第16話 人間族最強の聖剣使い
気まずい雰囲気のまま新垣達に会うため訓練場を目指す4人。バニラとジェニファが喋らないのは元からだが、リーシアは先ほどから顔を真っ赤にしたまま一言も言葉を発していない。
そういうアリッサの心情はただのサラリーマン坂口龍之介なので、人生で一度も浮いた話を受けたことがない男に先ほどの話はあまりにも衝撃的過ぎた。
本心ではこんな美少女とお付き合いできるなんて諸手を上げて喜ぶところなのだが、如何せんここは異世界だ。
まだこの世界に来て日が浅い坂口龍之介の心は日本にあり、やっぱりどうしても喜ぶことが出来なかった。
別にあの社畜のような生活に戻りたいとは露ほど思っていない。ただ、両親もいないたった1人の家族である妹を残して来たことだけが気がかりだったのだ。
坂口龍之介の両親は彼が22歳の時に亡くなった。死因は高速道路で車同士の正面衝突事故である。
両親は1人暮らしをしている龍之介が大学を卒業し、アパートを出る際に荷物を運ぶため軽トラックで高速道路を走っていたのだ。
引っ越しの業者に頼むとお金がかかるから、そんな理由で軽トラックを走らせていたなんてことのない平日の昼間の話である。
そうしたら突然前から逆走をする高齢者ドライバーの車がこちらへ向かってきたのだ。
父は慌ててハンドルを切ったが、完全に避けることは出来ず、互いのヘッドライトがぶつかるとそのまま軽トラックはスピンをし、ガードレールを飛び越えて軽トラックは下の一般道路へ頭から落下した。言うまでもなく両親は即死だった。
最近よくある話、と言えばそれまでだがよくある話に選ばれたのが坂口家だった。彼はいつまで経っても来ない両親の到着をアパートで待ち続けた。
それから坂口龍之介は無心になって働いた。その頃からだろうか、何をやってもつまらないと感じ始めたのは。現実世界に未練はない。だが、一つだけ気がかりなことがあった。
『唯……』
やけに懐かしく感じる妹の名を頭の中で呼ぶ。自分が帰る頃には何年経っているのだろうか。そもそも自分の部屋は残っているのだろうか。というか、戻れたとしても会社を無断でサボった龍之介に席は残っているのだろうか。
ネガティブな思考が頭を巡る。坂口龍之介失踪事件、なんてニュースが流れているかもしれない、とか思い至ってところで乾いた笑い声が出る。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
「そう…?」
自分でこれなのだ。あの高校生達は今どんな想いでここにいるのだろう。まだ異世界旅行気分でいるのだろうか。
一人ひとり立場が違うかもしれないが、一秒でも早く帰りたいに決まっているはずだ。だが、龍之介は浅ましくも揺れていた。
悪魔の囁きと天使の囁きが聞こえるのだ。
この世界に残れば自分の欲を全て満たすことが出来る。今隣にいるこの少女が自分の子を孕みたがっているのだ。と、最悪の言葉が甘く魅力的な囁きと化して龍之介を激しく誘惑している。
そこでもう片方の思考が冷静になれと言う。元の世界に残して来たたった1人の家族をどうするの?と。貴方の本当の世界はここじゃない、帰るべき場所があるでしょ?と。まるで深い霧を一瞬で切り裂くようなクリアな言葉を囁く。
『馬鹿だなぁ……本当に……オレは馬鹿だ……』
自分の馬鹿さ加減に呆れて次第に彼の表情は曇っていく。
そのまま沈んだ気持ちままリーシアの後に続いて行き、花壇の手入れをするメイド達がいる中庭を抜け、王城の西に位置する兵舎近くへ来ると辺りの空気が一変した。
「うお…」
「ここよ」
そこには大勢の兵士達がなにかを取り囲むかのように集まっており、野次を飛ばしたり歓声を上げたりとどこか野蛮な雰囲気が漂っていた。
「何をしているの?」
リーシアが近くの兵士に話しかけるとその兵士は素っ頓狂な声を上げ、腰を抜かしへたり込んでしまった。
その声に周りの兵士もリーシアの存在に気づき、先ほどの空気は一瞬で消えて皆背を正して敬礼をする。
「あれ、新垣じゃん」
「アリッサさん!?目を覚ましたのですか!?」
「おお!アリッサさん!」
「アリッサ先輩!!目を覚ましたんですね!!」
なんと円の中央にいたのは新垣達学生組と3人の兵士、ではなくどこか高貴な雰囲気を感じる騎士だった。
「ついさっきな。リーシアから話は聞いたよ。3人も頑張ったんだな。大丈夫だったか?」
駆け寄って来た3人の肩を叩くが、やはり3人の視線はアリッサの左腕に注がれていた。
「これか。腕、なくなっちまったわ」
「アリッサさん……」
「その代わりリーシアのお父さん守れたし、オレも死ななかったし、結果としては上々だよ」
と、あまり悲しんで貰いたくないため楽観的に語ってみたものの彼らの表情はすぐれなかった。
「貴女がアルバルト殿と共にディケダインを打ち倒した冒険者か」
そこへ新垣達と組み手をしていたと思われる3人の騎士が現れた。
「アリッサ……オズマン公爵よ」
「ああ、王様の右腕か……」
誰だろう、と思った瞬間にリーシアから耳打ちが飛んできて瞬時にゲーム内知識と照らし合わせる。
オーディアス最強の騎士にして7振りしか存在しない聖剣の使い手。聖剣は土属性最強クラスの大剣、ガイアストラーダを所有している。
ガイアストラーダは竜の里に存在するいかなる難病すら癒す聖なる大樹の枝を素材にして作られており、剣になってもその力は衰えず、状態異常を無効化する能力と大地のエネルギーを取り込んで山すら一刀で伏す怪力の能力が備わっている。
シンプルに強い。それがガイアストラーダがユーザーに好かれている理由だ。ストーリー中盤ほどで7振りの聖剣のうち1本作れるようになるのだが、それが選択肢であり、まとめサイトの最初に作るおすすめ聖剣はどれ?のユーザーアンケートでは堂々の1位を飾ったのがガイアストラーダだった。
他の聖剣も悪くはない性能をしているのだが、どうも場所を選んだり使いずらかったりと玄人向けの聖剣というのがユーザーの総評である。
「私の名はオズマン・オーデリックだ。よろしく頼む」
「冒険者のアリッサです」
王様の右腕に相応しい巨漢である。顔にはモンスターに引き裂かれた爪痕の古傷があり、群青色の短い髪を後ろに流して紐でまとめている。
「君のことは新垣君や陛下から話を聞いている。私は優秀な人材を常に探していてね。自分の情報網には自信があったのだが、まだ君のような逸材がいたとは少々驕りがあったようだ」
「我が道場の門下生です。オズマン公爵の耳に入らないのも無理がないかと」
「リーシア・アルベットか。最近君の周りは話題に事欠かないな」
巨漢の眼光がリーシアを射抜く。そういやリーシアの家とオーデリック家は仲が悪かったっけ、なんて思い出す。
アルベット家もオーデリック家も古くから王家に仕えてきた由緒正しい貴族であり、常に王の右腕に相応しいのは我が家だ、と争いが絶えなかったそうだ。
まあ別に流血に発展するほど両家共々嫌っているわけではなく、良きライバルとして騎士道精神に基づいて互いに競い合っていたらしい。
槍の勇者ハヤシのパーティーにはノイシュという貴族の女騎士がいる。彼女こそがこのオズマンの実の娘であり、リーシアと肩を並べる力量を持つ大剣使いである。
だから、リーシアも当然オズマンとは面識もあるのだが、どこか苦虫を噛み潰したよう顔をしているのは気のせいだろうか。
「リーシア!我が家の諜報員を愚弄するか!」
と、オズマンの背後に控えていた左の青年騎士が吠える。
「オズマン公爵の次男、パステルよ」
「苦手そうだな」
「昔から何故か私に突っかかって来るのよね」
ずいっと一歩前に踏み出し、リーシアを指さす青年パステルの指先は怒りで震えている。
「リーシア!大体そんな冒険者の背後に隠れるとは何事か!アルベット家の長女として恥ずかしくないのか!」
「パステル、私は今貴方のお父様であるオズマン公爵と話をしているの。隣のお兄様であるリティッシュを見習ったらどうなの?」
リティッシュ、そう呼ばれた隣の青年は父とは似ていない優男だった。弟のパステルが父のような髪色と荒々しさを兼ね備えた野生児だとすれば、兄のリティッシュは鋭さと美しさを合わせ持つ青年と言うべきか。
どこかの少女漫画にでも出そうなくらいのイケメンである。
「パステル、リーシアの言う通りだ。口を慎め」
「でも兄貴っ!」
「言ったことが分からないのか?」
「っ!!!!くそ!」
「リーシアすまない。久しぶりに君に会えてパステルも嬉しいらしい」
「兄貴!俺は!」
「そこまでにしておけ」
また反論しそうになったパステルを一喝したのはオズマンだった。
「愚息がすまないな。貴様が背後に控えているのも理由があってのことなのだろう?」
「はい。私は今勇者の旅に同行するパーティーメンバーでしかないのですから、ここに貴族も平民も関係ありません」
「私の娘であるノイシュも我が家の名を語ることを許しても力を頼ることは許していないからな」
「だが、ここは王城だ。パステルの言うこともあながち間違いではない。陛下を支える3大貴族としてその振る舞いは如何なものか」
リーシアの表情を横目で伺うと心底面倒くさそうな顔をしていた。
「リーシア......顔、顔...」
「おっと....」
「まあリーシアのことはいい。私の興味は君にある」
「わ、私ですか」
一応大貴族相手とあって一人称を改めるアリッサ。
「ああ。貴女は一体何者なんだ?陛下から話を聞かされた時真っ先に調べさせたが、君に関する情報は何一つ洗い出すことが出来なかった」
「そりゃあ出てきませんよ」
「何故そう言い切る?」
「だって、私はここの世界の人間じゃないですから」
両者の間に一瞬間が生じ、呆気に取られたオズマンはごほんと咳払いをすると一本取られたと言わんばかりに笑う。
「はははは!なるほど、確かにそれではいくら探そうとも見つからないわけだ!」
「言って良かったの…?」
「言わないと話が進まないだろ……それにこの人は悪い人じゃない」
「それは過去の経験で…?」
「ああ、オズマンさんはリーシアのお父さんのように立派な貴族だよ。悪にも耳を貸さない王様の右腕に相応しい人だ」
実は聖剣の担い手に選ばれるにも条件がある。
まず絶対条件として心が清らかであること。そして次に人々を率いて行く力があること。この他にも面倒な条件があるが、今の2つの条件を満たせば大体聖剣使いに選ばれる。
つまり聖剣を持つことはその人間の在り方を示すいわば身分証明書みたいなもので、無条件に信じて良い、とまでは言わないが実際のオズマンと話をしてアリッサはこの人なら話をしてもいいかな?と思ったのである。
「単刀直入に聞くが、貴女は勇者ではないのだな?」
「はい、勇者ではないです」
「そして何故召喚の儀式に際にあそこにいなかった?」
「私はリーシアの村の背後にある森で召喚されましたから」
「なに?召喚者はいたのか?」
「分からないです。私が召喚された時には誰もいませんでしたから」
「………場所を教えて貰ってもいいか?我々は一度そこを調べる必要がある」
「構いませんよ」
「おい」
兄の方に呼びかけるとリティッシュは地図を取り出してオズマンへ渡す。
「どこらへんか分かるか?」
広げられた地図とペンを渡され、アリッサは慣れたように地図を読み解いて自分が召喚された洞窟に印をつける。
「ここです」
「ふむ、一見するとただの森にしか見えないが……ここに何かがあるのだな?」
「はい、ここは崖になっていましてその崖の上に洞窟があるんです。その洞窟で私は召喚されました」
「なるほど……協力感謝する。詳しい話はまた後日陛下を交えてするとしよう。では、私はこれで失礼する」
「え?」
地図とペンを受け取ったオズマンは息子2人を引き連れて去っていき、その背中に向けて学生3人は深々と頭を下げた。
「陛下とお茶会かぁ……やべえな……」
「やばいわね。まあ私も一緒に出席するとは思うけど、根掘り葉掘り聞かれそうね……」
「この世界に黙秘権があったらなぁ……」
「えと、確か黙っている権利的な奴だっけ?でも、あったとしても人間族最強の王様を前に黙っていられるの?」
「無理だな……」
アリッサはいずれくる陛下との会談に今から胃が痛くなる思いだった。
「アザムくんは?」
「アザムさんならモンスター研究所にいると思いますよ」
「モンスター研究所か」
訓練場を後にし、中庭まで戻って来たところでアリッサは隣を歩く新垣に尋ねる。リーシアは麗奈と武人と楽しそうに話をしている。
「あまり入ったことはないのですが、世界中から色々なモンスターを集めているんですよね」
「あそこで主に研究しているのはモンスターの進化について、だけどな」
「え!?モンスターって進化するんですか!?」
「あれ?オルバルトさんから聞いてない?モンスターってある条件を満たすと進化するんだよ。オレもリーシアに聞かされてびっくりしたけど、まぁモンスターって普通進化するよね」
現代っ子ならばモンスターが進化するなど容易に想像できそうだが、新垣はあまりゲームをやらないタイプなのだろうか。
「新垣ってあまりゲームやらない?」
「するにはするんですが、どちらかと言うと読書ばかりでして」
「はえ~読書か。どんなジャンル?」
「えと、SF系です。この世界のようなファンタジー系はあまり得意ではなくて」
「オレとは真逆だな。オレはゲームばっかだったよ」
「分かります。アリッサさん、ゲームとか得意そうだな~って思っていましたから。前森で一緒にパーティーを組んだ時的確にモンスターの足を狙ったり、僕が危ない場面になったらすぐに前衛に飛び込んで来てくれたりと凄い助かりましたもん」
「あれなぁ……ああいう妨害とか前衛支援はいずれ麗奈とか武人に任せたいとは思っているんだよね」
「麗奈も武人そう言っていましたよ。あたしは火力が出ないから妨害に徹したいとか、俺はもっと僕の負担を軽くしたいとか」
「なんか少し見ない間にめっちゃ成長したな?」
新垣達の成長に喜ぶと彼は照れくさそうに笑う。
「何か新垣達の世界で参考になるようなゲームとかはなかったの?」
「参考になるようなゲームですか……」
「オレの場合はこの世界に似たゲームを何度もプレイしたから感覚を掴むのが早かったけど」
「う~ん……ないですね……むしろレジェンダリーファンタジーが初かもしれないです」
「そうか。レジェンダリーファンタジーは初登場?今まで過去作とか存在した?」
「どうですかね……麗奈、武人!レジェンダリーファンタジーって過去作とかあったっけ?」
一番知っていそうな新垣が知らず、後ろの2人も当然知っているはずもなく首を左右に振る。
「なかったのか……なるほどね……」
「僕達がゲームをやらないだけで実はあったかもしれないです」
何か陰謀めいたものを感じるが、結局答えは出ないまま5人はモンスター研究所へ足を運んだ。
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