古代竜と名乗るようになった。



「ジーノよ、感じるか」


「ああ、これが古代竜最強の戦士か」



青い瞳がインドラではなく、アリッサを射抜いた。



「お前か、ジャバウォックの剣を使う者は」


「だとしたら?」


「以前にお前を連れて来いとジャバウォックに言われてな。抵抗するのであれば死体でも構わないらしい。というわけで、悪いが死んでくれ」



すると次の瞬間ファフニールがどす黒い竜闘気を纏い始める。恐ろしい竜圧にアリッサは、一瞬呼吸を忘れるが、それを防ぐようにインドラがアガート・ミスラを手に前へ立つ。



「させぬ」


「なんだ、その剣は?何故?何故だ?その剣を見てから俺の本能が危険だと告げている」


「アリッサよ、当初の予定通りファフニールは余らが抑えよう」


「どういう結界か分からんが、インドラが封じ込めたら先へ行ってくれ。俺達がその間全力で奴を引き受ける」


「アリッサ、お主は巫女を救い出せ。心配するな、この剣がある以上童は奴に負けぬ」



そしてミドラとジーノが前へ立つことでアリッサの寒気が止まる。彼女らの背中は大きかった。古代竜の竜圧を受けても顔色一つ変えない存在の大きさにアリッサは力強く頷いた。



「ファフニールよ、久しいな。てっきり貴様はムスペルヘイムにやられたかと思ったが、生きておったか」


「奴の炎など俺には効かん。だが、何故ここに姫様がいる?その人間が特殊なのか?」


「答える必要はない。どうせ貴様はここで死ぬのだからな!!!」



インドラは白銀の翼を出すと、猛然とファフニールへ斬りかかった。



「なにっ!?やはりその剣!!我が鎧に傷をつけるか!!」


「いけ!!!アリッサ!!!ファフニールよ!!来てもらうぞ童の世界へ!!」



一瞬受け止めて実力を図ろうとしたファフニールだったが、本能に従い自ら後ろへ飛ぶと浅く斬られた胸部装甲を見てインドラを睨みつける。

そして自分にヘイトが向いていることを確認したインドラは、真竜結界『ドラゴン・オブ・フォートレス』を発動した。


それは始祖竜にだけ伝わる古の竜結界。白い渦がインドラとファフニールの間に現れたかと思うと、渦は両者を吸い込み、ミドラとジーノもまた渦へ飛び込んだ。



「行こう。オレ達の戦いへ」



誰もいなくなり、静まり返った空間でファフニールの竜圧の呪縛から解放されたアザム達を見てアリッサは歩き出す。



「……いつか俺も……くそ、強くなりてえ…」


「ゆっくりでいい。アザムくんの強さはオレが分かってる」


「あんなの規格外なんだから、比べるだけ損ってもんよ。さ、行きましょ」


「行きましょう。マーカスさんもいけそうなので」



一人だけあっけらかんとしているリリスに関心しながら、4人と1匹はマキナドラゴンへ通じる最後の扉を開けたのであった。
































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