第26話 雷のマキナ遺跡
「んじゃ水をかけてくれー!」
教会の改装工事は順調に進んでいた。が、ここ最近この神聖な教会に酷く似つかない魔の者がアリッサ達の作業を木陰からひっそりと覗いていた。
「アリッサ様、また……」
ブラシで擦ることで生じた汚れをアザムが馬鹿でかいバケツで洗い流している所にバニラがやってきてそっとアリッサに耳打ちをする。
「リリスか」
「はい……いかがしましょうか」
「あいつの服装は子供たちの教育によろしくない。バニラまた頼めるか」
「かしこまりました」
相変わらずハイレグの水着のような光沢のある服装でこちらの作業を睨むように見ている。
「あれが今代のクィーンサキュバスか」
「ええ、前クィーンサキュバスの一人娘です」
「まだ幼いようだな」
「多分20になったかならないくらいかと」
「若いな」
インドラはそれだけ言うとウィンドドラゴンの里から持ってきたハンモックに寝そべり、心地の良い海風を受けながら読書を始めてしまった。
「クィーンサキュバスに目を付けられるとか姉御は一体何をやらかしたんだ?」
「あ~……うん……」
汗をかくからと上半身裸で作業をしているアザムが教会の中へ消えていったリリスに若干怯えた様子で尋ねてくるが、アリッサは誤魔化すしかなかった。
「ドラゴンってサキュバスが怖いの?」
「怖くはねえけど、恐ろしくはある。なんせあいつらは夢の中で襲ってきやがるからな。物理攻撃が効かねえから精神力で対抗するしかねえんだ」
「夢……え?どう対抗すんの?」
「俺も実際に襲われたことがないからわからねえけど……族長が言うには基本夢に侵入された時点で終わりらしいぜ?だから、俺は純粋に姉御が心配なんだよ。クィーンサキュバスともなればドラゴンですら警戒する相手だ。まじで気をつけろよ?」
脅すだけ脅して作業に戻っていったアザムの後姿を眺めながらアリッサは夏のような暑さの中で冷たい汗が頬を流れるのを感じた。
その後もアリッサ達の作業は続く。外側の壁はほぼバニラの手によって見違えるように綺麗になったが、問題は内側だ。
「………」
「ランプですか」
「ああ、バニラか」
中の掃除をしていたバニラが夜の明かりとして機能しているランプを取り外し、難しい表情をしているアリッサに話しかけた。
「だいぶ古いようですね」
「恐らく一度も取り換えられていないんだろうな。ここのシスターさん達が綺麗に磨いているから一見すると新しい物に見えるけど……」
「はい、相当古いかと。むしろまだ動いているのが不思議なくらいです」
「ランプっていくらくらいすんの?」
「………30万はくだらないかと……」
「まじで!?え、これそんなにすんの!?」
「この型が特に高いのです。これは通常の火力燃料を投入して限られた時間のみ燃えるランプとは違い、魔力石で動く獣人国産の物なんです」
「いやいや、獣人国産とは言っても法外な値段じゃない?」
「昔はしても5万ゴールドくらいの値段だったのですが、近年どの国も魔力石が枯渇してしまい、魔力石を使った物はみな嗜好品になってしまったのです」
「ああ……コンロもそういう理由なのか……」
「はい。なので、魔法コンロは全てのメイドが憧れるものなのです」
「なるほどね……んじゃこいつを今修理するのは難しそうだな。でもなぁ……教会内全部のランプを燃料型にするのもダメな気がする」
「そうですね……ランプを修理に獣人国まで行くわけにもいかないですし、今から燃料型のランプに変えても今度は手入れが大変ですしね」
「ああ、やっぱり手入れが面倒か」
「ランプの中がすぐ煤で汚れてしまうんです。だからといって松明にすれば次は壁が焦げたり、燃料カスが下に落ちて床が汚れますし、火事の原因にもなりえます。ここは子供も多いですから松明や燃料型はおすすめできませんね」
「そうなると……やっぱりマキナ遺跡になっちまうか……」
「ま、マキナ遺跡ですか?」
眺めていたランプを元に場所に戻したアリッサはため息と共に言葉を吐き出す。
「確か雷のマキナ遺跡にこんな感じの明かりがあった気がするんだよね。獣人国は遠いし、修理もいくらかかるか分からない魔法ランプよりマキナ遺跡行ったほうが楽な気がしてきたわ」
「そんな気軽に行けるものなのですか?」
「アザムくんと幻術殺しの力があればね。普通は絶対に辿り着けない。バニラ、アザムくんを呼んできてくれ」
「わ、わかりました!」
バニラは掃除道具をその場に置くなり子供たちと遊んでいるであろうアザムのもとへ走って行った。
「姉御どうしたんだよ?俺は今ガキ達と遊ぶのに忙しいんだが」
「すっかり俗世に染まっちまったな………しかし、それにしても……」
バニラが呼んできたのはアザムだけではなかった。ただの好奇心でついてきたインドラはともかくとして今まで頑なにアリッサと距離を取っていたリリスまでいたのだ。
「なによ」
「い、いやどうしているのかなって…」
「いちゃ悪い?」
「ん、まぁ……話す内容が内容なだけにちょっと……」
「ここでのことは喋らないわ」
「姉御、あれは出ていかないぜ?」
「………んじゃ絶対に喋らないでくれよ」
「ええ、心得たわ」
アリッサはミゲルに借りた部屋のテーブルに地図を広げた。安物の地図なので大体の地名しか描かれていないが、今はそれで十分だ。アリッサの脳内マップを広げて周辺の町や主要なダンジョンを書き足していく。
「ほう、お主地図屋でもやっていたのか?」
「やってないですよ。ただ覚えているだけです」
「それなら見事なものだ」
「インドラ様、これあってるんですか?」
アザムの質問にインドラが頷くと彼は目を見開く。
「よし」
大体の地名と森や山脈や洞窟などを書き終えたアリッサは皆を見渡す。
「急に集まって貰ったのは他でもない―――――」
「能書きはよせ。さっさと本題に入れ」
「………インドラ様はせっかちだなぁ……えと、んじゃマキナ遺跡を攻略したいと思います」
「お、おう……急にぶっこんで来たな。ま、マキナ遺跡ってあれだろ?古代竜が残した遺産だろ?」
「お、アザムくん知ってるんだね。まぁ竜族なら当然か」
「いや、知っているって言ってもそれくらいだ。そもそも本当に存在しているのか分からない眉唾もんだと思ってる。だが、姉御が言うんだ。あるんだろ?」
「ある。オレの記憶に正しければマキナ遺跡は全部で5つある。んで、人間国にあるマキナ遺跡は3つだ。他は獣人国にある」
「3つもあったのですか……!」
「あるんだけど誰も辿り着けないんだ。辿り着けるのはマキナ遺跡を作った古代竜ジャバウォックか幻術殺しを備えた武器を持った者だけだ」
「ジャバウォック……久しくその名を聞いていなかったが、まさかマキナ遺跡を作ったのは奴とはな」
マキナ遺跡の名を聞いてから皆の表情が変わる。
「マキナ遺跡に行くのは分かったが、なんで行くんだ?」
「理由は二つあって、一つ目は教会のランプの劣化が激しいこと。んで、そのランプは魔力石を燃料にしているもので現在は大変貴重なものでとてもじゃないが教会内すべてのランプを変えることは不可能だったこと。二つ目の理由はお姫様からの依頼だな。まあ発見したところで俺たち以外に辿り着ける者はいないだろうけど」
「ああ、そういやお姫様から手紙でそんなこと書いてあったな」
「オレはどうやらお尋ね者らしいからさっさと綺麗な身になりたいんだ」
「よし、古代竜が作ったマキナ遺跡とやらに行くか!なんだかワクワクしてきたぜ!」
拳と手のひらをぶつけて気合を入れたアザムにアリッサは待て待てと手で制す。
「これから行くマキナ遺跡の名は雷のマキナ遺跡って言うんだけど、一つだけ確認しておきたいことがあるんだ」
「なんだよ?」
「バニラ、今何年だ?」
「え?えっと、真竜歴の5200年目ですが?」
「5200………まだ間に合うか……?」
「何か気になるのか?」
インドラの質問に対しアリッサは真剣な目で見返す。
「インドラ様はもしもオレ達でも敵わない敵が出てきたら戦ってくれますか?」
「お主でも敵わない敵がおるのか?」
「もしかしたらいるかもしれないです」
「………お主とバニラには世話になっている。一宿一飯の恩義とは言わんが、その時は手を貸そう」
「助かります」
「お、おい?姉御でもやべえ奴って誰だよ?」
「古代竜がいるかもしれない」
「なんだと!?」
椅子から立ち上がったインドラはアリッサに掴みかからんと言わんばかりに詰め寄る。
「あれは童が母上と同胞達が死力を尽くして滅ぼした竜だ!貴様!並行世界の知識を持っているとはいえ、その言葉は童の逆鱗に触れるぞ!!」
「本当なんだ!古代竜は滅びていない!」
「では誰が生き延びているのだ!!言うてみよ!」
「………竜戦士ファフニールと暗黒竜アジダハーカと魔竜王ジャバウォックの3体だ」
「馬鹿な…!!」
「これから行く雷にはファフニールがいるかもしれない。だからインドラ様のお力が必要になるかもしれないんです」
「………よかろう」
気持ちを落ち着かせたインドラは息を吐くと椅子に座り目を伏せる。
「今はお主の言葉を信じよう。だが、この目で見るまで今後古代竜の名を口にするな」
「わかりました」
何とかインドラの激昂を収めたアリッサは話を続けた。
「しっかし、こ、じゃなくてそいつは何のためにマキナ遺跡に来ているんだ?」
「マキナ遺跡の奥にいる管理者。機械竜を仲間に引き入れるために」
「機械竜?聞いたことねえなぁ」
「まぁ全部で5体しかいないからね。全身オーパーツで作られた機械仕掛けのドラゴンでブラックドラゴンかホワイトドラゴンの族長クラスの力を持っている」
「つええな……姉御、そいつに用はないのか?姫様の依頼で発見したと言ってもそいつがいたら殺されてしまうんじゃねえの?」
「ん~……そうなんだよね……機械竜の他にもマキナ遺跡を防衛している機械がうじゃうじゃいるし、オレとしては入り口付近にあるランプを貰って帰りたいところなんだが……」
「ジャバウォックが作りし物は童が潰す」
「ええ……ですがインドラ様、マキナ遺跡は貴重なんですよ。もしかしたらお菓子が作れるバリエーションが増えるかもしれませんし」
「くっ…!そ、そのような言葉で我は惑わされぬ!」
「勿体ないなぁ……」
と、勿体ないを連呼していたらやっとインドラが折れ、破壊するのはやめてくれた。ただし条件としてそのマキナ遺跡が危険なものではないか判断するため最奥まで行くことが決定された。
「ふぅん…面白そうね。私も連れて行きなさいよ」
「ええ……話聞いてた?怖い竜がいるかもしれないんだよ?」
そこで今まで黙って話を聞いていたリリスが混ざり、自分を連れていけと言い出す。
「古代竜とは言え生き物でしょ?そいつはオスなの?」
「あいつに雄雌があるかどうかわからないけど、人間形態でいるときは男だったな」
「なら大丈夫ね。私に魅了されない男なんていないもの」
「姉御、大丈夫なのか?」
「原作で試していなかったなぁ……あの種族に魅了って効いたっけ………あ~でも攻略サイトで誰か検証していたような……」
「毒とかは効くのでしょうか?」
「効かない。そもそもあいつら邪竜は、ほぼ全ての状態異常を無効化する耐性を備えている。それとあいつは大きくないんだ」
「え?大きくない?アザムさんよりですか?」
「ああ、人間形態のアザムくんくらいの竜なんだ」
「はっ!小せえ竜もいたもんだな」
「いや、ファフニールを舐めるな。奴は真竜殺しの名を持つ古代竜最強の竜戦士よ。アザム、お前では全く歯が立たんだろう」
「ええ!?真竜殺し!?」
「あいつ竜のくせにハルモニウムで出来た鎧を身に纏っていて、武器は竜族に対して強力な特効を持つ竜爪バルムンクを装備しているんだ」
そう、ファフニールは自分も触れればダメージを受けてしまう諸刃の魔爪バルムンクを両手に装備している。
その戦闘能力は作中でもトップクラスの力を誇り、本編が終わるまで倒せない負けイベント扱いの敵だった。
「確かレベルは200は超えていたような気がする……」
「200だと!?そ、それって!」
「童とほぼ変わらぬな」
アザムの視線を受けてインドラは険しい表情を見せる。
「オレとしては入り口のランプを取って帰りたいところなのですが、インドラ様がああ言っているので皆一蓮托生な」
さらっと言ったアリッサ自身も膝が震えているのは言うまでもなく、そのままアリッサは地図に指を這わせて何もない海の一点を指さす。
「この何もない場所に?」
「ここは嵐の海域って呼ばれている場所で、年中嵐が吹き荒れている文字通りの海域なんだ」
「嵐の海域……昔本で読んだことがあります。嵐を抜けた先には楽園と黄金の財宝が眠っていると」
「海賊王ジェネリックの財宝ねえ……」
「姉御は知ってんのか?」
「オレの記憶通りならね。バニラの言う通り嵐の海域を抜ければ楽園っていうか台風の目っていうか……年中青空が広がっている海域に出るよ」
バニラからペンを借りて嵐の海域の全域を大雑把に円を描いて示す。
「海でこの広さはでかくね?」
「でかいよ。この人族の大陸の半分くらいはある」
「広大ですね……並みの船では嵐を突破できても食料不足になってしまいそうです……」
「そうだね。それに嵐に囲まれているせいで方位磁石が狂ったままだし、最悪そのまま餓死して死ぬね」
「うげえ……楽園じゃなくて地獄の間違いじゃねえのか……?」
「なるほど、だからジャバウォックはそこにマキナ遺跡を作ったのか」
「こっそり研究するには最高の場所だよね」
「場所は分かったわ。それでどうやって行くのよ?まさか今から船を用意するわけじゃないわよね?」
退屈だったのかさっさと話しを進めろと言わんばかりに話に割り込んでくるリリスにアリッサは
至って真面目な顔で答える。
「アザムくんに乗っていく」
「え!?俺!?」
「アザムくん以外にいるわけないじゃないか~」
「アリッサ様がアザムさんに乗って嵐の海域を超えるんですね」
「そういうこと。んで、あっちに着いたら適当にランドマーク作ってテレポートするわ。作ったら一度こっちに戻ってきて2人ずつあっちに送るってわけ」
「童ならば力ずくで突破できぬこともないが、そんなことをすれば里に連れ戻されかねぬからな。アザムとお主で行くことに我も賛成だ」
「嵐って言ってもアザムくんはウィンドドラゴンだし、風は友達みたいなもんでしょ?」
「確かに風は友達っつうか俺自身みたいなもんだが……嵐ってことは雷もあるんだろ?雷は少し苦手なんだよなぁ……」
「あのドラゴンが雷を怖がるの?」
「ちげえよ!弱点的な意味でだよ!」
リリスのどこか嘲笑するような言葉にアザムは少し怒気を混ぜて反論する。
「雷なら心配はいらないよ。イクシオンの槍を出しておくから」
「イクシオンの槍?なにそれ」
「イクシオンの角を加工した槍で、雷をため込む特性があるんだ。これを避雷針代わりにする」
「そ、それなら安心だぜ……」
「ではアリッサ様はどうされるのですか?」
「オレ?」
「はい。嵐に突入するのは理解しましたが、その際アリッサ様を嵐から守るものがございません」
バニラの指摘にアリッサは全く考えていなかったのか、顎に手をあてて考え込んでしまう。
「そのことなら心配はいらないぜ」
しかし、その沈黙をあっさり破ったのはアザムだった。
「オレが飛ぶ際に風の結界を周辺に張る。それで姉御の身の安全は約束されるはずだ」
「おお、流石アザムくん。いや~危なかったわ。そのまま突っ込んでいたら死ぬとこだった」
「ただまぁ嵐の強さがどんなもんなのか分からないところが怖いな」
「過去の記録を読み解いても魔族側であの領域を突破した者はいないわ。つまりそれほどの強さを持った嵐ってことよ。そもそも人間族のその話だって本当のことか分からないじゃない」
「いや、海賊王ジェネリックがいたのは本当のことだ。だから一応突破できるんだろうけど、獣人国のマキナ技術を以てしてでも突破できないのは気掛かりだ」
「獣人国は現在飛行艇の開発を行っている最中だと記憶しておりますが」
「ああ、まだ開発途中なのね。そりゃ突破できんか」
「飛行艇?なんじゃそりゃ」
「空飛ぶ箱舟だよ。鉄の塊が空を飛ぶのさ」
「え!?嘘だろ!?あんな重いものが浮くのか?!」
「それを可能とするのがマキナ技術なんだよ。ほんとオーパーツだよねえ……」
「ええ……ですから、各国の王は血眼になってマキナ遺跡を探しているのでしょう。あの技術を手にすれば世界の主導権を握ることだってできます」
「バジェスト王が焦るのもわかるよ。っと、そんな政治臭い話はやめて出発時刻と準備を進めようか。バニラ、ミゲルさんに少しの間お暇を頂くと言っておいてくれ」
「かしこまりました」
その後、嵐の海域を突破するための作戦会議は日が落ちかけるまで続いた。
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