第10話 ウィンドドラゴン
―――――マーカス視点――――‐
自分の日常が崩壊するのは一瞬だった。
それはいつも通り群れに混じって湖畔で休憩していると、ある一頭が鳴いた。逃げろと言った。
『え?なにが?』と聞く暇はなかった。地響きが起こるほどの大移動が始まり、自分も何がなんなのかよく分からないが、群れについて行こうと立ち上がった瞬間その襲撃者は自分をピンポイントで狙ってきた。
人間族の雌が2人だった。冒険者のそれも雌2人に何を怯える必要があるのかとその時マーカスは思ったが、それが自分の命運を分かつことになるとは思いも寄らなかった。
マーカスは群れの中で一番強かった。リーダーになることも考えた日もあったけど、お前は思いやりが足りない、リーダー失格だと群れ全体から言われ、立場こそ優遇されているが、族長の補佐という形で落ち着いた。
マーカスは強かった。これまでも数多くの冒険者と戦闘をこなし、全て勝利を収めてきた。だから、今回も楽だと思った。
妙な結界を作られて逃げられなくなったが、それでもやるべきことは変わらない。いつも通り赤子の手をひねるように自分の自慢の後ろ蹴りをその自信満々な顔にぶちかますだけ、そう思っていた。
結果は惨敗だった。いきなり見たこともない槍の連撃を繰り出され、気付いたら地面に倒れ、とりあえず立ち上がって突進をしたら鞭で転ばされ、何もないところから武器が飛んできたりと訳も分からず倒された。
マーカスは人の言葉を理解できる少し変わったデュアルホーンだった。だから、2人の雌が何を言っているのか分かった。
自分はどうやら馬車を引かされることになるらしい。前に人間の手によって舗装された道を自分たちとよく似た馬が何やら楽しそうに引いていたあれだ。
あれを今度は自分が引くらしい。正直面倒だから拒否したかったが、黒髪の雌になにかされたせいで逆らうことが出来なかった。でも、自然と嫌ではなかった。
最初の仕事は2人をオーディアスに届けることだった。初めて人を乗せて走ったが、悪くはない。これも全てアリッサという第1ご主人の奴隷紋のせいだと思うが、嫌悪感はない。
オーディアスに着くと人族の多さに驚愕した。正直先ほどまでモンスター生活を謳歌していた自分にとって人間は敵であり、自分らを殺す存在として認識していたため逃げたかった。でも、逃げられない。
そんな様子を見た第2ご主人のリーシアは『大丈夫よ、落ち着いて』と優しく撫でてくれた。第2ご主人好き。
第2ご主人の家は凄かった。周りの家々とは一線を画す大きさで、自分はご主人達と別れるとメイドに馬小屋へ連れていかれた。
そこには自分とは違うよく人間が使役している馬たちがいた。皆毛並みが綺麗で、よく手入れされているのかどこか気品を感じる。野生で育った自分とは大違いだ。
「マーカス様はこちらです。これから私達が世話をしますので、よろしくお願いしますね」
自分も周りにいる馬たちと同じように綺麗になるのかと思えばメイド達の姿勢を自然を受け入れていた。
「よう、新入り」
メイド達が去った後、向かい側にいる馬が話しかけてきた。
「お前、デュアルホーンだろ?なんでこんな所にいるんだ?」
「人間に捕まって奴隷紋埋め込まれた」
向かい側の馬は老馬だった。恐らくここの馬小屋の中で一番の長寿で、一番大切にされているのか彼の周りは綺麗だ。
「それはご愁傷様だ。誰に捕まった?いや、待て。お前からリーシアお嬢様の匂いがするな。なるほど、お嬢様が帰って来たのか」
「リーシアは俺の第2ご主人様だ」
「第2?第1は?」
「アリッサとかいう無口なご主人。何を考えているのか分からない」
群れ以外の馬と話すのは初めてだったが、この老馬は自分の身の上を静かに聞いてくれた。後々分かったが、この老馬は自分を落ち着かせるために世話を焼いてくれたそうだ。
老馬は色々と世話を焼いてくれた。この馬小屋にいる馬たちと仲良くできるように紹介してくれたり、ご主人たちが自分を忘れて遊んでいる間ずっと人間世界について教えてくれた。
そのおかげでこの世界についてある程度の知識を得られた。ここは人族の中心都市で最も人族が多い場所なのだとか。そして第2ご主人はこの街で偉いらしく、それに比例するかのように家も大きい。ここに来る途中憂鬱そうにしていたが、第2ご主人はここが嫌いなのだろうか?
第1ご主人が突然王城のパーティーに出ると言い出した。久しぶりの外出に心躍るものがあったが、僅か10分足らずで目的地に到着しそこから数時間待たされた。めちゃんこ不満しかない。
不機嫌な心中パーティーで何があったのか分からないが、やたらと落ち込んだ第1ご主人が乗り込んできてその後すぐ第2ご主人が帰って来た。理由は話してくれないが、馬車内の2人の会話を察するにまた何か第1ご主人がやらかしたのだろう。
そこからはトントンと自分の意思を挟む余地もなく(元からないのだが)勇者の仲間に加えられた。弱そうな人間と思ったのだが、礼儀正しいようで自分にもきちんと挨拶できる人間だった。
新しい人間たちはどうやら修行をするらしい。確かにあの人間は弱い。はっきり言ってこのままではそこいらのゴブリンですら苦労するレベルだろう。だから、第1ご主人の判断は的確だった。では、その間ご主人たちは何をするか。
「ちょっくら探し物があるから留守にする。マーカス、3人と一緒に連携を組んで前衛と後衛の動きを覚えろ。前まではオレとリーシアは適当にやっていたが、これからは役割を決める。悪いが、3人の面倒も見てやってくれ」
それはブラッディベアー先生を倒した夜のことだった。それは前々から考えていたらしく、学生3人がようやく戦えるようになったことで決まったそうだ。
同行者は第2ご主人のみ。自分って確か荷物持ちと移動手段として奴隷紋を刻まれたはずだが、第1ご主人は自分を置いて行くつもりのようだ。
「本当はお前も連れて行きたいんだが、そうするとあいつらの後衛がいなくなってしまうんだ。まだまだこちらに来て日も浅いし、オレももう少し見てやりたい気持ちもある。でも、オレにもやることがあってさ。すまんが、よろしくな」
そう心苦しいように第1ご主人は語った。そういうことならしゃーない。あの若い人間たちの面倒も任せて貰おうじゃないか!
「おお、気合十分だな。それを見てオレは安心したよ」
そして第1ご主人と第2ご主人は翌朝出発した。結局どこに行くのか聞いていないが、若い3人の誰かしら知っていることだろう。だから、自分は帰って来たご主人達を驚かせるためにも力を蓄えることにした。
「え?自分の槍が欲しい?」
「そうよ」
それは学生3人が森での実戦訓練が始まった頃にリーシアが突然言い出した。
「今のじゃダメ?」
「そういうわけじゃないんだけど、貴女にいつまでも借りているわけにも行かないかなぁって」
「別にオレは気にしないけど」
「私が気にするの」
「でも、材料は?」
「集めるわ」
「誰が?」
「私と貴女で」
「はぁ?なんでオレが手伝わないといけないんだ…」
「だってこの前貴女が言った素材を集めさせたら不満そうにしてたじゃない」
「まぁ……そうだけど……」
ゲーム内において素材の劣化は関係ないが、この世界ではそうもいかず、大金をはたいて集めて貰った素材も低品質ばかりで正直なところ自分の防具の完成度に納得がいっていない。
あの時は勇者の旅に同行するため時間がないなか、無理をして集めて貰ったリーシアのご両親には感謝しているのだが、それでも不満げな顔をしていた所を彼女には見られていたらしい。
「ちょっとその防具の品質言ってみなさい」
「………総合で67……」
「貴女この前適当に作ったビーストランスの品質ですら80超えていたわよね?その防具相当低いじゃない」
「できるだけ頑張ったんだけどな。やっぱ時間経過による素材の劣化はどうしようもならなくてさ」
「そうよね、だから私は考えたの。貴方のインベントリに入れれば劣化を抑えられると」
リーシアの意図が見えた。確かにアリッサのインベントリに素材を入れれば時間は止まる。それはリーシアの妹弟のビーストランスを作るときにも確認済みだし、そのおかげで最高品質の槍を作れた。
それにパーティー大事な生命線であるリーシアの武具を揃えるのも当然の義務だと思う。癒しの杖など呼び出せるようになったものの自分が闇属性のためか、彼女ほど回復効果を発揮できず結局ヒーラーを任せっきりになっているし………
ここはリーシアのために人肌脱ぐか。
「分かったよ。金は用意できるな?一応友達価格にしてやるけど」
「ええ、お金のことなら心配ないわ」
「で、何を作る?先を見据えて少しレベルが高めの槍でも作るか?」
「そうねえ……ドラゴンの素材を作った槍がいいのだけど」
「ドラゴンか。なにドラゴンだ?」
勿論この世界にはドラゴンがいる。トカゲではなく、まじもんのドラゴンだ。ファイヤードラゴン、アイスドラゴン、ウィンドドラゴン、サンダードラゴンなど7色のドラゴンがこの世界におり、それをまとめた総称をカラードラゴンと人々は呼ぶ。
カラードラゴンはそれぞれ自分が適応する地域に根城を構え、ファイヤーなら火山、アイスなら雪原や雪山、ウィンドなら森、サンダーなら雲の中の浮遊岩。
しかし、ドラゴンはピクニック感覚で倒せるような敵ではない。極めて高い知能と戦闘能力を保持しており、リーシア家にある書物を漁っていた時に発見した本には、ドラゴンが討伐されたのは今から約200年前のことらしい。
まずまぁドラゴンは見つからない。いるのはいるのだが、個体数が圧倒的に少ないし、何より発見者がいたとしてもドラゴンの索敵能力から生きては帰れない。ドラゴンに勝てる人間などそれこそ勇者か英雄か、もしくはこの世界に存在している7聖剣と呼ばれる聖剣使いの人間のみ。なので、発見情報が自体が皆無なのだ。
まぁ知っている人間がいたとしても情報対価をいくら要求されるかわかったもんじゃないが。
「今冗談で言ったんだけど、ドラゴンの素材入手できるの…?」
「種類による」
カラードラゴンにも強弱がある。比較的ドラゴンの中でも見つかりやすいウィンドドラゴンを最下位とすると、そこからファイヤー→アイスドラゴン→サンダードラゴン→ホワイトドラゴン・ブラックドラゴンとなる。
中でも白と黒は特に強く、ドラゴンの始祖である真竜クラスにも劣らない強さを誇っており、冒険者は皆2体のドラゴンを聖竜、邪竜と呼んでいる。
別段聖、邪だからと言って良し悪しがあるわけでもなく、ただ一部の人間が熱狂的な信仰心を注いだ結果広まった呼び名らしい。
アスガルドと比べてどちらが強いかと言われれば難しい所だが、強いて言えば成体となったアスガルドと同等の強さだろうか。
なので、リーシアとアリッサのレベルを加味して、ウィンドドラゴンか少し高望みをしてファイヤードラゴンクラスになるのだろう。
「本当ならホーリードラゴンとか狙ってみたいんだけど、難しいわよね」
「あいつらがいる場所を教えてやらんわけでもないけど、死ぬぞ?」
「………無難にウィンドドラゴンかしら?」
「そうしとけ」
アスガルドに拒否反応を覚えているリーシアが、ホーリードラゴンと相対してまともに立っていられるのか見ものではあるが、その代償に命を捧げるのは納得がいかないので、2人はウィンドドラゴンを探すことになった。
「数百年前に目撃されて以来全く音沙汰ないけど、アリッサはウィンドドラゴンがどこにいるのか分かるの?」
「大体ね………今の時期だとここの森から更に奥へ進んだ先に真竜の爪痕と呼ばれる場所がある」
「真竜の爪痕……?ここに長いこと住んでいるけど、初耳ね」
「ああ、強力な結界が張られていて、まずモンスターも人間も入れないんだ」
部屋のテーブルに置かれた地図を見ながらアリッサは指をさす。
「どうやって入るの?」
「ん?強引に突破する」
「え……」
「所詮結界だ。武器投擲すれば壊れるんじゃねえの?」
「じゃねえの?って行き当たりばったりになるの……」
「ダメだったら他の場所だよ。まぁ他のとこも大体竜結界が張られているんだけどなぁ―――――」
竜族は基本的にプライドが高く、人前に姿を現すことはない。稀に人間達を庇護する代わりに自分の世話を頼む守護竜として在り方を変える竜も存在するが、大体は前者のような引きこもりばかりである。
そう言った竜の領域に入るためにはアリッサが事もなげに言い放った、結界の防御力を上回る攻撃をぶつけて物理的に破壊するか、竜族のみに伝わる竜笛と呼ばれるキーアイテムを使って結界を解除するかのどちらかである。
しかし、竜笛はアリッサが知る限り竜の里に住む竜の巫女しか持っておらず、ぽっと出のアリッサ達が貸してくれと頼んでも門前払いが関の山だろう。
だからアリッサは結界を物理的に破壊することを選んだ。確かに竜笛があれば真竜の領域だろうと楽々に入っていけるだろう。だが、その重要度故に竜族は巫女を1人しか選ばず、その巫女を竜族は全力で守る。
つまり、竜笛を持つ巫女に危害を加えることは竜族に喧嘩を売る意味にもなり、普段いがみ合っているホーリードラゴンもダークドラゴンもその時だけは手を組んで愚か者への殲滅にかかるだろう。
「へえ……竜の巫女なんているんだ?」
「存在するはずだ。オレの記憶が正しければ、4つの大陸が交わる中央に年がら年中霧が発生している山があるだろ?」
「ええ、気候は穏やかなのにずっと霧が発生していてコンパスも狂うし、そのまま進んでもいつの間にか入り口に戻ってきている謎の山よね?」
「ああ、その山頂に竜の里がある。リザードマンと竜人と呼ばれる人間が暮らす少数の村でね。そこに行くためには竜族を手懐ける必要があるんだ」
「えと……カラードラゴンを?」
「ちょっと語弊があるな。カラードラゴンの族長に認められなければならない、かな」
「普通の人間には土台無理な話ね」
「まぁ~無理だろうね。でも、いつか行きたいとは思うんだよなぁ」
「どうして?」
「あそこの山頂にある洞窟にはハルモニウムがあるんだよなぁ……」
「ハルモニウム…?アダマンタイトより硬いの?」
「そうそう、アダマンタイトが真竜のオーラを長年浴び続けることで変異した鉱石なんだよね。アダマンタイトって虹色で出来上がった武器も透明感があって、光を受けると七色に輝くんだけど、ハルモニウムは透明のままなんだ」
「ん~と、ガラスのような感じ?」
「それに近いね。そして持ち主の属性を受けて輝く。オレの場合ハルモニウム製の武器を持つと闇属性だから黒色に染まると思う」
「凄い武器ね……というか、ハルモニウムなんて鉱石初めて聞いたわよ」
「竜の里以外で採れないからな……剣聖が持っている武器だって所詮アダマンタイト製だよ。それにハルモニウムは加工がくっそ面倒だからなぁ……多分誰も持ってないんじゃない?」
「でも、あなたは持っているのよね?」
「ん、まぁ……でも、まだ装備はできないよ。どれもレベルを限界突破しなければ装備できない代物ばかりだし」
「いつか貴女の武器全て見てみたいわね」
「日が暮れるぞ?」
「え!?そんなにあるの!?」
しかし、今回は関係のない話ではある。あくまで今回はウィンドドラゴンの素材を貰いに行くだけの話。今後竜の里に行く予定なので、出来ればウィンドドラゴンは殺したくはない。
穏便に事が済めばいいのだが……
そして数日が経過し、2人は鬱蒼と茂る森の中を歩いていた。まるで富士の樹海のような太陽を覆う樹々と鳥の鳴き声一つとして聞こえない不気味な森。
ここ数時間前からモンスターとのエンカウントもなく、アリッサとリーシアもこの言い寄れぬ恐怖感を肌で感じ取っていた。
「ねえ……アリッサ、これって……」
「ドラゴンの威圧だ。もう結界一歩手前まで来ているが、優しいことにここで引き返せば見逃してくれるらしい」
「え!?見られているの!?」
「見られているな。でも、関係ない。どうせ戦闘になるだろうし」
「私、アリッサと一緒で良かった……」
「お互い様だよ。オレもリーシアが最初の友達で助かったし」
やっぱりどこかゲーム感覚で生きているアリッサの余裕ぶりにリーシアは今回ばかりは助けられたのであった。
そしてそこから1時間とちょっとしたところで、アリッサは立ち止まった。
「あ、これなのね?」
「やっぱ結界を使うリーシアには分かるか」
「ええ、でも相当高位の結界ね。王宮仕えの魔法使いが集まっても破壊できるかどうか怪しいわ」
「ドラゴン・サンクチュアリっていう結界だ。竜族に伝わる古代魔法、なんかな?」
「もう驚かないけれど、それはどこで知ったの?」
「竜の里にいる巫女が使えてさ、仲良くなると教えてくれるんだ」
「ああ……そうなのね……」
「まぁでも所詮ウィンドドラゴンの結界だし、そんなに硬くはないよ。これならオレでも破壊できる」
目の前に広がる蜃気楼のように揺らぐ空間を眺めながら、アリッサはリーシアに結界について説明する。
「んじゃ壊しますか」
さて、どの方法で結界を破壊するかと言うと、前にブラッディベアー先生にぶっぱした神槍グングニルを選択する。
実はナンバリングを連ねることに新たに追加された結界システムだが、ほぼ強敵モンスターはこれを搭載している。ドラゴン然り、海の主だったり森の巨人だったりとほぼ間違いなく結界を持っている。
中には物理完全無効化とか魔法完全無効化とかえげつない結界まで存在する始末。そこで対策として実装されたのが対結界武器なるもの。
対結界武器とはその名の通り結界を発動したモンスターに対して効力を発揮する武器のことで、結界の守りを削るほか、貫通したり、果てには結界そのものを破壊しながら対象へダメージを与えるものまで存在する。
そして神槍グングニルこそ後者にあった結界を破壊しつつ対象へ甚大なダメージを与えるレジェンドクラスの武器である。
「ほいっと」
次元宝物庫から投擲された神槍グングニルは光の軌跡を描きながら結界へ衝突すると、あっさりと結界を破壊した。
「あんなに強力な結界をいとも簡単に……――――アリッサ、それがもしかして件のハルモニウム製なの…?」
「ああ、ハルモニウム製だよ。装備が出来ないから全然武器の能力も扱えていないんだけどね」
黄金の稲妻が辺りを走り抜け、地面に突き刺さったグングニルは役目を終えて宝物庫へと帰っていく。
結界が消えたことで監視していた竜の目はなくなり、森を覆っていた威圧感は消え去る。
「結界も消えたし、先へ進もうぜ」
「え、ええ……竜笛とは……」
「どうせ貸してくれないし、今の時期の巫女は面倒だからいいよ」
道中リーシアはアリッサの出会った中で面倒だったNPCランキングを聞かされるのであった。
「我らの結界が破壊されるだと!?どういうことだ!?」
「い、いえ!私も一体何が起きたのか…」
アリッサがリーシアに愚痴を聞かせている最中、森の奥『真竜の爪痕』ではウィンドドラゴン達はかつてないほどの緊張感に包まれていた。
ウィンドドラゴンの族長である一際長い角を持つ竜『イレラ・ウィンドドラゴン』は部下の報告を聞いて愕然とした。
「剣聖が来たというのか?」
「見た限りでは一般の冒険者にしか…」
「一般の冒険者が我が結界を破ったとでも言うのか!?」
余りの怒りに口からは紅蓮の炎が漏れ出し、イレラの憤りに若い伝令役のウィンドドラゴンの尻尾が縮まる。
「…………それで?その冒険者はどこを目指している?ただの薬草採取か?」
「………ここへ一直線に向かってきております…」
「なんだと!?幻術はどうした!?」
「そ、それがあの冒険者には全く効いていないようでして……」
「何故だ!?竜の里の巫女殿に張って貰った神域結界だぞ!?」
「わ、我々も混乱しているのです!!族長!このままでは結界を一撃で破壊した冒険者がこの里に来てしまいますぞ!!」
「グヌヌ……一体何が目的なのだ……!!おい、今すぐ里の強者を集めよ!!」
「はっ!!」
伝令のウィンドドラゴンは大急ぎで空へ羽ばたき、里一番の強さを誇るウィンドドラゴンへ招集をかけに行くのであった。
「気のせいかもしれないけど、私達いま幻術結界の中を歩いている?」
「歩いているよ」
「やっぱり……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。幻術破壊の武器飛ばしているから」
「ああ、さっきからひゅんひゅん音だけ聞こえている奴?」
「そうそう、現の大剣ジャバウォックっていうんだけど」
霧に包まれている森の中をずんずん進む2人の周辺を先ほどから回り続ける大剣がある。それはキラキラと星空のように輝きながらも紫色の怪しいオーラを放つ剣で、魔法に対する絶対的ダメージを誇る武器である。
この剣が常時アリッサとリーシアを護るように霧を切り裂きながら幻術を無効化しており、アリッサにはゲーム知識での進むべき道が見えている。
「それもハルモニウム製?」
「そうだね。ハルモニウムと霧の古代竜ジャバウォックの素材使っているけど」
「初めて聞いたわ。古代竜って?真竜とはまた違うの?」
「古代竜は真竜と対立した悪しき竜って感じかな。真竜は人間との共存、または和解の道を選んだけど、古代竜は竜こそ最強ー!って心情を掲げる竜でね。その意見の食い違いから真竜と激しい戦いを繰り広げた竜なんだ。
で、ジャバウォックは竜の中でも一番幻術魔法が扱えた竜で、この霧を発生させている結界やリーシアが使う結界だって元を辿ればジャバウォックの魔法を研究したものだしね」
「ま、魔法の始祖みたいなものじゃないの!そんな凄い竜をこんな大剣に……」
「まあゲームだったし、リーシアには信じられないかもしれないけど何度倒しても復活したしね」
「流石にもう貴女の話を聞いて驚く機会は減ったわよ。別に信じていないわけじゃないし、それにそんな代物を見せられれば否応にもねぇ…?」
「いつか古代竜と戦うんだし、頑張って強くなろうぜ」
「な、なんで今の会話から古代竜と戦うことになるのよ……」
「鍛冶やってて気づいたんだけど、実は作れる武具が増えててさ。だから、頑張ってコンプリートしたいな~って」
「まさか貴女真竜にも喧嘩を売るつもりじゃないでしょうね……」
「古代竜にも喧嘩売るんだから真竜にも喧嘩売るに決まってんじゃん」
何を当たり前のことを?みたいな顔で返され、リーシアはがっくりと肩を落とした。
「出来れば穏便な方法で素材を手に入れたいわ……」
「ああ、ここゲームじゃねえから同じ個体は1体しかいないのか。倒したら世界のバランスとか崩れそうだし、面倒だなぁ……」
坂口龍之介、レジェンダリーファンタジーにおいて初のコンプリート不可案件に直面し、ぎりっと奥歯を噛む。
「一体くらい減っても……バレへんか……」
「ちょ、ちょっとなに不吉なこと言ってんのよ!」
ぼそりと呟いた言葉があまりにも本気すぎたためリーシアは全力で話題逸らしにかかったのであった。
「ん?誘導されたわ」
「え?」
そろそろウィンドドラゴンの巣に到着するという目前で不思議な風が舞い、霧が晴れるとぽっかりと空いた樹々や草一つ生えない広場に出た。
「そろそろ着くと思ったんだけど、どうやらオレたちを里に入れたくないらしい」
「ウィンドドラゴンが?」
「うん」
アリッサに釣られるようにリーシアが空を見上げると、頭上高く飛ぶ新緑の竜がこちらを見ていた。
「あ、あれがウィンドドラゴン……3体もいるわ……」
たとえ最下級のウィンドドラゴンとは言え、ドラゴン1体もいれば国が軽く滅ぶと言われるほどのモンスターである。それが3体もいるとは、相当警戒されているようだ。
『何者だ、貴様』
広場に降り立つ3体のウィンドドラゴン。軽く6mあろう体長が鎌首を上げ、真ん中の竜が声を出す。
「イレラ・ウィンドドラゴンだな?」
『………貴様、何故我が名を知る?』
「どういうこと…?」
「ウィンドドラゴンの族長だよ。てっきり次期族長のアザム・ウィンドドラゴン辺り出て来ると思ったんだけど、まさかの前族長のイレラが出て来るとは思わなかったよ」
アリッサがリーシアに説明すると、それを聞いていた後ろの右目がない荒々しい雰囲気を感じるウィンドドラゴンの首がぴくりと動く。
「まず最初の質問に答えるとオレは、アンタらの素材が欲しい。そして次にオレが何者か、それは真竜辺りが知っているんじゃないかな」
『真竜だと?貴様、まさか勇者なる者か?』
「なりそこないみたいなもんだよ。なに、真竜から通達でも来てたの?勇者が来たら力を貸せ的な」
『いや、逆だ。力を試せと言われた』
「ああ、そうか……――――リーシア……ちなみにこれに勝つと族長に認められて竜の里に行けるようになる……」
「え……ハルモニウム採れるじゃん…」
ふと昔のレジェンダリーファンタジーのストーリーを思い出したアリッサが隣のリーシアに耳打ちをする。
「でも面倒だ。連れていかれたら修行だなんだの言われて当分山を下りれない」
「それは嫌ね……」
「だろ…?だから、今回は素材だけを貰うぞ」
「そうね……それがいいわ」
『相談か?』
「ううん、違う違う。えと、まず貴方たちの結界を破壊したことは謝罪します。オレ達はなにもウィンドドラゴンと事を構える気はないことを示しておきます」
『ああ、無駄な争い事は我も好かん』
2人がしっかりと頭を下げるとようやく3体の竜の警戒が和らぎ、イレラの肩に入っていた力が抜ける。
『それで我らの素材が欲しいと申したか』
「ええ、別に竜の里には興味がないので」
『……知っているのか、竜の里の存在を……』
「真竜から力を試せってのはそういうことでしょう?」
『………ふむ、貴様本当に何者だ?ただの人間でも勇者でもないな……』
イレラが後ろに控える片目のウィンドドラゴンに目配せをする。するとイレラは下がり、逆に片目のアザムが2人の前に出て来る。
『では、こうしよう。このアザムに勝つのであれば好きなだけ素材を持っていくがいい。本来ならば莫大な富を献上してもらうところだが、我らは貴様の底が知れぬ。力を試させてもらうぞ』
「結局こうなるのか……」
「アリッサ……」
「ああ、大丈夫だよ。リーシアは下がってて」
心配そうに服の裾を掴むリーシアに笑いかけ、離れているように言う。
「アザムくんかぁ……ダークドラゴンに喧嘩を売った時の片目と角は治らなかったんだね?」
『おい、何故それをお前が知っている?』
「まぁ色々とね。それでイレラさん、力を試すと言ったけれどアザムくんが酷い怪我を負ってもオレは知らないからね?」
『構わん。これは決闘だ。如何な傷を負おうとも我らは手出しをせん。だが、戦いの続行が無理だと判断した場合は、こちらから待ったをかけさせてもらうぞ』
「おーけー。それじゃやろうか」
アリッサとアザムは距離を取る。そして伝令役のウィンドドラゴンが空にブレスを吐くと同時に戦いの火蓋は切って落とされた。
アリッサは開始早々当然の如くアザムが展開している結界を破壊するためグングニルを投擲し、続け様にドラゴン族に特効がある魔剣バルムンク、聖剣アスカロンを投擲した。
『な、に!?グガアアアアアア―――――!?!?!!!?!?』
放たれたグングニルはこの場にいる全員が目視出来ないほど、光の槍となってアザムの胸を結界ごと一瞬で貫いた。
そして破壊されて無防備になったアザムの肩に2本のドラゴンスレイヤーが突き刺さり、もはや断末魔のような雄叫びが森へ響き、アザムの口から血が吐き出され血の池が出来上がる。
『ま、待った!!!そこまでだ!!!!』
『……ガ……ガアアア……』
『おい!!巫女を!!巫女を連れてこい!!!』
『は、はい!!!!』
「リーシア!巫女さんが来るまでアザムくんに治癒魔法を」
「え、ええ!!」
友好関係を結ぼうとした矢先に次期族長を殺めるなど、前代未聞の事故が目の前で起きそうな事態をリーシアは全力で防ごうとした。
『貴様、名をなんという?』
「アリッサ」
『……ふむ、その武器は真竜の加護を受けた物だな?』
「ハルモニウムと真竜インドラの角を素材として作った武器だよ」
『インドラ様の角を……どうりで我が結界を赤子の手をひねるかのように破壊されるわけだ』
「まぁ、ね………それで、一応急所は外したけど約束は守ってくれる?」
『ああ、好きなだけ持っていくがいい。だが、この件は竜の里に報告させて貰うぞ?』
「別に構わないけど、オレは好き勝手生きていいと言われているんだ。だから、変な干渉はしてこないでよ?」
『それは誰に言われた?』
「神様って言えば真竜さん辺りは分かってくれそうな気がするよ」
『分かった。確かにアリッサ殿の言葉を真竜に伝えよう。それと出来れば我が里とは、これからも良き付き合いをしてくれると幸いだ』
「もちろんだよ。ドラゴンはかっこいいし、作れる武具も良いもんだしね」
『アリッサ殿は鍛冶が出来るのか?』
「できるよ。あの槍だって剣だって全部オレが作った」
その言葉にイレラの目が見開かれた。
『なんと……!なるほど、我は愚かにも神の子に逆らってしまったわけか』
「いやいや、そんな大層なもんじゃないって。だから、イレラさんとはこれからも末永くよろしくと行きたいもんなんですよ」
『それは願ったり叶ったりの提案だ』
と、横で死にかけのアザムと死なないでと全力で治癒にあたるリーシアを尻目にアリッサとイレラは、あっさりと友好関係を結ぶのであった。
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