第29話 真竜ケツァルコアトル

またしてもオーディアス付近で重大なことが起きていることも知らずにアリッサとアザムは、現在嵐の海域に突入していた。




雲の中は常に嵐のごとく雷雨と暴風が渦巻いており、ウィンドドラゴンでなければ到底飛ぶことができないだろう。






「くッ!なんて雨だ!ドラゴンである俺ですら目が開けられねえほどだ!」




「雷もやべえな。イクシオンの槍がなければ何発も直撃しているぞ」




「ああ、まるで生きているかのようだ。俺達を進ませないような意思を感じずにはいられない」






落雷の音が常に鳴り響き、その何発かはアザムを狙うかのように降り注いで漏れなく周りを浮遊するイクシオンの槍に吸収される。






「今のところサンダーバードの影すらないが、本当にこんなとこに住んでいるのか?」




「オレの記憶ではここはサンダーバードが住んでいて、それをまとめるユピテルクライの夫婦鳥がいる」




「ユピテルクライか……オーディアスの研究所にいたが、あいつには勝てるビジョンが全く見えなかった」




「出会ったら全力で逃げるぞ。まぁ逃げられるか分からないけど」




「だなぁ……全てにおいてあっちの方がスペックが上だしよ」




「出会わないことを祈ろう」




「ああ、ほんとにな……」






風で飛んでくる流木を拳で破壊しながらアザムは飛び続ける。












「アザムくん、疲れはないかい?」




「ああ、全然問題ないぜ。ウィンドドラゴンは風を操るドラゴンだ。こんなに風が吹いていりゃあ滑空だけで飛んでいられるぜ」






あれから2時間。今のところ順調に進み続けているアリッサとアザムは代わり映えもしない景色を眺めながら飛んでいた。






「しっかし進んでいるのか分からないくらい景色は変わらねえな」




「そんなもんさ。オレの記憶ではウェーブごとにモンスターが襲ってきて気づいたら抜けていたもんだったけど」




「うへえ……こんな嵐の中襲ってくるのかよ……つか、ここのモンスターのレベルはどんなもんよ」




「大体60後半だったような気がするな。結構高レベルだけど、今のオレとアザムくんなら囲まれない限り大丈夫だと思う」




「姉御がそう言うなら大丈夫なんだろうが、ユピテルクライだけは勘弁願いたいな」




「あいつはレベル120だからなぁ……インドラ様クラスじゃないと勝てないわ」




「あのクラスまで強くならんといけないとか、この世界もまだまだつええ奴がいっぱいるな。ほんと姉御についてきてよかったわ」




「オレに感謝するのはいいけど、自分が死ぬとか考えたことはないのか?」




「ないね。もし死んだとしたらそこまでだったというまでだ。ウィンドドラゴンは軟弱者だと言われるが、俺は違う」




「ああ、アザムくんがきっと誰よりも強くなるはずさ」




「それは姉御が知っている未来の俺の話か?」




「いや、どの時代のアザムくんも劇的な強さを得ることはなかったよ」




「なんか死刑宣告されているみたいでつれえぜ」






あっさりと告げられた未来の事実にアザムは肩を落とすが、アリッサ本人は全く気にした様子はない。






「でも、この世界はオレも知らない事が多く起きている。そもそもモンスターが進化するってこと事態初耳だし、その理屈で行けばドラゴンも進化しない方がおかしいんだ」




「ドラゴンが進化する……?それは聞いたことがないが……」




「インドラ様に聞けば一発で分かることなんだろうが……でも、他のモンスターが進化出来てドラゴンができない理由はないはずなんだ」






レジェンダリーファンタジーの開発設定資料集では、初期段階の頃カラードラゴンにも上位種なるものがあったらしく、ウインドドラゴンは進化すると『風雲竜ヴァーユ』になるとされている。




まぁアザムにこの情報を伝えるつもりはないが、何故ドラゴンは進化しないのだろうか。






「なぁ、アスガルドもフェンリルも進化するのかな」




「勘弁してくれ。ただでさえドラゴン族でも手を焼いている連中がさらに進化するとかインドラ様達に出てきてもらわないといけなくなるぜ」




「ふむ………そうか、すでにアスガルドやフェンリル達は真竜と同じように既に究極体になっているのか」




「究極体?」




「もう種族の頂点に達していてその先がないってことさ」




「俺はもう究極体なのか?」




「いや、アザムくんや他のカラードラゴンは、種族的に見て明らかに下位の存在だ。だから、そう決めつけるのはまだ早いよ」






過去作品においてドラゴンはモンスターというよりも味方NPC扱いだったため、どの作品でも仲間にすることはできなかった。


そのためドラゴンが進化する話はストーリーでも全く出てこなく、今話したように設定資料段階での話でしかなかったのだ。


だが、エウロは言った。アリッサが介入することで運命はいかようにも変わると。アザムは強くなりたがっているが、種族的な壁はどう足掻いても超えることはできない。


今の彼が凄まじい鍛錬を積むことでブラックドラゴンと同等のレベルになること出来なくもないが、それはこれから30年後の話になってしまう。




レジェンダリーファンタジーにおいてアザム・ウィンドドラゴンは度々ストーリーに関わって主人公たちの仲間になる。そしてドラゴンなので素のステータスは他のNPC達に比べて高い方なのだが、成長が早熟であり早い段階で天井を叩いてしまうのだ。




なので、最初こそドラゴンでかっこいいアザムを序盤パーティーに入れるプレイヤーは多いものの中盤になるとアザムよりも強くいずれ嫁になるブラックドラゴンの姫こと『カオシア・ブラックドラゴン』が仲間になるため、入れ替わるようにパーティーから外すプレイヤーが多い。




少し長く語ってしまったが、要はアザムには伸びしろがない。ウィンドドラゴンという最弱ドラゴン種族が彼の成長が否応にも妨げてしまうのだ。


アザムはカオシアを妻に迎えるべく族長と死闘を繰り広げるのだが、その時はもちろん限界突破したレベルで挑み、ありとあらゆる体術を駆使してようやく勝ったのだ。


ちなみにその時のブラックドラゴンの族長はレベルが100に対してアザムは200だ。それくらいウィンドドラゴンとブラックドラゴンの種族格差があるのだ。




考えれば考えるほどウィンドドラゴンの種族問題が露見してくるが、それはもう仕方ないことである。


皆がみんな強くなるにしても限界はあるのだ。自分が関わっているから優遇してほしいというのは当然であるが、現実はそう甘くはない。


だから、アリッサはウィンドドラゴンの進化に賭けているわけだが、そもそも設定資料段階の話で頓挫してしまっているドラゴンの進化など分かるはずもなく、手探りで進めていくしかないとアリッサは心の中でため息をつく。




インドラに話を聞けば何かわかるかもしれないが、確証のない話をアザムにして期待を持たせるわけにもいかず、アリッサはしばらくの間アザムの強くなるためにはどうすればいいのか、自分を鍛える話をじっと聞いているのであった。












「それにしてもどうやってあの海賊はこの海域を抜けたんだろうな」




「ああ、ジェネリックのことか」






海賊王ジェネリック。真竜歴2000年ごろに活動していたと言われている伝説の海賊であり、それこそ某漫画の全世界の人々を海賊に駆り立てるようなカリスマを持っていた大男だとされている。


彼が残した手記は大陸の至る所に隠されており、その手記を解読し、道筋を辿ることでお宝を手に入れることができる。




して、嵐の海域を超えるためには3つのアイテムが必要である。




一つは目は『人魚の子守歌』。これはハープの形をしたアイテムで、これを所有しているだけでどんなに荒れ狂う波だろうと物ともせず突き進めることができるレジェンドアイテムである。




二つ目は『妖精の鱗粉』。透明な瓶に入った虹色の粉は小さな隣人こと『フェアリー』の羽から散る鱗粉を集めたもので、これを振りかけることで少しの間透明になることができる魔法のアイテムである。




三つ目は『地獄蛙のガマ口』。これは勇者やアリッサが持つようなアイテム収納と似た性能を持つアイテムで、これにアイテムをほぼ無限に入れることができる。無論アイテム劣化が起きることはなく、全ての冒険者が一度は憧れるレジェンドアイテムである。






「その3つがあってぎりここを突破できるかなってとこ」




「必ずってわけじゃないのか」




「妖精の鱗粉があってもかなりの数が必要だし、船自体は隠せないからサンダーバードに見つかるかどうかは運しだいなんだよね。ユピテルクライはよほどのことがなければ敵対行動はとらないけど、産卵時期だったり、機嫌が悪いと縄張りに入った瞬間襲ってくるからね。もちろんあいつに透明化は効かない」




「さっきウェーブがどうのこうの言っていたが、あれは?」




「ああ、それは今の3つを用意しないで強引に行こうとするとサンダーバードが問答無用で襲ってくるイベント。レベル上げに丁度いいからわざともっていかないで行ったもんだ」




「もう慣れたもんだが、姉御はやっていることが常軌を逸しているな」




「ゲームだからな。今のこの状況を見ればいかにやべえことをやっていたか分かるよ」






荒れ狂う波と風。そして絶え間なく2人を襲う雷撃。そしていつ見つかるか分からないサンダーバードの群れなど嵐の海域が今まで誰も挑戦しようと思わなかったのが理解させられた。






「おい、姉御」




「ん?」






そんなことを話していると風に紛れて喧しく叫ぶ鳥の声が聞こえる。






「サンダーバードだ」




「こっちに気付いているのか?」




「いや、あれは………縄張り争いしているみたいだ」






双眼鏡を取り出し、アザムが指さした方を見ると20も超えるサンダーバード達が争っている姿が見える。






「こんな広大な海域で何を争っているんだろうな」




「嵐の海域は陸地が極端に陸地が少ない。で、必然的に産卵をする場所も限られてくるってわけでその争いをしているんじゃねえかな」




「なーるほどな。でも、こちらとしては好都合か」




「ああ、どうやら産卵の時期でこっちに構っている暇がないみたいだしな」






双眼鏡をしまったアリッサとアザムは争っているサンダーバードを尻目にそっと脇を通り抜け、戦闘を事前に回避することに成功する。






「ってことは逆にオレ達も陸地に降りれないんじゃねえか?」




「確かにそうだな。今の陸地全部がサンダーバードの産卵に使われているって決めてよさそうだ」




「休みなしで飛ぶことになりそうだけど、大丈夫?」




「ドラゴンを舐めるなって。ウィンドドラゴンは飛ぶことに関しては全ドラゴンの中で一番だぞ?」




「そうか。ならいいんだけど」






先ほどから全く疲れを見せないアザムに心配そうにアリッサは問いかけるが、彼は笑顔を浮かべてみせるのであった。




























して、アザムが飛び続けて8時間が経過した。途中バニラが作ってくれたご飯を空中で食べながら進んでいるが、流石に彼にも疲労が顔を覗かせ始める。


いくらサンダーバード達が産卵の時期で仲間同士で争っているとは言え、それ故に気性が荒くもなっており、先ほども争っているサンダーバードの近くを通り過ぎたら、アザムがドラゴンにも関わらず攻撃を仕掛けてきて、アザムはドラゴンも恐れぬ彼らに驚いたのだ。


その時だけは何故か直前まで争っていたことも忘れたかのように協力してアザムを執拗に追いかけ、そして電撃を浴びせてくるものだから困ったものだった。


どうやらメスを守る本能が彼らを狂戦士に変えているようで、たとえ相手がインドラだろうとこの時期のサンダーバードは恐れず攻撃を仕掛けてくるだろう。




まぁアリッサが武器投擲で何匹か倒したら散るように逃げていったが、どうやらここのサンダーバードはドラゴンを恐れないらしい。


そして通常のサンダーバードよりも強く、雷の魔法のレベルが高いことも分かった。




突然のことに反応できず攻撃を受けてしまったアザムは、サンダーバード1体の攻撃でHPが1割削れたと言っており、彼の種族的に雷が弱点とは言え、膨大なHPを持つドラゴンのHPバーをたった一発の雷撃で1割のバーを吹き飛ばすのは予想外だった。






ということもあり、2人とも神経を尖らせながら進むこともあって最初に比べて予想以上に体力を使っていたのだ。






「そろそろ休みたいところだが……」




「来るところ全部サンダーバードがいやがる。それも軽く50以上のな」






そう、漏れなく全ての陸地にはサンダーバードがおり、やかましい声を上げながら縄張りを主張しているのである。


10体くらいならどうにかできたが、普段は嵐の海域に散っているサンダーバード達が今の時期はとにかく集まっており、陸地を埋め尽くすほどの数がいてとてもじゃないが相手にすることなど不可能に近いのだ。






「ちなみに俺たちはどれくらい進んだんだ?」




「ゲームの知識だからあてにならないが、半分以上は行ったと思う」




「半分か。なら、このまま飛び続けるぞ。下手に休んでしまったら囲まれてしまうかもしれねえ」




「アザムくんがそう言うならいいが、無理なら一度帰ってもいいぞ」




「大丈夫さ。まだまだ俺は飛べる」






先ほどに比べて疲労が見えるアザムは飛び続けるが、アリッサの懸念は消えない。






「それに一度戻っちまったらまた最初からなんだろ?」




「それはそうだけど、次は経験を生かしてもっと楽に来れるはず」




「まぁここまで来たんだから、行けるとこまで行ってみようぜ。もしダメだったら戻れはいい」




「アザムくんがそう言うなら構わないが、とにかくサンダーバードには気を付けて進もう。集中攻撃でもされたらあっという間にお陀仏だ」






さて、今もアリッサとアザムの周辺を回転しながら飛んでいる槍に属す武器『イクシオンの槍』は絶え間なく2人に飛来する落雷を吸収しては放電させている。


本来ならばサンダーバードの雷撃程度軽く吸収するほどのキャパを持っているのだが、この嵐の海域はそれを許してくれることはなく、常に限界ギリギリの雷を受けては放電を繰り返しているためサンダーバードの雷撃を吸収することができないのだ。






「本来ならサンダーバードの雷撃も吸収する予定だったんだけどな」




「その槍か。でも助かっているぜ?これがなければ飛ぶこともできなかった」




「この雷、相当やばいぜ?イクシオンの槍が常に放電している状態なんて初めて見たわ。アザムくんが食らったらHP半分持っていかれるかもな」




「まじで?姉御、頼むからその武器絶対しまうなよ?」




「そんな自殺行為しないって」






受けては凄まじい勢いと共に曇天に雷を走らせる槍を見てアリッサは青空が見えない空を睨む。






「まるで意思を持っているかのような正確さだな……」




「どういうことだ?」




「今思ったんだけど、道中のサンダーバードに雷が当たっていたか?」




「う~ん……?そういや当たっていないような……でも、あいつらにとって電気は餌みたいなもんだろ?」




「や、名前にサンダーはついているけど、雷耐性は精々半減程度のものだよ。だから、彼らにとっても決して雷は甘く見てはいけない存在なはずなんだけど…」




「一発も当たっていないと」




「そうそう。オレらを追ってきている時も雷は絶えずオレ達に落ちてきていたけど、サンダーバードには一発も落ちていなかった」




「イクシオンの槍が引き寄せていたんじゃねえの?」




「それもあると思うけど、それにしたって狙いが正確すぎる。ほら、今だってオレとアザムくんを脳天からぶち抜くように落ちてきている」






いい加減慣れてしまった雷鳴と共に落ちてくる雷に初めて意識を向けると、不自然な点にアリッサは気づく。






「おいおい、まさかこの雷を操っている奴がいるってのか?」




「考えたくないけどさ………でも、操るって言ったって誰が操っているんだ……?こんな強力な雷を無尽蔵に使えるなんてそれこそ真竜クラスのモンスターだぞ?」




「ユピテルクライじゃねえのか?」




「流石のユピテルクライもここまでの制御力は持っていないよ。そもそもユピテルクライって自身で雷を発生させることができないんだ」




「初耳なんだが」




「ユピテルクライは自身で雷雲を発生させて、それによって生じた雷を自身の身体に落とすことで充電している。ユピテルクライが多くのモンスターの中で唯一雷への完全耐性と吸収を持っているのはそれが理由なんだよね。だから、ユピテルクライの防具は雷完全耐性が漏れなくついてくるんだが、それは今はいいや」




「なるほど、確かにこの環境はあいつにとって住みやすい環境なんだな。だがそうすると解せねえな」




「だね。雷を司る真竜……いや、古代竜『シュガール』は過去の大戦で滅ぼされたはずだけど、もし生きてたとしてもオレ達と敵対する理由もない」




「ジャバウォックの研究所に行かせたくねえってのは?」




「あるかもしれないけど、行かせたくないのならこんなまどろっこしいことをせずに直接来ればいいだけの話だ」




「実際こうして落雷を完全攻略しているわけだしな」




「だから分からないんだよねえ……オレの記憶でもこんな狙い撃ちするような落雷はなかったし、シュガールが生きていたこともない。でもなぁ……オレの存在で色々狂っているって言っていたしなぁ……」




「とりあえず進めているからいいんじゃねえの?」




「ん、まぁ……そうかな……ここを抜ければ当分来ることもないだろうし……」




「当分ってここになんかあるのか?」




「古代竜シュガールの秘宝がある」




「おいおい……そいつはまた大層なもんだな」




「ペンダントとか指輪、シュガールの力が込められたアクセサリーがある。あとシュガールの雷槌ミョルニルの設計図があったっけな」




「前に姉御から食らった剣クラスの武器か?」




「そうだよ。雷属性最高クラスの武器でハンマーの中ならアースブレイカーと並ぶ最強武器」




「おっそろしいもんが眠っているけど、姉御以外誰も作れんだろ」




「まぁね。それに材料でハルモニウムを使うから、真竜の里に行かないといけないし。もしそんなものを作ろうならまずインドラ様が黙っていない」




「古代竜の武器ってだけで嫌な顔されそうだな」




「それもあるだろうけど、何よりそんなものを作ってどうするんだ?って言われそうだ」




「人族の小競り合いはあるにしてもこの世界は今のところ平和だしな」




「ああ、巨悪らしい存在は確認できていない。それにオレの知っている歴史とは異なっている点が結構あって記憶が宛てにならなくなってきている」




「インドラ様の母親の話とかか?」




「最近だとそれだね。ちょっと少し落ち着いたら本格的にこの世界の歴史を調べる必要があるかもしれない」




「勉強熱心なこって。だけど、姉御この世界の字は読めないだろ」




「それも勉強しないとだめだなぁ……」






新垣達も読み書きで苦労しているのだろうか。それとも自分とは別枠で召喚されたのだから、神のギフトで読み書きができているのかもしれない。


自分も今度エウロに会ったらそれとなく相談してみようかと悩んでいたアリッサとアザムの周囲に変化が訪れる。






「あ?」




「風が……」




「おい、こいつは……風が死んでいるぞ?」




「え?どういうこと?」






暴風なんて可愛く見えるほどの風が荒ぶっていた空間が突如として止み、代わりに何かが羽ばたく音が聞こえてくる。






「風と生きるウィンドドラゴンは風の流れに敏感だ。だから、風を利用して長時間飛ぶこともできるし、高速飛行も思うがままだ。それに風ってもんは世界中に常に溢れているもので、どんなに弱くても世界を満たして流れているものだ」






アザムが息を呑む音が聞こえてた気がした。






「その風がねえ。まるで死んじまったみたいに風がねえんだ」






今まで滑空するように飛んでいたアザムがこの海域に来てから初めて翼を羽ばたかせた。それはこの空間に風が存在していないことを表しており、それと同時にこれから来る翼の音の存在を決定づけることも証明していた。






「け、ケツァルコアトル……!!」






曇天の空間に似つかわしくない極彩色の巨大な存在が2人を捉えた。






「う、わああああ!!あ、あいつが真竜かよ!!い、インドラ様よりやべえ雰囲気してんじゃねえか!!!」




「そ、そりゃインドラ様は分身体だから力も半減しているわけで……って!!んなことよりゆ、友好的に行こうぜ!!」






恐らく100mもあろう超巨大な真竜はこちらの進行方向にゆっくりと飛んでおり、場所が場所じゃなければその美しき姿に心を打たれたであろう。


アリッサはインベントリからインドラに貰った鱗を取り出し、なんとなくケツァルコアトルにかざしてみた。


どんな場所であろうと光り輝くその鱗を目にしたケツァルコアトルは―――――






『キュオオオオオ!!!!!!』




「お、怒ってないか!?」




「怒ってるね!!!なんで!?!?」






今の今まで優雅に飛んでいたケツァルコアトルがその場に停止し、空間が割れんばかりの咆哮を上げる。


すると無くなっていた風たちが親の元に帰るように集まりだし、辺りに竜巻や雷雨が起こり始める。






「ケツァルコアトルが敵対行動を取っている!!アザムくん!!来るぞ!!!」




「も、もちろん逃げるよな!!!???」




「当たり前だ!!!相手はレベル200の正真正銘の化け物だ!!ユピテルクライやアスガルドなんて歯牙にもかけない攻撃が飛んでくるぞ!!!」




「し、死ぬ!!!!!」






アザムの顔に怯えが浮かび、全速力でこの空間からの離脱を試みる。






『キュオオオオオ!!!!』






ケツァルコアトルが羽ばたくと発生していた竜巻が一つに合わさり、逃げ行くアリッサとアザムめがけて解き放たれた。


その竜巻は雷や雨を巻き込み、天災の一撃と言っても過言ではない真竜の攻撃にふさわしいものとなって襲い掛かる。






「ケツァルコアトルのメイルシュトロームだ!!アザムくん!!今からオレが全力で攻撃を捌くから、とにかく後ろを振り返らず全速力で逃げてくれ!!」




「わ、分かった!!」






幸いにしてケツァルコアトルの出現によって先ほどからこちらをピンポイントで狙っていた雷が止んでおり、アリッサはアザムの背に立つと今まで出したことがないほどの大量の武器を次元宝物庫から出して、ケツァルコアトルのメイルシュトロームを迎え撃つ。






「すまねえ、壊れてしまう武器があるかもしれないけど、お前たちを作った日のことは一度たりとも忘れはしない。だから、オレのために戦ってくれ」






空中で待機している武器たちにアリッサは最後に語り掛ける。自然と瞳から涙が零れそうになるが、アリッサは一瞬だけ目を伏せ、そして前を見据えて命じた。






「行け!!!!!」






およそ500を超える武器が次元宝物庫から射出された。様々な輝きを放つ武器たちは天災の一撃と真正面からぶつかり合った。


一つひとつでは到底に太刀打ちできない攻撃だろうと絶え間なく射出され続ける武器たちが天災に食らいつく。






「っ………!!」






常に表示を続けている次元宝物庫の武器一覧表は青から灰色に変わり、時折赤色の輝きも見せる。


青は射出準備完了、灰色は射出中か回収中、そして赤色は武器破損、または破壊の意味を示す。アリッサが時折苦い表情を見せるのはその赤色の輝きが増え続けているからだ。






「くそ!!絶対に忘れない!!絶対に……!!!」






アリッサは突然襲ってきたケツァルコアトルを睨むと次元宝物庫内を操作し、カテゴリ選択から『巨大専用』と名付けた宝物庫を開く。




タッチして選ぶ武器の名は『崩壊剣ユミル』。始まりの巨人ユミルが使っていたとされている超巨大な剣。


如意棒のように自在に大きさを変え、最大で50mもの特大剣になる魔剣である。




次元宝物庫から顔を覗かせた崩壊剣ユミルは、剣と呼ぶにはあまりにも大きく、入り口の時点ですでに最大サイズの50mに達している。


先端部分が壊れ、鋭く尖った崩壊剣は主の命をじっと待つ。






「おらあああああ!!!」






アリッサが右手を振り下ろすと同時に巨大な剣が放たれた。数々の武器の足止めでもケツァルコアトルの古代魔法『メイルシュトローム』を止めるには至らず、徐々に押されていく中で空間を裂くが如く崩壊剣ユミルが天災と衝突する。




ぶつかった瞬間剣の腹に刻まれた怪しげな模様が青く光りだし、メイルシュトロームを食らいつき始める。






「これでもダメなのか……?」






拮抗したのは一瞬でメイルシュトロームは崩壊剣を押し始める。






「アザムくん!逃げられそう!?」




「ダメだ!風が俺の言うことを聞かねえ!まるで俺達を逃がさないように全然前に進めねえんだ!!」




「ケツァルコアトルが操っているのか」






やばい、どうしよう。と頭の中に思い浮かぶ。






「撤退……」






そこまで考えて壊れていってしまった武器たちの事が頭によぎる。武器たちのためにも何が何でも嵐の海域を突破しなければならないが、崩壊剣ユミルを以てしてでもメイルシュトロームに対抗できないのであればアリッサに打つ手はない。






「武具開放さえできれば……」






前にも話したが、高位の武器は武器そのものに特殊な能力を秘めていることが多い。ただ、現在のアリッサでは到底装備できないものばかりで、アトランティスの宝剣もグングニルも装備すれば『武具開放』と言ってクラススキル以外にモンスターのスキルを追加する。




例えば麗奈が持つ『神狼竜アストラルステーク』のように。どれもこれも簡単に片づけてしまえないほどの強力なスキルが揃っており、今この状況を打開できる力が武具開放にはある。




ケツァルコアトルを倒すことは無理だが、退けることくらいはできるはずだ。でも、アリッサの前にレベルという壁が立ちはだかる。






「レベルが足りない……」




「姉御、なにするつもりだ?」




「アザムくん、このままだと負けるかもしれない」




「相手はまじもんの真竜だ。しゃあねえさ」






んじゃ、撤退するか。と言ったアザムにアリッサは賛同仕掛けた瞬間、左腕が疼き始める。






「あ?」




「どうかしたか?」




「あ、いや、何でもない」






壊れてしまった武器は残念だが、命には代えられない。シスター達には悪いが、別の光源を探すことにしよう。


そう、アリッサがテレポートの発動に入るが、その疼きはやがて痛みに変わる。






「な、なんだ!?左腕が!!」




「姉御!?」






ドクン!と心臓が鼓動すると同時に頭の中に声が響く。






『良いのか?それで』




「その声は!!アスガルド!!」




『我の力を持ちながらその体たらく』




「お前!エウロにやられたんじゃ!」




『あの程度で消えんよ』




「か、身体が勝手に!!」






右腕が勝手に動き出し、左腕に巻き付けられた聖骸布を手に取ると勢いよく引きはがしてしまった。






『体を貸せ、小娘』




「や、やめろおおおおお!!!!」




「お、おい!!姉御!!しっかりしろ!!アスガルドってどういうことだよ!!!」






アリッサがアザムの背中で倒れると、彼女の身体に異変が起き始める。髪の色が銀色に変わり、狼の耳が生え、左腕に生えそろった銀色の毛並みが逆立つ。






「ウオオオオオオオオオオオン!!!!」






獣の雄たけびを上げたアリッサは赤い宝石のような瞳を開くと、次元宝物庫からアスガルドシリーズを呼び出す。






「くっくっく!この小娘、思った以上に面白いではないか。これはなかなか楽しめそうだ」




「おい!!てめえ!!姉御になにしやがった!!」




「そうかっかするな、アザム」




「その声で俺の名を呼ぶんじゃねえ!!獣風情が!!!」




「まぁここはお互い助け合おうじゃないか。見ろ、小娘が投げた巨大な剣が限界を迎えそうだ」




「………」






バキバキと嫌な音が遠くからでも聞こえ、アザムが初めて背後を振り返るとそこには最後の最後まで天災に抗った巨大な剣の姿があった。






「戻してやれ。あの剣が折れると姉御が悲しむ」




「なら、我に協力するか?」




「この海域を抜けるまでは協力する。もし、抜けても姉御から出ていかねえなら俺の命を以てお前を殺す」




「できるのか?たかがウィンドドラゴン如きに」




「できるかできねえかじゃねえ。殺すんだよ」






数秒だけ両者がにらみ合うと、アスガルドは鼻を鳴らして顔をそむける。






「おい、返事を聞いてねえぞ」




「いいだろう。この海域を抜けるまでだ。まだこの小娘には死なれちゃ困るんでな」




「そもそも姉御のテレポートで逃げられたんだがな。まぁとりあえずわかった。で、どうすりゃいい?」




「真竜相手にテレポートなんぞ使えるわけないだろうが。まずはケツァルコアトルに近づけ。我が一発ぶちかましてやる」




「おいおい、まずはこのメイルシュトロームをどうにかしなくちゃいけないだろうが」






浮遊するアスガルドシリーズの一つで弓に属す『神狼シュテルバイツァー』を掴んだアスガルドは、弓の弦を引く。






「アストラルインパクト!!」






緑色の光が弓に集まると輝きが増し、一瞬光が空間を満たすと矢が放たれた。光の矢は突き進むごとにどんどん形を変え、やがて矢は光の狼と化す。




アスガルドは次々と光の矢を番えては放ち、狼達はメイルシュトロームと衝突するとあれだけ武器をぶつけてもびくともしなかった魔法を押し返し始める。






「お、押しているのか!?あの魔法を!」




「当たり前だ。あんな小手先の魔法に負けていては神狼を名乗れんよ」






そして2匹、4匹と狼が魔法に食らいつくと遂にはあの巨大な魔法を打ち消し、その奥にいるケツァルコアトルへ襲い掛かる。






『フォオオオオオ!!!』






ここにきて初めてケツァルコアトルが防御の姿勢を取った。ケツァルコアトルからすれば小石のようなサイズの狼に脅威を感じたのだ。




それもそのはず。狼がケツァルコアトルの翼に嚙みつくと巨大な爆発を起こし、次々とケツァルコアトルにダメージを与えていく。






『オオオオオオ……!!!』




「き、効いているのか!?」




「多少はな。小娘と我のレベルを足して強くなっているとは言え、流石に真竜を倒すほどのダメージは与えられんか」






ケツァルコアトルは巨大な翼を振るうと風の刃が発生し、威力こそはメイルシュトロームよりも低いものの速さだけは段違いであり、アザムを葬るだけならこの風の刃だけで事足りるのだ。






「いっ!!!」




アザムの顔が真っ青になるのは見るまでもなかった。

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