第22話 新たな仲間
「アリッサ様、出発のお時間です」
「んあ?」
目を覚ませば既に身支度を整えたバニラが傍に立っていた。彼女への挨拶もそこそこに昨日の夢がやけに鮮明だったことを思い出し、服を脱いだ際にデコピンをされたお腹を見れば――――
「うお!?」
そこには治癒の後を示す内出血痕が見られた。まあ全身の穴という穴から血を噴き出したもんなぁ、とかよく生きて帰って来れたなぁ、と感慨深げに心配そうに見てくるバニラへ何でもないと返す。
あの時インドラへセクハラをしたのは、諦めの極致に近かったのかもしれない。デコピン一つで瀕死に追いやられ、命の危機を感じながらも目の前の美の体現を直視してしまい脳がバグった結果あのような愚かな行いをしたかもしれないと、今更ながら冷静に分析してみる。
宿を出れば既に自分より遅くに帰って来たはずのアザムが何やらマーカスと話をしており、欠伸をしながら朝の挨拶をする。
「マーカスどったの?」
「姉御達ばっかりずるいってさ」
「なにがずるいって?」
馬車に乗り込みながらイマイチ覚醒していない頭でアザムを通じてマーカスと話をする。
「オーディアスの時から楽しそうに俺達が飲み食いをしているのがさ」
「マーカスって野菜しか食べないんじゃないの?」
「いや、雑食らしい」
「う~んモンスターだなぁ……」
朝食がまだなのでバニラが作り置きしてくれたサンドイッチを余計に一つ出し、試しにマーカスへあげてみると美味しそうにむしゃむしゃ食べた。
「うまい?」
アリッサが尋ねるとマーカスは感情を表すように嘶きをした。
「そっか。んじゃ今度からマーカスも一緒にご飯を食べようか。酒場とか流石にお前はでかいから入れないけど、ご飯持ってきてあげるよ」
今まで放置気味だったマーカスに『気付かなくてごめんな』と言って頭を撫でてから馬車に再び乗り込むと嬉しそうにマーカスは走り出した。
今朝からマーカスの足取りは軽やかなものになった。今日は一段と飛ばしており、途中すれ違う商人の馬車は何事かと振り返るほどスピードを出している。スプリングなど改造して出来るだけ衝撃に強くしたつもりの馬車でも揺れた。
「マーカス張り切ってんな」
今日も今日とて馬車の旅は暇なもので、アリッサは向かい側の空いたスペースにどっかりと座って本を読んでいた。
話す言葉は自動翻訳されるものの今まで取引や金勘定は全てリーシアが受け持っていたため、アリッサは急いでこの世界の言葉を学んでいたのだ。
「バニラ、これから行くブルースの標準語はなんだ?」
「人族の言葉です。基本獣人族、亜人族の標準語は人族ですが、魔族領ですと魔族語が標準語になります」
「ん~……原作にない設定で困るなぁ……でも、覚えておいた方がいいよなぁ……」
「魔族語は難しいと思います。私の元の家では一番上の兄が覚えておりましたが、私は生憎と語学に広くなかったもので…」
「ふ~ん……そういやバニラってリーシアとかラクーシャと一緒に学園に通っていたんだよね?なんか専攻してた?」
「私は民族学を専攻していました。家柄と言いますか、現地の者と接触する機会が多かったもので、その人達の生活が興味深くて」
「なにも貴族のお屋敷に潜入するだけじゃないもんな。周りから情報を集めたりするもんね」
「ええ、ですから色々驚かされることは多かったです。ある密林の獣人部族は虫を食べたりしていましたからね。こう、バッタのような小型の虫を油で揚げて食えって言われた時は泣きそうになりましたよ」
「あ~でも見た目の割にああいう虫を揚げたものってカリっとして美味いんだよな」
「アリッサ様は元居た世界でも虫を食べたことがあるんですか?」
「あったよ。オレが生まれたところはそれこそ田舎って言葉が相応しい場所だったし、色々食ったよ。蜂の幼虫とかカエルとか蝉とか」
「あ~………」
アリッサの話を聞いてバニラも食ったことがあるのか、過去を思い出して苦虫を嚙み潰したような顔をする。それこそ苦虫を胃にぶち込んだ経験があるかもしれない。
「お、美味しいんですけどね!」
「そ、うまいんだけど見た目がって奴だ」
世話になった部族を侮辱しないため最大限オブラートに包んでそう締めくくったバニラは息を吐いた。
しばらく読書をしながらバニラと談笑をしていると突然アザムが叫んだ。
「姉御!!なんか来るぜ!!」
「っ!マーカスを道脇に止めて全員警戒態勢!」
バニラは既に得物の短剣を抜いて下車している。アリッサが降りると周囲の温度が上がっていくような気がした。
「気をつけてください!敵は熱操作ができるようです!」
「ファイヤードラゴンか!?それとも炎の精霊か!?」
「嫌な予感しかしないな……」
そこで凶悪な気配にいち早く気が付いたアザムが空を見上げる。
「おい!上から降ってくるぞ!下がれ!!」
アザムの声と同時に全員が後ろへ飛び退くと、小さな隕石はアリッサ達の眼前に落ち、クレーターを作り上げる。
「アザムくん、タンクを頼む。バニラは前衛の援護を。マーカスとオレは後方支援を行うぞ」
アリッサの言葉でアザムはより前進し、バニラはその背中を支えるように中距離で待機し、遠距離の2人は更に後方へ下がる。
「俺が恐怖している……?なんだ…この震えは…?」
砂埃は消え、空からの襲撃者はゆっくりとクレーターから上がって来たところでアリッサは変な声を上げた。
「………昨日ぶりだな」
「い、インドラ様!?」
「なんだって!?」
金髪オッドアイ美少女竜は腕を組み、アザム達を一瞥するとアリッサに視線を固定する。
「お、おい!この女の子が俺達竜族の長だっていうのか!?」
「貴様はウィンドドラゴンか……」
「そ、そうだが……あんた、まじでインドラ様なのか?」
「ああ、童の名は真竜インドラ。これで満足か?」
ぞろりと突然身体から生えてきた黄金の角と白銀の尻尾を見てアザムは慌てて膝をつき、首を垂れる。
「こ、これは失礼しました!!俺の名はアザム・ウィンドドラゴン!次期族長を任されている竜でございます!」
「報告は聞いている。よい、下がれ」
「はっ!」
道のど真ん中で膝をつくアザムを邪魔だと遠回しに言ったインドラは、次にバニラの前に立つ。
「アリッサ様……」
「オレに用があるみたいだから、マーカスと一緒に下がってて」
「かしこまりました」
アリッサが何も言わなければ真竜相手に喧嘩を売りそうな様子だったので、すぐバニラを下げるとアリッサの方からインドラへ歩み寄った。
「インドラ様、いかがしましたか?竜の里を空けてしまっていいんですか?」
「それは気にするな。童の半身を置いてきた故、問題ない」
「はぁ……それで要件は?」
「お主、童が無知と知ってあのような狼藉をしたのか?」
「ぎぐっ!」
「申してみせよ」
「そ、それはどうせ死ぬのなら真竜の長にセクハラしてから死のうかなぁっていう諦めと言いますか、インドラ様が可愛かったと言いますか」
「か、かわ!?お主は自分の命を対価にわ、童にあのようなこ、ここ、ことを?」
「はい!我が生涯に一片の悔いなしと思った所存です!」
分かったことだが、インドラ様って開き直った方が案外許して貰えることが最近知った。下手に嘘をつくと逆鱗を買ってしまいそうだ。
「な、なるほどな?!まぁそれは良い!あれは水に流そう!して、腫れは収まったか?」
「腫れ?ですか?」
「あ、ああ……そのお主のあれだ」
「ああ、息子のことですか。腫れは収まりましたよ」
「そ、そうか。それならばよいのだ」
どうやらインドラ様はアフターケアがしっかりしている竜らしい。
「まさかわざわざ見に来て下さったのですか?それは光栄なことですね」
「だろう?鬱憤晴らしにお主を小突いたら死にかけてたのでな。少々心配だったのだ」
「実際死にかけていましたからね」
「あの時聞きそびれたが、お主は神の使いなのか?」
「神の使いが勇者を示すのであれば半分正解ってところですかね」
「どういうことだ?」
「なんかちらっと言ったような気もしましたけど、オレは完全に勇者召喚に巻き込まれただけなんですよ。だから、お役目も与えられていませんから、こうして自由にしているんです」
「なるほど、お主が示す自由というものがイマイチ童には理解できぬことだった故、こうしてきたのだ」
「わざわざご苦労様です。それで、以上ですか?」
「なんだ?お主童に帰って欲しいのか?」
「い、いやぁ……だってインドラ様は竜族の長でしょう?巫女さん今大混乱していますよ?」
「言ったであろう、我が半身を里に置いてきたと」
「そういやインドラ様、自身の力を分けて実体分身とかできましたっけ?」
「流石童のことはお見通しか。で、実を言うと里が暇すぎて出てきたのだ」
その言葉にアリッサが驚くよりも跪いたままのアザムが早く驚きの声を上げていた。
「インドラ様まさかと思いますが、オレ達についてくるつもりじゃ……」
「童が付いて行ってはダメなのか?」
「いいよ!」
「姉御!?」
「アリッサ様!?」
「………ノーと言えない自分が悔しい」
どこか悲し気な表情を浮かべるインドラに即刻OKを出した彼女にパーティーメンバーは口をあんぐりと開ける。
「ただしインドラ様、オレ達の旅に同行するならオレの指示に従って貰いますよ?」
「構わぬ。ただ童に荒事を期待するな」
「もちろんです。デコピン一つでオレが死にかけるくらいですからね。そこらへんの人にやったらミンチじゃすまない気がします」
「なんとも人間とは儚いものよ」
「ああ、インドラ様。人をむやみに殺すのはもちろんダメなのですが、店のものを勝手に取ったりしてもダメですよ?」
「お金で交換するのであろう?大丈夫だ。童はそこまで世間知らずではない」
「なら、大丈夫ですかね。アザムくん達もそれでいい?」
「姉御がいいならそれでいいがよう……」
「私もアリッサ様の指示に従います」
「ブルル!」
と、2人と1匹の同意?を得られたところで再び出発した。新たなに加わったインドラを馬車に乗せ、アリッサ一行はブルースを目指す。
走り始めてすぐインドラが『揺れるな……』と言い、馬車を地面から数センチ浮かす浮遊魔法を唱えたところで快適さはまし、何ならマーカスの速度も更に上がった。
「インドラ様は相変わらず存在がむちゃくちゃですね」
「この程度造作もあるまい」
バニラの膝枕はアリッサだけの特権と思っていたが、そうではなかったらしい。現在インドラはバニラに膝枕をさせており、表情もだらしなく崩しながら頭を撫でて貰っていた。
「人間、バニラと言ったか」
「は、はい。バニラです」
「お前の膝は大変心地が良い。耳かきは持っているか?」
「はい、アリッサ様のお世話と思い常に持っております」
「やってくれるか?」
「もちろんです」
そこからはまぁ何とも竜族の長とは言い難いただの少女がそこにはいた。『ふへへ』とか『バニラは良いのう』と彼女を大変気に入ったようで、耳かきが一通り終わるとインドラは寝ていた。
「寝たか……」
「はい、まるで幼子のようです」
黄金のさらさらの髪を撫でるバニラは何かを思い出したのか、アリッサも聞いたことがある子守唄を口ずさむ。それはいつだったか。あるメイドが膝枕をしてくれた時だった気がする。
「それは?」
「一番上の姉が私の母から教わったらしいです」
「………メリスも歌っていたな……」
アリッサはバニラの美しい子守唄を聴きながら読書を続けた。
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