第46話 決戦前夜
アザムとアリッサの用事が無事に済み、教会でミドラとジーノの到着を待つこと2日。インドラのイライラもそろそろ抑えることが難しくなってきたところで、遂にその時はやってきた。
「来たか」
「はい、この寒気のするようなオーラは……」
「……これが魔族の王なのですか……」
「とんでもねえな……」
一番先にインドラが来客に気付き、アリッサ、バニラ、アザムもその存在に気付いて気を引き締める。
「行くか」
アリッサが席を立つとインドラ達も続く。
外に出ると2人の魔族と青白い顔をしているリリスがいた。
「余がミドラである!遅くなってすまなかったな!」
そう、開口一番に大声で豪快に笑いながら自己紹介をしたのはミドラだった。魔性の美女と言うべきか。
頭に生える捻じれた赤い2本の角が彼女を魔族であると証明すると共にデーモン族の象徴でもあるのだ。
そして彼女の隣に一歩引いて控えているのは骸骨仮面をした甲冑の騎士。背中には身の丈もあろう真っ黒の大剣を背負っており、あれが7振りある聖剣のうちの一つである『レギンレイヴ』だ。
「……遅くなってすまなかった。久しぶりに魔族領を出たせいでこいつがはしゃぎやがってな……――――俺の名はジーノ。ジーノ・アスティガランだ」
豪快なミドラはともかく、騎士として忠義を通すジーノの挨拶は優雅なものだった。リーシアの隣でずっと貴族や騎士の作法を見てきたバニラも唸るほどのもので、その際に兜を脱ぐとこっそりこちらを見ていた教会のシスター達が短い嬌声をあげる。
ジーノはイケメンだった。サキュバスやインキュバスが美女と美男しかいないように不死族はなんでかよく分からないが美男美女しか存在していない。
少し崩した金髪に青い瞳。少し白すぎる肌に目立つ泣きぼくろが彼のイケメンさに拍車をかけている。
「オレの名前はアリッサと言いま――――」
「おお!そなたがアリッサか!!報告を聞いていたが、なんとも美しい少女ではないか!」
と、アリッサが自己紹介を終える前にミドラが顔を覗き込んできた。ワインレッドの瞳がアリッサを射抜き、息が詰まるような圧迫感を覚えた瞬間、ぐいっと後ろに力強く引っ張られた。
「い、インドラ様?」
「離れよ、魔族の王」
「………ほう、本物のインドラか」
インドラがアリッサの腕を引っ張り、入れ替わるように前へ出てミドラを睨みつける。
「貴様がなんの思惑を持ってこやつに接触してきたのか分からんが、こやつの存在は禁忌とされた。もし力を利用しようなど思えば我ら真竜の怒りを買うと知れ」
「余の母上と同じく頭の固い連中よのう。インドラ、見た目は若いようだが、考えは老人のそれと同じか」
「貴様、今童を愚弄したか?」
「ま、待って!!インドラ様ストップ!!」
「ミドラも待て!!!これから共闘する相手だぞ!!」
一触即発の雰囲気を感じ取ったアリッサとジーノがそれぞれのトップを抑えつけることで何とか両者を引き離し、事なきを得る。
「はぁ……」
何とかお互いの自己紹介を終え、現在アリッサ達は教会中で最終ミーティングを行っていた。
全員が座るテーブルの前にはそれぞれアリッサが手作りしたケーキがおいてあり、ミドラは目を輝かせて隣に座るリリスに『これは何なのだ!?』と尋ねている。
「ミドラ様、それはアリッサが作ったケーキというお菓子でございます。アリッサはこういうお菓子を作るのに長けているんです」
「それは素晴らしいな!!ん?まて、リリスお前まさか……常日頃アリッサの作るお菓子を食べているのか?」
「え?え~と……」
「お、お前!!魔族の仕事をサボって何をしているのか!それも娼館を立てただと!?国際問題に発展して息子の権威を陥れるつもりかー!!」
「み、ミドラ様!!落ち着いてくださいぃ……!!と、というかど、どうして急に!?」
何故かケーキで今まで黙っていたリリスの問題を思い出したかのように掘り起こされ、息子のことになると手が付けられなくなるミドラが再びジーノに嗜められる。
「リリス、この件が終わったら娼館から手を引け。それが出来ないのであればお前を四天王から追放する」
「え、ジーノ様!?ど、どういうことですか!?」
「これは我が王もユスティリアも承認している決定事項だ。今までユスティリアがお前の抜けた穴を埋めていたが、そろそろあいつを休ませてやれ。あいつはサキュバス族の里を復興させねばならない仕事もある」
「………」
リリスは俯いて黙ってしまった。
「悩む必要はないと思うが……」
「ジーノ」
そこでケーキを楽しんでいたミドラがジーノを呼ぶ。
「リリス、余の息子に忠誠を誓っているか?」
「は、はい!もちろんです!」
「なら、好きにせよ。お前が四天王を捨ててでもアリッサについて行きたいのなら、余は止めぬ」
「おい、ミドラお前何を言って―――」
「お前も固い奴よのう……こいつはアリッサの人柄に興味がわいたんだろう。それを余は止めぬと言ったのだ。リリスがアリッサに手を貸し、それが回りまわって魔族のためになるのなら四天王の座など捨てても良いと余は思っている」
その言葉にアリッサはミドラという王の器が見えてきたような気がした。インドラもまた王だが、この魔族の王はどこまでも自由だった。ジーノや他の四天王は気苦労が絶えないだろうが、ミドラになら振り回されても構わないとアリッサは一瞬思えた。
「だ、だが、ユスティリアは……!」
「それも奴は承知しているはずだ。あいつは……好きに生きれなかったからな……せめて娘には自由に生きてほしいのだろうと……余は思った!以上!」
最後ににかっとリリスに笑いかけると、既になくなったケーキのお代わりを要求するのであった。
そしてようやっとマキナ遺跡についてのミーティングが始まった。事前に決めていたように古代竜を抑えるのはインドラをメインアタッカーとしたサポートのミドラ、タンクのジーノの3人。そして更に下層を目指し、マキナドラゴン討伐を目指すのは残りのアタッカーのアリッサ、サポートのバニラ、タンクのアザム、サブアタッカーのリリス、サブサポートのマーカスの4人と1匹。
正直戦力としては五分五分になると思われる。懸念としては、本来の力の半分しか出せないインドラがどこまで最強の古代竜の戦士と戦えるのか。
これはゲームにはなかった展開であり、ある意味賭けでもある。ここでインドラが死ぬようなことになれば世界は真っ逆さまにバッドエンド直行なわけで、その作戦の立案者としての重荷がアリッサの身体に重く圧し掛かってくる。
「童は負けぬ」
説明をしながら少し汗を流したアリッサの姿をインドラは見逃さなかった。
「これは慢心でもなく、童は負けぬ。いや、負けるわけにはいかぬのだ。散って行った爺やや父上や他の真竜のためにもな」
「インドラ様……はい、信じています。必ずやファフニールに勝つと」
「うむ、おぬ……いや、アリッサは安心してマキナドラゴンに捕らわれている巫女を救いだすがよい。童もお主の力を信じておる」
いつもぶっきらぼうなインドラが初めてアリッサの名を呼んだ。その出来事に彼女との確かな絆の繋がりを感じ、アリッサは笑顔で頷いて緊張していた心も落ち着いて説明を続ける。
「インドラの護衛は任せるがいい。相手が古代竜だろうと余が叩き潰す」
「アリッサ殿、ミドラはこう言っているが、俺達の心配は本当にしなくていい。インドラ様の重要性は俺達もよく分かっているからな」
「はい、お二人にインドラ様をお任せします」
互いにトップの気苦労が絶えない組として仲良くなったジーノが指揮を執るのに慣れていないアリッサを気遣うようにフォローをしてくれ、ミーティングは進んでいく。
それから2時間。ようやく全体の最初にして最後のミーティングが終わり、全員はこのまま食事をすることになった。
「良い、魔族の作法など気にせず馳走になろうぞ」
と、ミドラが寛容な姿勢を見せてくれたことで、教会内が手詰まなこともあり、今日は外でバーベキューをすることになった。
外で食べるというのは新鮮なものらしく、ミドラはご馳走を前にはしゃぐ子供たちを微笑ましく見ながらお酒を飲んでいた。
「アザムくん、これ」
食事が落ち着き、子供達を寝かしつけて大人の時間となった外で、まだ肉を食べているアザムにアリッサはインベントリからある物を出す。
「姉御これは?」
「ちょっと遅くなった。アザムくんの武器だよ」
アザムに渡したのはナックルに属す武器。成体のサベージ・サーペンターの牙と鱗。そしてアザムに貰って少し残っていたアダマンタイトを使用して作った武器であり、その実力は折り紙つきである。
「結構悪くない仕上りだよ。これでマキナドラゴンをぶん殴ってくれ」
「こいつはいい……姉御、ありがとうな!」
空気を引き裂く拳を前に突き出し、アザムは屈託のない笑顔を浮かべた。それをインドラが見ており、何を思ったのか初めて彼女からアザムに話かけたのだ。
「お前、強くなりたい理由はなんだ?」
「つ、強くなりたい理由ですか……それは……」
少し気恥ずかしさもありながらアザムは答える。
「俺は過去にブラックドラゴンに挑みました。その理由も好きな奴がいたからなんです。でも、あいつらの習わしは親に勝てなければ結婚を許されないもので、俺は挑んだ代償に角を失いました」
「………種族の限界に挑もうとするか」
「アザムくんはブラックドラゴンの姫様―――カオシアさんが好きなんだ。カオシアさんもアザムくんのことが好きなんだけど、族長が許さなくて、だから正面から倒せるくらい強くなろうとしているんです」
アリッサの補足を聞いたインドラは、椅子から立ち上がると少し離れた位置に立つ。
「今お前に足らないものは竜闘気というものだ。我ら上に立つ竜はすべてこの技を身に着けておる」
「りゅう、とうき……」
「竜族が持つ魔力を練り、鎧にも攻撃にも転ずることが出来る秘技ですよね」
「そうだ。お主にデコピンした時も練っていたのは気付いたか?」
「もちろんですよ。なんか身体の内からズタズタにされましたし」
「竜闘気は相手の呼吸をも乱す。お前がこの先黒いのに挑むのであれば必要になろう」
そこでインドラは見ておけ、と言って目を閉じる。アザムは1秒たりとも見逃すまいと、目に焼き付けようとし、全身で集中してインドラの姿を見ていた。
インドラの身体から黄金のオーラが沸き上がり、それは彼女の身体を優しく包むように形成される。
「これが童の竜闘気。見えるか?童に流れる気が」
「はい、朧気ですが、しっかりと」
「目に焼き付けよ。そしてこれをお前に流す。真竜の闘気を受け身体が耐えられるか分からんが、耐えよ」
「分かりました!!俺は必ずや耐えてみせます!!」
ひとつ頷くとインドラはアザムを呼び、前に立つように言う。アザムは言われるがままに前へ立つと彼の腹にインドラは手を当てる。
「今からお前に眠る竜の闘気を叩き起こす。それを感じ、自分のモノにしてみせよ」
「はい!―――――」
アザムの返事を待つことなく、インドラが纏う竜闘気がアザムに流れると、彼は痙攣したかのように身体を区の字にし、大きな血を吐き出した。
「あ、アザムくん!?」
「ふむ...成功だな」
「だ、大丈夫だ……っわ、分かった……これが竜闘気なのか……!」
当の本人と言えば血を盛大に吐いたくせに歓喜に打ち震えており、あれは痙攣ではなく感動だったらしい。
「い、インドラ様!!ありがとうございました!!!」
「礼は良い。あやつにはいつも世話になっておるからな。かと言って童に出来ることなどたかが知れておる。童の代わりにお前があやつらに恩を返せ」
「承知しました!!」
竜闘気を消したインドラは、バニラが持ってきたパウンドケーキを手に取って椅子に座った。
「あれが真竜の長の竜闘気か。ジーノ、どう見る?」
「俺達が使う魔力の闘気とはまた別種のものだろう」
「ふむ……古代竜も使ってくるだろうな。時にインドラ、ファフニールがあれを使ってくるのだろうか」
「竜闘気を開発したのは奴だ。間違いなく使ってくるだろう」
「本家と来るか。いやはや、腕がなるのう」
「ああ、面白くなりそうだ」
と、今の答えを聞いて絶望するどころか気分が昂る魔族組を見てアリッサは、敵にならなくて良かったと思った。
それを陰から見ていた者がいた。
「これは陛下に報告せねばならないだろう」
そう、パステルだった。教会の手伝いにも慣れ、子供達とも交流を深めて居心地がよくなった彼は、ミドラと魔界騎士の存在を見て本来の役目を思い出した。
「アリッサはよろしいので?」
「ああ、それよりも魔王だ。我々の知らないところで何かが進んでいる。もしかするとアリッサ殿は、既に我々人族よりも魔族側に取り入られてしまっているかもしれぬ。戻るぞ、オーディアスへ」
マントを翻し、部下を引き連れて既に眠っているであろうミゲルの部屋を訪れる。
「夜分遅くにすまない」
「いえいえ、これはどうかされましたか?」
「緊急の案件ができてしまった。急ぎ足でオーディアスへ戻らねばならない故、こうして最後の挨拶をしにまいったのだ」
「それはまた突然ですね……ミゲル様、子供達の面倒を見てくださりありがとうございました。あの子達はいつもミゲル様と遊んだ後は笑顔で、皆楽しそうでした」
「ああ、私も年甲斐もなくはしゃいでしまった。お前たちもそうだろう?」
「ええ、やはり子供は宝です。ミゲルさん、この腐敗したブルースの町の件は必ずや我々が解決しましょう」
「違いない。貴族とはやはりこうではなくては」
最後までパステルと共に教会で過ごし、子供達と触れ合った2人の騎士は笑顔でミゲルと別れを告げた。
「では、名残惜しいが我々の仕事に戻るぞ」
『はい!パステル様!』
こうしてパステルと2人の騎士は人知れずブルースの町を去った。子供たちに別れを言えなかったのは心残りだったのは言わない約束だ。そう、また会えると信じて。
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