第14話 決着とこれから…

アルバルトの突きが躱され、背後に下がったディケダインが腰を落とし、拳を低く構えた瞬間アリッサはノコギリのような刃を持つ大剣『竜頭落とし』投擲してアルバルトの援護に入る。



「ちっ!忌々しい能力だ。てめえ、一体何者なんだ?」



竜頭落としを避け、アルバルトを牽制しつつもディケダインの視線がアリッサを射抜く。


アリッサはそれに応えずアイスドラゴンの武器を両手に持ち、次元宝物庫から次々と武器を投擲していく。



「くそったれが!」


「アリッサ君!」


「な、にぃ!?」



武器投擲により強引に肉薄したアリッサへアスガルドの魔力を纏った拳が迫るが、そこへ遮るようにアルバルトが現れ、槍で拳を弾くと同時に肩を当ててディケダインの体勢を崩す。



「流石です!」



これを好機と見たアリッサは、スキル発動のため握った氷剣を背中にクロスさせるように担ぐと、氷剣は赤と青色のオーラを纏う。



「おおおお!!!」



双剣の中級スキル『クアッドブレイク』を放つ。上段からX字のようにディケダインの上半身を斬りつけ、そのまま下へ流れるように腰に構えた双剣でもう一度X字に切り裂いた。



「ぐがあああああああ!?」


「まだ終わりではないぞ!!」



胸から大量の血を流すディケダインへ更なる追撃が入る。


アリッサが振り返るとそこには空間を歪ませる程の魔力が槍に込め、最後の一撃を放とうとするアルバルトの姿があった。



「『グレイプニルの鎖』!!」



これを外してしまったら勝機はないと瞬間的に感じたアリッサは、次元宝物庫から鞭系に属す拘束武器『グレイプニルの鎖』を呼び出すと、鎖はまるで生きているかのようにディケダインを拘束するとそのまま壁に突き刺さり、彼を磔にする。



「援護感謝する!」



アリッサが射線から退くと美しくも禍々しいオーラを放つ槍が空中に投げ出され、アルバルトの頭上を過ぎ、あわや地面に落ちるといった瞬間で彼の右足から凄まじい蹴りが槍に放たれた。



「ホーリージャッジメント……」



いつの日かリーシアが習得する奥義をアルバルトは放った。青白い光を纏う槍は地面を抉りながら突き進み、やがて槍は光そのものと化す。



「やめろやめろやめろやめろ!!やめろおおおおおおおお!!!!」



そして槍がディケダインの心臓を穿つと槍に込められた魔力が解き放たれ、光が十字架を描く。



「お前ら雑魚共なんかにいいいいいいいい!!!!!!」



辺り一帯に響く絶叫を叫びながらディケダインは光に浄化された。



「終わったのか……?」



光が消えると同時に役目を終えた鎖が次元宝物庫へ帰っていき、黒焦げになったディケダインが床に放り投げられる。

真眼で確認してみるが、どうやらディケダインは完全に死んだようだ。



「終わったようだな」


「はい、なんとかですね…」



その場にへたり込むアリッサへアルバルトはいつもの笑顔を浮かべながら肩を叩く。



「一時はどうなるかと思ったが、アリッサ君のおかげでこの命を散らさず済んだようだ」


「救援が間に合って良かったです」


「君は私の命の恩人だ。ありがとう、アリッサ君」


「いえいえ」



延ばされた手を掴み、立ち上がったアリッサはアルバルトと深い握手を交わした瞬間アリッサの左腕が何かに食い千切られた。



「え?」


「アリッサ君!!!!」



痛みよりも先に視線が自分の腕を食い千切った相手へ向かう。そこには頭だけの狼が自分の腕を咥えていたのであった。



「―――――――ッ!!!!!!」



あまりの痛みに声にならない絶叫がアリッサを襲う。



「アリッサ君!!!しっかりしたまえ!!気をしっかり持つのだ!!!」



ひたすら頭の中で『痛い痛い』と叫び、現実では声にならない絶叫をひたすらに挙げる。



「腕が!!」


「回復魔法は使えるかね!?もし使えるのであればそれで痛みが和らぐはずだ!!」



アリッサは涙目になりながらも頷いて次元宝物庫から癒しの杖を取り出し、自分に回復魔法をかける。そのおかげで何とか話せる程度に痛みも引いたが、血は止まらない。


やばい、死ぬ、と死を近くに感じる。



「あれはアスガルドなのか…?」



アルバルトの言葉にアリッサは震える身体で死体となったディケダインに目をやると、そこには腕だけなくなった彼の死体があった。



「アルバルトさん、あれは生きています……」


「なんと!?」



真眼による鑑定によるとあれは『意思を持ったアスガルドの腕』と出た。



「アリッサ君、今しばらく槍を借りるぞ」


「はい……」



視界が霞み始めた。血を流し過ぎたのだろうか。多分、このまま気を失えば二度と目を覚まさない気がする。



「すみません、アルバルト……後は頼みます……」


「アリッサ君!しっかりするのだ!!」



気を失ってはいけないと思いつつも身体はどうにもならなかった。流した血は戻らないし、どんどん身体が重くなってくる。


そして最後に自分の腕を平らげたアスガルドの頭を目に焼き付けながらアリッサは力なく倒れた。











ぶくぶくと自分の身体が深い水の底へと沈んでいく感覚がある。


そのまま数分、目を開けることなくただただ沈んでいくと光が差し掛かった。


あまりの眩しさに目を開けるとそこはいつぞやのキャラクタークリエイト画面で使った空間があった。



「エウロ」


「やぁ、災難だったねえ」



そして空間の中央には簡素なテーブルとティーセットがあり、少年とも少女とも言えない謎の人間?エウロがいた。



「まぁ、とりあえず腰掛けなよ」


「………」



言われるがままエウロと向かい合う形で椅子に腰かけると、どこからともなく現れた青髪の美少女メイドがアリッサのカップに紅茶を注ぐ。



「メイド…?」


「まぁ、ボクの部下だね。紹介していなかったっけ?」


「初見ですね」


「そっか。この先関わりがあるとは思えないけど、一応紹介しておくと彼女はボクの部下のリヴァリス。こう見えて人間じゃないよ」


「お初にお目にかかります。私、エウロ様の身の回りの世話をさせていただいております、リヴァリスと申します。以後お見知りおきを」


「あ、あぁ…よろしく」



人間じゃない、と言われて自己紹介が頭に入らなかったが、とりあえず彼女のことは頭の隅に置いておく。



「で、オレは死んだのか?」



紅茶を飲んで一息ついたところでアリッサは本題をぶつけた。



「死んではいないよ、まだね」


「どう見ても即死に近かったと思ったんだけど」


「実際普通の人間なら即死もんだよ。でも、君は何かの因果かその生死の選択肢にいるわけだ」


「選択肢?」


「君に回答権のない選択肢だがね」


「どういうことだ?」



エウロはリヴァリスに合図を送ると、魚だけが泳ぐ空間にモニターが出現する。そしてそのモニターにはボロボロになったアルバルトと到着したのかリーシアや新垣達がアスガルドの頭と向かい合っていた。



『その人間の命は我が握っている。大人しく言うことを聞けばその者を助けてやろう』



頭だけのアスガルドが口を開かず、頭に直接語り掛けてくるように喋る。



『どういうことかね?それは貴様がアリッサ君の腕を食べたことに関係しているのか?』


『我はまだ生憎と不完全でな。こうして宿主を見つけぬ限りまともに動くことも叶わんのだ。そこでだ。今貴様らが我を見逃せばそやつを宿主にする代わりに助けてやろうと言っておるのだ』


『アリッサを乗っ取るつもりなの!?お、お父さん…!』


『ぬぅ……アリッサ君をこうしてしまったのは私の責任だ。私では器になれないのかね?』


『ダメだ。貴様では我に耐えられぬ。そこの太った男も少しはマシではあるが、所詮マシなだけだ。そこの女でなければならぬ』


『少し相談をさせてくれないか?』


『良かろう。我は気が長い方でな。存分に語り合うといい』


「という感じなんだ」



そこまで見たところでアリッサはエウロに視線を戻す。



「確かにこれはオレに選択肢がない」


「分かって貰えたかな?」


「とりあえずはね。んで、これを見せてオレに何かあるのか?」


「君にはまだ死んでいないことを伝えたかった事とこれからについて話すために呼んだんだ」


「これからのこと?」


「ぶっちゃけるとこのままリーシア達がアスガルドに君の身体を明け渡すと、間違いなく君は乗っ取られる」


「まぁそんな感じだよね。それで?」


「乗っ取られた場合君はあの世界で魔王よりも厄介な存在になってしまうんだ」


「魔王かぁ……まだ魔王さん子供だよね?」


「そうだね。女王が玉座を明け渡して数年しか経っていないから、そんなもんかな?と、それは置いておいて実質君があの世界で最強になってしまうんだ」


「次元宝物庫、悪用すれば真竜にすら太刀打ちできるからなぁ……」


「君は常識がある人だから心配はしていなかったんだけど………以前君の処遇について揉めたって言ったじゃない?」


「ああ、知らずのうちに殺されるって話だったっけ」


「結局君の問題点ってそこだったんだよね。その能力を悪用しないかって話」


「なるほど………それどうやって説得したの?」


「ボクが何とか上に根回しをして解決したってところかな」



この少年、上に根回しが出来るとは一体どういうことなのだろうか。



「だから、今回君を呼んだのはボクの立場も危うくなるからなんだよね」


「確かにオレの安全性を説明した矢先にこれだもんな」


「最悪ボク殺されるかもしれないから、今内心めっちゃ焦ってる」


「………結局どうするの?」



沈んだ表情を見せるエウロに何だか知らないけど申し訳なさが立ち、新たに注がれた紅茶に口をつけながら問う。



「このまま行くとリーシア達はアスガルドに君の身体を明け渡して、君を生かす選択肢を取る」


「どうしてわかるんだ?」


「ボク、ちょっと先の未来が見えるんだよね」


「まじか……」


「これ、上司に言っていないから内緒ね?」



可愛らしく唇に人差し指を立てるエウロに頷きつつ、話の続きを促す。



「で、ここからなんだけど、乗っ取られたことでアスガルドの思念体は君の内側にまで入り込んでくる。そこでアスガルドをこの空間に呼び出す」


「そんなこと出来るのか」


「まぁこれでも神様だからね。それで呼び出したアスガルドをこれでもかってくらいに痛めつけてどちらが上か分からせてやる」


「結局最後に頼るのは拳なのか……」


「正直アスガルドを消滅させてもいいんだけど、そうしたら君が死んじゃうからね。それは嫌でしょ?」


「死にたい生きたいで言えばもちろん生きたいけど、あいつ魔物だぞ?分かって貰えるのか?」


「分からせるしかない。いやーボクもあの戦いを見ていたんだけど、まさか宿主が死んでもアスガルド自体は死なないなんてねえ……これもボクの監督不行き届きって奴なのかな」


「オレも正直能力に頼りすぎだとは思っていたよ」


「君はよく戦ったよ。無謀な戦いになるかと思ったけど、よくあのディケダイン相手に恐れず立ち向かった」



エウロが立ち上がると椅子もテーブルもティーセットが消え、危うく尻もちを着くところでリヴァリスが支えてくれた。



「どう?実際に生死を別つ戦いをしてみて」


「………めっちゃ怖かったわ。自分より遥かに大きい男が殺意剥き出しで襲ってきて、殴り飛ばされる度に逃げたくなったし、絶対大丈夫だと思って作った防具も役に立たなかったし、ほんとゲームとは違うとつくづく実感させられたよ」


「実際あの戦いで君が死ぬ運命もあった。だけど、その運命を回避したのは君の力だ。だから、もっと自分の力に自信を持つといいよ。慢心しない程度にね?」


「あぁ……」



やがてエウロが言った通りにモニターの先で自分の身体をアスガルドに明け渡す映像が映し出された。


アスガルドはにやりと笑うと黒い霧状になってアリッサの身体を包み込み、そのままアリッサの身体へ溶け込んでいく。



「ここからはボクの仕事だ。君は気楽な気持ちで見ているといいよ」



魚が泳ぐ空間に黒い霧が舞い落ちる。霧はやがて巨大な狼を形取っていき、赤い瞳がアリッサ達を見る。



『………貴様、何者だ?』


「名乗るほどの者じゃない。ただ、君は器に選んだ相手が悪かったね」



エウロが指を鳴らすとアスガルドの足元から巨大なクジラのような生き物が口を開け、アスガルドの半身を喰らう。



『ぬおおおお!?我が身体が!?』


「アスガルドくん、取引をしようじゃないか。とりあえずさ、身体をアリッサくんに返してくれないかな?」


『何を言っている!あれは我の器となったのだ!』



アスガルドの身体が突然現れたサメの集団に食い散らかされ、彼は頭だけになってしまう。



『思念体であるはずの我が痛みを……!!』


「無駄だよ。ボクは思念体だろうと君にダメージを与えられる。その気になれば消滅させることだって出来るんだよ」



もう一度言うよ、とエウロは続ける。



「アリッサくんに身体を返してくれないかな?そうしたら君の完全消滅だけはやめてあげる」


『………ぬうぅ……復活できた矢先にとんだ宿主についてしまったものだ』


「分かって貰えたかな?」


『良かろう。一度貴様に身体の主導権を返そう』


「うん、わかって貰えてよかった」


『だが、覚えておけ。貴様が我の部位を持つ限りこの呪いからは逃れられん』



頭だけとなったアスガルドは再び霧となって消えて行き、辺りにはいつもの静けさが戻ってくる。



「ふぅ、なんとかなったね」


「あぁ……でも、最後あいつ不気味なこと言い残したな」


「他の部位が集まると呪いが強まるのかな?まぁそれでもボクには勝てないと思うけど」


「また乗っ取られそうになったら頼るわ」


「そうして貰えると助かるよ。正直あれは君の手に負えるものじゃない」


「思念体って言っていたか。オレも思念体にダメージを与える武器は持っているけど、自分の身体にぶっ刺す勇気はないからなぁ…」


「あれは内側から倒さないといけないからね」


「エウロがいて助かったよ」


「お、君に感謝されるなんて初めてじゃないかな?」


「茶化すなよ。まぁでもほんと助かったわ」


「どうってことないさ。ボクも自分の立場が失うかどうかの問題だったしね」



話がひと段落したところで、アリッサの身体が光に包まれて始める。



「時間のようだね。それで君はこれからどうするんだい?」


「あーなんも考えてなかったな。とりあえず新垣の旅についていくと思うんだけど」


「何もないようなら一つボクから提案を」


「ん?」


「君の腕の話だ。君、アスガルドに腕を食われたじゃない?あれ、実はアスガルドと一体化したことでディケダインのように腕がアスガルドの腕になっているんだよね」


「え!?あの白狼の腕に!?」


「うんうん。でね、アスガルドの呪いって何もそれだけじゃなくて、自然と他の部位を探す洗脳のような呪いがかかっているんだよね」


「ああ……革鎧の方もそんな呪いがかかっていたな……」


「だから、それを抑えるためにも人間族が住む最南端の港町ブルースの教会に行くといい」


「ブルースか。ゲームではただ獣人族と人間族の争いがあったイベントしか思い出せないけど、何かあるのか?」


「そこの教会に呪いを抑える聖遺物、聖骸布があるんだ」


「聖骸布……ああ、インドラの武器を作るときに素材として使ったな」


「ゲーム脳だなぁ……まぁとにかく行ってみてよ。新垣くんたちの強化にも繋がると思うし、思わぬ出会いもあるかもね」


「その未来が見える奴ってつまらんと思わんか?」


「………」


「ネタばれって辛いよなぁ……」



久しぶりのエウロとの邂逅は少しだけ彼との距離が縮まった気がした。

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