第12話 暗殺集団『ブラッディ・シャドウ』


翌日、これまでに新垣たちが集めたモンスターの素材とリーシアのミスリル合金用のポケットマネーを手に村を出た。


テレポートによってオーディアス付近に移動したアリッサは、久しぶりにソロで大地を歩く。いつもやかましくも頼もしいホーリーランサーがいないためか、若干の寂しさを覚えつつも人の出入りが減った門を顔パスで通り抜ける。


勇者パーティーの募集が終わったためか、冒険者の数が少ないようだが、それでもオーディアスの賑わいが止むことはない。


リーシアがいないせいで少し道に迷いながらも何とかリーシア家に着くと、早々にまだ仕事で村に帰ることが出来ないアルバルトと交渉し、前回防具作成で使った埃っぽい鍛冶台をメイド共に掃除していく。


アルバルトと言えば、娘と父の手紙を見て身体を震わせ、涙を流しながら妻と一緒に『アリッサ殿、ありがとう…!これで我が家は安泰だ…!』と手を強く強く握って何度も何度も『ありがとうありがとう』とアリッサに頭を下げるのであった。


現在ドラゴンの素材を扱うことが出来る鍛冶師は、過去に存在した伝説のドワーフ鍛冶師のジャンドゥールのみである。

彼は7つの聖剣を生み出した鍛冶師だが、聖剣があまりにも強力過ぎたためか戦争にも使われるようになり、弟子を残して人知れずこの世を去ったとされている。


この話は今から約1000年もの前の話である。ドワーフの平均寿命は2000歳。よってどこかの所説では時の流れがゆったりと過ぎる妖精の楽園で、ひたすらまた新たな剣作りに没頭しているのでは?とささやかれている。


話を戻してつまり、アルバルトにウィンドドラゴンの村と取引した際に手に入れた素材は誰が扱えるのか?という話になったのである。

人間世界の中心地であるオーディアスお抱えの王宮鍛冶師でもドラゴンの素材を扱うことは難しく、実際最初だけ売れて後々取引の相手にされないのでは?と悩んでいるわけである。


そこでアリッサはドラゴン素材についてアルバルトに話した。種火がなければドラゴンの素材を扱うことは出来ないと。


アルバルトは頭を抱えた。アリッサも悩んだ。自分であればハルモニウムもドラゴンも全て扱えるが、それでは今後新垣たちの旅に同行できなくなる可能性が出て来る。



「いや、こればかりはアリッサ君に頼るわけにはいかないよ」



彼はそう言って笑ってくれたが、それに反してアリッサの表情は苦々しいものだった。





リーシアの家でお世話になりながらアリッサは鍛冶に打ち込んでいた。既に5日も過ぎているが、新垣たちが来る気配はない。

何か問題があったのだろうか?だが、それを確かめる術はない。アリッサはテレポートしたと同時にパーティーから外れており、現在絶賛ソロ中である。



「アリッサ様、お昼ご飯をお持ちしました」


「ああ、メリス。もうそんな時間か」


「はい」


「んじゃ飯にするか。メリスも食おうぜ」



アルバルトの計らいでアリッサの世話をするのは前回と同様に金髪ロリ巨乳のメリスだ。彼女は大変優秀で、飯やら掃除やら着替えやら全てにおいて世話になっている。



「………」


「今日もお疲れ様です」


「うまそうなサンドイッチだ。今日もメリスが?」


「はい!頑張りました!」


「いただくよ」



卵とハムを挟んだけの簡素なサンドイッチだが、濃厚な卵の風味とハムの絶妙な味加減が合わさり、それを優しく包むようにふんわりと仕上がったパンがサンドイッチを一つ上の段階へ導ている。



「うめえ」


「恐縮です」



隣ではメリスがポットを持ってコップに冷やしたお茶を注いでおり、専属のメイドっていうのも悪くないな、とか思い始める。まぁ将来王宮で働くつもりなのだから、完璧に出来て当然と言えば当然なのかもしれない。



「時にアリッサ様、ご友人様達の装備の作成は順調なのですか?」


「ん?あー新垣達の武器ならもう出来ているよ。問題はリーシアのだな。オレの鍛冶熟練度が低いのもあるかもしれないけど、どうも納得のいく品質が出来なくて作っては壊しての繰り返しだ」


「ど、ドラゴンの素材を加工しているのですよね?アリッサ様は本当にドラゴンの素材を加工できるのですね…」


「………内緒だよ?バレると面倒なことに巻き込まれそうだし」


「も、もちろんでございます!」


「別に今だけの話になりそうだけどね」


「どういうことですか?」


「これからリーシアの家が本格的にウィンドドラゴン達と交易を開始するようになる。だから、ドラゴンの素材も金を出せば手に入るようになるってわけで、いつかウィンドドラゴンと縁を結んでドラゴンの素材を加工できる職人が現れてもおかしくないんだ」


「………でも、それは先のお話ですよね?」


「そうだな。互いに探り合いながらの取引が続いて行くだろうしね。それにこれはドラゴン族全体の話にもなってくる。だから、きっとこれからリーシアの家とここの王様は大忙しになるだろうな」


「そしてドラゴンの素材を加工できる職人が生まれる頃には何十年と時が経っているんでしょうね」


「気長にやっていくしかないさ。それにその頃にはもっとオレより優秀な鍛冶師がいるはずだ」



鍛冶師、アリッサはいつかきっとやってくると信じているプレイヤー達のことを思い描く。



「………でも、今はアリッサ様しかいない……」


「ん?あ、ああ……あれ?手が…」



手が震え、握っていたマグカップが床に落ちて破片が辺りに散らばる。だが、それに気に掛ける余裕もなく視界がぼやけ始める。

アリッサは残る気力でステータスを確認すると、そこには麻痺と睡眠の状態異常があり、最後に目の前で笑みを浮かべるメリスを睨め付けた。



「メリス……盛ったのか……!!」


「おやすみなさい、アリッサ様」



倒れたアリッサを前にメリスはいつもの無邪気な笑顔の仮面を脱ぎ捨て、前髪に手をかけるとするりと金髪のウィッグが外れる。



「寝たわ」



銀色に輝く美しい髪が現れ、彼女の声が部屋に響くと奥の部屋からぞろぞろとメイド姿の女性達が入ってくる。



「丁重に扱いなさい。万が一でもアリッサ様に傷があったら貴様らの命一つで償えると思うな」


『はっ』



布を口に巻かれ、そのままアリッサは複数人かかりで麻袋に入れられる。



「メリシュ様、馬車の手配は整っております」


「運びなさい」



麻袋を抱えたメイド達が部屋から出て行き、アリッサが鍛冶をしている部屋から最後に残ったメイドが出て来る。



「メリシュ様、奥の部屋にこれが」


「ん?」



呼びかけられ、振り返るとそこには美しい刃を持つ緑色のドラゴンランスがあった。



「アリッサ様ったら本当に作っていらしたのね」


「いかがしますか?」


「持っていきなさい。これを持っていけばアリッサ様の身の安全は約束されるわ」


「はっ!」



曲りなりにもメリスことメリシュは心の奥底からアリッサに仕えていたため、どこか情が芽生えてしまい、そんな自分に嫌気がさして被りを振る。




部下が手配したルートに沿ってリーシア家を脱出すると、すぐそこにはアリッサを積んだ馬車があり、メリシュは側近の部下と共に乗り込む。



「出しなさい」



こうしてアリッサは人知れず謎の女集団に誘拐されたのであった。








アリッサが目を覚ますとそこは牢屋だった。灰色の石のタイルが敷き詰められた床と簡素なベッドが置いてあるだけの牢屋。


よくマンガやアニメで見るような鉄製の棒が幾重にも連なって壁となり、思わず乾いた笑い声が出る。



「目を覚ましたか」



見張りをしていたのは女性だった。黒い髪を後ろで束ね、口から首を隠す黒いマスクに同じ黒色のマントを身に纏った黒づくめ。


アリッサは答える前に『真眼』を使って相手のステータスを軽くのぞき込む。



ジェイル・ヤン 


level70 ハイアサシン


『暗殺集団ブラッディ・シャドウの戦闘員:所属四天王「死の踊り子メリシュ・ランティーノ」』



「………」



アリッサの表情が一瞬で強張る。こいつらブラッディシャドウは、何度もストーリーに出て来る凶悪殺人鬼集団であり、1人1人が卓越した戦闘技術を持っていることから貴族の汚い仕事を己の私腹を肥やすためだけに人を殺すことで知られている。


それでいて国が何故こいつらを伸ばしにしているのか、それは何を言ってもまずただの下っ端戦闘員ですらレベルが60を超えているのだ。

本来ならばストーリー終了後のオマケ後日談で戦うような相手であり、間違っても本編に直接かかわってくるような相手ではない。


何故だ?どこで自分は間違えた?とアリッサは自問自答する。まだ薬が抜けきったわけではないが、やけに頭は冴えていた。



「そうか……アルバルトさんか……」


「何を言っている?」



素顔を見せれば相当美人であろう戦闘員の問いに答えず、アリッサは自分が導き出した答えが間違っていないことに気付く。


前に話したが、リーシアはゲーム上だと天涯孤独の身となっている。爺さんのオルバルトはラスボスの力によって復活したアスガルドと相打ちになり、バング君とクーナちゃんはその時村を襲ったアスガルドに殺されている。


ではリーシアの父親と母親は?と言うと、それは野党に襲われて命を落としたことになっている。ゲームではリーシアから直接聞かされるため、詳しくは知らないが、今思えばアルバルトもレベルが75と非常に高く、まず普通の野党に後れを取るような人ではない。


ああ、とリーシアは石の天井を仰ぐ。



「お前らがやったのか……」


「ん?まぁいい、目を覚ましたのなら少し待て」



金さえ用意出来れば誰にでもケツを振るような奴等だ。きっとリーシアの家の商売をよく思わなかった貴族連中が結託して金を出し合い、ブラッディ・シャドウに依頼したのだろう。



「こいつらのせいでリーシアは…!!」



感情に任せて檻を破壊するのは簡単だ。別段スキルが封印されたわけでもないので、いつでも次元宝物庫は使える。


だが、脱出したところで相手はあの凶悪殺人鬼集団だ。先ほどちらっと覗いたが、こいつらのトップはあのメリシュ・ランティーノだという。


メリシュ・ランティーノはゲーム上で一度も姿を見せたことがない。他の幹部は何度か戦ったことがあるが、メリシュはとにかく変装と人を惑わす踊りが得意らしく、いつも表舞台に上がったことはないのだ。


戦闘は得意ではないのだろう。だから、真の意味で暗殺に長けた最もブラッディ・シャドウで暗殺者らしい暗殺者と言うべきか。


そして彼女はとても情報通らしい。元々酒場の踊り子として生計を立てていたらしく、その生業から大陸に踊り子の部下を散らして常に手元に新鮮が情報が届くようになっているそうだ。


これも全てゲーム上で得た知識でしかないのだが、自分はここから生きて帰られるのか不安になってくる。



「お目覚めですか?アリッサ様」


「メリス……いや、メリシュ・ランティーノか」


「………一度も名乗っていないはずだけど」



同じ黒づくめの美人部下を左右に控えさせながら現れたのは、メリシュ・ランティーノだった。

メイド服を脱ぎ捨て、露出の多い扇情的な踊り子の衣装に身を包んだ彼女はまるで毒花のようだ。


いつも朝になると笑顔で起こしに来るメリスのような声音で呼びかけるメリシュに対し、アリッサは面白くもなさそうに真名を言い当てると薄く透き通るピンク布越しに口がへの字になるのが分かる。



「………私の名前を言った?」


「い、いえ!」


「もちろんでございます!!」


「………ふ~ん……もしかしてアリッサ様ってバジェスト王のような見抜く力があるのかしら?」


「さあね」


「なら、隠し事は出来ないのね。厄介な瞳だわ」


「それで?オレを誘拐してどうするつもりだ?」



話しかけるついでにメリシュのステータスを覗き見する。



メリシュ・ランティーノ


level80 マスターアサシン(踊り子)


暗殺者集団ブラッディ・シャドウの四天王一角。踊りやその美貌で人を誘い、確実に後も残さず殺すため四天王中では一番仕事がうまい。そして常識人。



(いやいや、常識人って冗談だろ…)



そしてブラッディ・シャドウ内の財政も彼女の組織が管理しているため、意外とインテリな面もある。



「あら、誘拐なんて人聞きの悪い。勧誘と言って欲しいわ」


「勧誘?勇者パーティーに属しているオレが人殺しを嬉々とやるような集団に入るわけないだろ」


「やっぱりブラッディ・シャドウなのもバレているのね。本当に凄いわ。そのスキルを持っているのはバジェスト王以外に存在しない。ますます貴方様が欲しくなる…」


「お断りだからな」


「そんなこと分かっているわ。貴方は他の人間とは何かが違う。出会った時からずっと感じていたのよ」


「オレも今思えば馬鹿だったよ。リーシアの傍にいつも控えているのはバニラとジェニファしかいなかった。あいつらは最後までずっとリーシアに仕える忠実な騎士だった。だからこそお前の存在が不可解だったんだ」



仕事も出来て愛想も良くて他のお嬢様達とも信頼関係が築けていて、尚且つアルバルトにもリーシアにも人目を置かれている。

そんな存在がゲーム内で知らないわけがない。そうだ、こいつがアルバルト暗殺依頼を引き受けて野党に見せかけ、集団で殺したのだ。



「お前、アルバルトさんを殺すつもりだっただろ?」


「………嫌な瞳。何もかもお見通しなのかしら?」


「これは経験の話だ。それで、何故アルバルトさんの暗殺依頼を放っておいてオレを誘拐している?アルバルトさんは用心深い人だ。もう迂闊に近づくことは出来なくなったぞ?」


「ああ、それはもういいのです。その件についてはもう既に依頼人と話がつきましたので」


「………」


「もう旦那様に危害を加えようとは思いませんよ。それに今の私はアリッサ様、貴方に興味があるのです」


「何もやらんぞ」


「まぁまぁ、まずは話を聞いてくださいな」



メリシュは可愛らしく人差し指を顎に当てて悩む素振りを見せ、アリッサに提案してきた。



「私と取引をしませんか?」


「取引?」


「ええ、取引です。貴方の鍛冶才能で武器を作っていただけませんか?」


「馬鹿を言うな。誰がお前らのために武器を作るか」


「………どうしてもダメですか?」


「嫌だね」


「なら、少し痛い目を見ないといけないようですね」



背後に控える2人が各々の拷問道具を手に扉を開け、部屋に入ってくる。



「まずは指の爪を剥ぎますか」


「悪く思うな。これも全ては貴様がメリシュ様の取引に応じないのが悪い」



長身のモデルのような黒髪の女性が近づいてくる。アリッサは小さく舌打ちをすると次元宝物庫を発動し、彼女の両足が稲妻の片手剣『ライトニング・スパーダ』によって串刺しされた。



「ぎゃああああああ――――!!!!」


「なっ!?」


「っ!!!!」



とても女性とは思えない獣のような叫び声をあげ、床に倒れる彼女を見て隣の女性は絶句し、メリシュは長くなると思っていたのか、火をつけたばかりのキセルを落としてしまう。



「な、なによそれ!!一体どこに武器を隠し持って……!」



メリシュは背後に控える部下に鬼のような瞳で睨め付けるが、当然部下は全力で首を左右に振るだけで彼女の表情はより険しくなるだけだった。



「これじゃ迂闊に近づけないわね……」


「俺だってアンタらを無闇に傷つけたいわけじゃない」



血をどくどく流しながら仲間に運ばれて行く美人暗殺者に目をやり、少しだけ悲痛そうな顔を浮かべて見せる。



「ふぅ……また振り出しに戻ったわ」



ため息を吐きながらまた椅子に腰かけたメリシュは、やりづらそうにアリッサへ向き直る。



「単刀直入に聴くわ。貴方はどうしたい?」


「ここから出て平穏無事に生きたい」


「くっそつまらない望みね」


「強いて言えば可愛い女の子に囲まれてキャッキャウフフしながら生きたい」


「貴方レズなの…?」


「………黙秘する」



一瞬思考が追い付かなくなったメリシュはまたキセルを落としかけるが、今度こそは冷静に対処し、額を人差し指でトントンと数回叩く。



「その願い、私なら簡単に叶えられるわよ?」


「その裏でオレの作った武器が人を大量に殺していると思うと、罪悪感で死にたくなるわ」


「随分とお優しいのね」


「オレは一般人だからな。今もガタガタ震えてションベンちびってしまいそうだ」


「そうは見えないけれど?」


「いいや、本当だね。ただいちいち顔に出していたら生きられない社会にいたもんでね」


「ふぅん………」



値踏みする瞳がアリッサを数秒貫くが、すぐにメリシュは目を伏せて深いため息を吐く。



「今まで数えきれないほど尋問をこなして来たけれど、ここまでやりづらいのは初めてよ。どうせその繋がれている鎖だっていつでも破壊できるのでしょう?」


「そうだな」


「どうして破壊しない?それにその力があれば好きな時に逃げられたでしょう?」


「………話だけでも聞こうと思ってさ」


「応じる気のない話を?」


「それでも。これでも一応メリスにはお世話になったしな」


「………」


「メリスに恩を返そうと思ってな。まぁ返す前にしてやられたけども」


「なら、私に一振りだけ剣を作ってくださらない?」


「装飾じゃらっじゃらの暗殺に不向きな儀式剣なら作ってやる」


「………ああ言えばこう言うのね。もうそれでいいわ。私の剣はもっと貴女のレベルが上がってから頼むわ」


「お前、変装してオレに会いに来るつもりか…?」


「あら、変装するのもバレているのね。アリッサ様、乙女の心を除き見するのは良くないわ」


「暗殺者相手に遠慮なんかするか」



メリスのようにコロコロと可愛らしく笑う彼女にアリッサは舌打ちをする。



「アリッサ様の拘束を解きなさい」


「よろしいのですか…?」


「私に二度も言わせないで」


「は、はっ!」


「大丈夫よ、もう何もしないから」


「本当か?」


「少しは信じて欲しいわね」



懐から拘束具を外す鍵を取り出した側近の女は、手慣れた手つきでアリッサの拘束を外していく。



「アリッサ様、今回は見逃してあげます。貴女様の能力を見誤った私の責任でもありますしね。だから、今度は確実に貴女を私のモノにできるよう万全を期して会いに行きます」


「来るんじゃねえよ。怖くて夜も眠れねえだろうが」


「ふふ、そう邪険になさらないでくださいな。それに強引に迫っても貴女は逃げるでしょう?テレポートで」


「………まぁね」


「近距離のテレポートは見たことがありますが、街から森へ長距離を可能としたテレポートを扱える人間は、この世界でも片手で数えられるほどです。だから、私は貴女が欲しい」



妖しく光る瞳がアリッサを捉えた瞬間、全身からぶわっと汗が噴き出して来た。殺意、違う。これは恐怖だ。身体が恐怖を覚えているのだ。

ドラゴンよりも恐ろしい存在がここにいるのだ。



「鍛冶才能とどこからともなく現れる武器。そして場所を選ばない長距離テレポート。アリッサ様は自分の価値を分かっております?貴女は勇者や聖剣使いや国の王よりも遥かに価値がある存在なのですよ?」


「自分の価値がどれくらいかは自分がよく分かっているつもりだ。だから、オレは混乱のタネを生むであろう武器を作らない」


「ジャンドゥールの聖剣の話ですね?」


「あれはオレにとって良い反面教師になってくれている。オレであれば確かにこの世界に存在する聖剣よりも遥かに性能のいい武器を作れるだろう。でも、それで誰が喜ぶ?結局喜ぶのはお前達みたいな私腹を肥やしたい馬鹿共だけだろう?」


「私腹を肥やすについて否定はしませんよ。幸福を追求するのは間違いではありませんから」


「他人を蹴落として行きついた幸福は周りを不幸するだけなんだよ。まぁ、こんなこと言ってもオレとお前とでは価値観が違いすぎるから無意味なんだけどな」


「アリッサ様は私の生い立ちを知っていますか?」


「知っているとも。スラムに捨てられた赤ん坊だったことも」


「流石ですね。なら、分かりますか?私が今までどんな想いで生きてきたのか」


「分からんよ。生憎オレは貧しさとは無縁の生活を送って来たからな」


「なら!!!」


「だから、オレとお前とでは価値観が違いすぎるから話にならないと言っただろ?」



静かに激情するメリシュにアリッサは冷水をぶっかけるが如く切り捨てた。



「同情はできるよ。でも、それ以上のことはオレには出来ないし、何よりお前は人を殺し過ぎた。いや、もう殺し過ぎて同情できる範疇を超えているな。んで、お前は人の屍の上に永遠と立ち続けるんだろ?

でも、満たされないんだろ?もう並みの貴族じゃ相手にならないほどの財産を積み上げたのになんにも満たされない。だから、人の幸福を奪い続けるんだろ?」



メリシュは初めてアリッサへ憎悪の宿った瞳をぶつけた。周りの側近ですら冷や汗を掻くほどの憎悪を前にアリッサは哀れんだ。恐怖が来る前にただただ目の前の少女が酷く可哀想に見えたのだ。



「なぁ、お前は何をしたかったんだ?オレは他の幹部の生い立ちも全部知っている。1人を除いて他は皆どうしようもねえ屑だ。でも、お前だけ分からねえんだよ」


「わ、私は……」


「私腹だけを肥やす領主が治める町のスラムに生まれたお前は、偶然通りかかったシスターに拾われた。そこでお前は気付いたんだよな?貧しさは弱さだと。豊かさが強さだと」


「そうよ、だから私は領主を殺した後に暗殺集団ブラッディ・シャドウを立ち上げた」


「いや、最初は義賊だったはずだ。悪事を働く貴族を己の正義に従い、罰し貧しさに喘ぐ者達に豊かさをもたらしていたはずだ。メリシュ、君は一体どこで道を間違えたんだ?」



メリシュは苦虫を嚙み潰したように悲痛な表情を見せる。



「今からやり直せるとは言わないけど、これからの人生。もう少し気楽に生きてみたらどうだ?」



アリッサは跡がついた手首をさすりながら立ち上がる。



「まぁブラッディ・シャドウの幹部になっちまった以上面倒を見なければいけない部下がいるから、もう自分のための人生とは行かないのかもな」



そして最後にアリッサは『メリシュ』と彼女の名を呼ぶ。



「お前の短剣、作ってやるからいつか取りに来い。それ以外の理由で会いに来るなよ?まじでお前ら怖いからさ」


「………ええ、必ず取りに行くわ」


「んじゃオレ帰るわ」



埃をパッパと払ったアリッサは最後に穏やかな笑顔を浮かべたメリシュを見てから、テレポートしようとした瞬間とんでもない言葉が彼女の口から放たれた。



「ああ、私は旦那様、アルバルト様のことは諦めましたが、その仕事は同じ幹部の者に引き継がせました。だから、ここ数日リーシアお嬢様達の到着が遅れているのもそれが理由なのでは?」


「――――!!!!メリシュ!!オレは一体どれくらい眠っていた!!」


「半日ほどです。どうかお急ぎください、アリッサ様。私が任務完了したと同時に襲撃する手はずになっていますので」


「くそ!!!!」



アリッサは悪態をつきながらテレポートしていった。そして残された冷たい地下牢には事の成り行きを見守っていた側近の長身美人のアクルと珍しい青髪のテレべとどこか上の空なメリシュのみ。



「よ、よろしかったのですか?ディゲダイン様の情報を教えてしまって」


「いいのよ、どうせあの筋肉ダルマのディゲダインには勝てないわ」


「は、はぁ……」


「ねえ、貴女達との付き合いってどれくらいかしら」


「メリシュ様と我々が出会ってもう10年の月日が経ちました」



アクルとテレべはメリシュと同じ教会の孤児として育った俗にいう幼馴染だ。なので、メリシュも遠慮なく2人に自分の想いをぶちまける。


「そう、もうそんなに経ったのね……」


「メリシュ様……」


「私達、小さい頃に絶対に幸せになろうねって誓い合ったわよね」


「しかと覚えております」


「テレべもその言葉は深く深く心に刻み込んでおります」


「……結局私達は幸せになれたのかしら……」


『………』


「ダメね……どうもあの見透かすような瞳を見てしまうと今までの行いが全部間違いだったんじゃないか?って思えてしまって…」


「間違いなんかじゃありません」


「あれ以外に我々が立ち上がる方法などなかったはずです」


「そうね……」



椅子に腰かけ深く瞑目するメリシュに2人は困惑してしまう。いつも自分の前に立って導いてくれたメリシュが初めて弱音を吐いているのだ。



『あのアリッサとか言う女のせいか』


『うむ……』


『くそ、もっと頭が良ければメリシュ様の悩みを解決できたものを…!』


『アクル、私も同じ思いだ』


『ならば、この悩みを解決できる存在はあのアリッサしかいないのでは?』


『かもしれない……くそ、不本意だがな…』


「メリシュ様、恐れながらよろしいでしょうか」


「なに?」


「アリッサ様のお悩みを解決できる方法をこのアクルが思いつきました」


「……期待は全くしていなけれど、言ってみなさい。長い付き合いだしね」


「くぅ……全く期待されていない……―――――はい、メリシュ様のお悩みはアリッサ様が解決できるものと思います」


「………は?」


「私は馬鹿です。だから、下手なことを言ってもメリシュ様の気分を害してしまうだけかと思います。なので、今一度あのアリッサ様と相対すれば答えが出るものかと」



メリシュは部下の思わぬ進言に数秒目をぱちくりとさせると、何度も深くゆっくりと頷き自分の考えが腑に落ちるのを感じる。



「アクル、貴女たまには良いこと言うじゃない。そうね、どうせ答えが出ない問答を自問しても意味がないし、この際短剣を受け取るついでにアリッサ様へぶつけてみましょうか」



浮き沈んでいたメリシュの表情が輝きだし、勢いよく椅子から立ち上がると笑顔のままアクルとテレべの前に来ると優しく2人の頭を撫でた。



「ありがとう、2人とも馬鹿だけどやっぱり側近に相応しいのは貴女達ね」



メリシュはご機嫌なまま地下牢を出て行き、残された2人は数秒後状況を理解すると互いに手を取りあってご主人が褒めてくれたことを分かち合うのであった。

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