第8話 異世界の勇者

それから5日後、リーシアの家に王城からの手紙が届いた。



「来たわ」


「あ~あ、ここともしばらくお別れか~」



開かずとも分かる手紙に新作の防具制作の手を止めて雲一つない青空を仰ぎ見る。



「防具は間に合いそう?」


「なんとかな~。まじリーシアの父ちゃんに感謝だわ~」



パフェやケーキの知識を売った代わりにアリッサは莫大な資金を手に入れ、その資金をもってこれからの旅のお供をする防具の作成をしていた。



「こっちも良い取引をさせて貰ったのだからいいのよ。それに印税も入るし良かったじゃない」


「先人たちが歩んできた道を知っているオレが儲けていいのかなって思うんだわ。なんか泥棒をしている気分でさ」


「貴女の世界ではそうかもしれないけど、この世界では貴女が生み出したのよ。それに先人と言ったけれど、それこそ遅いか早いかの違いでしかないわ。アリッサはこの世界の発展を促した第一人者、誇っていいのよ?」


「誇れるほどの人間じゃねえんだよ。オレは」


「卑屈ねえ」



後悔先に立たずとはまさにこれ。現代知識を武器に戦うのはやはり控えるべきかと今更のように後悔する。



「で、進捗状況はどう?とりあえず言われた物は取り寄せられたと思ったんだけど」


「ああ、その点関しては問題ないよ。欲を言えば品質が落ちていることだけど」


「それは仕方がないわ。だってアリッサが要求した物のほとんどがモンスター品ばかりだもの」


「時間がないからしゃーなしなのは知っているよ。進捗状況は大方完成かね~」



針で狼の毛皮を縫いながら仮想ウィンドウの手順に従って完成を目指す。残りはほとんど縫い合わせなので、この時点でほぼ出来具合は見えている。



「結局何を作っていたの?ダークウルフなんて珍しいモンスターの素材を要求してくるから結構苦労したのよ?」


「ダークウルフのセット装備かな。オレ、闇属性っぽいし補正かけた方が強くなると思って」



そう、アリッサが作っていたのは劣化アスガルドシリーズだった。用意できる中で一番の鉱石だったアダマンタイト鉱石とダークウルフの黒い毛皮と頭部をフードとして使った防具は蛮族感満載で、下手したら盗賊や山賊と間違われてもおかしくないレベルで怪しい。



ダークウルフ(頭)。


魔界の魔素を浴びたフォレストウォルフが進化した上級モンスター。頭と記載されているようにダークウルフの頭をそのまま使っており、被ることもできるアリッサならではのアイディア。地味に被れるようにしたことで認識阻害の能力を得ている。


HP+17 耐久力+21 筋力+15 精神力+10 敏捷力+10 


ユニーク能力:ダークウルフの雄叫び(恐怖効果を軽減) 闇の狩人+1(闇属性耐性(低)この効果はシリーズ全てを揃えると発動する) 光属性耐性(-)


付与能力:アダマンタイトの守り(耐久力+15) 精神力強化(低)



ダークウルフ(胴)。


ダークウルフシリーズの胴にあたる部分。胸部をしっかり守るふわふわの毛皮に対して下はへそ出しスタイルというセクシーなこの作りはアリッサの好みではなく、元々ゲーム内にあった防具であり断じてアリッサの好みではない。


HP+20 耐久力+25 筋力+10 精神力+10 敏捷力+5


ユニーク能力:ダークウルフの雄叫び(恐怖効果を軽減) 闇の狩人+1(闇属性耐性(低)この効果はシリーズ全てを揃えると発動する) 光属性耐性(-)


付与能力:アダマンタイトの守り(耐久力+15) 精神力強化(低)



ダークウルフ(小手)


ダークウルフシリーズの小手にあたる部分。肘まで守るふさふさの毛皮と手首の先にはアダマンタイトと完全融合したダークウルフの爪先がふんだんに使われており、正直これで殴るだけで爪スキルが発動する。


HP+8 耐久力+10 筋力+20 精神力+5 敏捷力+15


ユニーク能力:ダークウルフの雄叫び(恐怖効果を軽減) 闇の狩人+1(闇属性耐性(低)この効果はシリーズ全てを揃えると発動する) 光属性耐性(-)


付与能力:アダマンタイトの守り(耐久力+15) 精神力強化(低)



ダークウルフ(腰)


ダークウルフの腰にあたる部分。ダークウルフの牙が使われたベルトとヒラヒラのスカートが特徴的な防具。正直へそ出しと言い防具としてあまりにも欠陥が見当たるが、きっとなんとなるだろう。数値は嘘をつかない。


HP+13 耐久力+9 筋力+9 精神力+20 敏捷力+25



ユニーク能力:ダークウルフの雄叫び(恐怖効果を軽減) 闇の狩人+1(闇属性耐性(低)この効果はシリーズ全てを揃えると発動する) 光属性耐性(-)


付与能力:アダマンタイトの守り(耐久力+15) 精神力強化(低)



ダークウルフ(脚)


ダークウルフの脚にあたる部分。ニーソックスにまず目がいき、その絶対領域まで登ったところでアダマンタイトとダークウルフの爪で構成された足に踏みつぶされるまでがお約束の防具。鋭い爪先は可動域が広く、足指の関節まで曲がるためいかなる土地でもふんばりがきく。


HP+15 耐久力+12 筋力+10 精神力+28 敏捷力+30



ユニーク能力:ダークウルフの雄叫び(恐怖効果を軽減) 闇の狩人+1(闇属性耐性(低)この効果はシリーズ全てを揃えると発動する) 光属性耐性(-)


付与能力:アダマンタイトの守り(耐久力+15) 精神力強化(低) アリッサの職人技(地形効果大きく軽減する)



セット効果:闇の狩人(暑さ軽減(中) 寒さ軽減(中) 地形効果軽減(中))



「しばらくお世話になるなぁ」


「ずば抜けた性能ね。今度私の防具も作ってくれない?」


「素材と金は用意しろよ?友達価格として半額近くで請け負ってやる」


「うわ、友達からも金を取るの?」


「当たり前だろ。親しき中にも礼儀ありって奴だよ」


「まあいいわ。武具の声が聴ける国宝職人の技を半額で受けて貰えるのだし」



ちくちくと作業を進めながらアリッサは手紙について尋ねる。



「いつよ?」


「3日後よ」


「オレらはどこのパーティーよ?」


「盾らしいわよ?」


「盾かよ。楽できるじゃん」


「一応彼、剣も装備できるんだからね?あまりコキ使ってはダメよ」


「オレが前に出なければそれでいいや。つか、オレらが盾ってことは他も決まってんのか」


「そうね。まだメンツは分からないけど、余り変な人とは組みたくないわ」


「全くの同意見だけど、そいつはもうラクーシャ様の配慮とやらにかけようぜ」


「私、ラクーシャ様と仲良くしてて心の奥底から良かったと思っているわ」


「お前……今とんでもない発言をしていることに気付いているか?」


「アリッサに毒され過ぎたわ」


「勝手に毒されてんだろ」


「貴女のせいよ。変な現代語を理解するこちらの身にもなってほしいわ」


「しゃーないだろ。こちらとら先進国生まれの機械に囲まれた世界からやってきたんだからさ」



ああ、寂しいぜ我が愛しのパソコンスマホちゃん。



「なに遠い目をしているのよ……」


「オレの秘蔵フォルダが世にばらまかれていなければいいけど」


「フォルダってなに?」


「フォルダっていうのは――――」



こんな感じで現代知識を取り込んでいく異世界人リーシアはまた一つ無駄な知識を蓄えて行くのであった。








3日後、ダークウルフシリーズを装備するためレベルを急遽35まで引き上げた後2人は、最近出番が少ない愛馬マーカスを連れてお城へやってきた。



「城下町を見て思ったけど、冒険者の数が減っていたな」


「勇者のパーティーに入るための審査にここの騎士団が相手したらしいわ。ここの騎士は基本レベルが40以上だから、それはもう厳しいのなんので皆帰ったみたい」


「貴族は?」


「貴族にも手は抜かないわよ。ここの王様がどんな人物か知っているでしょう?」


「ああ、武力で解決だもんな。賄賂にも屈さない戦闘狂ばっかか」



そんな厳しい審査を顔パスで突破したリーシアの家が改めて凄まじいと認識させられるが、これも全てオルバルトの爺さんのおかげに他ならないだろう。



「んじゃここに集まっている奴等は皆純粋な戦闘能力で選ばれた人間のみか」


「そうなるわね。それじゃ行きましょうか」


「うーっす」



ダークウルフシリーズを装備した蛮族アリッサに城の騎士達は驚くが、その前を歩くリーシアの姿を見てすぐに姿勢を正し、彼女が微笑めばそれはもうだらしのない顔を晒す。



2人は広間にではなく、各々の勇者パーティーに振り分けられた個室に案内され、2人が中に入るとそこには王城パーティーで見たオタク盾勇者と明らかに染めたであろう金髪のギャルっぽい女の子が待っていた。



「初めまして私の名はリーシア・アルベット。これからよろしくお願いしますね」


「同じく初めましてオレの名前はアリッサ。これからよろしくお願いします」


「あ、あ!初めまして!僕の名前は新垣 大樹(たいき)です!これからよろしくお願いします!!」



入室し、扉を背にリーシアが先に挨拶をしてアリッサもそれに続くと呆気に取られた新垣少年が椅子から立ち上がってペコペコ頭を下げる。


金髪のギャルっぽい子は目を向けるだけだったが、やがてぽつりと――――



「大海(おおみ) 麗奈(れな)」



金髪外はねロングのギャルこと麗奈はそれっきり喋らなくなり、つまらなそうに外の景色を眺めている。



『アリッサ……貴女の国の礼儀で初対面の人の名前を呼ぶ時はどうすればいい…?』


『基本最初の苗字と呼ばれる最初の名前を呼べばいい。だから、盾がアラガキでギャルがオオミだ』



と、耳打ちをしてきたリーシアにそう答えると小声で『サンキュー』と言い、2人に向き直る。



「ええっと、アラガキさんとオオミさん?あなた方の事情は聞いています。元の世界に帰るためにも力を合わせて頑張りましょうね」


「こ、こちらこそ―――――」


「はぁ?」



4人しかいない個室でオオミの声はやけに響いた。



「なにが頑張りましょうね、だよ!こっちの事情を知っている?そんな見え透いた嘘をついてんじゃねえよ!!あたしらがどんな想いでこっちにいるのかも知らないくせに!!」


「ちょ、ちょっと麗奈…!」


「うるせえんだよ!黙っていろよクソオタク!!」


「ひい!」


「知っているわよ。あなた達が日本から来たことも。高校生だということも」



いきなり罵声を浴びせられたリーシアだったが、彼女は冷静だった。無表情でただ淡々と事実だけを述べた。



「こんな世界に来たくもなかったことを。自分には帰るべき場所があることも。ちゃんと全部知っているわよ」


「なっ……はぁ…?あんた何よ……なんで知っているのよ……」



オオミはリーシアの覇気に気圧され、毒を抜かれて口元をわなわなと震わせる。



「だから、一緒に力を合わせましょうと言っているのよ。別に力を合わせなくてもいいけど、その代わりもし世界が滅亡したらあなたも死ぬけど、それでもいいの?勝手に連れて来られてきて死ぬけど、いいの?」



理不尽だな、とリーシアの辛くも現実を叩きつける言葉にアリッサは虚空を仰ぐ。



「し、死ぬって……なに言ってんのよ!」


「これは現実よ?ゲームの世界なんかじゃない。それを覚悟してあなたはこの場にいるんじゃないの?」



そう、戦闘をしたくない学生は後方支援に回る手筈となっていて、この場にいるオオミは戦うつもりなのだ。



「すまない、麗奈は悪くはないんだ…」



リーシアとアリッサの背後から野太い声が聞こえ、2人が振り返るとそこには巨人がいた。



「でっか」



身長は190cmはあろうという大きさ。腕は丸太のように太く、彼に合うサイズの学生服はなかったのか、それとも破れてしまったのか彼の姿は紺色のジャージだった。



「現地の人と組むというのはあなた方で間違いないですか?」


「ええ、そうですが、貴方は?」


「ああ、そうですね、自己紹介をしましょう。俺の名前は金剛 武人(たけひと)。ボクシング部に所属している高校2年生です」


「ぼくしんぐ…?」


『キックベースボールみたいなスポーツと一緒で、腕にグローブを嵌めて殴り合いをするスポーツだ』


『な、なるほど……それにしてもその歳で凄い身体ね』


「金剛さんね、これからよろしくお願いします。それで悪くはない、というのは?」


「ああ、えっと俺らは幼馴染で大樹が勇者に選ばれてしまったから俺は力を貸すんですけど、麗奈がどうしてもついてくると言い出してな…」



金剛は敬語を使うことに慣れていないようで、所々素の言葉が出ては言葉に詰まり、見かねたリーシアが助け船を出す。



「そうなんだ……麗奈ったら危ないからここで待っててって言ってもさ…」


「うるさい!お前らそんなに死にたいのかよ!!馬鹿なんじゃないのか!!」


「ってこんな感じでヒステリックに叫ばれて一向に話し合いにならなくて…」


「俺からも頼む。麗奈を後方支援に回してくれ」


「私は別に構わないけど……でも、本人が…」



言い争いをする3人を見てアリッサは麗奈の立場に立って考えてみる。きっと3人は仲が良いのだろう。だから、よくも分からない世界で勇者として選ばれた情けない幼馴染1号とそれを補佐する幼馴染2号が自分から離れて行くのが怖いのだろう。


戦うのはもちろん嫌。でも、知らない世界で大した仲も良くないクラスメイトと一緒に取り残されるのも嫌、恐らくこんなところだろう。

彼女は今複雑な心境の中にいて自分でもどうすればいいのか分からなくなってしまっている。だが、自分の読みが正しければ彼女は――――



「いいじゃん、連れて行けば」


「え?アリッサ?」


「新垣さんと金剛さんが守ってやればいいじゃないですか。男でしょ?」



部下のメンタルケアも請け負ったできる女(男)はあっけらかんと言い放つ。



「こんなくそったれた世界に1人置いて行かれる気持ちを考えてみなって。きっと大海さんは君らが一緒に行こうって言うのを待っていたとオレは思うな」



そこでアリッサが麗奈を見ると彼女は頬を若干赤く染めてそっぽを向く。アリッサの読みは当たった。彼女はただ背中を押して欲しかっただけなのだ。でも、それを口にするのが恥ずかしくて。でも、置いて行かれるのはもっと嫌で。そんな複雑な心だったのだろう。



「訂正しよう。オレの名は坂口。君らと同じ日本人だ」



それは気まぐれだった。自分より年下の過酷な運命を背負ってしまった高校生達に同情したのかもしれない。少しでも高校生たちのメンタルを癒したかったのかもしれない。


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