第15話 突然の申し出
目を覚ましたアリッサは檻の中にいた。どこぞやの暗殺集団に誘拐された時もこんな感じだったと既視感を覚えるが、多分ここはオーディアスの城の牢屋だろう。
「アリッサ様!目を覚まされましたか!」
「バニラか」
ぼんやりする頭で牢屋の向こう側から呼びかけるバニラに生返事をする。
「た、ただいまリーシアお嬢様を呼んできますのでお待ちを!」
「お、おう」
物凄い剣幕で迫って嵐のように去っていったバニラを見届けながら、自分の左腕を見る。
「うわぁ……」
エウロの言う通り自分の左腕は肩から下は全てアスガルドの腕になっていた。
真眼を発動してみると、そこには『鋭い爪はアダマンタイト製だろうと易々と引き裂き、厚い毛皮はどんな属性だろうと絶対的な耐性を持っている』と書いてあった。
「アリッサ!!」
「おう、リーシア」
「おう、じゃないわよ!!ほんと心配したんだから!!」
「あ、リーシアお嬢様!!」
檻の鍵を開けて抱き着いてくるリーシアの背中を左腕ではなく、右腕で抱き寄せて優しく撫でる。
「バニラ、オレは大丈夫だよ。精神世界的なとこでアスガルドを捻じ伏せてきたわ」
「ほ、本当ですか!?さ、流石アリッサ様です…」
「もーほんとにー!!ありっざああああ!!」
「あーあーもうそんな泣くなよ」
泣き止んだリーシアに聞いたところ、自分は眠り続けてもう1週間は経っていたそうだ。ディケダインが現れたことで、オーディアス内の貴族界隈は荒れに荒れ、今も貴族同士で誰があの暗殺集団に依頼したか疑心暗鬼になっているそうだ。
王様もリーシアの家が狙われたことでこの事件に本腰を入れており、噂では王様直轄の部隊が動いているらしく、リーシア曰くもうじき犯人が分かるとのこと。
「アルバルトさんは無事だった?オレを庇いながら戦っていたから、酷い怪我をしていたと思うんだけど」
「お父さんなら大丈夫よ。王宮魔法使いが治癒魔法をかけたらすぐ治ったわ」
そこでリーシアの視線がアリッサの左腕に注がれていることに気付いた。
「ああ、これか。左腕なくなっちまったなぁ」
「アリッサ……」
「また泣くなよ。生きているんだから、それで良しとしようぜ」
「そんな簡単に済む話じゃないでしょ。もうその腕は元に戻らないの?」
「わかんね。でも、港町ブルースに行けば元に戻すのは無理でも、抑え込める道具があるかもしれない」
「ブルースか……あそこ、今は獣人族と人間族の間で諍いが絶えなくて治安があまり良くないのよね」
「そういう時期だよな……」
「でも、アリッサの腕がなんとなるって話なら行かないわけにもいかないじゃない」
「これは新垣と相談してだな。いるんだろ?皆」
「ええ、アザムも新垣くんたちもいるわ。今は爺さんに稽古でもつけて貰っているんじゃないかしら」
「オルバルトさんも来たのか!?んじゃバングくんとクーナちゃんも!?」
「ええ、実はあの時到着が遅れたのはね――――」
そこからリーシアが語ったのは暗殺集団ブラッディ・シャドウとの壮絶な戦闘であった。村を出てすぐの森で新垣達はほぼ遭遇戦のような形でブラッディ・シャドウとの戦闘に突入したらしい。
そこには幹部の中で最も年齢の低い少年『幻影のレクス』と呼ばれる短剣使いの幹部が現れたそうだ。
「ああ、メリシュの弟か……」
「知っていたのね」
「あんまり面識はないけどね」
新垣達にとって初めての人との戦いであり、モンスターとの戦闘は慣れていたが、流石に人を斬る覚悟は定まっていなかったらしく、リーシア達は苦しい戦い強いられる形になったらしい。
「アリッサの判断でアザムを残してくれたのは本当に助かったわ。アザムがいなかったら、あの場所で私たちの冒険は終わっていたかもね」
「縁起でもないことを言うなよ」
新垣達の弱さを見抜いたアザムは人化を解いて、ドラゴンの姿になると緑のブレスでレクス以外の手下を焼き払った。
「レクスは去り際にディケダインへの借りはこれで返したと言って去っていったわ。だから、きっとオーディアスで良くないことが起きたと容易に想像できたのだけど...」
だが、新垣達学生組の精神的なダメージは大きかった。初めての人との戦闘、そして叩きつけられる容赦のない殺意。プロの暗殺集団から受けたダメージは想像以上であったのだ。
「私達は一度村に戻ることにしたわ。このままオーディアスに行っても新垣くん達の心が……」
「リーシアの判断は正しいよ」
「そう言ってくれると嬉しいわ。私はアリッサが無事であることを祈るしかなかった。アザムだけでもアリッサの援護に向かわせようとしたのだけど、もしまたレクスが襲撃してきたらと思うと、私だけじゃ3人を守りきる自信がなかったの」
その新垣達を立ち直らせたのはオルバルトであった。オルバルトは3人を道場に呼び出し、胸の内に秘めた思いを吐き出させた。そして3人を優しく優しく抱きしめたという。
「流石数千人の部下を率いた爺さんね。私じゃ話を聞くことが出来ても立ち直らせるのは無理だったわ」
そして立ち直った3人はもう1日だけオルバルトと修行を積み、新垣達はオーディアスへと出発したというのがリーシアの話だった。
「そういうことがあったのか……」
「大変だったけど、アリッサは私達なんかよりもっと大変だったのよね……」
そこでリーシアは姿勢を正し、背後で控えるバニラとジェニファもピンと背を伸ばす。
「アリッサさん、私の父を救ってくれて本当にありがとう。この御恩は我が家の名にかけて忘れません」
「私、ジェニファ・レーグネスからも旦那様を守っていただきありがとうございました」
「バニラ・イェーガーからも。アリッサ様、旦那様を救っていただきありがとうございました。私達はリーシア様に忠誠を誓っておりますが、これからはアリッサ様にも忠誠を誓います。何なりとお申し付けください」
「え、ちょ!や、やめてくれよ!ほら頭を上げて!リーシアもそんなキャラじゃないだろ!」
突然お嬢様オーラ全開で頭を下げられ、恥ずかしさのあまりわたわたと取り乱すアリッサ。そういや王城での挨拶回りもこんなお嬢様オーラ全開だったか、とか急に思い出す。
「アリッサ、本当にお父さんを守ってくれてありがとう……私、お父さんが死んでいたかと思うと私、私……!」
「いいっていいって。お前の父ちゃんは生きているから、安心しろって」
そしてリーシアは再びアリッサに抱き着いて何度も何度も『ありがとう、ありがとう』と泣くのであった。
リーシアがひとしきり泣いた後、アリッサは左腕を包帯でぐるぐる巻きにされた状態で臨時に設けられたアルバルトの部屋を訪れた。
「お父さん、私よ。アリッサが目を覚ましたから連れてきたわ」
『おお、リーシアか。入れ』
リーシアに手を引かれそのまま部屋に入ると、そこには元気にデスクワークをこなすアルバルトと奥さんのクレミアがいた。
「アリッサ君、目を覚ましたようだね」
「はい、おかげさまで」
「お父さん、アリッサはもう大丈夫よ。呪いに打ち勝ったわ」
「言わずともわかる。おい」
『はい』
一旦ペンを置いたアルバルトは、机を離れてクレミアと共にソファーに腰掛ける。アリッサとリーシアもアルバルトと向かい合う形でソファーに座り、傍に控えていたバニラとジェニファに紅茶を出すよう指示を出す。
「お互い災難だったね。私も流石にダメかと思ったが、君のおかげで命を落とさず済んだようだ」
「いえ、自分なんて足手まといにしかならず、庇って貰わなければ無駄死にするところでした」
「ふふ、お互い様ということにしておこうか」
紅茶とクッキーが出され、アルバルトはすぐに手を伸ばしてクッキーを齧る。
「ふむ、王都の菓子職人の腕は悪くないが、この甘さが慣れなくてね。どうも君が作った生菓子が忘れられないようだ」
「あれくらいでしたらいくらでも作りますよ」
リーシアとクレミアは沈黙を保っており、どうやらアルバルトは自分とだけ話したいようだ。
「アルベット家現当主として勇敢な君に感謝を述べたい。ありがとう!」
アルバルトが頭を下げるとクレミアや部屋中にいる兵士も頭を深く深く下げ、リーシアは立ち上がるともう一度バニラ、ジェニファと揃って頭を下げた。
「アリッサ君、君は何を望む?」
「なにを…?」
「君のおかげで私は命を救われた。そこで私は君に報酬を払わなければならないわけだが、見たところ特に金銭欲求があるようにも見えない。かと言って財宝にも興味がないようにも見える」
「武器にも興味ないでしょ」
「んまぁ……ね」
改めて今自分が何を欲しているのかと問われると思い至らない。この前のデザートの件で金はえげつないほどに増えたし、キックベースボールでも発案者として金は入ってくるし、正直金に困っていない。
「そこでだ」
アルバルトが新たに言葉を紡ぐと部屋の中で待機していた兵士たちが次々と出て行き、リーシア一家とバニラとジェニファだけが残った。
「リーシアから君のことは聞いた。君はこの世界の人間じゃないとね」
「ごめんなさい、最初は私とバニラとジェニファでお世話をしていたのだけど…」
「ああ、オレが眠っている間の世話か。別にいいよ。アルバルトさんにもいつか話さないといけないと思っていたしな」
「娘のことは悪く思わないでくれ。私もディケダインと戦っていた時君の能力に疑問を思っていたからね」
「いえ、むしろ黙っていてすみません。話すタイミングがなかなかなくて」
「いいとも。命の恩人にあれこれ詮索するつもりはなかったのだが、やはり一度君について知らなければならないと思ってね」
ごほん、と咳払いをしたアルバルトはどこか話しずらそうに語り始めた。
「アリッサ君は元の世界では男性だったそうだね?」
「え?ええ、そうですね」
「そして今は女性であると」
「はい」
「しかし、身体は男性でも女性でもあると」
「え?ええ、そうですが?」
「リーシアを嫁に貰うつもりはないかね?」
カップに伸びた手が止まる。もしあのまま手に取っていたら間違いなく紅茶の入ったカップを膝に落とす所だった。
「は!?」
「私達一家で話し合った。そして皆賛成してくれた。君とリーシアの結婚をね」
「え、ちょっと!オレ、ここの人間じゃないんですよ!?もしかしたら元の世界に帰るかもしれないですよ!?」
「それは承知しております。ですので、帰るまでの間リーシアが妊娠してくれれば私達はそれで良いのです」
「く、クレミアさん!?い、いいんですか!?こんな得体のしれない男とも女とも取れない化け物のような人間に大切な娘を差し出して!!」
「ええ、他らなぬリーシアの頼みですし、夫を救っていただいたご恩もあります。それともアリッサ様は元の世界では既に婚約をされて?」
「い、いえ独り身を貫いていますが…」
「なら問題ないでしょう」
「あるでしょうが!!リーシア、お前それでいいのか!?」
そこで初めてリーシアに顔を向けると、なんとリーシアは顔を真っ赤にして顔を背けるではないか。
「乙女らしい反応するなああ!!」
「相性ピッタリではないですか。これで我が家も安泰ですね」
「アリッサ君はなにか娘に不満が?」
「い、いえ……」
リーシアに不満はない。器量も良く、腕も立ち、性格も明るく、女性貴族の憧れの存在であり、王女ラクーシャとも仲が良く、これでもかっていうくらいの優良物件である。
不満はない。不満はないのだが、やっぱり自分の中でどこかゲームの世界と割り切っていたところがあった。
でも、この世界は現実。そして自分が元いた世界も現実。ぐるぐるぐるぐるとそのことだけが頭を巡る。
「オレは……」
「今答えを急いで出さずともいい。じっくりとこれから旅をしていく上で娘のことを考えておくれ」
「は、はい……」
「リーシア」
「分かっていますね?」
「はい。お父さん、お母さん」
そしてアリッサはリーシアに連れられてアルバルトの部屋を後にした。
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