第35話 四天王会議

雅やかな装飾が施された広い空間に圧倒的な存在感を放つ強者が5人いた。それぞれ向かい合うように円卓の椅子に座り、異質な雰囲気を醸し出している。

1人は少年。この会議の席にとても似つかわしくない可愛らしい子で、厳かな王族特注の服に着せられている。と、そんな雰囲気を感じるほど幼いが彼から発せられる魔力は桁違いであり、並みの者ならば相対しただけで気を失ってしまうほどである。

短い黒髪にくりくりとした愛らしい赤い目をした少年の名はディスター・アレグラント。魔族の世界を束ねる王であり、まだ母から魔王の座を譲り受けたばかりの若き魔王である。


そして右に座るのは長身の大きな女性。獣人国から取り寄せた浴衣という衣装に身を包んだ姿であり、先ほどから息子の姿を見てニコニコしている。そう、彼女こそが歴代最強と名高い魔王ミドラ・アレグラントその人である。

隠居して優雅な毎日を送っていたが、なにやら今回はクィーンサキュバスきってのお願いを言われ、こうして久しぶりに魔王城に戻ってきたのだ。


次にミドラの隣に座るのは甲冑の騎士。死を連想させる骸骨を模した兜をかぶり、刺々しい漆黒の鎧に身を包むのは魔族最強の剣士であり将軍を務める不死身のジーノ。

不死身とは彼の種族が不死族という大変珍しい存在からきている。頭と心臓を潰されようとも青白い炎を纏って復活する姿はまさに死神のようで、それに恐れを抱いた昔の者が不死族狩りを行ったのである。

やれ不死族の血を飲めば不老不死になれるとか、そんな理由で彼ら不死族は狙われた。

彼が幼い頃に両親とも不死狩りによって亡くなっており、元から数が少ない不死族はもはや彼を含め両手で数えられるほどしか残っていない。

不死族は心臓や脳がやられようとも復活するが、明確な弱点というものが存在している。それは聖女の血が込められた杭を心臓に打たれることである。すると途端に不死性を失い、彼らの体は瓦解するかのように砂となって消えてしまうのだ。

不死族はヴァンパイア族の突然変異種と考えられているが、既に数が少なくなっているうえに魔王が完全に不死族を保護しているため、危険を犯してまで研究をしようとする者はいない。

ジーノは魔界を1人で旅している時にミドラと出会った。出会うなり喧嘩を吹っ掛けられ、なし崩し的に仲間に加えられた。『魔王になるから手伝え』と言う彼女の荒唐無稽としか思えない言葉についていき、いつの間にか魔王になった彼女の右腕として君臨していた。

彼女のおかげで隠れるように怯えて暮らしていた数少ない同族を保護することができ、ようやく不死族は表の世界を歩けるようになったのである。


こうして四天王の座に上り詰めた彼が見つめる先には親友にして相棒の息子がいる。今の彼は現魔王を支えることに全力を尽くしており、戦術指導や戦闘訓練を受け持っていて大変忙しいのだが、久しぶりに同僚のクィーンサキュバスから緊急招集がかかったため席についている。

自分の隣に座っている狼男のアグニを見る。深紅の体毛を持ち、通常ならば首が3つあるところ首が1つしかないこのケルベロスの変異種は自分とは対照的に豪快な男だ。



「久しいな我がライバルよ」


「ああ、アグニ。お前と会うのもいつぶりか」


「念話水晶ができてからというもの、直に顔を合わせて話すことなど無くなったからのう」


「お前の所は発展が目まぐるしいようだな。血の気の多い魔族にとってお前の領地は住みやすいらしい」


「はっはっは!我が街が誇るコロッセオは毎日大盛況でな、今度貴様のところの部下を参加させてみたらどうだ?」


「ああ、それもいいかもしれない。最近どうもたるんでいるように見えるからな」


「やはり我ら魔族は闘争を望んでおるのだよ。だが、この平穏もまた捨てがたいのも事実」


「まったくだ。ようやく我らは羽を休める時が来たのだ。今は嵐に備えるとしよう」


「最近何やらきな臭い話を聞く。我の密偵によれば真竜同士が衝突したそうだ」


「俺のところにも報告は来ている」


「リヴァイアサン様とケツァルコアトル様がぶつかったらしいよ!」



と、そこで甲高い声が発せられ、2人は声がした方へ向く。そこには美しい水色の髪を流す女性が座っており、少し興奮気味にこちらを見ていた。



「マリン、それは本当か?」



マリン、海の魔族を束ねる人魚の王女である。その美声はあらゆる生物を魅了し、力を与えると言われている。

人魚族もまた不死族のようにその昔違法な狩りの対象になって数を減らしてしまった種族であり、今は魔王の保護のもと海の支配者として海軍を束ねている。

ここにはいないが、リリスと同じく母親から四天王の座を受け継いだばかりであり、どこかまだ頼りない雰囲気があるのはご愛嬌である。



「うん!お魚さんが教えてくれたんだ!すっごい戦いだったらしくて、怖くて逃げて来たんだって!」


「マリン……その報告を俺は受けていないぞ」


「あっ……ごめん、忘れてた……」


「………まぁいい、それで何故真竜が?」


「よくわからないんだけど、ケツァルコアトル様は怖い雰囲気だったって言ってたよ。黒い霧を纏っていて様子が変だったって」


「黒い霧…?アグニ」


「ああ、それは近頃確認されている現象よのう。その霧に包まれた者は漏れなく狂暴化しておる。して、その霧に真竜が吞まれているとあっては……」


「だが、今もこの世界には風が届いている。それはケツァルコアトルが生きていることを示している」


「ならばリヴァイアサンが介入して正常化したのだろうよ」


「真竜すら呑まれる黒い霧……情報が少ないな」


「み~んな怖がっているから何とかしたいんだよね~!」


「我らも無関係とはいくまい……」



そして時計を見ていたクィーンサキュバスのユスティリアは手を叩くことで、全員の視線が集まった。



「時間になったわ。初めに今回の緊急招集の許可をくださった魔王様に感謝を。そして忙しいなかでも集まって貰った四天王の皆には感謝が尽きないわ」


「僕はみんなに声をかけたに過ぎない。そんな礼を言われるほどのことじゃないよ、ユスティリア」


「いえ、それでもここに集まったのは魔王様の人望あってのものです」


「そうだとも。我ら四天王一同魔王様に忠誠を誓っております。招集に応えるのは当然のこと」


「そうです!私たち人魚族も忠誠を誓っていますよ!」


「マリンもアグニもありがとうね。それじゃ、ユスティリアは進行を」


「はっ!では、今回集まって貰ったのは数年ぶりに馬鹿娘から連絡が来まして、その報告が今後我が魔族国の命運を分けるものと判断したためです」



ユスティリアの言葉に魔王ディスターを含めミドラ以外驚愕の表情を浮かべる。ミドラと言えば息子の仕事ぶりを見てただニコニコしているだけである。



「リリスか……しばらく顔を見ていなかったけど、今は何をしているんだい?」


「今は人間界の港町ブルースで娼館を経営しているみたいです。我が娘ながら頭が痛い話です……」


「サキュバスらしいと言えばらしいけど……ごめん、話を遮っちゃったね。続けて」


「それで先日ご報告にも上がったアリッサという冒険者とリリスが接触に成功し、友人関係を築けたようです」


「なんと!!件の神級鍛冶師にか!!それは僥倖!!してどうなったのだ!?」


「彼女は人間国のバジェスト王との関係に溝があるそうで、次の謁見次第で我が国と交友を結びたいと言っているそうです」


「それは本当か!ユスティリアよ!よくぞ報告してくれた!母上!」


「クックック……バジェストめ力をつけたくて心の奥底が見えておるぞ。ユスティリア、それは余も聞いている。件の転生者とは一度話をしてみたかったのだが、まさかこうも早くチャンスが巡ってくるとは」



歓喜の表情を見せる息子に笑顔で返し、今まで静観していたミドラが座りなおして意地の悪い笑みを浮かべる。



「母上、転生者とは?転移者とは違うのですか?」


「違うとも。異なる世界からその体ごとこちらにやってくる者を転移者と言い、体を捨て魂だけとなってこちらの生まれる者を転生者と言うのだ。輪廻転生と少し似ているが、圧倒的に違う点は前世の記憶と神の手によって加えられた魂は強靭な力をもって生まれてくるのだ」


「転移者も神の力を与えられるが、魂の容量というものは決まっている。その容量を超える力を得ることは決してないが、その点転生者は魂の容量が大きいのだ」


「ジーノの言う通り転生者はその強さから神の使徒とも言われているな。その昔、天使族なる者がいたが、正体は転生者だったとか。まぁ古の種族故に文献がほとんど残っておらんが」


「さすが母上、物知りですね」


「知っておかねばならないからな。しっかし、転生者で神級鍛冶師とはなぁ……神は世界を壊したいのか?」


「だからこそ傍にインドラがいるのだろう。監視の意味を込めてな」


「だろうなぁ……で、ディスターはどうするのだ?お前が王なのだ。お前が決めよ」



母の目を受け、ディスターは全員を見据えて答えを出す。



「件の冒険者については、こちらの保護を求めてきた場合手厚く出迎えよ。リリスの要請にも出来るだけ応えられるように」


「わかりました。そして次にまた同じリリスからの報告なのですが、件の冒険者アリッサ様がマキナ遺跡を発見したと」


「ほほう、ここ数百年マキナ遺跡の発見など露ほどにも聞かなかったが」



ミドラが眉を上げて驚いた表情を浮かべる。



「そしてリリスもその探索に同行することから、我々魔族もこの件に絡めないかと思っております」


「もちろん絡みたいと思うがのう……ユスティリア、それはどこにあるのだ?」


「嵐の海域を抜けた中央区よ」


「なんと……!そのアリッサとやらは抜けたのか」


「ウィンドドラゴンに乗って抜けたらしいわ」


「がっはっは!おい!ジーノよ!聞いたか!」


「ああ、聞いている。ウィンドドラゴンと行動を共にしているのは知っていたが、まさかドラゴンに乗って嵐の海域を超えるとは……」


「さっすが風のドラゴンだねえ。人魚の私たちもあそこは無理だよ」



うんうん、と頷くマリンを尻目にユスティリアは話を進める。



「アリッサ様は魔王様と同じく転移の術を取得しており、触れている対象ならば記憶した場所へ自由に飛ぶことができるそうです」


「彼女はデーモン族なのかい?それも触れた者か……魔法陣を描くわけじゃないんだね」


「いえ、報告では人間とありますが……」


「これも転生者の力というわけなんだね。それでユスティリアは四天王の誰かを動かしたいのかな?」


「さすが魔王様、お話が早いですね」


「我が!!と行きたいところだが、我が離れると国が混乱するでのう……」


「私も陸なら全然役に立たないから無理だよ~。それに今リヴァイアサン様が現れたせいで海が大混乱してるし~」


「ええ、アグニとマリンの事情は知っているわ。だから、今回はジーノに動いて貰う予定だったわよ」


「俺がここを離れていいのか?」


「今回相手が相手なのよ。多分、ミドラ様かジーノかアグニクラスじゃないと歯が立たないわ」


「ほう!そいつはどんな奴だ?それほどの強者とは気になるぞ!」



強者に目がないアグニが声を上げ、ジーノとミドラもピクリと反応した。やはり魔族はどこまでいっても戦闘狂なのだ。



「アリッサ様によれば古代竜との戦闘が予想されているわ。だから、今回インドラ様も動いているわけだけど」


「古代竜か!!がっはっは!そいつは腕がなるのう!動けない我が身が憎いぞ!」


「古代竜か……奴らは既に滅びたと思っていたが…」


「私もそう思っていたわ。だけど、アリッサ様が言うには遭遇するかもしれないとのことよ」


「ますます奴の正体が気になる。で、ジーノ。お前は行くのか?」


「古代竜ならば俺が行かねばなるまい。俺が留守の間はどうする?」


「私がここに残るわよ」


「ならばいうことはない」


「ユスティリア、古代竜ならば余も行こう」


「ミドラ様も?」


「ああ、直に件のアリッサとやらも見てみたいところだ。それに真竜の長に恩を売っておくのもいいだろう」


「母上、どうかお気をつけて」


「古代竜に遅れはとらん。お前はどんと構えて待っておれ」



心配そうにしている息子の頭を優しく撫で、ミドラはユスティリアに視線を向ける。



「で、余の相手は誰だ?」


「アリッサ様のお話によれば相手は真竜殺しファフニールだと」


「真竜殺しか。ジーノ、久しぶりに暴れられそうだ」


「マキナ遺跡を破壊してはならないぞ」


「なに、亜空間結界を張ればいいだけのこと。まあインドラ辺りがドラゴンサンクチュアリを発動しそうだが」



ミドラはファフニールとの戦いを想像して愉快にそうに笑うが、当のジーノは深い息を吐く。辛い戦いになりそうだと。

魔界に名を轟かせ、大陸の聖剣使いと同等かそれ以上と言われているジーノにとっていつか相対したい存在というのは当然いる。

寡黙な男だが、ミドラが戦闘狂故に漏れずジーノもまた強者との戦いに楽しみを見出す男であり、今彼の体は静かに高揚している。


ああ、あの伝説の存在である古代竜の真竜殺しと戦えるのだ、と。



「お前、笑っているな?」


「お前に隠し事はできないな」


「当然だ。何年一緒にいると思っている」


「そうだな」


「2人とも乳繰り合うのはそこまでにしていただいて。私からの報告は以上です。魔王様、アリッサ様の受け入れについて今後の話がございますので後ほど」


「ああ、わかった。では、会議は閉会とする!」



ユスティリアは少し気まずそうにしている2人を見て複雑な想いを抱く。

身分上結ばれることがなかった2人を昔から見ていたからこそ。

ずっとあの頃から4人で旅をしていたからこそ。



「はぁ……ほんと見ていられないわ」



サキュバスらしくない感情が沸き上がってユスティリアは自分の気持ちを抑え、業務に集中するのであった。












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