第24話 古の話

教会の改装をするため一度全ての部屋や壁を見て回って、直すべき箇所をバニラにメモを取らせる。

そして一通り見終わり、明日また来ると言って教会を後にするため門を出ようとしたアリッサ達をミゲルは呼び止めた。






「どうかしました?」




「アリッサさん宛てに手紙が二通届いております。差出人はあのラクーシャ様となっておりますが、今までアリッサさん本人であると確証を得られなかったため渡しておりませんでした。ですが、インドラ様とご一緒とあれば信じない他にありません」




「オレにか……」






アリッサはその場で手紙の封を破って中身を取り出して内容を読む。






「………ん~と……」




「私が読みましょうか?」




「頼むわ」






難しい顔をしたまま固まったアリッサを見てバニラが助け船を出すと、早々に手紙をバニラに預けて『勉強不足』と嘆く。






「手紙の内容を要約しますと、アリッサ様が作られた武器の性能があまりにも良すぎたためか、その武器が陛下に露見し、アリッサ様を捕まえる捜索部隊が結成されたみたいです」




「なんだって!?麗奈の奴オーディアスでアストラルステークを抜いたのか!?」




「姉御何を作ったんだ?」




「麗奈が自分の攻撃力のなさを前愚痴っていたから、それの手助けになればいいなって思って。丁度アザムくんが貰ってきたアダマンタイトと左腕のアスガルドの毛と爪を少し武器に加えたらとんでもない武器が出来ちまったんだよ」




「あ~……」




「いつも武器を作るとき頭の中にレシピが思い浮かんでその通りに作っていくんだけど、その時だけは霧の中を手探りで進んで行く感覚があって、でも成功しそうで、好奇心のまま進んで行ったら聖剣クラスの短剣ができちまった」






悲し気に語るアリッサの表情には後悔があった。






「麗奈はいつも先を行く新垣と武人の2人が嫌で、そんなあいつの背中を押したかったんだけど、オレはやりすぎてしまったのかな」




「作っちまったもんは仕方ねえよ。その武器の使い方を間違えないと信じて姉御は麗奈に預けたんだろ?なら、少しは信じてやろうぜ」




「信じてないわけじゃないけど、オレの武器のせいで麗奈が危ない目に合わないといいなって」




「それこそ新垣と武人の出番だ。それでもダメだった場合は俺達が出て行けばいい、そんだけの話だろ?」






ドンと胸を叩いて豪快に語って見せるアザムにアリッサは『参ったな』と照れ臭そうに頭を掻く。






「アザムくんの言う通りだわ。すまん、助かったわ。やっぱアザムくんが付いてきてくれて良かったわ」




「へへ、良いってことよ。で、捜索部隊についてはどうするんだ?」




「それにつきましては続きが。戦いは避けられないとのこと。それで更に出来れば捜索部隊を殺さないで欲しいとラクーシャ様直々の直筆で書かれています」




「面倒な話だ。何故殺してはいかんのだ?そやつらはアリッサに敵対しているのだろう?」




「そうなのですが……ラクーシャ様にとって兵士も大事な民の1人ですから……」




「なかなか難題をぶつけてくるではないか。お主はどうする?」




「オレの次元宝物庫の武器投擲は手加減できないからなぁ……」






とりあえずいつまでも門の前で話しているわけにもいかないので、4人はミゲルに別れを告げて宿屋リュクミッサ近くの酒場に入り、端の席を陣取って丸いテーブルを囲む。






「アザムくん、先に言っておくけどまだ酒飲むなよ?」




「お、おう。分かってるぜ」






店員の猫族お姉さんを呼んで酒を頼みそうな勢いのアザムに釘を刺し、4人は海鮮料理と果物のジュースを頼む。






「それで?」




「んまぁ、インドラ様に頼るわけにもいかないのでオレ達で何とかしますよ」




「どうするんですか?」




「うまいこと隊長と部下の兵士を分断して部下の相手をアザムくんとバニラとマーカスに任せて、オレが隊長と話をつけますよ」




「俺がドラゴンの姿に戻ればビビるだろ」




「インパクトはでかいだろうな」




「ええ、なにせ人族が竜を見るのは200年ぶりですからね。いかにモンスターと戦闘慣れしているオーディアス兵士とはいえ、アザムさんの姿には恐れるはずです」




「最初で最後のだまし討ちってやつだ。それで力の差を見せつけてオーディアスの兵士にはお帰りいただこうか」






そこで4人の前に海鮮丼と様々な果物を混ぜたトロピカルジュースがテーブルに置かれ、一旦話を中断して手を合わせて料理をいただく。






「姉御…これはなんだ…?」




「生の魚の切り身とよく分からないイクラっぽい魚卵と貝の海鮮丼かな?」




「その下には……珍しいですね。獣人の狐族の里で生産されている米を敷いているのですか」




「おい、この小皿に盛られている緑色の奴はなんだ?」




「それはワサビって奴ですよ。そこの小瓶に入っている醤油をワサビにかけて混ぜて、混ぜた奴を海鮮丼にかけるんです。でも、ワサビは辛いのでインドラ様は少し醤油をかけてダメだと思ったら止めた方がいいかもしれないですね」




「バニラ、インドラ様の見てやってくれ」




「わかりました」






いまいち要領を得ていないインドラのためにバニラは少しワサビを醤油に溶かして木のスプーンで舐めさせてみるが、舐めた瞬間インドラは目をまんまると見開いてすぐトロピカルジュースを飲んで息を吐く。






「か、辛い!」




「インドラ様には少し早いかもしれないですね。それでは醤油だけかけてみましょうか」




「アザムくんはどうかね?」




「ウィンドドラゴンは自然と共に生きるドラゴンだからな、野草で辛みや渋みには慣れているぜ」




「お、いける口か。んじゃ溶かしてかけようぜ」






アザムに醤油の溶かし方を見せ、アリッサのやり方を見てアザムもスプーンで混ぜ、それを海鮮丼にかける。






「で?もう食っていいのか?」




「おうよ。こういう丼物はな、こうがっつりとスクってがつがつ行くんだ!」




「豪快だな!よし!」






丼ぶりを掴んで口にかき込んでいっぱいに頬張るアリッサの姿を見て、アザムも真似をして新鮮な魚と米を一緒に大きな口を開けてかき込む。






「ん!?う、うめえ!米なんて初めて食ったが、この酸っぱい感じと醤油をかけた魚の肉が最高に合ってるな!」




「ああ、最高だよな。異世界の料理だからあんま期待していなかったんだけど、これは予想以上だ」




「くー!ワサビってこんな感じなのか!鼻に来るな!」




「これはたまらないんだよな。インドラ様とバニラはどう?」




「ふむ、悪くないな。常日頃芸術のような料理ばかりを食べていたが、たまにはこういう料理も良いものだ」




「とても美味しいです。また料理のレパートリーが増えそうです」






と、男2人とは打って変わってバニラとインドラは上品に海鮮丼を食べていた。






「オレの世界ではこの米が毎日主食だったんだよ。米と味噌汁と焼き魚とおひたしがオレとか新垣達日本人の朝飯だった」






アリッサは1ヶ月近くぶりになる米を噛み締めて海鮮丼を食すのであった。






















「さて、飯も食ったことだし、教会の改装について話をしようか」






退屈な話になると既に予測しているアリッサは、インドラにフルーツ盛り合わせを頼んで放置し、アザムとバニラで話を詰めて行く。






「アザムくん、一通り教会を見て回ったけどどんな感じだった?」




「ん~……まず思ったのは錆びれているなぁって感じだな。錆びってどうにかならねえのか?」




「はい、メイドとして働いていたバニラくん!」




「錆びは重曹落とせます。ここでも売っていると思いますよ」




「結構な量になりそうだな。んじゃ次にバニラはどう思った?」




「埃っぽいので掃除は確実として、そのほかに壁の隙間のカビや木材で作られた家具は軒並み老朽化が激しいです」




「掃除はバニラに任せていいか?オレは子供たちのベッドや教会内の椅子やテーブルの修復をする」




「お任せください」




「俺はどうすればいい?」




「アザムくんは今からオレとマーカスで木材を手に入れに行くぞ」




「力仕事ってわけだな?」




「ブルース周辺の森は多分領主の管轄内だからダメだけど、オルバルト爺さんの周辺森なら大丈夫だろ」




「なら、俺の里に寄っていくか?どうせ切るなら最初から切ってある木の方がいいだろ」




「譲って貰ってもいいのか?悪いから金は払うよ」




「いいっていいって、どうせ人もドラゴンもそんな増えねえし余ってんだ」






長命が故に増えないドラゴン達の事情を聞いたところで、アリッサはバニラに掃除道具を調達するための金を渡して別行動を開始する。






「マーカスにも飯を買って行かないとな」






馬車旅の途中で作り置きしていた料理の入れ物が空になり、捨てずにとっておいたのでその容器に酒場の海鮮丼ぶりをテイクアウトして酒場を後にする。


インドラは無言でバニラについて行っているが、ウィンドドラゴンの里に興味がなかったのだろう。まあ来たら来たで大混乱は間違いないだろうが。






「マーカス~飯だぞ~」






馬小屋で寝ていたマーカスを起こして外に出してやり、とりあえず醤油だけかけた海鮮丼を食べさせる。一口食べてから、顔を容器に突っ込んでバクバク食べており、どうやら海鮮丼が気に入ったようだ。






「食ったら仕事だ。ブルースを出て近くの森に入ったら転移するぞ」




「姉御のそれって一度行ったら全部飛べるのか?」




「ランドマークっていうか、そこが重要な役割を担っている場所には大体飛べるね。でも、名もなき洞窟とか小さな集落のような場所は飛べないね」




「なるほどなぁ……っていうことはもうブルースに飛べるのか?」




「飛べるね」




「流通の常識が崩れ去るな」




「悪用する気はないよ。そんなことしなくても金は手に入るし」




「そこは心配していないぜ。俺は見る目はあるからな」






そしてぺろりと平らげたマーカスの頭を撫でて3人は一旦来たばかりのブルースを出た。そのまま東に見える森に入り、アザムに周辺に冒険者達の存在がいないことを確かめてアリッサは転移魔法を使った。




視界が歪み、元に戻るとアザムと戦った森の広場へ移動しており、アザムは帰って来たことを実感したのか背伸びをする。






「俺達の里はもう少し先だ。行こうぜ」




「あいよ」






馬車に乗った2人はウィンドドラゴンの里を目指した。














一方的に喧嘩を売ってほぼ強引に盟友の誓いを交わしたのに快く迎えてくれたウィンドドラゴン達に礼を言いつつ、里で唯一木工を行っている建物へアザムに案内されてやってくる。




そこにはドラゴンの姿で器用に巨大な木に鉋をかけるウィンドドラゴンやその足元で里に住む人間が木の食器を作っている姿があった。






「よう」




「アザムの坊やか。旅に出たんじゃなかったか?」






そこで頭にでかい鉢巻をしている親方と思しきウィンドドラゴンが作業の手を止めて気怠げに呟きながら建物から顔を覗かせる。






「少し用事があってよ。戻って来た」






アザムは親方のウィンドドラゴンに要件を伝えると、声を出して近くで作業をしていた人間の男性を呼ぶ。






「へい!親方どうしました?」




「お客人だ。わしらはアイスドラゴンとホワイトドラゴン達の家具納品が迫ってきている。竜の里からの依頼もねえし、おめえら暇してんだろ?」




「ええ、確かにここ最近竜の里からの依頼もありませんが」




「実はですね――――」






アリッサは話が読めない男性にここへ来た目的を話した。






「家具修理ですか。アリッサ様はお1人で出来るんですか?」




「一度バラしてそっから真似すればいいかなって思ってますね」




「………手伝いますか?」




「え?いいんですか?オレ、ろくな報酬払えませんよ?それに依頼主があれだし……」




「あれ?とは?」




「インドラ様なんだよ。その修復する家具はインドラ様の母上が助けた教会でよ。貧しいなか一度たりともインドラ様への祈りを欠かさず、弱音も漏らさず頑張ってたから助けてやりたいんだわ」




「い、インドラ様だとぉ!?アザム坊や!それは本当か!?」




「本当だとも。この俺がしっかりと確認した」






人間職人に任せて自分の作業に戻っていた親方がアザムの話を聞いて驚きのあまり工具を落とし、作業場に落とした音が響く。






「こんな作業遅れたっていい!!そんなことよりアリッサ殿!我らウィンドドラゴンが全力で協力するぞ!」




「え、ええ……やっぱりインドラ様の名前を出すのはやめようって言ったじゃんか……」




「いいんだよ。真竜の仕事に携われることは下級のカラードラゴンにとって大変名誉なことだからな。それにウィンドドラゴンが作る家具は最高級だぜ?親方のみ取得している風化防止っていう能力のおかげで潮風による痛みをなくしちまうんだ」




「なるほど、オレみたいに能力をつけられるのか」




「いや、姉御のとはちょっと違うな。姉御のは素材に眠っている能力をつけるだけだが、親方のは木工スキルで新しく生み出す能力なんだ」




「木工スキル……クラスはなんなんだ?」






ちらっと親方のステータスを覗いてみると。






クルーガー・ウィンドドラゴン




レベル130




クラス:アーキテクト




クラス説明




建築、土木、設計などありとあらゆる建築に関するクラスをマスターした際に至れる建築の最高位クラス。






「アーキテクト……?知らないクラスだ…」




「おう?お前さんは分かるのか?」




「ええ、まぁ……でも知らないクラスですね」




「そりゃそうさ。わしのようなアーキテクトになった奴は全種族でも5人とおらんだろうよ。それに何人か死んじまったからな」




「親方は族長と同じ最初のウィンドドラゴンと呼ばれる里の古株だ。姉御でも知らないことがあるんだな?」




「そりゃあるさ。でも、その建築とかのクラスはどうやったらなれるんだろうな?」




「興味があるのか?」




「後学のために」




「なら、まずは知識だ。わしのような職人の姿を見て学んで、実際に試して一通りできるようになってようやく入り口に立てる。ちなみにこの世界のステータス画面にのっているクラスは、自身の中で最も得意とするクラスがのる」






初耳だった。クラスチェンジをするためには大聖堂でいちいち変えなくちゃ他の武器も扱えないと思っていたが……






「お前さんは……ごちゃごちゃしておるな。ただそのごちゃごちゃの先に鍛冶が得意とみた。どうだ?」




「当たってますね」




「わしの目もまだ曇っていないようだ」




「一つ質問なんですけど、例えば人間の中でソードクラスに属す人間が槍を持ったらランサーにクラスチェンジするんですか?」




「いや、それはない。槍を持つことは可能だが、ランサークラスのスキルを発動することは不可能であろうよ。先ほどわしが言ったのは生産クラスと言って、料理や鍛冶や建築のような非戦闘クラスのみに該当する。わしだって建築が得意なだけでその次に得意なのはハンマーだからな」




「なるほど……非戦闘クラスか……」






リーシアやバニラが料理が得意なのは、もしかしたら料理スキルレベルが高いからなのかな、とか思い始めた。でも、自分はそこまで料理が得意ではないのに菓子作りが高いクオリティに仕上がるのは、料理とはまた別にカテゴリーされているせいなのか?と別の疑問も浮かび上がってくる。






「難しく考える必要はない。ただ己の技術がいつしか戦闘クラスにまで至っただけの話よ」




「親方の元のクラスは俺と同じウィンドドラゴンだったんだが、建築を極めた結果アーキテクトになったらしいぜ?」




「クラスの進化ってことなのか…?種族クラスすら上書きするってすげえな」




「ほとんどの者は非戦闘クラスを磨いてもクラス名が表示されることはない。真竜の里が抱える料理人やわしのような頂に立った者だけがクラスに表示される。お主だって気持ち次第で神級鍛冶師と名乗れるだろうに」




「そこまで鍛冶が好きなわけじゃないですからね。オレはあくまで出来上がった武器を見てうっとりする人間ですから」




「なるほど、それでコレクターか。いかにもお主らしいわ」






え?もしかして今真眼を貫通してステータスを読み取られた?この爺さんドラゴンどんだけつええんだ?






「あんた、まじでウィンドドラゴンなのか?」




「どこからどう見てもウィンドドラゴンだろうよ。ほれ、つまらん話は終わりだ。それより早くインドラ様の要件を言え」






その日は教会から借りてきた家具をウィンドドラゴンの里に置いてきた。どうやらアリッサが手伝う隙間は一つもないらしく、親方からは邪魔だからと言わんばかりにしっしと作業場を追い出され、アリッサ達は釈然としないまま里を後にし、ブルースの近くの森へ転移する。






「………」






森に転移し、ブルースの帰路に着いている中でアリッサは帰りがけに親方に言われた言葉を思い出していた。






「アリッサ殿、その瞳が万能と思っているのならば少し認識を改める必要がある。確かにその瞳は万物を見通す神の瞳と言っても過言ではないが、お主よりもレベルが高い者はステータスを偽って見せることも可能なのだ。ほれ、もう一度わしを見てみよ」






と、言って真眼を使用しクルーガー親方を鑑定したら、全く出鱈目な情報が出てきたのだ。驚きのあまり親方を見上げたら彼は愉快そうに笑っていた。






「インドラ様に使ってみたか?」




「ええ、使ってみましたが」




「見えたか?」




「見えませんでした。むしろ拒否られるように竜の顔が出てきましたね」




「お主、よくそれで生きておったな。インドラ様の優しさに感謝するんだな」




「どういうことです?」




「お主の瞳は相手の内面を暴くものらしくてな。それは相手の心に無遠慮に飛び込むもので、魔力に心得がある者や精神力が高い者はレジストするだけでなく、飛び込んできた者に精神ダメージを負わせることも出来るのだ。わしは見られても何とも思わんからいいが、プライドを気にする他の竜にはくれぐれも使わん方が良いぞ。最悪アリッサ殿の心が死ぬぞ」




「き、肝に銘じます…」






脅しでもなんでもなく事実をただ淡々と語る親方にアリッサは驚愕した。






「まぁ姉御、あんな芸当ができる竜なんて族長クラスかインドラ様のような真竜くらいだから気にすんな」




「いやぁ…自分の能力に弱点があったのは驚きだったよね。結構ばんばん使っていたけど、これからは物体くらいにするわ。人やモンスターに使う場合はよく考えて使わんと痛い目を見そうだ」






ステータス上は強くなってもメンタルがくそ雑魚なアリッサにとって親方からのありがたいお言葉は正直嬉しかった。


もしあのままとりあえず真眼を使って弱点割りだして、戦えば何とかなるとか浅い考えをこの先ずっとしていたらいつか自分の身を滅ぼす結果に繋がっていたことは想像に難くない。




これからはより自身の知識に頼ることになりそうだ。








「すっかり夜になっちまったな」




「インドラ様を待たせてしまっているかもしれねえ。早く行こうぜ」






里からブルース近くの森へ帰って来たアリッサ達は少し急ぎ目でブルースへ帰宅する。ブルースの夜の町はオーディアス以上に賑わっており、そこらかしこ乱立された酒場で陽気な声や詩人が楽器片手に歌っている姿が見える。






「どの世界でもキャッチは存在するなぁ…」






『そこの綺麗なお姉さん!うちで飲んでいってよ!』とか『そこのカッコいいお兄さん!今夜飲む場所は決まってる?決まってないならうちでどう?』とかイケメンの男性から可愛らしい女性が酒場の入り口で客をあの手この手で呼び込んでいる。


身体に接触して強引に引っ張る者はいないものの、娼婦か?と疑いの目を向けたくなるような過激な服で呼び込む者も少なからずおり、客と店のトラブルを解決するため結構な数の兵士が駆り出されているようだ。






「姉御の世界でもああいう奴等はいんのか?」




「いるよ。でも、法律で違法になっているからそこまで露骨にいないけどね」






お姉さんやお兄さん達を無視するのも疲れてきた2人は、さっさとマーカスに乗って駆け抜けるのが吉だと決め、アザムが先に跨るとアリッサはその後ろに乗る。

乗ったことを確認したマーカスは馬車専用の通路を一気に走りだし、邪魔なキャッチ達を置き去りにするのであった。








宿に戻ると、受け付けは猫族のお姉さんではなく、それよりも小さな猫族の少女に代わっていた。






「おかえりなさい」




「あれ?お姉さんは?」




「あれはお母さんです。今お母さんは裏でご飯を食べています。何か御用ですか?」




「え!?お母さんなの!?」




「猫族は俺らほどではないが、長命だぞ。ある一定の年齢から成長が止まるそうだ」




「は、ははぁ……猫族ってすげえな……」




「猫族だけに限った話じゃないぞ。大体の獣人は長命だ。だが、その中でも狐族は別格だな。俺らが竜と真竜で上位種があるようにあっちも狐族とその上位種である九尾族がいる。九尾族は俺らカラードラゴンより強いぜ」




「九尾族ね……獣人国の果てにいるそうだが、いつか行っておきたいかな」






アザムの言葉を一つも理解できず可愛らしく小首を傾げる少女を満足するまで撫でて骨抜きにしてから2人は、既にバニラとインドラは戻ってきているとのことなので鍵を受け取らず部屋へ戻る。








「お帰りなさいませ。アリッサ様、アザムさん」




「戻ったか。遅い帰宅だな」






部屋に戻るとブルースに到着するまで溜め込んでいた洗濯物を畳んでいるバニラの姿と暇そうに本を読んでいるインドラの姿があった。






「家具の件、どうでしたか?」




「ああ、伐採するよりウィンドドラゴンの里で木材を手に入れた方が楽なんじゃね?ってアザムくんが言うから急遽ウィンドドラゴンの里に行ったんだけど……」




「けど?どうかなさったんです?」




「アザムくんがインドラ様の名前を出すから里のドラゴン達無料で引き受けるわ、先に頼まれていたカラードラゴンの家具の件を放り投げるわで結構大変だった」




「真竜の長の仕事に携われるなんて光栄なことなんだぜ?族長も文句言わないと思うがなぁ」




「そういう問題じゃないでしょ。こういうのは等価交換なの。物が出来たら何か持っていかないとなぁ……」




「ならば、家具が完成した暁には童がウィンドドラゴンの里に出向こう。今の童には何も出来ないが、言葉くらいはかけてやろう」




「それだけでも有難いです。きっと親方たちも喜ぶことでしょう」




「………」






アザムが深々と頭を下げる姿にインドラは一瞥もくれず、自分の炎を宿したランプの明かりを頼りに本を読んでいた。






「えーと、掃除道具は一通り揃えたんだな」




「こちらの判断で買ってしまったのですが、よろしかったですか?」




「全然構わないよ。オレなんかよりメイド経験豊富なバニラに任せた方が良かった思うしね」






雑巾やブラシから獣人国製の洗剤など流石交易最大手の港町だ。真眼で鑑定して見ても品質も良好と出ている。






「獣人国の洗剤は人間国よりも良いのか?」




「そうですね。やはりあちらの国はマキナの知識を独占していますから、緑豊かなこちらとは打って変わって機械が蔓延る工業都市となっているんですよ。ですから、こういった化学製品はとても優秀でして」




「工業都市なのは知っていたが……なるほどなぁ……」




「私も一度は使ってみたかったのですが、オーディアスではなかなか手に入りにくいものでして」






いつも淡々と話すバニラが少しうっとりしながら洗剤を手に取っているので、魔法コンロと言い彼女はこういう日用品を見て喜びを見出すのかもしれない。






「教会の件が片付いたら皆各々金策をした方がいいかもな」




「だな。俺もいつまでも姉御に小遣い貰ってんじゃ格好がつかないってもんだ。ギルドに行ってモンスター退治でもすっかなぁ」




「私もそうしましょうか。オーディアスでは屋敷掃除など私向けの依頼もありましたから、ここでもあると思います」




「掃除系の依頼は人気ないと思うし、バニラなら結構稼げるんじゃないのか?」




「童も働いた方がいいかえ?」




「インドラ様は働かなくていいですよ。この旅だって休暇みたいなもんですよね?」




「そうさな。お主、分かっておるではないか」




「まぁ大体予想はつきますよ。んじゃ皆明日に備えて寝るか」




「酒飲みたかったが、まぁ今日はいいか」




「童はもう少し本を読むとする。下の食堂で読んでいるから、心配するな」






ランタンを持って部屋を出て行ったインドラをバニラは心配そうに見ていたが、アリッサが立ち上がって手で制す。






「あの教会でインドラ様のお母様の話を聞いてからずっとあんな感じです。どこか昔を懐かしんでいる……いえ、悲しんでいるような……」




「インドラ様の母親は既に亡くなっているんだよ」




「そんな…?!」




「おいおい、姉御それは本当か?真竜は不死だぜ?」




「いや、本当だ。古代竜との戦いで命を落としてしまって、インドラ様はそれから1人きりなんだ」




「お父様は…?」




「インドラ様の父、ユグドラシルは古代竜との戦いで傷ついた世界を救うために世界樹になった。今も世界が平和なのはインドラ様のご両親が命を賭して救ったからに他ならない」




「そんな話初耳だぜ…?族長なら知っているか…?」




「いや、誰も知らないと思う。恐らくインドラ様が生まれて100年後くらいの話のはずだ。その頃はカラードラゴンはいなくて、真竜しかいなかったんだ」




「真竜しかいない?」




「あの戦いで多くの真竜と古代竜が死んだ。神様にもあの争いは予想がつかなかったんじゃないかな。だから、あの戦争の教訓を生かして真竜は数を増やすのをやめて、滅びの道を選んだ」






アリッサはそう言って部屋を出た。




現在の世界に真竜は8体しか存在しない。その昔はそれこそカラードラゴンのように多くの種類の真竜が里にも下界の大陸にも存在してモンスターの長や人々を従えていた。




だが、大陸全土を巻き込んだ真竜と古代竜の争いは1人の英雄と先代インドラと勇敢な真竜によって治められた。




代償はあまりにも大き過ぎた。真竜と古代竜の戦いは世界を再起不能に陥るほど甚大なダメージを与え、森は枯れて砂漠が溢れ、雨は降らず、異常気象が続き、もはや生き物が住める環境になりかけたその時、1体の真竜が立ち上がった。




古代竜の長との一騎打ちで相打ちになり、自分の命を懸けてまで救った妻の世界を終わらせてはならないと真竜ユグドラシルが自身の命を引き換えに世界を支える巨木『世界樹』となった。




世界樹は瞬く間に成長し、枯れた大地に根を張るとみるみる緑が広がっていき、世界は回復の兆しが見え始めた。だが、それだけでは荒れ狂う天候を抑えることが出来ず、そこで生き残った真竜は、ユグドラシルの勇姿を見届け世界の安寧のために力を尽くすことを誓った。




海の覇者真竜『リヴァイアサン』は荒れ狂う海を治めた。


原初の火を操る真竜『ムスペルヘイム』は異常な気温が続く世界を元に戻すため、地中奥深く世界の中心にあるマグマを制御するべく、現世と別れを告げた。


天空を支配する真竜『ケツァルコアトル』は乱れた世界の気流を制御し、リヴァイアサンが治めた海から作り出される雨雲を風で送り、世界の荒れた地や砂漠に恵みの雨として、時には試練を課して世界を導いた。




こうして真竜と古代竜の戦争は終わりを告げ、勝利した真竜側はそれと同時に悟った。




『我ら真竜は世界を乱す存在である』と。今世界には8体もの真竜が活動しているが、その他の真竜達はみな深い眠りについた。絶対的な父なるユグドラシルの下で。




インドラは語らないが、カラードラゴンとは古代竜が下界のモンスターとまぐわって生まれたドラゴンである。


今でこそカラードラゴンは皆インドラ達真竜に従うが、本を正せば彼らは古代竜側の存在であり、反乱も当初は危惧していたが、それをまとめる古代竜もいなくなったことで自然と彼らは真竜に従うようになった。




世界の平和は守られた。尊い犠牲を元に。この戦争を知る数少ない者達は2度とこのような結末を繰り返してならないと誓う。2体の真竜が守った幼き姫のために。
















階段を下りて食堂を覗くと、そこには椅子に座って本を読むインドラと一番最初にアリッサ達を出迎えてくれた受付のお姉さんがいた。






「お主、好き勝手語ってくれたようだが、童の母上は生きておるぞ」




「え?生きてんの?」




「お主がどのような世界を歩いてきたかは知らぬが、童の母上は生きておる。まぁほとんど死んでいるようなものだがな」






と、アリッサの顔を見るなり少し不機嫌な様子で真実を語ってくれた。






「そうではないか。でなければあの教会に訪れた者は誰だと言うのだ」






だが、と何の話か全く理解できていない受付の猫族のお姉さんを置いてけぼりにしながらインドラは表情を曇らせる。






「既にその頃は母上はろくに言葉も話せなかったのだ……だから、今日はそのことが気になっていたわけじゃ。バニラには心配をかけたな」




「なるほどね」




「どこへ行くのだ?」




「ん、散歩」






インドラの様子を見に来たのだが、予想とは違った結果に終わり、このまま部屋に戻るのもなんか嫌だったのでアリッサはそのまま夜のブルースへ出かけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る