第30話 真竜の衝突
いつものアリッサに見せるへらへらした表情とは打って変わって、エウロはその状況を厳しい眼差しで見ていた。
背後に控える真竜リヴァイアサンも心なしか落ち着きないように見え、変わってしまった同胞の姿に驚きを隠せないのだろう。
「エウロ様…」
アリッサの身体が乗っ取られ、今の今まで沈黙が部屋を支配していたが、それをリヴァイアサンが打ち破る。
「わかっている。アリッサ君とケツァルコアトルのことだね?」
「はい……」
「アリッサ君のことはある程度予想ができていたけど……」
エウロの視線の先のモニターに映るのは邪悪なオーラを纏うケツァルコアトル。
リヴァイアサンの知る彼は、底抜けに明るく、悪しきを挫き弱きを助ける正義感に溢れた真竜であった。
それがこのような姿になり果ててしまい、何故?と自分を生み出した創造主に尋ねた。
「なるほど、邪神の復活の前触れというわけか」
「邪神、ですか?」
「僕たち神はこの世界に危機が迫っていると知った。そしてそれに対抗すべく邪神の力にも負けない勇者を召喚したわけだけど……どうやら既に邪神の力はこの世界を侵食し始めていたようだね」
「ケツァルコアトルはどうなるのでしょうか……彼がいなくては世界の気候が乱れてしまいます」
「もちろん助けるつもりだよ。だけど、ケツァルコアトルを作ったアネモイは何をしているんだい?彼がこんな姿になっているのは知っているはずだ」
真竜は神によって創られた。下界を収める絶対者として神にも等しい権能を携え、生み出された。
例えばインドラは最高神ソルから生まれた。与えられた権能は太陽から発せられるエネルギー熱をその身に抑え、生き物も生きられる温度に調整するオゾン層としての役割を担っている。
と、このように真竜には世界を調停するため様々な権能が与えられている。特に最高神やそれに等しい神が作り出した真竜は気分次第で世界を破滅に導くような力を持つと同時に1体でも欠けてしまえば世界の平穏が乱れるとされている。
これを始祖竜と言う。真竜の中の真竜。太陽竜インドラをはじめ、ユグドラシル、リヴァイアサン、ケツァルコアトル、ムスペルヘイム、ニヴルヘイム、クロノスJr、ミラージュの8体が世界の調停者として君臨していた。
していた、というように既に8体のうちニヴルヘイムが過去の戦いによって欠けてしまっている。彼が欠けてしまった代償は大きく、今現在この世界に冬は存在しない。冬自体はなくなってしまったが、獣人国のとある地域では人工的に冬を再現した空間を作っているらしく、冬にしか育たない作物や家畜などはその地域が一手に担っているそうで、これも過去の何者かが残したオーパーツを用いたマキナ技術らしい。
1体の始祖竜が欠けてしまうだけで世界というものは呆気なくバランス崩壊してしまうほどこの世界は危うく、いかに過去の古代竜との戦いが世界の命運を賭けたものだったかが容易に想像できるだろう。
「まぁ他の神の心配をしても仕方がないか。リヴァリス、行ってくれるかい?」
ずっと待っていた一言にリヴァイアサンは恭しく一礼すると、水を纏って部屋から消えていった。
「世界が変わり始めている……しかし、始祖竜すらも抵抗できない闇か……」
1人部屋に残ったエウロはとっくの昔に冷めてしまった紅茶を飲み干すのであった。
「埒が明かぬな」
「くっ!!」
そして視点はアリッサへ戻る。先ほどからアスガルド化したアリッサの攻撃を受けてというもの、ケツァルコアトルの動きに変化が起きた。
はじめは巨大魔法でさっさと薙ぎ払って終わらせようとしていたのだが、いつの間にかこちらを明確な脅威と認定して、まず手始めに彼女を運ぶアザムの排除に出たのである。
縦横無尽に飛び回るアザムは飛来する風の刃をとにかく全力で躱し、どうしても避けれそうにない場合はアリッサに撃ち落として貰っていた。
後退しても謎の異空間に囚われているせいか、気づけば元に戻されケツァルコアトルに距離を詰められている、ということを繰り返している。
それに対してアリッサは埒が明かない、と言ったのだ。
「んじゃどうすんだよ!!お前の攻撃でも全然ダメージを与えているようには見えないんだが!?」
「全然だろうな。もう少し体に馴染めば話も違ってくるのだろうが、今はこれが限界か」
「冷静に分析している場合じゃねえよ!俺もそろそろ限界に近いんだぞ!」
「仕方がなかろう。オレもまだこの体に慣れておらぬのだ。過去数度に渡って人の身体を支配したが、このような奇怪な身体は初めてだ。この体、人の手によって創られておらぬ。細胞一つひとつ神の御業と言わざるを得ないほど神秘に満ちておるのだ」
「は、はぁ?神秘?」
「ああ、通常であれば我が部位を一つでも取り込めばたちどころに狂気を発するのだが、この身体は僅かな影響しか受けておらぬ。そのせいでオレが表にうまく出てこれない理由でもあるわけだが」
飛んでくる風の刃を空中に出現させたアスガルドの弓で迎撃しつつアリッサは自身の身体の謎を語る。
「こやつの体内に侵入したとき、オレは神を見た。まさかこやつの中に水神が宿っていようとは思ってもいなかったが、おかげさまでオレは影響力を失い、ほとんどの力を持っていかれてしまった」
「んじゃなんで出てきてんだよ」
「それはこやつが求めたからだ。この状況を打破するにはオレの力を借りるしかないとな」
「打破出来てねえじゃねえか」
「始祖竜の力を侮っていたな。闇に堕ちようとも古代竜をいくつも屠った風の真竜は伊達ではないようだ」
アリッサは攻撃に転ずると、空中の弓を手に呼び、風の矢を番えて解き放つ。白狼の矢はケツァルコアトル目掛けて飛んでいくが、すぐさまケツァルコアトルは反応し、周りの風を操って竜巻を前方に展開して相殺させてしまった。
「と、このように少しのダメージすら許してくれないようだ。格下の相手だろうと驕らない姿勢には頭が上がらないが、これは困ったことになった」
「ほんとまじでどうすんだよ!このままじゃじり貧だぞ!」
「この状況をオレを通して水神は見ているはずだ。奴が動けばあるいは……」
「神頼みかよ!つか、神様ってもんはこの世界に干渉を出来ねえんじゃねえのか!?」
「別に神が手を下す必要もなかろう。水神が生み出した真竜がいるだろう」
「水神が?まさか!?」
「おお、丁度いいタイミングだ」
と、その時暗黒の空を切り裂いて超巨大な水の柱が落ちてきた。水の柱は空を分かち、嵐の海域に何百年ぶりかの晴天を見せる。
『キュオオオオオ!!』
ケツァルコアトルが今までにない最大限の威嚇を示す雄たけびを上げた。そして次の瞬間、水の柱から幾重もの水の塊が浮かび始め、アザムですら気を失ってしまうほどの強力な竜の威圧が衝撃波となって飛び出す。
「がはっ!?」
「気をしっかり保て。逆らおうとするな、受け流せ。始祖竜の本気の一撃が飛んでくるぞ」
アリッサの言葉が終わると同時に水球から鉄砲水が打ち出された。
「あいつの記憶によればあれはリヴァイアサンが得意とする『ハイドロパニッシャー』という技らしいな。ただ単純に水を圧縮させ、水鉄砲のように打ち出す魔法でもないただの技だそうだ」
「――――っ!!」
『ロオオオオオオオ!!!!』
ケツァルコアトルが竜巻を盾にしながら初めて回避行動に移った。だが、リヴァイアサンの一撃がいとも容易く竜巻を貫通し、その奥にいるケツァルコアトルを射抜く。
『嘆かわしい!!貴方あろう真竜が闇に堕ちるとは!!!』
水柱が消え、そこにいるのは青く輝く鱗を持つ水竜。数多くいた真竜の中で最も美しいと言われた真竜。
全長は70mを超え、細長くも流麗な身体は大海の女王を名乗るに相応しい威厳も兼ね備えていた。
『それと失せなさい、堕狼ごときが我が主の手間を取らせるものではない』
「なにっ!?」
辛うじて飛行しているアザムに目を向けたリヴァイアサンの瞳が青く光ると、空中に水の竜の咢が現れ、アリッサを丸のみしてかみ砕いた。水の竜が突き抜けると、白銀の毛や耳や爪がなくなり、いつものアリッサに戻るとそのまま力なく背中に倒れてしまい、アザムはずり落ちそうになるアリッサを慌てて腕の中に抱きかかえる。
「あ、おい!?な、なにが起きてやがる!?」
『そこの竜。今ケツァルコアトルの結界をこじ開けました。早くその穴から脱出しなさい』
「え?」
『問答をしている暇はありません。これから先は真竜の戦いとなります。はっきり言うと邪魔なのでさっさと出ていってください』
「わ、分かりました」
有無を言わさぬリヴァイアサンの言葉にアザムは冷や汗を流しながら、晴天が見える雲の穴を目指して飛び立つ。
それにケツァルコアトルが反応して攻撃を仕掛けようとするが、リヴァイアサンがそれを許すはずもなく、超強力な水鉄砲で体の鱗ごと体力を削り取られていく。
『キュオオオ!!!』
『私に怒りを見せますか。前の貴方ならそんな態度は見せなかったのに……』
言葉も忘れ、ただ怒り狂うかつての同胞の姿に一瞬悲しげな表情を浮かべるが、一瞬で思いを断ち切りリヴァイアサンは無事に抜けていったアザムとアリッサの姿を見てからケツァルコアトルに向き直る。
『さて、これで思う存分戦えますね。余り荒事は好きではないのですが、貴方を救うため少々手荒にいきますよ』
そして2体の始祖竜が衝突した。その戦いの波動はインドラをはじめ、地底奥深くに眠るムスペルヘイムや里で研究に明け暮れているクロノスや地平線を飛び続けるミラージュなど全ての真竜が感じ取った。
真竜の目覚めは近く、世界の終りもまた近い。
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