第34話 静かに動き出す悪意と…
「ところでインドラ様、嵐の海域の中で……」
「そのことは童も知っておる。それで具体的に何があったのだ?ケツァルコアトルとリヴァイアサンの魔力を感じたが」
話題を変えるためアリッサは嵐の海域で真竜が衝突したことを報告した。邪悪な気配に包まれたケツァルコアトルが襲い掛かってきたこと。そして自分たちを助けるためにリヴァイアサンが顕現したことを。
「そうか……ケツァルコアトルが……」
「竜の里で会議とか行われないんですか?」
「既に招集はかけておる。だが……ムスペルヘイムが来れるかどうかはわからん。奴は今も世界の均衡のため力を尽くしておるからな」
「ミラージュも無理そうですかね」
「ああ、奴もまた神とこの世界の境界線を守っておるからな。リヴァイアサンには必ず来てもらうつもりだ。なにせ当事者だからな」
「んじゃインドラ様は里に戻るつもりで?」
「半身があちらにおる。別に話を聞くために戻らなくてもいいだろう」
「ちなみにオレとの会話は全部エウロに筒抜けらしいですよ。つまり必然的にリヴァイアサンにも筒抜けなわけで」
「奴に何を見られ、聞かれようが気にはせん。そもそも奴自身人間の姿で世界中を遊び回っているのだ。童がどこで遊ぼうが半身が仕事をしているのだから文句など言わせんよ」
とりあえず嵐の海域での報告を終え、久しぶりにインドラと一対一で雑談をしているとパステル達を寝かせてきたバニラ達が戻ってきた。
「憂鬱だけど今後のことについて話をしますかねぇ……」
バニラにお茶を注いでもらい、皆が席についたところでアリッサは口火を切った。
「パステル……様は?」
「身体に異常はありません。意識を失っただけですので、もうじき目を覚ますかと」
「ふぅ……インドラ様、オレを守ってくれたことに関しては感謝をしておりますが………」
「みなまで言わずともわかっておる。で、お主は応じるのか?」
「行かないわけにもいきませんからね。ただ先ほどの言葉が人の王の主張だとすれば身の振り方を考えないといけないです」
「つまり人族と敵対するってこと?」
「そこまで大袈裟なものじゃないよ。ただ一度でもオレを利用しようと人類の王が考えたのであれば、ほぼオレの中で答えは出ているようなものだけどね」
「なら、あたしが魔王様に話を通しておこうか?」
「魔王に?」
「えと、アリッサは今後ろ盾になる人がいなくて困っているんだよね?」
「今後面倒ごとが増えそうだなとは思っているよ。パステル様の言葉通りなら多くの人が麗奈の剣の力を見たのだろうから」
「間違いなく貴族たちがアリッサさんと接触しようとしてくるはずです。リーシア様のお家であるアルベット家の名を出せば引く貴族も多いと思いますが、一枚岩ではないのでどこまで通じるか……」
「国に守って貰うのが一番ってわけだ。だが、その人間の王が信用ならねえってなら魔族でもいいんじゃねえか?前魔王の威光が強い今の時代なら交渉するのも悪くはないと思うぜ」
「あたしも口添えするし、こう見えて四天王だから逆らう奴はいないと思う」
「………実はインドラ様と魔族もありなんじゃないかって話をしていたんだ。リリスが仲介してくれるなら待遇も悪くないだろうし」
「ただアリッサに剣を打って貰う必要があるかも。あ、ほら!王級鍛冶師はいるけど、神級鍛冶師なんてそれこそジャンドゥール以来なわけだし」
インドラの視線に怯えながらも必死に説明するリリスに少し同情しつつもアリッサは一理あると考える。
「オレの見た目もこんなだしな。一目で神級鍛冶師と見破る奴なんていないだろうしね」
「まぁオーディアスであったことは報告行っていると思うよ?王宮に入り込んでいる密偵はいるし」
「んじゃ魔族側も姉御をどうすべきか悩んでいるってわけだ」
「傍にインドラ様もいるわけだしね。手を出そうものなら真竜を敵に回すわけだし……」
「獣人国にもアリッサさんの噂は広がっていると思われます」
「いずれお主の名は大陸中に広まっておったのだ。それが少し早まっただけのこと、頭を抱え悲観している場合ではないぞ」
頭を抱えるアリッサに現実をぶつけてくるインドラは答えを急く。
「で、どうするのだ?」
「とりあえずバジェスト王に会ってみようとは思います。それでだめならば魔族と接触しようかと。リリス、とりあえずオレのことは魔王様に報告していいよ」
「お主がそう選ぶのであれば童は何も言わぬ」
「ラクーシャ様との縁を切るのはあまりにも勿体ないですからね。それにマキナ遺跡を発見しましたし」
「姉御、でもあそこに行くには嵐の海域を超えなくちゃならねえぜ?人が扱える用にするにはとても現実的じゃねえ」
「ま、とりあえずラクーシャ様だけに報告するつもりだよ。ここだけの話、あのマキナ遺跡はオレが管理する予定だし」
「ジャバウォックの遺産を残しておくのか?」
「い、インドラ様とりあえず落ち着いてくださいよ。雷のマキナ遺跡ことラームレン大塔は、オレより前にこの世界に来た異世界人が残したオーパーツが数多く残っているんです。それを利用できないかと思っていまして。多分なかにはインドラ様にお作りできるお菓子のレパートリーが増やせる電化製品がきっとあるはずなんです」
「ふむ………まぁ見てから判断しよう」
古代竜絶対殺すウーマンと化しているインドラを宥め、一息つくとアリッサは話を続ける。
「次にマキナ遺跡に挑むわけだけど、中には古代人が残したゴーレムが蔓延っていると思う」
アリッサはバニラに命じて黒板を持ってきてもらい、チョークを手に取って竜の形をしたゴーレムを描く。
「ドラゴンゴーレムってやつだね。侵入者には問答無用で襲い掛かってくるけど、そこまで強くはない。量産個体だからコスパ重視だし、知能もないに等しいからアザムくんならパンチ一発で壊れると思う」
「ゴーレムですか。古代遺跡にはよく守護者として設置されている門番ですが、どれもBクラスのモンスターに分類されていたと記憶しています。とても硬く数十人のパーティーでの討伐が推奨されるほど強力な魔物だと」
「この世界の基準レベルだとバニラの言う通りかもね。幸いにもここにはほぼ人外しかいないから、その常識は当てはまらないけど。んで、ドラゴンゴーレムは大体大きさが1mから2m弱で口から電撃のブレスを放ち、それ以外だと手足を使ったひっかき攻撃を仕掛けてくる。レベルはオレの記憶だと50から60レベルだと思う」
「それが無数にいるわけ?面倒ね」
「そこまでうじゃうじゃいるわけじゃないよ。ただ重要な機材や部屋の前だとそいつらの親分のようなゴーレムがいる。レベルは70くらいで4m程度のドラゴンゴーレムなんだけど、まぁただでかくなっただけだから何回か殴れば壊れると思う」
「最近活躍出来てなかったからな。俺の拳が唸るぜ」
「ドラゴンの腕力を頼りにしてるよ。さて、進んでいくと奥にラームレン大塔の中枢区を守る雷のドラゴンがいる」
「ドラゴン……そいつはサンダードラゴンじゃねえのか?」
「正式にはドラゴンじゃないね。オーパーツで固められたドラゴンっていうのかな?機械のドラゴンで、中には竜人巫女がいる」
「なんだと!?そのようなことをジャバウォックはしていたのか!!」
ジャバウォックの姿を思い出しているか、今にもテーブルが壊れると思うくらいの力で拳をたたきつける。
「動力源として扱われていた気がする。要はその竜人巫女を取り出せればマキナドラゴンを無力化できるってことね」
「お主、そのマキナ遺跡はいつからあったのだ?」
「ゲームでの知識ですけど、インドラ様のお母さまが戦っていた時代からあったと思いますよ」
「長き日に渡って死ぬことも許されず、未だに囚われているのか……」
「ジャバウォックは自分の知的好奇心を満たすことだけしか考えていませんからね。これから戦うかもしれないファフニールもただ戦いたいがために真竜から古代竜に寝返った奴ですし、古代竜は総じて自分勝手な奴しかいないんだよね」
「迷惑な奴らだな。んでもって強いんだろ?」
「強いよ。古代竜の中でも特にファフニールとアジダハーカとジャバウォックは強い。出来れば会いたくないんだけど、ラームレン大塔を好き勝手使われるのも困るしね」
「ファフニールの相手は童に任せよ。古代竜如きに遅れはとらん」
「あまり慢心しないでくださいね?ファフニールまじで強いんで」
「童の力を信じよ。いざとなれば力を開放するゆえ」
「ファフニール自身も本気でインドラ様とぶつかる気はないと思いますが、バルムンクがあるので」
「あやつの爪で死んだ同胞は多いからな。童も承知しておる」
あの戦争で多くの真竜が死んだ。特にファフニールが倒した真竜は数知れず、畏怖の意を込めて人々は彼を『真竜殺し』と呼んだ。
圧倒的なバトルセンスを持ち、竜ながらして武に通じており、この世界には伝わっていないようだが、ファフニールのイベントで隠しクラス『竜拳』を獲得できるほど彼は竜というよりも武闘家として強い。
「マキナ遺跡の目的は、中枢区に辿り着き、そこでマキナドラゴンの無力化と管理者権限の獲得が目的。ファフニールがいた場合、インドラ様に戦ってもらい、オレらはマキナドラゴンと戦うことになる。ファフニールがマキナドラゴンと共闘するとは思いたくないけど、その場合目的の達成は困難なものとなる恐れがある」
「さすがの童もおぬしらを守りながら奴とは戦えんぞ」
「というようにインドラ様とファフニールの戦いにオレ達がついていけないんだよね。下手したら余波で死ぬかもしれないから、その場合インドラ様にはラームレン大塔ごと破壊してもらう方向でいこう。貴重なマキナ遺跡だけど、ジャバウォック達に利用されるくらいなら破壊した方がいいからね」
アリッサの言葉にインドラを含め、皆が頷いたところで欠伸をかみ殺す。
「そう言えば帰ってきてからお疲れのご様子でしたね。お風呂は沸いていますので、どうぞ入ってきてください」
「お言葉に甘えることにするよ。マキナ遺跡の突入タイミングはオレとアザムくんの体調が万全になったら行こう。その間にバニラ達は準備をしておいて。オレのインベントリがどこまで入るかちょっとわからないけど、出来るだけ持っていくから」
「わかりました。では、あちらでも食べられる料理を作っておきますね」
「あたしは一度本国に報告しておくね。お母さまに怒られる未来しか見えないけど、アリッサのおかげで帳消しになるかもしれないし」
「おいおい、まだオレが魔族側に行くとは言っていないだろ」
「一応よ。でも、貴方の不都合になるようなことは絶対にさせないわ。そこだけは安心して」
「ああ、期待しておくよ。んじゃ一度解散!」
こうしてアリッサとアザムのちょっと、とはとても言い難い冒険は終わりを告げた。アリッサが知らぬ間に世界は少しずつ悪しき者による浸食が始まっているが、世界はまだそれを知らない。
その日の夜、リリスは娼館の自室で溜まっている仕事を片付けながら長らくしまって埃をかぶっていた青い水晶を取り出した。
「はぁ………」
憂鬱な気持ちを抱えつつ自身の魔力を水晶に通すと、青白く光り始め、やがて水晶は映し出す。ピンク髪の妖艶な女性を。
「お、お久しぶりでございます。お母さま……」
『………突然連絡を寄越したと思えば……あら、魔王様を放っておいてどこかに行った私の可愛い可愛いリリスじゃない』
「そ、それにつきましては報告の通り大戦時にはぐれた同胞の……」
『そんなことどうだっていいわ。貴方、自分が何をしているのか分かっているの?ディスター様はお優しいから何も言っていないけれど、ジーノとアグニはカンカンに怒っているわよ』
「ひい!」
『一度戻ってきなさい。私も一緒に頭を下げてあげるから』
「お、お母さま……」
『それで?私はとりあえず言いたいこと言ったけれど、今まで無視していたのに急に連絡を寄越したのには理由があるのでしょう?』
「あのですね、そちらに報告は行っていると思いますが……」
そこでリリスはアリッサの件を伝えた。その報告にクィーンサキュバスのユスティリアは驚愕し、それと同時にある程度こちらの状況を知っていたようだった。
『ええ、その件については知っていたわ。真竜の長と行動していてこちらも下手な接触ができずにいたのよ。でも、まさかリリスが接触出来て尚且つ我が国と友好関係を結ぼうとしているとは……』
「まだ仮の段階です。オーディアスの王次第ではありますが」
『そうね。でも、バジェスト王も欲をかいたわね』
「それとですが、アリッサはラクーシャ様とは今後とも付き合っていきたいと仰っていました」
『バジェスト王の娘ね。分かったわ。もしアリッサ様が我が国に来てくれるようであれば、そこも考えていかないといけないわね』
「それで……なんとかジーノ様とアグニ様のお怒りは収まりますか……?」
『むしろよくやったと褒めると思うわよ。私も鼻が高いわ』
「アリッサは戦いを望まないような人です。ですから、政治的に利用されることも自分が作った武器が戦争で使われることも嫌いみたいです」
『出来るだけアリッサ様の希望通りになるように私もディスター様に話しておくわ。リリスはいつでもいいから、アリッサ様を我が国に連れてきて』
「わかりました。それとアリッサがマキナ遺跡を発見しまして、今度あたしもそこに同行する予定です」
『な、なんですって!?それは本当なの!?』
水晶が割れるんばかりに叫ぶ母に少しだけ耳を手で覆い、騒音を回避するとリリスは事の顛末を話す。
『なるほど、それでラクーシャ様の話に繋がるわけね……』
ユスティリアは思案する素振りを見せる。
『それ、うちも絡めないかしら』
「でも、嵐の海域を突破しないといけないんですよ?」
『魔王様の家系はデーモン族。そのデーモン族には召喚術という魔法があって、一度行った場所に魔法陣を描けばいつでも行き来できるようになる秘術があるのよね』
つまりマキナ遺跡に魔法陣を描けばいつでも魔族領から来れるようになるわけだが、その前にマキナ遺跡を無力化する必要がある。
『古代竜ファフニール……インドラ様自ら戦うのね』
「みたいですが、アリッサは少し心配のようです」
『真竜殺しは有名だものね………そうね、緊急会議を開くわ。リリス、マキナ遺跡はいつ行くの?』
「え?えと、今アリッサさんが帰ってきたばかりなので、その疲労が癒えたら出発する予定です」
『大体3日か長くて5日の猶予ね………リリス、恐らくアリッサ様の存在が今後世界の鍵を握ることになると思われるわ』
「そ、そうなんですか?」
『はっきり言って彼女は普通じゃないわ。レジェンド級の武器を数多く所持し、その全てを操り、ドラゴンすら引けを取らない力を持っている。まだ彼女の情報を多く持つ国は少ないけれど、今後彼女を狙う者は増えると思うわ。でも、あなたのおかげで私たちは一歩抜きんでて彼女との交渉権を得た』
母のかつてないほど真剣な表情にリリスは気を引き締める。
『リリス、繰り返すようだけど本当によくやってくれたわ。今まで連絡を寄越さず遊んでいたのはとても褒められたものじゃないけど、今回の件はそれを帳消しにしてもお釣りがくるほどよ。連絡は追ってするから、あなたは何が何でもアリッサ様をお守りしなさい』
「わ、わかりました!!」
『それじゃまたね』
なんだかよくわからなかったが、政治に疎いリリスが一体どれだけ魔族の世界に光をもたらしたかは後ほど知ることになるのであった。
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