第43話 大きな傷跡

そして約束の2日後。6人と1匹は港町ブルースの入り口に集まっていた。彩海達はとても一介の冒険者が持つにしては機能性に溢れた馬車に関心しており、それを見てアザムは誇らしげに『姉御とリーシア姐さんの父ちゃんが作ったんだぜ』と自慢をする。



「すごい……」



それは出発してからも皆一堂に驚いていた。この大陸――――主に人族の世界では馬車というのは揺れるのが当たり前であり、よほどの貴族でないかぎり獣人国お手製のスプリングを搭載した馬車はなく、普通の馬車は長時間乗っていられないのだ。

だが、アリッサがアルバルトから譲り受けた馬車を改造したマーカスカスタムは一味も二味も違う。


まず衝撃吸収を備えたスプリングはもちろんのこと、中の内装もバニラが手掛けた腰にもお尻にも優しいクッションが備え付けられており、アリッサやインドラが寝ることを想定して寝転ぶことも、急に跳ねてアザムが頭を打つ心配もないくらい広いのだ。



「それに速いね。マーカスって言ったっけ?流石モンスター」


「マーカスはただのデュアルホーンアぺスじゃねえ。その中でもレアな変異種なんだ」


「へえ、だからアタシらが見たデュアルホーンアぺスと違うんだ」


「最初見た時はお前らがよく知るデュアルホーンアぺスだったんだが、最近やたら黒くなってきてな。姉御と話をしていたんだ」



そう、マーカスは初めから黒くはなかった。リーシアとアリッサがテイムした初期の頃は普通のデュアルホーンアぺスより若干黒いくらいかな?と違和感を覚える程度だったのが、今では立派な黒馬になっている。黒い体躯に黄色い2本の角。そして鬣は白く、まるで魔王が乗りこなしそうな見た目なのである。


その変化にアリッサは喜び、遂にマーカスは進化したのかと思ったが、未だに彼の種族名は『ディザスター・ホーンアぺス』のままなのだ。


んじゃお手上げだとアリッサは諦め、モンスターの専門家であるユーデンス第二皇子にマーカスを見せたが、こんな現象は初めてだ!と勝手に歓喜し、彼の体毛と血を取られて終わってしまった。

結局この変化は何なのだと途方に暮れたところで救いの手を差し伸べたのはなんとインドラだった。

彼女に言わせると今のマーカスは進化前の準備段階に入っているらしい。アリッサが主人になったことで彼の道は多く枝分かれし、突然の変化に体の細胞が混乱しているとか。

そして結局決めるのはマーカス次第ということで、彼の進化については決心がついた時にしてくれればいいとアリッサは彼に一任することにしたのだ。



「本来こんなことはありえないらしい。野生の中で色々な経験を学び、自ずとなりたい自分というのは見えてくるそうなんだが、進化で悩むモンスターがいるとはおかしいとインドラ様は笑っていたな」



アザムが笑うと抗議の声をあげるように走るマーカスが嘶き、小野町は改めて自分らの言葉が分かっているマーカスに驚く。



「ああ、マーカスは賢いからな。俺ら人族の言葉と魔族、そしてモンスター語の3つは理解できるぜ」


「え!?マーカスってトリリンガルなの!?」


「俺もそこらへんは分からねえが、インドラ様に言わせればモンスターっつうもんは元々魔族から派生したものらしくて、その名残からモンスターは生まれた時から魔族とモンスターの言語を理解できるらしい」


「あれ?んじゃ人族は?」


「人族は姉御と主従を結んだからだな。だが、結んだからと言って知能が低い奴はそもそも言葉を理解できねえ。その点マーカスは頭がいい。特に変異種とあってか、理解度はモンスターの中でも上位に位置するだろうよ」



ちょろいマーカスは褒められていると分かり、ぎゅんぎゅんと速度を上げていき、すれ違う冒険者や商人達を驚かせながら目的地へと駆け抜けていく。

事前に地図を読ませていたこともあり、手綱を握らなくとも走ってくれるが、無人の馬車が走っていると思われたくないため、いつもの如くアザムが御者席に乗っている。



「なんだか聞けば聞くほどアリッサって人のことが分からなくなるね」



つぐみの呟きにアザムを除く全員が頷く。その中にはもちろんナナリーも含まれており、リリスからもたらされる情報にはない情報が次々とアザムの口から出され、心の中でメモを取っていく。



「俺も正直なところあんまり分かってねえんだ。姉御のことを一番知ってるのは、恐らくリーシア姐さんかインドラ様くらいじゃねえかな」


「え、そんな謎に包まれた人なの?」



その後の道中も本人がいないところで話は盛り上がり、そこから野宿もしながらアザム達は1日と半日をかけて目的の村、エーギルの村についた。



「こいつぁ……ひでえな……」


「はい……」



他の学生4人が絶句するなか、馬車から降りたアザムとナナリーは眼前に広がる惨劇に顔を顰める。

村はほぼ壊滅状態だったのだ。200人程度が住んでいたであろう村の家々はほぼ破壊されており、家畜小屋も覗くがもちろん動物の1匹もいない。

そして顔を顰めたのは惨劇を見ただけではなく、村全体が酷い悪臭を放っていたのだ。



「アザムさん……この臭いは……」


「ああ、サーペントテイルの胃液だろうよ」



各々が服やハンカチなどで口と鼻を覆いながら、彰はアザムに問う。サーペントテイルはその大きさから群れはしない。そして自分は強いと、捕食者の頂点に立っていると思っている。その圧倒的自尊心から気に入った縄張りには自身の臭いなどを残してマーキングするのだ。


つまりこの村は既にサーペントテイルの物だと認識されてしまっている。



「この村は……廃棄するのが正しいでしょう」



あくまで一般的な冒険者の意見としてナナリーは述べる。ここまで荒らされ、胃液やくその臭いなどふんだんに塗りたぐられた村など普通ならば廃棄し、ここで撤退するのが本来の冒険者であれば正しい判断である。

だが、この村は領主が手塩をかけて育てた村らしく、ブルースの港町から出荷される卵はこの村で生産されたものであり、品質が良く混ざり毛のない高級品として貴族にも出されるほどらしい。

そんな理由から領主からは何としてでも奪還し、サーペントテイルを討伐せよと口酸っぱく言われているのだ。



「そうはいかねえってのがつらいもんだな」



ちらりと横目で見ると瓦礫に埋もれた家具やサーペントテイルに抵抗した後であろう血がついた木材が目に付く。

今の今まで様々な経験を積んできた彰達とはいえ、ここまで人の村が壊滅状態に陥った惨状を見るのは初めてらしく、彩海達は吐き気を催してその場を離れていく。



「遺体の回収すらままならないようですね。このままではアンデッド化してしまうのも時間の問題でしょうか」


「教会の連中でも引っ張ってくればよかったか?まぁここまでひでえとは予想してなかったが」



せめての償いとしてアザムは腐乱した死体に近づくと、ふっと優しくブレスを吐き、その風の炎は安らぎとなって遺体を残さず燃やし尽くした。



「わたしもここまで酷いとは思っていませんでした。サーペントテイルと言えば悪食のためどんな獲物だろうと丸呑みするのが常識だと教わっていたので」


「ああ、この燃やした死体だって女だ。村に在住する兵士が戦って死んだのならともかく、戦う術すら持たない女がなぶり殺しにされてやがる。変に知恵を持った奴だな」


「変異種に進化していると予測します」


「間違いねえ。それも極悪な奴だ」



吐き気がある程度治った彩海達が戻ってきたところでアザムは、今しがたナナリーと話した内容を学生達に伝えた。

彩海達の顔がどんどん青くなっていく。既につぐみに関しては震えており、小野町がそんな彼女の肩を支える。



「アザムさん、そのサーペントテイルの変異種っていうのは……」


「体中びっしりと棘が生えたサーペントテイルの亜種サベージ・サーペンターだ」



サベージ・サーペンタ―とはサーペントテイルの数ある進化候補の一つである。詳しく解明はされていないが、サーペントテイルの中でも特に残忍な性格を持った個体が進化するとされている。

その凶悪さからAランク冒険者が出動する案件であり、場所によっては国をあげての討伐隊が組まれるほどの強敵である。

性格は残忍にして狡猾。暗闇でも昼間と変わらず行動することが可能であり、熱感知による自身のセンサーによって獲物を捉え、いたぶりながら弱っていくのを楽しむという凶悪な性格をしているのだ。



「俺がついてきて正解だったな」


「はい、わたくしでもサベージ相手では……」



改めて壊滅した村をアザム達は歩いていく。彰達は既に無言であり、アザムはその様子にいずれ出会うだろうサベージ相手に戦えるか不安になってくる。


今回アザムがついてきたのは懐事情もあったのだが、心配でもあったのだ。新垣達の同郷人らしく、自分からすれば子供も良いところの少年少女達が勇敢にも人助けのために戦いに行くというのだ。これをどうして見過ごせようか、というわけでついてきた。

して、ついてきてこれは正解だったとアザムは思う。最後尾には一応冒険者としては先輩のマーカスがついてきてくれているが、彼自身もさっきからビビりまくっているようで、モンスターなんか俺がやっつけると息巻いていた姿はどこにいったのだろうか。


そのまま村の奥まで行くとようやく人の姿が見えた。



「お、おお!!あ、貴方たちは依頼を受けてくれた冒険者様だろうか!!」



意気消沈して座り込んでいた若い男がアザム達に気付くと顔を輝かせ、駆け寄ってくる。



「あ、ああそうだが」



彩海も彰もとても話せる状態ではないので、代わりにアザムが答えると男は村長が待っていると言って奥のひと際大きな家へ走っていった。



「おい、村長に挨拶をしに行く。そろそろしゃきっとしろ」



小声でアザムが学生4人に声をかけ、気持ちを完全に切り替えは出来なくとも顔をあげた4人にアザムは満足し、村長の家へ足を運んだ。





「私がこの村の村長を任されている。ダドリー・ケネスと申します」


「アタシは冒険者の八九寺彩海。弓の勇者やってます。冒険者ランクはDです」


「僕は樋口彰。弓の勇者のパーティーメンバーです。冒険者ランクCです」


「うちは小野町莉々。同じく弓の勇者パーティーメンバー。冒険者ランクはDです」


「わたしは江ノ島つぐみ。弓の勇者パーティーメンバーです。冒険者ランクはDです」



と、そこで村長の家にいる村人達から『勇者!?』とざわめきが起こり、村長も少なからず驚いているようだ。まさか村の危機に駆けつけてくれた冒険者があの有名な勇者とは思いも寄らなかったのだろう。

だが、村人の驚きは更に続き、ナナリーはBランク冒険者と名乗り、そしてアザムは――――



「俺はこいつらと臨時的にパーティーを組んでいるアザムだ。こいつらとは違う盾の勇者パーティーに属している。冒険者ランクはAだ」


「Aですと!?」


「そ、村長!!これで村は!」


「村長!!」


「お、お前たち!冒険者様の前ではしたないぞ!」



と、アザムが冒険者ランクを名乗っただけで感極まって泣いてしまったのだ。それも無理もないことだろう。

冒険者ランクのAとは英雄か勇者か聖剣使いのいずれかであり、1人いれば国を相手取れると言われるほどの強者なのである。アザムの正体を考えれば当たり前のランク付けではあるが、こと人間社会においてAランクとは『間違っても単独で』このような辺鄙な田舎村の仕事で動く存在ではないのだ。


アザムはちゃんと冒険者カードを出し、Aランクの証であるプラチナでできたカードを村長に提示した。

これによりアザムの存在はまごうことなきAランク冒険者であると証明されたため、また村人たちは泣き出してしまった。



「んで、状況はどうなってんの?」



村人達の温かい出迎えを受けて少しはいつもの調子に戻った彩海が村長にサベージ・サーペンターの情報を求めた。



「既に奴の襲撃を受けて2週間が経ちました。300人ほどいた住民も既に50人近くにまで減ってしまい……ーーー」



村長のダドリーはここ2週間にあった悲劇を思い出しながら語る。非道の限りを尽くしたサベージ・サーペンターの行いを。



「もっと早く救援を呼ぶことは出来ればこんなことには……!!」



ここに在住していたCランクの冒険者パーティーが自分たちに任せておけば大丈夫と言ったそうだ。それがすべての始まりだった。

初めの襲撃で手柄を独り占めしようとしたCランクパーティーの5人のうち3人が死んだ。あっという間だった。やばそうな気配を感じつつもあったが、今の今まで凶悪なモンスターと遭遇したことがなかった村側もそのモンスターがどういった存在なのか分からず、救援を呼ぶか迷ったそうだ。

そこでモンスター相手の専門家である冒険者達の判断を優先したのだ。だが、これも間違い。そして勝手な判断で村人の約半数を死なせてしまった責任を逃れようとした残りの冒険者2人はあろうことか、夜のうちに村を見捨てて逃げ出したのだ。


だが、この時既にサーペントテイルは進化を遂げており、サベージ・サーペンターになったことで残忍さが加速し、2人の冒険者の断末魔は夜の村全体に響いたのであった。


そこでようやく事の重大さを理解した村長は即座にブルースの領主へ連絡をした。いつも定期連絡のために村長宅で飼っている伝書鳥を飛ばしたのだ。

それから2日後。ブルースの領主はBランクパーティーからなる冒険者を複数名送った。これで村も救われると村全体が喜んだ。

しかし、結果は惨敗。1人を残し、全員がサーペントテイルに殺された。そう、ここでも間違いはあった。彩海達はサーペントテイルの討伐と依頼受けたが、実はそれよりも遥かに凶悪なサベージ・サーペンターの討伐だったのだ。

これでは貴重なブルースの冒険者をただ餌やりに送っているだけであり、情報伝達にも齟齬があったことが発覚した。



「なに、それ……」



つぐみが青白い顔をしながら顔を引くつかせる。



「……噂程度に聞いておりましたが、まさか進化しているとは……」



アザムもまた今回の討伐相手であるサーペントテイルーーーいや、サベージ・サーペンターについて語る。前回のBランクパーティーからある程度の情報を聞いていたダドリーだったが、アザムの一言で深く息を吐く。



「今の話をまとめると、サベージ・サーペンターは夜に襲ってくるそうですね」


「ええ、奴は夜目も効くそうで、必ず自身が有利な条件で戦ってくるのです」



ナナリーが空気を変えるためサベージ・サーペンターの対策を考え始める。村長もまたせっかく来てくれたAランクのアザムや勇者達を気遣ってか、努めて明るく振る舞う。



「お前らは夜に戦ったことはあるか?」



アザムは彩海達に話を振る。しかし、夜戦を経験したことがある者はサキュバスであるナナリーを他において誰もいなかった。まあそれもそのはずで、誰もが目の効かない夜戦を好んで戦うわけがないのである。



「えと、村全体に松明を立てるとかは…?」


「普通のモンスターならそれが有効だろうが、今回の相手は何もかもが規格外だからな」


「サベージ・サーペンターはあの巨体ながらも静かに動くことに長けており、心苦しい話だと思いますが、村長さん方も襲われるまで近づいて来ていたことに気付かなかったのではないでしょうか」



ナナリーに問われ、村長や他の住民達も一堂に首を縦に振り、皆口を揃えて『気付かなかった…』言った。



「他のサーペントテイルならいくらでもやりようはあったんだが、よりにもよってサベージ・サーペンターだとやることは自ずと限られてくる」


「どう、するんですか?」



固唾を呑んでアザムの言葉を待つ彰。そして数秒間沈黙したアザムから発せられた言葉は―――



「待つ!!!そして俺が気配を察知する!!!それしかない!!!」


「え、えええええ!?それってつまり何も策はないってことですか!?」


「仕方ねえだろう。姉御だったら便利な道具を一つや二つ持っているんだろうが、生憎と俺はそっち方面はさっぱりなんでな」


「なら、わたくしが一つ策を」



開き直ったアザムに村人が悲痛な顔を見せるなか、少し呆れ顔なナナリーが手をあげて提案する。



「莉々さん、少し手伝っていただけますか。村を囲むように罠を仕掛けます」


「わ、わかりました!」



いつも誰にでもため口な莉々だが、ナナリーだけはなぜか敬語であり、そんな妹のような可愛らしい莉々にナナリーは優しく笑いかける。



「んじゃ、アンタの罠にかかったら開戦だな」


「はい。あとはお願いします」



村長宅を出て行った2人。残されたアザム達がやるべき事と言えば、死者の弔いだった。

このまま放っておけばアンデッド化することを恐れたアザム達は、夜になるまで村人総出で亡くなった人々を一か所に集めていく。瓦礫の下になっている者はアザムと彰が怪力で持ち上げ、つぐみと彩海もまた簡単な水魔法でサベージ・サーペンターのマーキングを消していく。

そして日が傾きかけた頃、ようやく作業が終わり、村の中央で生き残った牧師が死者の手向けの言葉を紡ぎ、村の周りに咲いていた名も知らない花を住民や彰たちは順にそえていく。


そして村の全員が花を添えるとアザムが前へ出る。牧師や村長達に一礼をすると手に緑色の炎を生み出す。



「我らが偉大なる父ユグドラシルよ、どうか迷える魂を導きたまえ」



竜族に伝わる送り言葉を紡ぎ、そっと炎を落とした。緑炎は瞬く間に死者を優しく包み込む。

そしてその場にいる全員が手を合わせ、各々が別れの言葉を込め、故人の新たな旅立ちを静かに祈った。




































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