第42話 緊張

「そういやお前らはどうしてこの町にいるんだ?」



パーティー結成後、アザム達は場所を移してアリッサがよく懇意にしている海鮮料理店にやってきた。

アザムは後々知ったことだが、この世界において海鮮料理というのは基本的に火を通すのが当たり前であり、この店は現地の人や他国の人から見ればかなり異質に見えるらしい。

味は日本人のアリッサが唸るほどなので間違いはないのだが、如何せん火を通さず生で提供される魚や甲殻類に拒否反応を示す者がほとんどであり、そのことからこの店はその道に通ずる漁師や美食人にしか好まれない知る人ぞ知る店となっているのだ。


これは誰も知らないバニラのみが内に秘めた想いだが、正直この店に来たときはかなり憂鬱だったそうだ。

寄生虫のリスクや衛生面など様々な点から生で食うことにリスクを覚える暗殺者のバニラにとって主人が破滅の道へ嬉々として進もうとする姿を止めたかったらしい。



「アタシが魚食いたいって思ったから?」



目の前で美味しそうに海鮮丼を食べる3人のうちリーダーの彩海が当たり前のように答えた。



「俺の姉御があれだからあまり強く言えないが、お前ら勇者の使命とかねえの?」


「正直具体的な使命というのはないですね。最初僕らの旅について来ていた貴族は、人助けとか云々言っていたんですけど、まぁ彩海がこれですから」


「柄じゃねえよ。アタシらがそんな力を持ったからって勇者として人助けするわけねえじゃん」


「完全に同意だわ。ま、助けられそうだったら助ける的な?」


「ん?やっぱ御付きの貴族でもいたのか」


「いました。でも、彩海がうざいって言って突き放したんです」


「いや、でもあれはしゃ~なくね?つぐみめっちゃ迷惑そうにしてたし」


「あいつまじキモイ。貴族だからってなんでも許されるわけないじゃん」



このクールな印象を受ける江ノ島つぐみという女性は、その御付きの貴族に何かされたのだろう。主にセクハラ関係のなにかを。



「それで彩海が怒って、喧嘩別れになったというか」


「あいつそもそも弱かったし、タンクとして役立っていなかったしな」


「あぁ、それでお前らのパーティーにはタンクがいないのか」


「ま、いずれ解決するつもりだけどさぁ……」


「わたしはこれでいいけど……」


「いやいや、僕がタンク無理やりしているけど、結構辛いからね?」



あの貴族によって少し男嫌いが出てしまっているつぐみを気遣うように笑いかけるギャル2人に対し彰は冷静だった。



「最初彩海が魚を食べたいっていましたけど、実は新しいタンク職の人を勧誘する意味でもここに来たんです」


「ここ結構でかいじゃん?だから、アタシらのお目にかなう奴がいるんじゃねえのかな~って」


「だが、ここは他種族にあふれているぞ?」


「うちら別に差別意識とかねえから。獣人とかすごいもふもふで触り心地良さそうだし」


「ま、そういうわけで、力をつけつつ新しいメンバーを探していたわけです」



と、ちらちらと彩海と莉々がアザムを見てくるが、残念ながらアリッサのパーティーメンバーなので、改めて断らせていただく。



「すげえいい人見つけたと思ったんだけどなぁ!」


「アリッサ先輩のタンクですから、仕方ないよ」


「なぁ、そのアリッサ先輩ってさっきから誰だよ?彰は面識あるみたいだけど、うちその人のこと知らんわ」



と、そこで小野町莉々が口を挟み、彰に対して説明を求める。



「そっか、小野町さんはアリッサ先輩のことを知らないんだったね。アリッサ先輩っていうのは、僕らと同じ勇者パーティーに属している人なんだ」


「え?まじ?誰のとこ?」


「新垣のとこ。でも、今は別行動をしているらしくて、ここにはいないみたいだよ」


「なるほど。んで、名前からすると女の人っぽいけど、アンタより強いんだ?」


「ああ、姉御はつええ。俺なんか歯牙にもかけねえ強さを持ってる。戦うのがあまり好きじゃねえ人だからあんまり戦った場面を見たことはねえが、大体の奴は一撃で仕留めている」


「はぁーまじか。この前ちらっと見た時は全然そんな風には見えなかったけどなぁ...つぐみは?」


「ごめん、あの時は……なんだか邪魔されるように見えなかった」


「つぐみと言ったか。おめえ、そういう類の眼を持ってるのか?」


「え?あ、はい。わたしのは警戒本能って言って見た相手が格上か格下か判別したり、こちらに敵意を持っているのかとか大雑把にわかる程度のものです」


「なるほどな。まあ、それならしゃーねえ。姉御はそう言う眼に対する耐性を持ってるからな」


「へえ!流石アリッサ先輩ですね!今度一緒に冒険して色々お勉強させてもらいたいです!」


「あたしも興味出てきたわ。ねえ、この依頼終わったら会わせてもらえない?」


「まあそれくらいなら別に構わない。ただ、今俺らも立て込んでいて、用事が終わってからになるな」


「そこまで急いでいないし、別にいいよ。この依頼完了したらしばらく遊ぶつもりだったし」



話がひと段落した所で、彩海達は依頼について話し合うことになった。

彩海達は馬車を借りて目的地に行く予定だったが、ナナリーがそこで手を挙げる。彼女によるとサーペントテイルによって現在辺り一帯は、被害状況から封鎖されており、現地に赴くには自力で行くしかないらしい。

賄賂を渡して馬を持つ業者に頼めばいい、と彩海が言うがナナリーは頭を振る。



「サーペントテイルは、そもそも冒険者が退治するようなモンスターではないのです。なので、金を握らせても動いてくれる人がいるかどうか...」



そう、サーペントテイルはその凶悪さから国の軍隊を編成しなければならない相手であり、間違っても彩海や彰など冒険者成り立てほやほやのニンゲンが挑んでいい相手ではないのだ。

深刻そうな顔で語るナナリーに彩海達は自分らが何気なく受けた依頼がいかに命知らずなものだったかを知り、それに連れて気持ちが落ち込んでいく。

それを見た章が立ち上がり、皆を鼓舞するように机を叩く。



「でも!今回はアザムさんもナナリーさんもいる!きっと大丈夫だよ!ね!」


「まっ俺がいれば問題ないだろ」


「はい、アザム様がいれば問題はないかと。しかし、今後領主依頼を受ける際はお気をつけください。あの者はなかなかの曲者です」



苦い思い出でもあるのか、目付きが鋭くなったナナリーに一瞬ドキッとした彰は何度もその言葉に頷いた。


して、馬車の件は教会で暇そうにしているマーカスを連れていくことになり、彩海達は1度解散することになった。

次集合するのは2日後。アザムは急いで教会に帰り、アリッサの姿を探した。マーカスを借りて行っていいのか聞くためだ。

しかし、そこにアリッサの姿はなかった。丁度書類作業をしていたミゲルがおり、彼女に尋ねると何でもオーディアスに用事にあって数日留守にすると言伝を残していったらしい。

バニラも一緒に連れて行っている辺り日帰りはありえなく、アザムはどうしたものかと悩む。



「なんだと!?」



と、そこでアザムとミゲルの話を聞いていた貴族がいた。



「も、戻ったというのは本当なのか!?」


「は、はい。朝のことですが、パステル様はご存知ではなかったのですか?」


「な、なんだと...ば、バニラめぇ...俺が寝ている間に...!!」


「まあ言わなかったってことは戻ってくるんだろ」


「はい。そんなに時間はかからないと仰ってましたよ」


「し、しかしブルースからオーディアスへの往復は時間がかかるだろう?」


「姉御なら心配いらねえよ。お前は大人しく待っとけ」



アザムに冷たく突き放され、かと言ってドラゴンにも強く出れないパステルは苦悶の表情を浮かべたまま固まる。

それに気づかず、アザムは外に出る。するといつものハンモックに寝そべって揺られているインドラがおり、アザムは意を決して話しかけた。



「お休みのところ失礼します」


「......なんだ」



話し相手であるバニラがいなくなり、若干どころか不機嫌そのもののインドラは眉をひそめながら声だけで反応した。

それだけでアザムの身体は強ばり、一瞬呼吸を忘れてしまい、額には脂汗が浮かぶ。

今俺は後悔している。アザムは素直に自分の心情を分析した。そして今からインドラに話す事情は、真竜の長を小間使いにしようとしているに等しいのだ。

下手したら自分の首が飛びかねない。マーカスの貸切一つで自分の首が飛ぶか飛ばないかの命運が決まるなどどう考えても釣り合っていない。話すべきかアザムは悩む。しかし、このまま言葉を話さねばインドラの機嫌はますます悪くなる一方だ。

ここ最近古代竜の話があってから機嫌が悪いインドラに自分は今何を言おうとしているのか、今一度考えアザムは意を決し、からからになった唇で言葉を紡いだ。



「い、インドラ様の好物をお教えいただけないでしょうか!」


「好物だと?」



アザムは負けた。自分の首惜しさに本来の用事を言えず在り来りな話題で乗り切ろうとしてしまった。

本来ならば言葉を交わすことなど、下手すれば姿すら見ることが叶わない天上人にアザムは心が負けたのだ。



「......そのようなことを聞いてどうするのだ」



可哀想なくらい小さく見えるアザムにインドラは問う。



「ぜ、是非次回また我らが里を訪れた際の参考になればと!」



インドラに嘘ばれる。これは以前少し酒に酔ったアリッサが語っていたことだ。万物を見通す瞳を持つインドラに嘘は通じず、つまらない嘘を言ったら殴られるぞとまるで経験談のように彼女は語っていた。

なのでアザムは先日里に帰った際に族長からそれとなくインドラの好みを聞き出すよう言われたのだ。断じて嘘では無い。

インドラは必死な様子のアザムを少しばかり可哀想に思い、相変わらず冷たげな態度ではあるが、しっかりと答えてくれた。



「童は...あやつが作った生クリームとチョコたっぷりのパフェとやらが食べたいのう」


「パフェでございますか!お答え頂きありがとうございます!是非参考にさせていただきます!!」



極度の緊張から汗だくになりながらその場から離れようとしたアザムをインドラは呼び止める。



「お前、童に別件があったのだろう?良い、その頑張りを評価して聴いてやろう」


「ほ、本当ですか!?あ、ありがとうございます!!」


「童の気持ちが変わらないうちに申してみよ」


「は、はい!インドラ様は姉御と連絡する手段などはお持ちでしょうか!」


「あやつとか...まあ持っていなくもない。それがどうしたのだ」


「実はーーー」



そこでアザムは彩海達と数日間サーペントテイルを討伐するためここを離れることを伝えた。その際移動のためマーカスを借りようと思っていることもつけ添えて。


一連の流れを理解したインドラは、気怠そうに身体を起こす。すると髪が淡く光、彼女は瞑目する。



『おい、聞こえておるか』


『あれ?インドラ様?』



そう、インドラはオーディアスでハンマーを振るうアリッサの脳内に話しかけた。

簡単に事の経緯を伝えるとアリッサは二つ返事で答え、むしろ暇そうにしているマーカスが気の毒だからと歓迎気味だった。

会話を終えたインドラはアリッサから了承を得られたことを伝えるとアザムは深々と頭を下げる。



「あ、ありがとうございました!!」



インドラは背を向けこれ以上話すことは無いと意思表示を見せる。

アザムは再度頭を下げてから静かにその場から立ち去ると、教会裏に新しく設けられた馬小屋にいるマーカスへ話をつけに行く。


マーカスは現在子供たちに世話をされており、拙い手つきながらも必死に自分を手入れしてくれる子供たちを憎からず想っているのだが、相変わらず放置気味な扱いに若干鬱憤がたまっていた。



「よう、マーカス」


『ん?ああ、アザムの兄さんか。今日はどうしたん?』


「お前今暇だろ?だから、連れ出してやろうと思ってな」


『そいつはまじか!いやー久しぶりに外に出れるのならどこにだって行くぜ!!』


「2日後によーーー」



そこでアザムはまたインドラに話した内容をマーカスにも伝える。

するとマーカスは喜び、狭い小屋の中で跳ね回る。



『やったぜ!!ようやく人を乗せて走れるんだな!?それも戦うのかよ!』


「俺、お前がどこまで強いのかイマイチ分からねえんだよな」


『第一ご主人に比べればクソみたいなもんだけど、そんじょそこらのモンスターには負けねえつもりだぜ!』


「そういや姉御がお前のこと変異種とか言ってたな」


『第一ご主人が?まあ確かに同族とは色が違ったりしてたなぁ...なんか嫌な過去を思い出してしまったぜ...』



どうやら色の違いで同族から虐められた過去を持っていたらしく、いらん過去を掘り出してダメージを負うマーカスをアザムは慰める。



「つうわけで!マーカスには少しの間馬車を引いてくれよな」


『了解したぜ!』



快く引き受けてくれたマーカスに感謝し、アザムは馬小屋を後にする。

そして懐事情を把握しつつ町に出て旅の準備のため食料を買いに行くのだった。
















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