第21話 真竜の長インドラとの変な邂逅


「それは誠か?」


「この目でしかと確認しました」



リーシア達は王城の謁見の間に通されていた。あの変人皇子ユーデンスの姿はないが、その他全員が揃っており、リーシアの跪いている姿を見て皇女ラクーシャはオロオロしている。



「リーシアよ、先ほどの轟音により民から不安の声が上がっている。貴様は説明する義務があるな?」


「はい」



バジェストの瞳に怒りはなかった。むしろ無邪気な子供のような好奇心があり、今からリーシアが何を語るのか楽しみでならない様子だ。



「実は―――――」



リーシアは心の中でアリッサへ謝った。彼女だけは王家の思惑に巻き込みたくないと思っていたが、どうやら自分の浅はかな考えで彼女の存在をバジェストにバラしてしまうようだ。


事の顛末を聞いたバジェストは豪快な笑い声をあげた。



「陛下!?」


「がははははは!!!なるほど、我が瞳でも見通せないのはそのせいだったか!!」



オズマン公爵は久方ぶりに王の笑い声を聞いた。



「そやつは真竜の使いとでも言うのか?」


「はい、ですからアリッサに関しては手出し無用と言いますか……」



インドラの槍を使うし、あながち間違いじゃないかな、とか思いながら出来るだけアリッサを守れるように発言するが――――



「それを決めるのは貴様ではあるまい」


「―――っ!!失礼しました」



バジェストの鋭い眼光を受け、リーシアは慌てて首を垂れる。



「おい、何故そやつは貴様とおらんのだ?」


「アリッサは別件にて既にオーディアスを旅立ちました」


「なに?隠し事をしているわけではあるまいな?」


「もちろんそのようなことはございません!」


「ふむ……嘘ではないようだ……」



王の眼光をリーシアは一人で受け止めていた。新垣や武人や麗奈は先ほどから汗を滝のように流しており、とてもじゃないが喋れる状況になかったのだ。



「誰の命を受けてここを発ったのだ?言うてみよ」


「そ、それは……」


「わたくしの命です」



絶体絶命のリーシアを救ったのはラクーシャだった。ラクーシャの予想外の発言にバジェストはもちろんのことその場全員の視線が彼女へ向けられる。



「ラクーシャよ、それはどういうことだ?あやつにはお前を愚弄した罪がある。それを償わせるために温情に温情をかけてこやつらの旅へ同行する命を授けたのだぞ?」


「陛下、かの冒険者は確かにわたくしに対し罪がございますが、彼女はそれを補う働きは既に達成されたかと存じます」


「ふむ、続けよ」


「アルベット家とウィンドドラゴンとの取引。そして今まで貴族が陰で怯えるしかない恐ろしき暗殺集団ブラッディ・シャドウの幹部がうち1人獣拳ディケダインの討伐。これだけで既に罪は償われたと思ってもよろしいのではないでしょうか?」



バジェストは唸り声をあげ、顎髭をさする。



「なるほど、確かにお前の言う通りだ。して、お前はあやつに何を依頼したのだ?」


「マキナ遺跡の発見です」


「マキナ遺跡だと!?ラクーシャ!それは絵空事、空想の話ではないのか!?」



今まで沈黙を保っていた第一皇子のクリストが声を荒げた。



「空想ではありません、クリストお兄様。確かにマキナ遺跡は存在します」


「馬鹿な…!」


「それはお前が学園時代に研究していたものであったな?」


「はい、お父様。我が国は獣人国や亜人国に比べて発展が遅れております。レビリンス大臣、獣人国からの技術提供はこの国の悩みの種でございますよね?」


「は!仰る通りでございます。かの国は莫大な条件の代わりに技術を提供すると言っておりまして、とてもじゃないですが、その条件を我が国が飲めばこの国は乗っ取られてしまうのです」


「ありがとうございます」



レビリンス大臣と呼ばれた眼鏡をかけ、茶髪をオールバックにしている小太りの男は頭を垂れて肯定する。



「マキナ遺跡が見つかれば我が国の技術は一気に発展することでしょう。それをかの冒険者に発見するよう託したのです」


「ふっ……我が娘ながらやりおる。良いだろう、この件に関しては不問にし実験であったと民に公表しよう。リーシア、我が娘に感謝するがいい」


「はっ!」


「それとオズマン。アリッサとかいう冒険者が見つかり次第ここへ連れて来るよう命令を出せ。もし抵抗するのであれば力ずくでも構わん」


「はっ!すぐに部隊を編成し捜索を開始します」


「聞けばそやつは異世界人らしいな?一体誰に召喚されたのだ?真竜の使いと言っておったが、まさか真竜が召喚したのか…?嫌な予感がするな。オズマン、更に追加だ。各国との連携を高めよ。何か異変が起こればすぐに報告するのだ!」




終始楽しそうなバジェストはリーシア達に退室するよう言い渡し、5人は逃げるように謁見の間を後にした。



「い、生きた心地がしなかったぁ……!!」


「ぼ、僕もです…!」


「なんという重圧……!」


「あ、あたし泣きそうだし震えているんですけど!」


「さ、流石バジェスト王ですね……恐ろしいです」



足がぷるぷる震えている麗奈や少し過呼吸気味になっている新垣など5人はバジェストの圧に耐えられなかったようだ。



「リーシア」


「ら、ラクーシャ様!?み、皆!」



そこへ背後から駆け寄るラクーシャがいた。5人は再び跪いて頭を下げる。



「もう謁見の間じゃないんだから、ほら立ってたって」



可愛らしく頬を膨らませるラクーシャにリーシアは笑みを浮かべながら立ち上がり、他の4人も立つ。



「先ほどはありがとうございました。こちらから挨拶に行くご予定でしたが、まさかラクーシャ様が来られるとは」


「なんだかリーシアが可哀想だったからつい助けちゃった。ほら、私のお部屋に行きましょう?貴女ったらアリッサさんを連れて来るって言って全然来ないんだもの」


「その節はも、申し訳ございません…」


「いいのよ。あの人もなんだか訳アリのようだから」



ラクーシャは家に遊びに来た友人を招待するようにリーシアの手を引いて自身の部屋へ案内するのであった。





リーシア達はラクーシャの部屋を訪れた。部屋と言っても広く、薄いピンクを基本にした可愛らしい部屋であり、窓の外にはオーディアスを一望できる絶景が広がっている。



「可愛い部屋……」


「あら、ありがとう。お兄様方には少女趣味って言われているのだけど」


「す、すみません...」


「いいんですよ。えーと、確かお名前は大海麗奈さんよね?お友達になりませんか?」


「あ、あたしで良ければ!是非!」


「そんなかしこまる必要なんてないわ。ね?リーシア」


「そうよ、この部屋では私達は友達でいるのよ。ちっちゃい頃の約束だけどね」



ラクーシャの背後に控えるオリヴィアはくつろいでいるリーシアに鋭い眼光を見せているが、完全に無視を決め込んでいる。



「それとジェニファも久しぶりね。お元気そうで何よりです」


「はい、ラクーシャ様」


「あら?バニラがいないわね?彼女は?」


「バニラはアリッサの旅について行ったわ」


「あらあら!リーシアったらよっぽどアリッサさんのことが心配なのね?」


「いらないお世話かもしれないけど、あいつ料理が出来ないのよ。だから、バニラをつけたわ」



オリヴィアと共にお茶を淹れたジェニファは全員のカップに茶を注いでいく。もちろんラクーシャはオリヴィアが注いだ。



「皆ごめんね。陛下の命でアリッサは旅に出ると言ったけど、本当は戦いが怖くなって逃げだしたのよ」



リーシアはカップを置いて新垣達に頭を下げた。



「そ、そんなリーシアさんが謝ることじゃないですよ!頭を上げてください!」


「そうですよ!実は俺達こうなるんじゃないかな?って話をしていたんです」



新垣の代わりに武人が口を開いた。



「ついついアリッサ先輩に頼ってしまうことがあって、いつか俺達愛想尽かされるんじゃないかなって」


「そんなことないわ。アリッサはただ逃げたのよ。だから、貴方達はあいつを非難する権利がある」


「それこそ滅相もないです!感謝はあれど非難するなんてとんでもないです!」


「右も左も分からないあたし達を嫌な顔一つせずここまで導いてくれたのは紛れもなくアリッサ先輩です」


「ああ、アリッサ先輩にはお世話になった。だから、今度は俺達が強くなってあの人を安心させなくちゃいけねえんだ」



3人はそれぞれ貰った武具を見つめながら決意を新たにする。



「それがかの武器ですか?」


「は、はい。アリッサ先輩があたしのために作ってくれた……えと、ウィンドドラゴンとアスガルドの素材を混ぜたとか?そういう武器です」


「信じられませんね。むしろその短剣からは禍々しい気配を感じます。即刻封印すべきでしょう」


「オリヴィアは頭が固くていけないわ。なら、リーシアの槍や新垣さんの小手、武人さんのブーツはどうするんですか?」


「そ、それは……」


「アダマンタイトを自由自在に操り、ましてやジャンドゥールにしか加工することが出来なかったドラゴンの素材を武具にしてしまう……本物の神級鍛冶師ね……」


「ジャンドゥールの再来ってお父さんが言っていたわ。でも、アリッサはジャンドゥールすら軽く超えていると思うわ」


「リーシアはそう言うのね?」


「ええ、でもアリッサは自分の武器が戦争の火種になることを望んでいないわ。彼女は本当に大事な友のためにしかハンマーを振るわないもの」



学生3人はそれぞれの武具に彫られた『アリッサ』という銘に視線を落とす。



「そうね……この国はまだ大丈夫ですけど、他の聖剣を抱えている国は聖剣使いを戦争に使っているものね……」


「麗奈が持つその短剣は戦場の常識を変えるわよ?オズマン公爵が持つガイアストラーダは城壁を完全破壊することができないけど、その短剣なら出来る」


「………っ!」



リーシアの何気なく放った一言で麗奈は短剣をぎゅっと抱きしめた。



「こんな小さな剣でか?とても信じられんが……」


「できる」


「オリヴィア、本当です」


「ジェニファまで言うのか…?」



真剣な表情で言うリーシアと更に口を開かなかったジェニファも加わり、オリヴィアは口を紡ぐ。



「アリッサはそういう存在なのよ。だから、間違っても捕らえて働かせようと思わない方が良い。もしそんなことをすればこの国は亡ぶわよ」


「………リーシア、それは本当ですか?」


「私の命をかけてもいい。いや、我が家全員の命でも構わないわ」


「この短剣はまだ序の口とでも言いたげだが……」


「そうよ。アリッサはドラゴンを一撃で倒す武器をいくつも持っている。それこそ伝説の真竜すら畏怖するほどの武器をね」



初めて漏らされる情報にジェニファ以外の全員は驚きを隠せなかった。



「彼女は一体何者なの…?お父様の瞳ですら見通せなかった……本当に真竜の使いとでもいうの?」


「真竜と同等クラスね。だから、お願いラクーシャ。陛下にアリッサの捜索を打ち切るよう言って。じゃないと死者が出るわ」


「そうは言うけど……わたくしはリーシアとお友達だから信じるけど、この話は誰も信じないわよ……」


「………まぁ…そうよね……武力を持って制す…それがこの国だもんね……」



諦めに声でリーシアは天井を仰ぐ。



「分かったわ。わたくしが動かせる部隊に手紙を頼みます。リーシア、アリッサさんが向かった先は分かりますか?」


「自分の左腕をどうにかしたいって言っていたからブルースの教会に向かっていると思うわ」


「ブルースの教会……オリヴィア」


「はっ!内容はいかがしましょう」


「我が兵に死人が出ないようにアリッサさんへお願いとマキナ遺跡の発見及び探索をお願いして。あとこれ以上彼女の日常が脅かされないために捜索隊向けの手紙も出します」


「かしこまりました。早馬で届けさせます」


「ラクーシャありがとう」


「いいのよ、友人の頼みだもの。でも、いつかアリッサさんとお茶を飲みたいわ」


「ええ、もちろん。引きずってでも連れて来るわ」


「ふふ、楽しみにしているわ」



それから新垣達はラクーシャと楽しいお茶会を楽しんだ。新垣達の元居た世界の話で大盛り上がりし、帰り際にラクーシャは『またお茶会をしましょう』と心の底から嬉しそうに新垣達を見送るのであった。




「ラクーシャ様、喜んでくれて良かったなぁ……」


「大樹ったらラクーシャ様に将棋を教えるってまじ?この世界で将棋なんて流行るのかなぁ?」


「アリッサが勝手にメイド達にキックベースボールを教えて流行ったんだから、きっと流行るわよ」


「貴族の人達って娯楽に飢えているんですかね?」


「飢えているわよ。将棋なら貴族の間で大流行しそうね。頭使うし、場所を取らないし、何なら各国の首脳会議でもやるかもね」


「あー接待将棋とかになりそう」



将棋の話をしたらラクーシャの食いつきっぷりが良かったので、新垣はズボンの後ろのポケットに入れていた詰将棋本をこの世界に来た時持ってきていたので、いくつか紙に書き起こしてラクーシャに問題を出して来たのである。



「ていうか、新垣君。私にも将棋教えてよ、今度ラクーシャ様に会った時勝負するから」


「いいですよ。でも、将棋が流行ったら僕、盾の勇者っていうより将棋の勇者になっちゃいそうですね」


「いいじゃないか!将棋の勇者!流行ったら子供によっぽど好かれそうだな」


「子供かぁ……いいな、ヒーローみたいだ」


「水泳は流行らないかもなぁ」


「水はモンスターでいっぱいですからね。大海さんの世界では大体の人が泳げると聞いて驚きです。この世界の人々の大体は泳げませんから」


「だよね~。綺麗な湖ー!久しぶりに泳ぐかなー!って思ったらえげつないモンスターがいっぱいだったもんね……泳ぐ気にならんわ……」



あのお茶会を得てどこか少し距離を取っていたジェニファとも仲良くなれたので、リーシアは少し安心した。



アリッサがいなくとも何とかやっていけそうな手ごたえを感じたリーシアは、星が輝く夜空を仰ぐ。



して、女子高校生麗奈に戦略級兵器を授けた本人と言えば………――――






「肉と酒が無限に進む……」


「ああ!ビールがうめえぜ!」


「お二人ともほどほどにしてくださいね」


「姉ちゃん!飲みっぷりがいいねえ!!兄ちゃんも何杯目だ!?」



と、ジュライでアザムと合流してビールを呷るように飲んでいた。



「アリッサ様、今急にお酒を飲まれていかがしましたか?」



人で賑わう酒場の席でジョッキを手に肉を食べる彼女にバニラは心配げに声をかけていた。



「ん~……どうも左腕がなぁ……」



アリッサが視線を落とす先は包帯でぐるぐる巻きになったアスガルドの腕がある。



「悪さしたくなるっていうか、疼きがあるっていうか……」


「呪いですか?」


「他の部位を集めろって言われてんのさ。それを自覚できるギリギリのラインで攻めて来るから、これがオレの本性だったのか自分が分からなくなるんだよね」


「それはいつからですか?」


「目覚めた時からかな。オーディアスにいた時は鍛冶とかやらなくちゃいけなかったから、あんまり破壊衝動に駆られたりしなかったんだけど、今はちょっとやばい」



町を見て回っている最中もぼーっと家畜が牧草を食べている姿を眺めたりとバニラから見て彼女の行動は異常だった。



「先を急いだ方がいいかもしれませんね」


「オレが暴れたら大変なことになりそうだしなぁ……すまんが、少し予定を変更しよう」


「分かりました。今夜はどうしますか?」


「せっかく宿も取ったんだし、今日ぐらいはここに泊まっていくさ。明日から夜通し走るかもしれない。アザムくんにはそう伝えておいて」



自分とバニラの酒場代を出して席を立ったアリッサは、誰に気付かれることもなく酒場を後にした。








気が付くとアリッサは暗黒の空間にポツンと1人で立っていた。姿はディケダインと戦う前のダークウルフ装備一式。



「あ?」



左腕も元のままで、一体何故自分がここにいるのか理解が追い付かない。



「自室で寝てそれから……夢か?いや、それにしては鮮明すぎるな」



頭を傾げていると暗闇の中に青い炎が左右に2つ灯る。灯篭だ。灯篭は道を作るかのようにどんどん奥へ奥へと現れ、最後に巨大な炎が天高く舞い上がるとそこには赤く、立派な神社がそびえ立っていた。



「来いってこと?嫌な予感しかしないな……」



戦闘服に着替えている自分を見ながらじっとりとした汗をかく。


アリッサは導かれるように灯篭の道を進んで神社の入口へ立つ。



「神様か妖か……」



今までの過去の経験と照らし合わせても全くデータがないこのイベントにアリッサは焦りを感じていた。


そして鳥居を跨いだ瞬間視界がフラッシュを受けたかのように弾ける。



「うっ!見えねえ!」



それは数秒だったか、数分だったか、永遠にも感じられた時間が過ぎようやく視界が回復するとそこには幻想的な景色が広がっていた。



「桜…?」



鳥居を跨ぐまでは神社しかなかった景色が今は桜が咲き誇り、大きな池には美しい錦鯉が泳いでいる。



「どこかで見たような……」



日本を思い出す幻想的な景色に心を奪われていると社殿の奥から声が聞こえて来る。



『お主、いつまでそこにおる?』


「ん?この声は……インドラか!!」


『ほう、童を知っておるか。なるほど、神の使いというのは間違いではなさそうだなぁ………お主と話がしたい。はよう参れ』



インドラの方から接触してくればなぁとか思っていたらまさか本当に接触してくるとは思わなかったので、アリッサはうきうきしながら境内を進んで巨大な社殿の扉に手をかける。


中に入ると床には畳が敷き詰められ、奥にはすだれが存在してインドラと思われる姿は影しか見えない。



『靴を脱いだか。お主、作法を知っておるのか?』


「オレの国では脱ぐものだと思っていましたが、違いました?」


『いや、土足で入ろうものならば童の怒りに触れておったな』



こっわ。この世界最強の竜の怒りを買った暁にはここから生きて出ることなどできなかっただろう。



「して、そこの金髪の女の子は巫女さんですか?」


『童の世話を任せている真竜巫女だ。お主、竜の里を知っておるのだろう?』


「ええ、そうですね」



一言も発せずただ立っている小さな女の子を見て尋ねるとつまらなそうにインドラは答えた。



「で、オレを呼んでどうしたんですか?」


『いやなに、イレラの奴がやけにお主を褒めるのでのう……ちょっと童も暇潰しに会ってみたくなったのじゃ』


「光栄ですね」


『心にも思っていないことを言うでない。お主、聞いたところによれば童の武器を使うと聞いたが、それは誠か?』


「本当です。見せましょうか?」


『見せてみよ』



アリッサはとりあえず次元宝物庫からインドラの槍こと『グングニル』を取り出す。



『ほう………確かに童の力を感じる。お主、童の心臓を抉り取ったのか?』


「違う世界の話ですがね」


『良くもまぁ本人を前にしてお前を殺したと言えるものだ。お主程度、童の息一つ程度で消し炭になるというのに、なんとも豪胆なことよ』



インドラのレベルはいかほどかなぁ、と真眼を発動した瞬間アリッサの視界に黄金の竜の顔が浮かび上がり、真眼がキャンセルされてしまった。



『やめよ、その眼で童を見るでない。面白い物が見れた故、許してやるが次はないぞ』


「申し訳ございません」


『良い、許す。して、お主は竜の里に興味がないようだったなぁ?』


「ええ、自分にはまだハルモニウムも扱えませんし、ドラゴンサンチュアリにも興味がありませんから」



その言葉に目を閉ざしていた巫女さんの身体が一瞬反応したように思えた。



『くはははは!竜の秘術を興味がないと申すか!お主、やはり只者ではないな!』


「まぁ習得出来ればそれに越したことはないのですが、その習得のために竜の里で修業するのは面倒かと」


『仙人であれば一度が憧れる竜の里だぞ?この世の桃源郷とも言える場所を興味ないと!これは面白い!』


「それでインドラ様はオレをどうしたいのですか?」


『どう、とは?』


「ほら、真竜って世界の観測者じゃないですか?オレを殺したりしないんですかね?」


『そんなものに童は興味はない。難しいことを考えるのは童以外の真竜に任せる。童はただ自身のものさしで決めるだけよ』


「意外といい加減なんですね。いや、知っていましたけど」


『他の世界の童も同じか?』


「ですね。面白ければいい、気に入らなければ興味を失くすか、排除するかのどっちか。まさに天災という言葉が相応しい竜かと」


『まるで童が魔王のように言うではないか』


「すみません、言葉が過ぎましたね」


『良い。久方ぶりに人と会話をして童も心が躍っているようだ。時にお主、これからどうするつもりだ?』


「これからですか?とりあえずこの左腕をどうにかしてのんびり暮らしますかね?」


『つまらんなぁ……まるで悟りを開いた人間のようだぞ?』


「オレは巻き込まれただけの人間ですからね。でも、オレの友達が危機に陥ったら助けに行きますけどね」


『くく、傍にいてやればいいもの……それを言うのは野暮ってものか…?』


「野暮ですね」



自分の心を見透かされた気がして居心地が悪くなったアリッサは話を変える。



「ところでインドラ様、ウィンドドラゴンの時期当主のアザムから聞いたのですが、カラードラゴンからウィンドドラゴンを抹消するっていう話はまだ噂でしかないんですよね?」


『………そのような話、童の知ったことではないが、それでお主はなにか困るのか?』


「困ったって程ではないんですが、ただ可哀想だと」


『ドラゴンを哀れむ……か……―――お主、あまり我らを見くびるなよ?』



ただ友のためにと想って発した言葉がお気に召さなかったようだ。



『我ら竜が何故恐れられているか知っておるか?それは力だ。我ら竜は永劫の時を生き、知識と力を蓄える。お主ら人間の一生など我ら竜からすれば瞬き一つよ』



すだれの向こう側で今まで肘をついて横になっていたインドラが立ち上がり、巫女さんも慌て始める。

やべ、これ殺されるんじゃね?と何だかわからないうちに自分が殺されそうな気配を感じて焦る。



『どうもお主は自分の力を驕っているようだ。どれ、童が一度その驕りを打ち砕いてくれよう』


「帰っていいですか?」


『………お主、正気か?』


「至って正気ですが。なんでのんびり生きたい言っている人間を殺そうとするんですか?瞬き一つでオレの一生が終わるんですよ?寝ていればいいじゃないですか」


『人間如きが童を挑発するか!!!!』



インドラの周りの畳が炎に包まれ、炎は一瞬で社殿を覆いつくし、巫女さんは『インドラ様落ち着いてよー!!』と可愛い悲鳴を上げている。



「ちょっとアンタ!!誰か知らないけどインドラ様を怒らせないでよ!!アンタ殺されるよ!?」


「丁度いい機会だ。その立派な黄金の角、片っぽへし折って素材にしてやるわ」


『おのれ!!!その魂、2度と転生など出来ぬよう燃やし尽くしてくれるわ!!!』



竜の頭を形取った炎がアリッサへ迫るが、アルベット家を一瞬で鎮火させた水属性の剣『アトランティスの宝剣』が天から社殿を突き破って竜頭を串刺しにすると、辺り一面を川のような激流を発生させ社内の炎を消す。



『忌々しい剣よ……』


「ああ、お前が苦手なリヴァイアサンの素材を使っているからな」


『童の弱点を知っているのは当然か』


「当たり前だ。何回殺したと思ってんだ」



冷やされたすだれが崩れ落ち、インドラの姿が晒される。


そこにはただ無表情で佇む金髪の少女がいた。黄金に輝き腰まで届く金髪と青と赤のオッドアイを持ち、この世のものとは思えないほどの端整な顔立ちをしている。華奢な体型だが、その身体にはただの人間ではない証があった。



「黄金の角……白銀の尻尾……」


「童の姿を見た人間はお前で2人目だ。だが、お主はここで死ぬ」



しゃらん、と黄金のピアスを揺らし、裸足のまま壇を下りて来る。



「え、素っ裸なの?」


「………お主、今童と殺し合いをするところなのだぞ?」


「いや、えっと……」



リーシアで裸体は見慣れていると思ったが、インドラの身体は芸術の領域だった。それほどまでに美しかった。



「………」



アリッサの視線を受けてインドラは大きなため息をつく。



「やめだやめだ、興が冷めたわ」


「はぁ…?」


「人間相手に童が怒りを見せるなどありえぬ」



やれやれとインドラは大袈裟に肩をすくめて見せると、そのままアリッサへ散歩でもするかのように近づいてお腹へデコピンをした。


次の瞬間、アリッサは凄まじい衝撃を受けて外へ飛ばされ、その身体はボールのように跳ねる。



「がはっ!?」



血の塊を吐き出し、鼻からも耳からも血を流す。頭を上げる余裕もなくその場で這いつくばっていると、ふわりと目の前にインドラが舞い降りる。



「童に欲情するなどお主馬鹿なのか?」



また簡単に鎧を破壊され、布切れ状態のアリッサへしゃがんで可愛らしく頭を傾げる。



「それでは話すこともままならぬか」



インドラはいくら待っても掠れた声しか出さないアリッサの状態にようやく気付き、回復魔法を唱える。

アリッサの傷はたちまち回復して先ほどデコピンされたのは嘘じゃないのか?と錯覚するが、壊れた鎧と地面に吐き散らかした血を見て現実だと知らされる。



「まぁ童は究極の美ゆえ、人間のお主には少々刺激が強かったか」



と言って胸を張るちっちゃな姫様の髪ブラがずれてピンクの突起物が見え、アリッサは反射的に息子を隠す。またデコピンだけは勘弁願いたい。



「お主………呆れた奴じゃのう……殺されかけた相手に欲情するか」


「やあ、美しかったもんで」



啖呵を切って喧嘩を売った以上命乞いをするのはなんか違うなと思ったアリッサは、いっそのこと開き直ってしまった。堂々とその場に胡坐を掻いて元気な息子を隠さないことにした。



「お、おおお、お主……!!」


「しかし、インドラ様やっぱ強かったんですね」


「あ、あああ!当たり前よ!童は最強ぞ!」



初心なお姫様をセクハラしていれば、後ろから白いワンピースのような服を持って走ってくる巫女さんがやってきて早々悲鳴を上げる。



「あ、あなた!!なんて汚いものをインドラ様に見せつけているんですか!!!あ、あれ!?あなた女性じゃない!?え!?でも胸があって!?えええ!?」


「両性具有って奴ですね。それよりインドラ様めっちゃ興味津々なご様子ですけど」


「ぎゃー!!インドラ様見ちゃダメー!!!」



混乱している巫女さんはとりあえずインドラの両目を手でふさぐ。



「あなたも隠しなさい!!!!」


「うっす」



と、インドラのために持ってきた服を奪って着てみる。



「なんであなたが着るんですかー!!やだー!!もっこりしてるー!!!」


「叫んでばかりであんたも大変だな」


「あなたが叫ばせているんでしょうが!!!」



ちょっと小さいかな、とか思いながら先ほどからゆでだこのようになっているインドラに視線を戻す。



「インドラ様、実はお願いがあるんですよ」


「な、なんだ…」



指の隙間から注がれる視線の先はもちろん元気な愚息。



「なんかこのままだと色々なカラードラゴンから攻撃されそうなんで、一言言ってやってくれないですか?」


「わ、わかった……そ、その代わりわ、童からも一つ聞きたいことがあるのだが……」



しどろもどろなインドラに微笑みながら一歩近づくと巫女さんがまた悲鳴を上げる。



「その、腫れてしまって痛くはないのか…?わ、童の治癒は完璧だったと思うのだが……」


「ああ、これはインドラ様には治せないんですよ」


「な、なんと!?全知全能の童でも治せないと申すか!?それは呪いの類なのか!?」


「ええ、男はこの呪いと一生付き合っていかないといけないんです。でもインドラ様のお力を借りることが出来れば治せるかもしれないです」


「誠か!?童に出来ることならば協力しよう!!」


「ありがたいです。では、まずその穢れを知らない純白な、シルクのようなお手を拝借して――――」


「やらせるわけないでしょうが!!!!さっさと帰れ!!!!この変態女男!!」



と、またセクハラをしたところで巫女さんが怒りながら片手で神楽鈴を鳴らすと空間が揺れ―――いや、アリッサの視界が揺れていた。そして立っていられなくなり、その場に倒れた瞬間意識が途切れた。

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