第33話 帰還と新たな問題
「な、なにを馬鹿なことを言っているんですか!!」
「お、お前のことを疑うわけではないが、我らが目を離した隙に逃がしたりしたら父の顔に泥を塗ることになる!」
「私がアリッサさんを匿っているとでも?」
「もしもの話だ!先ほどから言っているようにお前のことは信頼している!家を捨てようとも幼き日に共に遊んだ記憶は今も未来永劫消えることはない!だから、どうか頼む!」
「………」
昔からリーシアに突っかかって来ては衝突し、自分とジェニファがリーシアを引きはがし、もう片方は兄のリティッシュが引きずっていく。
そんな光景を幾度も繰り返して共にいつかは陛下を、生まれたばかりのラクーシャ様を支えるんだと誓い合った日もあった。
そんな日はもう来ないにしも家名を捨て、既に貴族ではなくなった自分をまだ友と言ってくれるパステルにバニラは根負けした。
「はぁ……わかりました。私がミゲルさんを説得しますので、もう騒がないでくださいね」
「ほ、ほんとうか!?」
「もう言ったそばから……」
「す、すまない……」
先ほどからバニラとパステルのやり取りを怯えた様子でこちらを見守っている孤児院の子達を見てパステルはバツが悪そうに視線を逸らす。
「でも、ここに滞在するにはこちらの指示に従っていただきますよ」
「わかった。極力そちらの希望通りにしよう」
「それとアリッサさんとのやり取りに関して私は口を挟みませんよ。パステル様ご自身で交渉してください」
「もちろんだとも。では、宿から荷物を持ってくるので後ほど」
パステルは力強い笑みを浮かべると最後に子供たちの方へ歩いていき、騒がしくしてすまなかったと頭を下げる。
その行動に子供はもちろんミゲル達も驚愕を隠せず、バニラはそんなパステルの姿を見て生意気な貴族ではなかったと評価を少し改めるのであった。
「というわけで、勝手に決めてすみませんミゲルさん」
「いえいえ、まさかかのオーデリック家の方がお越しになるとは……」
「パステル様については私が対応させていただきますので、ミゲルさんはいつも通りでお願いします」
「わかりました。何かありましたら何なりとお申し付けください」
ミゲルの温かいご厚意に感謝し、バニラはインドラとリリスが待つ客間へ戻ってくる。
「あやつ、ここに住むのか」
「アリッサさんが戻ってくる間のようです」
「あたし、魔族の四天王だし人間の貴族と会うとか嫌なんですけど」
「まぁあの店が見つかりなどすればたまったものではないからな」
「そ、そうなんだよね……」
間違いなくトラブルになる未来しか見えないリリスの扱いをどうすべきか。そもそも娼館の存在も性犯罪を抑制するためで、大体的に存在を認められている国はそう多くなく、オーディアスや他の国で運営している娼館のほとんどが商業ギルドなど国で管理しているのだ。
これがただの人間が運営しているならともかく、人の精を得て力をつけるサキュバスが働いているとなれば大問題である。
サキュバスは男性に対して圧倒的な特効を持っており、その気になれば廃人にすることも娼館通いの中毒者にすることも容易いのだ。
その危険性をリリスやあの親子が知っていないはずもなく、この商売を始める時も周りの店や裏のお偉いさんに相当挨拶に回ったとかなんとか。
まぁそんなわけでもしあの店がパステルなど大貴族に見つかればリリスはもちろん魔族側が侵略行為をしていると取られてもおかしくないわけで、リリス1人のせいで魔族側が今度一切国際社会で強く主張できなくなるかもしれないのだ。
「お前、あの店のことを先代のリリスは知っているのか?」
「へ?」
「あやつが一度だけお前の店に行っただろう」
「あ~……あの店ね……」
「どうなのだ?」
「し、知らないかな……」
「どうなっても知らぬぞ。童もあやつも助けはすまい」
「き、肝に銘じておきます……」
今日はやたらと喉が渇くリリスは何杯目かになる紅茶をバニラにおかわりするのであった。
一人汗を滝のようにかいているリリスなどつゆ知らずアリッサとアザムは空を飛んでいた。
「ここは穏やかな場所だな。なんの混ざり毛もない風が流れていて気持ちがいいぜ」
「いい場所だよね。ちょっと魔物が強かったりするけど、バカンスに来るならうってつけだ」
「色々落ち着いたらガキどもを連れて遊びに来ようぜ」
「それはいい考えだけど、どうやって連れてくるのさ」
「あ、それもそうか」
「オレの転移をあてにされても困るからな。あれは出来るだけ秘匿しておいたほうがいい代物だよ」
「まぁな。今のご時世どこの国も互いにけん制しあって力をつけようとしているからな」
「バジェスト王も良い人ではあるんだけど、どうも力主義の彼とはあいそうにないんだよね」
「姉御を力ずくで連れて来いなんて馬鹿げているぜ。俺たちウィンドドラゴンですら敵わない相手にどうやって連れてくるんだよ」
「まぁあの王様はオレの力を見たわけじゃないからね。ラクーシャ様なら仕えてもいいと思ったんだが」
「ああ、一度だけちらっと見たことがあったが、あれが人間族のお姫様か」
「あの人に手を出したら漏れなくユピテルクライが襲ってくるから気を付けてね」
「誰も手を出さねえよ!!しかし、その話を聞いたときは驚いたぜ」
「アスガルドクラスの魔物をテイムできるなんて聞いたことがないし……あれ?あれってテイムしているんだっけか?」
「ん?俺が聞いた時はしてないとか言ってたが」
「ああ、ただ懐いているだけだったな。それはそれで驚きだけど」
「あの鳥がいればオーディアスは平和だよ。あいつに勝てる奴は世界でも数えるほどしかいねえ」
「マキナ兵器でも勝てるか怪しいもんな」
そんなこんなでアリッサの指示で空を飛んでいると、やがて辺りは霧に包まれ始める。
「姉御……こいつは……」
「ドラゴンサンクチュアリだよ。それもジャバウォックのね」
アリッサは次元宝物庫をからジャバウォックの大剣を取り出すと、大剣は霧を引き裂くように周りを飛び始める。
「おお、霧が晴れていくぜ」
「一時的にだけどね」
飛ぶこと数十分、霧を引き裂いた先に見えたのは巨大な鉄でできた塔だった。
「なんじゃこりゃ……これがマキナ遺跡なのか……?」
「雷のマキナ遺跡……名はラームレン大塔だよ」
空高くどこまでも伸びる鉄の塔の周りには稲妻が迸っており、空中には雷を蓄えた巨大な岩が浮かんでいる。
「こいつはどこまで伸びてんだ…?」
「さぁ?」
「さぁって……姉御、一応人間にとってこいつは世紀の大発見なんだろ?もう少し嬉しそうにしたらどうだ?」
「あるのは知っていたからね。でも、こうして実物を見るのは初めてだから少し驚いているよ」
「それだけか……しっかし、これを登っていくのか?こいつは骨が折れそうだ」
「100階くらいはありそうだよね。確かオレの記憶によるとエレベーターがあったはずだから、それを使えば楽に登れると思うよ」
「それがなんだかわからねえが、楽に登れるんならいいや。で、姉御。ここはもうワープできそうか?」
「ああ、ランドマークに登録できたから次からここに飛んでこれるよ」
「ふ~い……んじゃ目標達成ってことだな。今回はなかなか疲れたぜ」
「アザムくんもお疲れさまだね。オレも疲れたし、早く帰って風呂に入ろうぜ」
「大賛成だ」
戻る前にしっかりと転移先にラームレン大塔が登録されていることを確認したアリッサは、アザムの大きな手を握り港町ブルースに戻るのであった。
パステルが来て3日が経った。最初こそ恐れられていたパステルだったが、バニラが親しく接する様子を見て徐々に子供たちとも打ち解け、今ではアリッサが教えた王都で流行っているキックベースボールを子供たちと楽しそうに遊んでいる。
ここに来た意味を忘れつつあるパステルの姿に護衛の騎士はため息を漏らしているが、子供たちの前なので強く言えるわけもなく、パステルに言われた屋根の修理に取り掛かっていた。
「あ!アリッサお姉さんとアザムお兄さんだ!」
小さな女の子が門の前でバニラと話しているアリッサの姿を指さす。すると、今まで遊んでいた子供たちが一斉に門へと走り出し、瞬く間に騒がしくなる。
「ついに来たか……」
鎧を脱ぎ、動きやすいシャツ一枚のパステルとトンカチをもって梯子から降りてくる騎士2人は門の前にいるアリッサを見つめる。
「パステル様……」
「わかっている。子供たちの前だ。ここはまず相手の出方を窺おう。ふん、お前たちもなんだかんだ言って子供たちに絆されているではないか」
「こ、子供たちに罪はありませんので」
来た時のように子供たちを刺激しないよう釘を刺してくる騎士にパステルは、どこか満足したように答える。
「なに、それは良いことだ。我ら貴族の願いは国民が健やかに暮らし、国の繁栄を願うこと。その未来ある子供たちに力を注ぐことは何も悪いことではない」
「ありがとうございます」
「よし、では着替えるとしようか」
「「はっ!!」」
質問攻めにあっているアリッサを尻目に3人は本来の目的のため鎧を取りに戻るのであった。
「で、その様子だとマキナ遺跡は見つかったようだな」
子供たちを躱し、ミゲルに軽い挨拶を済ませてからインドラのもとへ戻ったアリッサは今回の報告に移る。
「ええ、なかなかハードな旅でしたけど、マキナ遺跡を発見しました」
「すごいじゃない!あたし達結構心配してたんだからね」
「ちょっと予想外のトラブルはあったけど、なんとかね」
「いや~まじで疲れたぜ。サンダーバードの繁殖期にいっちまったみたいでよ、あちらこちらにサンダーバードがうじゃうじゃいやがるんだ」
「次はもう少し装備を強くしてから挑むよ」
「俺は当分御免被りたいんだが……」
そしてマキナ遺跡についてあれこれ話していると、突然部屋の扉が開かれ甲冑姿の男が3人入ってきた。
「失礼する」
「ん?」
「俺の名前はパステル・オーデリック。由緒正しきオーデリック家の次男である。此度は陛下の命を受け、アリッサ殿を王城に招くためここへ参じた」
「パステル………ああ、オズマン様の……」
「すみません、パステル様のお話をしようと思っていたのですが……」
「いやいいよ、どうせ手紙の件でしょ?」
座っていたリリスがいそいそとパステルの目に留まらないよう端に移動し、空いたスペースに新しい椅子を持ってきたバニラがパステルを案内する。そして互いが正面と向き合う形になり、部屋には言い寄れぬ雰囲気が漂い始める。
「王城に招いて何かあるのでしょうか」
「以前に兵たちが訓練する裏山で山崩れが起きまして、その原因が貴方が御造りになった剣のせいだと判明したのです」
「麗奈に与えた剣ですか……」
「ええ、それでそのことを知った陛下が詳しい事情を聴くため一度貴方に王城へ来てほしいと」
「断れないんですか?」
「ほぼ不可能だとお考えください。以前父上とお話している際に貴方はこの世界の住民ではないとお答えしましたね?」
「ええ、確かにオレはこの世界の人じゃないです。だから、こう言っては陛下に仕える貴方にとって失礼かもしれませんが、つまるところ国に対する忠誠心っていうもんがないのです」
その言葉にパステルは一瞬眉をひそめ、後ろに控える騎士2人に至っては前に出そうになるが、まるで金縛りにあったかのように動けなくなった。ぞくりと全身が寒さを訴えるかのように震え、視線を感じる方へ顔を向けると1人の少女がこちらを見ていた。
この世のものとは思えない黄金の髪を長く流し、美術品とも思えるような顔立ちの少女は静かにこちらを見ていた。
それだけで動けなくなった。魂が逃げろと叫ぶ。だが、動けない。止まらない汗をぬぐうこともできず、騎士2人は恐れから俯くと圧迫するようなプレッシャーがふっと消えた。
「インドラ様、やめてください」
「なにもしとらぬ。ただ、こやつらがお主に不敬な言葉を浴びせるように思えたのでな。少し目を光らせただけだ」
「それは感謝しますが、もうやめてくださいね?」
「うむ」
「時にそちらの方は?バニラに聞いても煮え切らない答え方をするので」
「あ~………インドラ様?」
「童のことは気にするな。ただ、一つだけ質問させてもらってもよいか?」
「え、ええ構いませんが」
まるでバジェスト王と相対するかのようなプレッシャーを感じ、パステルは自然と目の前の少女に敬語を使っていた。
「お前たちオーディアスはこの者をどうしたいのだ?」
「どう、とは?」
「話を聞くにお前たちの王はこの者の鍛冶技術に目をつけたのであろう?それでどうしたいのだ、と聞いた」
「それは是非我が国で剣を打っていただきたくと思っております」
「それは許さぬぞ、人間」
「ひっ!?」
インドラの言葉にリリスが椅子から飛び上がった。リリスだけでなく、バニラも思わず隠した短剣に手が伸び、アザムもまた脂汗を浮かべ、パステルの護衛騎士は気絶し、威圧をたたきつけられたパステルは胸を抑えつけて荒い呼吸を吐く。
「インドラ様!」
「むっ……すまぬな」
「はぁ…!はぁ!」
アリッサの声にインドラは威圧を解き、静かに腕を組んで目を伏せる。パステルの足はがくがくと震え、涙も止まらず手は心臓が動いているか確認するように胸をずっと抑えつけている。
「マキナ遺跡を手に入れ、人々が新たな力を手にするのは許そう。だが、こやつはならぬ。神の力を手にするのならばそれ相応の裁きを受けてもらうぞ」
「少し分かったかもしれませんが、彼女はただの人間じゃありません。竜です。それも竜を統べる真竜なのです。なんでオレの旅についてきているかわかりませんが、そういうわけで残念ながら王城に行くわけにはいかないのです」
「まさか人類の王がそこまで愚かだったとはな」
「悪い人ではないと思っていたんですが……やっぱ麗奈に剣を作ったのは間違いだったのかな……」
「姉御、その話はしただろ?」
「ん?ああ、そうだね」
「お主が真に信頼足りえる者と出会ったのであれば作るがよい。何も作るなとは言わん」
「つまりバジェスト王は?」
「ダメだ」
「お、お待ちください!!」
今も荒い息を吐くパステルは涙を流しながら声を発する。
「お、お願いします!!我が国に一度お越しください!!」
「ならぬ、お前の王には失望した。金輪際この者と関わらぬよう言っておけ」
「お願いします!!」
「ええい!うるさいぞ!」
「お、お願いします……!」
インドラは威圧ではなく、殺気をパステルに叩きつけた。無論ただの人間であるパステルに耐えられるわけもなく、彼は言葉を残して意識を手放す。
「え~と……これどうすんのよ……」
目の前には気絶した甲冑の男3人。うち1人は大貴族の次男。それも王命を背負って来た身なので、王の耳に入れば間違いなく兵が動く。
「バニラ、とりあえず寝かせてきてあげて」
「か、かしこまりました」
「ああっと、たぶん運ぶのしんどいと思うからアザムくんも手伝ってあげて」
「あいよ」
アザムは楽々2人を脇に抱えると部屋を出ていき、ちょっと重そうにパステルを抱えるバニラを見てリリスも手伝いを申し出て部屋の扉は閉じられた。
「はぁ……面倒ごとが増えていく」
「今一度お主が持つ危険性を再確認するのだな」
「他人事のように……」
「いっそのことどこかの国に属したらどうだ?」
「どこかの国って……オレ、人間ですよ?で、その人類の王をダメ出ししたじゃないですか」
「別に人類に拘る必要はあるまい。それこそ魔族でもいいだろう」
「魔族?ああ、まぁリリスは確か四天王だし魔王様に最も近い存在だから口も添えやすいかな?」
「お主が嵐の海域に行っている最中、なぜあやつがお主に近づくのか真意を問い詰めたことがあってな」
「………泣かせないでくださいね?」
「汗は流したようだったが……それはどうでもいい。で、その理由がただ面白そうだったから、だったか?」
「面白そう……」
リリスらしい理由に苦笑いする。
「あやつ今家出中らしい」
「家出してるんですか?そりゃまたなんで」
「四天王の業務が面倒だから大戦中に散らばったサキュバスの同胞を探す旅に出ているそうだ」
「あいつらしいが、確かゲームでもリリスの好感度イベントではぐれサキュバスを探す奴があったなぁ……」
「もうかれこれ7年くらい帰っていないそうだ。帰ったら間違いなく怒られるだろうな」
「先代リリスさん、めちゃんこ怖いですからね。なんせ今まで好き勝手男性を喰いまくってたサキュバス達をまとめ上げてルールを作った人ですし」
「それは報告で聞いている。先代魔王達の時代が最も栄えた時代であったな」
「ええ、それは間違いないです。魔族最強と名高い不死身の騎士ジーノ。サキュバス族なのに何故か魔法を使いこなす武闘家のクィーンサキュバスのユスティリア。アスガルドと共にウルフ族最上位種族に名を連ねるケルベロスの変異種アグニ。そして絶世の歌声を持って味方を鼓舞する人魚族のマリンでしたっけね」
「そうだ。今もその4人は魔王に仕えているらしいが、どうなったことやら」
「当分魔族領に行くことはないですし、今はいいですよ」
それよりもオーディアスをどうすべきか。問題は山積みである。
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