第6話 坂口龍之介の本音
目を覚ますと既に世界は暗黒に呑まれ、辺りは静けさに満たされていた。
ベッドからのっそりと這い出れば、また勝手にリーシアに着替えさせられたのか、なんとも着慣れないスースーするネグリジェを身に纏っており、毎度のことかと呆れる。
いや、呆れるで済ませられるほどアリッサの格好は容認できるものではないが、暗くて自分が一体どのくらいの露出なのか分かっていない彼女は次元宝物庫から燃える炎の剣、フレイムタンを取り出す。
「うん、明るい」
炎剣フレイムタンがまさかのランプ代わりされ、武器も泣いているが、それには気付かないフリをして机に置かれたリーシアの置き手紙を手に取るついでに蝋燭に火を灯す。
「また今度使ってあげるから…」
おい、それはないだろご主人って言いたげな武器を戻しつつ手紙に目を通す。
「オレのこと説明してくれたのね」
リーシアは両親と晩御飯を共にし、その場でアリッサのことを軽く説明してくれたそうだ。
爺さんの手紙の存在もあり、両親共にアリッサを客人として正式にもてなしてくれるそうで、屋敷内を好きに使っていいそうだ。
「って言われても好き勝手使うほどオレの精神は太くないっていうか…」
THE庶民である坂口龍之介にとってこの屋敷は一刻も早く離れたい場所であるのは言うまでもない。
東北に住む者として薄い布で寝るのは慣れないし、変に豪華な飾りつけが目に痛いし、何かの拍子で触って壊れてしまったら一体いくら請求されるか分からない壺や皿に囲まれて過ごす精神が彼女にはないのだ。
「オレ貴族に向いてねえなぁ…」
郷に入っては郷に従えと言うが、慣れないものは慣れないのだ。野宿も戦いも何もかも慣れない。強いて楽しかったと言えば鍛冶くらいなものである。
「いっそのこと王宮仕えの鍛冶師にでもなってもいいかもなぁ」
リーシアのコネを最大限に使って王宮に自身の存在をアピールし、世の鍛冶師を総なめする。そんな道もあるかもしれないが、その頃にはもう好き勝手生きることは許されていないだろう。
「ままならねえ」
自身で方針を決めるのが絶望的に嫌いなアリッサは思考の袋小路に入ってしまう。とりあえずオーディアスに来れば何かが変わるかと思ったが、アリッサの道を示してくれる者はいなかった。
「…………腹減ったな」
考えても考えがまとまらないアリッサはリーシアが作ってくれたサンドイッチを頬張りながら一緒に置いて行ってくれたメモ書きに目を通す。
どうやら両親に勇者のことや最近大陸で流れている噂話をまとめてくれたらしい。
「あいつほんと優秀だなぁ」
勇者と共に巻き込まれた人間、恐らく高校生は30人で、うち4人が勇者適性があり。ここまではエウロの話にあった通りで、別段驚くことでもないが、そこから先に書いてある内容を見てアリッサは目を細める。
【勇者一行は派閥が存在しており、互いに対立しあっているとの情報がある。要調査案件】
「なんだって…?でも、高校生ならあるのかなぁ……」
クラス皆が仲良くとはうまく行かないもので、表では手を取りあっても裏ではボロクソに暴言を吐いていたりと思春期の高校生にはよくあることだ。
社会に出れば自分と合わない人間はごまんといるし、それがクラスメイトだったとしても何なら不思議ではない。
だが、今回のケースはちょっと違う。4人の勇者がいて、その4人ともクラスメイトを巻き込んでの対立となれば話は別だ。それも異世界に来ても尚対立しているという。
「子供だなぁ。自分らが置かれた状況を理解していないのだろうか」
エウロが最後に呟いた言葉を思い出し、面倒くさそうにアリッサは頭を掻く。
「一度見てみるか。勇者様ってやつを」
アリッサは最後のサンドイッチを口に放り込んで用を足すために部屋を出た。ちなみに屋敷内を迷ったのは言うまでもない。
翌日、既に太陽は空の中央に差し掛かろうとしたところでアリッサは起床した。異世界人ではない現代っ子なアリッサにとって仕事のない日は基本惰眠を貪り、朝食を食べないなんてざらにある。
まあ、たとえ朝食を食べたとしてもコンビニ弁当かジャンクフードの二択ではあるが。
「あーまーじで久しぶりに寝たわ」
背を伸ばし、欠伸を盛大にしてからベッドから降りると部屋に備え付けられたベルを数回鳴らす。すると――――
『失礼します』
部屋に入って来たのは1人のメイドだった。リーシアのような綺麗な金髪を流した若い子で、昨日真っ暗な屋敷内を彷徨ってトイレを探していたところ遭遇し、悲鳴を上げられた真新しい記憶がある子。
彼女の名はメリス・レミグレアと言い、リーシアとは親戚の愛柄らしい。なんでもいずれは宮廷仕えになるそうで、今はここで花嫁修業中だとか。
「お呼びですか?アリッサ様」
「ああ、えっと着替えとかどうすればいいのかなって」
そう、着替えである。今の今まで事情を知っているリーシアが寝ぼけたアリッサを強引に着替えさせていたので、自分一人で女物の服を着たことがないのだ。
だから、クローゼットにある大量の衣装を自分一人で選ぶこともできないし、下手な格好で外を出てここでは有名なリーシアの家に泥を塗るわけにも行かない。やはりここはメイドの彼女に選んでもらうのが一番だと判断したのだ。
「それは私がアリッサ様の服を選んでもよろしいのですか?」
「ダメ…かな?」
「いえ!とんでもございません!このメリスにお任せください!」
ふんす!鼻から煙が出そうなくらいやる気を見せる彼女に若干の後悔と大人しくリーシアに頼むべきだったのでは?と今更ながら思うアリッサであった。
揉めにもめた衣装選び時間を抜け、結局華美過ぎず地味過ぎずのフォーマルな服装に落ち着いたアリッサは、そのままメリスに連れられ遅めの朝食を食べていた。
「アリッサ様、本日のご予定はございますか?」
「あー……その前にリーシアは?あいつ次第で今日の予定が決まるんだけど」
「リーシア様ですか?リーシア様は現在旦那様の書斎におられると思いますが」
「なんかあったのかな。言伝はある?」
「特には」
「ほーん……」
ベーコンとスクランブルエッグに香ばしいパンの朝食。なんとも西洋風漂う朝食を食べ終え、暇なアリッサは席に着いたままメリスが運んできた紅茶を楽しむ。
「メリスって貴族?」
「形式上はそうでございますね」
「んじゃリーシアと同じか~」
「い、いえ……そこまで立派なものではございません。リーシア様は女性貴族の憧れなんですよ。お綺麗で武勇にも秀でて明るくて、差別もせず誰とも気さくに話しかけられて。本当に理想の女性貴族なんですよ」
「確かに明るいわな。でも、あいつには気をつけた方がいいぞ?」
「どういうことですか?」
「あいつ、同性愛の気がある。まじで貞操の危機を感じるくらいにはな」
「ええ!?ほ、ほほ本当ですか!?」
傍に控えているメリスが飛び跳ねんばかりに驚き、慌てて両手で口を塞ぐ。
「やーあいつ優秀なんだけど、傍に置きたくもない奴なんだよなぁ。リーシアってさ、縁談とか持ち込まれないの?」
「持ち込まれていますよ?でも、頑なにリーシア様は避けておられて…」
「あいつを貰ってくれる男はおらんのか」
「好き勝手言ってくれるわね?アリッサ」
「げっ」
「リーシア様!?」
紅茶を飲んでいると扉を開けてずかずかと2人のメイドを引き連れた不機嫌そうなリーシアが現れ、有無を言わさずアリッサの隣に座る。
「や、お前を貰ってくれる男はいないのかねって話をしていたんだよ」
「本人を前にしてよくその話ができるわね……」
「まあそれはいいとして、どしたの?」
何も言わずリーシアの前に新しい紅茶が用意され、彼女は軽く手を上げてそのまま砂糖のキューブを3つほど入れてかき混ぜる。
「アリッサが話していた縁談の話よ」
「おお!メリスの言う通りじゃん。まじで持ち込まれてんのな」
ギロリとリーシアではなく、彼女の背後に控えるメイド2人がメリスを睨みつけ、睨まれた本人はリーシアに無言で何度も頭を下げる。
「断ってやったわ!!父上にも困ったものよね~。お前もいい歳なんだし、家のことも考えたらどうだ?って」
「貴族社会ってそんなもんじゃねえの?政略結婚とかでさ、自分が希望する相手となんて無理だろ」
「ほんと腐った世界よ。貴族なんてなるもんじゃないわ」
「ちなみにリーシアの後ろにいるお二人も貴族?」
「そうよ」
「ジェニファです。アリッサ様」
「バニラです。アリッサ様」
「よろしくね。それで、参考ついでに聞きたいんだけど、やっぱ親が決めた相手とか持ち込まれた縁談を受けるのは当たり前の認識?ああ、リーシアのことは気にしないで」
アリッサの言葉を受け、2人はリーシアに答えていいのか視線を送るが、彼女は手をヒラヒラと振って寛容な姿勢を見せる。
「そうですね……小さい頃からそれが当たり前だと思っておりましたから…」
「私もそれが普通のことだと思っております。男性の場合だと本当に好きなお相手を側室として囲うことはありますが…」
「なるほどねえ……やっぱお前がおかしいんじゃねえの」
「皆ももっと自由であるべきなのよ。でも、この国は王制だからねぇ……どうしても男性の地位が高く、女性が低くなってしまうのは仕方のないことなのよ」
それについてはアリッサも思うところがあった。現代の日本社会においてもいくら男女平等を謳おうとも結局実現しないものなのだ。
「これも聞いた話なんだけど、リーシアって女性貴族の憧れなんだってね。そんなお前がフラフラしてていいのか?」
「アリッサも父上みたいなことを言うのね。確かにあなたの中身とか考えたら納得できるけど、でもまだ私は結婚したくないのよ」
「何かやりたいことがあるのか?」
「やりたいことができた、と言おうかな」
「ほう、聞かせて貰おうじゃないか」
「私、アリッサについていく!貴方の旅路に同行するの!」
突然の宣言にアリッサより後ろに3人娘が驚いていた。だが、メリスだけは顔を真っ赤にし口を両手で塞いで『やっぱり…!』と言っているが、オレにその気はないと言っておこう。
「それ、お前の父親に話したのか?」
「昨日の晩御飯の時に話をしたら数年ぶりにマジ喧嘩をしたわ!」
「ダメじゃねえか!!!」
「でも聞いて!!父上、私に勝てなかったの!!だから拳で分からせてやったわ!」
「お前つよ!!」
所々部屋に傷跡が残っている理由がようやくわかった。それにしても娘に勝てない父親とは……何とも可哀想な。
しかし、リーシアの父親はめちゃくちゃ強いはずだが、流石に可愛い娘相手に本気を出すわけもないかと1人納得するアリッサ。
「だから結婚の話なんてどうでもいいのよ。それで今日はどうするの?街を案内しようか?」
「あー昨日お前がまとめてくれた書類に目を通したんだけど、気になることが出来たんだよね~」
「なになに?」
「勇者たちについて」
「あーそれね。どうだった?」
「一度会ってみたいんだよね。遠目でもいい。どんな奴等か見てみたい」
「なるほどね。すぐに手配するわ。恐らく私も同席することになるけど、大丈夫?」
「別に今更お前に隠し事しねえからいいよ」
「オッケー。バニラ、お願いできる?」
「かしこまりました。すぐにでも」
「いつもありがとうね」
「勿体なきお言葉です、リーシア様」
リーシアに礼を言われた青髪の短髪メイドことバニラは深々と頭を下げて部屋を出て行った。
「皆優秀そうなメイドだな」
「当たり前よ。きっと皆いい旦那さんを貰うわ」
「お前も貰えよ」
「私はアリッサでいいわ」
「言ってろ」
いつものやり取りをしながらバニラの報告を待つ間、アリッサはその後庭でリーシアや他のメイドを混ぜてキックベースボールを開催するのであった。
このキックベースボール、その後国民的スポーツにまで発展するのだが、この時アリッサはまだ知る由もない。
「アリッサ、今日王城でパーティーが行われるらしいわ。そこで勇者達のお披露目があるらしいんだけど、どう?」
メイド達とキックベースボールをしている最中、バニラが戻ったのでその報告を受けるため2人はそのままメイド達に遊んでいるよう言い、そっと抜けて彼女の報告を受けた。
「いいんじゃね?つか、オレドレスないけど、いい?」
「ドレスなんて私がいくらでも貸してあげるわよ」
「ならいいか。でも、オレ冒険者だぞ?貴族でもない奴がドレス着ていたら変じゃね?」
「あー……なんかいつも一緒にいるから勘違いしていたわ。それじゃ私の護衛ってことで」
「父親に勝つホーリーランサーに護衛なんているのかね?」
「私が欲しいの!!」
「はいはい。バニラもありがとうね、大変だったでしょ」
「いえ!これくらい当然のことです!」
何故かメイドに敬語を使うことを禁じられている一般冒険者ことアリッサはバニラを労い、自分の代わりにキックベースボールで遊んでくるよう言う。
「オレは鉄の鎧しか持ってないけど」
「何言っているの?あなたもちゃんとドレスを着るのよ?」
「まじで?」
「ええ、まじよ。そんなパーティーの席で私の隣に控える人がガッシャガッシャうるさい鎧を着こんでいたりしたら笑われるわよ」
「それもそうだな。ドレスとかは頼むわ。オレわかんねえし」
「当たり前よ。貴方の服は私が選ぶの」
そこでリーシアは『ん?』と何か気付いた様子を見せる。
「アリッサ……今日どうやって着替えたの…?」
「ん?ああ、それはメリスに頼んだよ。お前いなかったし」
「ああああああああああああ!!!!!!!」
「うわああ!?」
「「「「「「お嬢様!?」」」」」」
突然発狂したリーシアにアリッサを含めたメイド全員が何事かと動きを止めて驚く。
「アリッサの服は!!!!私が選ぶのに!!!!どうして!!!!」
「だ、だってお前父親に呼ばれたじゃん?」
「おのれ父上!!!」
「まじで最近リーシアが怖いんだが…」
「皆聞いて!!これから朝アリッサが起きたら絶対私を呼びなさい!!いい!?分かった!?」
「「「「「「は、はい!!お嬢様!!!」」」」」」
「こええ……」
有無を言わさないサイコレズにメイド達は頷くことしか出来なかった。
その晩、1日放置していたマーカスに謝りつつも彼に馬車を引いて貰い、王城のパーティーへ出席した。
リーシアが言うに勇者の仲間になりたいと願っている一般の冒険者は参加を許されていないらしく、アリッサが変に思われない程度に見渡しても皆自分を綺麗に着飾った貴族や商人、はたまたお忍びでどこかの国の王族が紛れ込んでいるくらい豪華な顔ぶれだった。
「リーシアが感じた率直な意見でいいんだけど、勇者ってどう思う?」
「勇者?」
面倒な挨拶回りを終え、離れたテーブル席に腰掛けるなりアリッサはリーシアに尋ねる。
「いや、少し質問を変えよう。勇者の存在をどう思う?」
「そうねえ……私も昨日色々古い書物を漁って勇者について調べてみたのだけれど、どうやら勇者が現れると何らかの悪しき存在が迫っていることも同時に示しているらしいのよ。だから、今私が勇者に対して感じているのはちゃんと世界のために曲りなりにも戦ってくれる存在であればいいわ」
「なるほどね」
「おとぎ話みたいに伝説の勇者が現れて、清廉潔白で仲間想いで弱者を助け強き者を挫く。そんなアホみたいな存在がいるとは思えないし、ちゃんと人なりに常識があればいいわよ」
「捻くれてんな」
「アリッサもさ、否定しているけど多分貴方も勇者なのよ?何かのトラブルが重なっただけで、本来ならこういう立派な国に召喚されてちやほやされているはずだと思うわ」
「そういうのは趣味じゃない」
「ま、アリッサがそうだから、私も貴方についてきたんだけどね」
「オレは下心全開の奴を味方に加える気はないよ」
「まーここにいる人たちは皆そんなものよ」
「お前のことも言っているんだけどな…」
挨拶回りで出会った数々の貴族が皆示し合わせたかのように自分の護衛を自慢してくるのを思い出す。
「オレの真眼で全部見抜いているけど、大体言っていること嘘っぱちじゃねえか。それに中には犯罪にも手を染めている奴もいたぞ。いいのか?」
「ここで糾弾するわけにもいかないでしょ?どうせしらばっくれるに決まっているし」
「ままならねえなぁ……」
「世の中そんなに甘くはないのよ」
貴族社会の面倒臭さを語るリーシアの話を聞くこと30分。会場が静まり返り、ファンファーレと共に大扉が開くとこの国の王であるバジェスト国王とその王妃エメルダが顔を見せ、その後ろに第一王子クリストと第二王子ユーデンスと第一王女ラクーシャが現れた。
バジェストは先代の武勲で国をまとめた国王を見習い、もう50になるというのに衰えを感じさせない鋭い眼光を持つ巌のような男で、対するエメルダは昔の日本人女性のような一歩後ろに下がり夫をたてる金髪の美しい女性。
クリストもそんな父を尊敬しているのか、正装からでも分かる鍛え抜かれた肉体が見え隠れしており、そんな筋肉ムキムキの王子がいてたまるかとアリッサは内心で叫んだ。
しかし、ユーデンスは明らかにクリストとは正反対の存在だった。眼鏡をかけ、ユーデンスが強く抱き締めたら折れてしまいそうなくらいのヒョロガリ体型。特に身長の高さがより拍車をかけており、貴族に手を振らない冷たい表情から察するにこいつは本の虫なのだろう。
そして最後のラクーシャはアリッサの知る少女だった。若きエメルダの生き写しのような絶世の美女で、明るい笑顔を振りまくその姿から各国の縁談が絶えないとか。
「ラクーシャめっちゃ可愛いな」
「分かるけど、本人の前で呼び捨てはダメよ?」
「分かってるって」
4人が用意された上座に腰掛け、拍手が鳴りやむと国王バジェストが手を挙げる。それを見た宰相が大扉の前で待機する兵に合図を出す。
再び開かれた門の先には4人の勇者を筆頭に27人の学生たちががちがちに緊張しながらレッドカーペットの上を歩いてくる。
「学生服かよ」
「あの服?」
「ああ、この国の兵士が皆お揃いの甲冑を着るようにああやってその集団に属してしますってことを現しているんだ」
「そういやちょくちょくアリッサに分からない言葉の意味を尋ねるせいで、貴方の国の言葉を理解できるようになってさ。それでいつもの癖でメイド達にオッケーって言ったら『お嬢様、それは何語ですか?』って言われたわ」
「ははは!その調子でリーシアの家には英才教育を施すのもやむなしだな」
「やめて、嫁入り前の子達に変な知識を教え込まないで…」
「お前も嫁入り前なんだからな?」
「私はアリッサと結婚するから理解しないとダメでしょ」
「あーはいはい」
リーシアと雑談をしながらバジェストの言葉を受ける勇者一行。今回の勇者は4人ということだが、先頭にいる4人が恐らくそうなのだろう。
「へえ、女性も選ばれたのか」
「1人ね。多分あの子が弓ね」
「んじゃ右から剣、槍、弓、盾?」
「そうかしらね?なんか武器背負ってるし」
剣を持った長身のキザっぽい茶髪男。やる気に満ち溢れている運動部っぽい槍を持った角刈りの男。凄まじく面倒臭そうに自分の髪を弄っているギャルっぽい弓を持った茶髪の女。そして盾はおどおどしている少し太った如何にもクラスには一人いそうなオタク系の男だった。卒業アルバムを見てそういやこんな奴いたな、いつも鞄からゲーム取り出してやっていたな程度の存在。
彼からはそんなオーラを感じた。
「で、あいつら対立してんの」
「対立というより仲が悪いのかしら。意見が合わないとか何とか」
「確かに合わなさそう」
自分がリーダーシップを執ると思い込んでいる剣と槍。そもそもそんな面倒なことはしたくはない弓。で、そんな3人を見て話しかけるにも話しかけられない盾。恐らくそんな構図なのだろう。
「他の27人はどうすんの?」
「後方支援に回る子とか勇者について行く人もいるらしいわ。でも、ついて行く子は少数ね」
「そりゃまぁなあ……平和な日本にいたのにいきなりこんな世界に連れて来られて戦えってのも変な話だ」
「まぁね」
バジェストの言葉も終わり、パーティーが始まった。学生たちはどうしたらいいのか分からず、寄ってくる貴族にガチガチになりながらも返答していく様子は見ていて可哀想だ。
「アリッサ、王様に挨拶行くわ」
「おう」
爺さんがお世話になった王様に挨拶へ行かないわけにもいかず、アリッサは重い腰を上げて王様の挨拶待ちに並ぶ。
「やっぱり皆自分の護衛を売り込んでいるな」
「そのために連れてきたんだもの。そりゃそうでしょ」
「糞の役にも立たない奴もいるけど」
「騙されないことを祈るわ」
流石に他の貴族も分かっているのか、後ろに配慮をして本当に挨拶だけで済ませていき、思った以上に早く順番が回って来た。
「ご無沙汰しております。バジェスト王」
「おお、リーシアか。久しいな。いつぶりだ?2年ぶりか?」
「はい。王国の学校を卒業して以来でございます」
「あの時は娘のラクーシャが世話になった。オルバルト殿は息才か?」
「はい、道場の方も繁盛しておりまして。これも全て王のお心遣いがあってのものです」
「はっはっは!余の力添えがなくともあのオルバルト殿はきっと道を開いただろうよ」
「痛み入ります」
「今度家族全員連れてこい。盛大にもてなそうぞ。我が父上も喜ぶ」
「はい、その時はまた」
本当に軽いやり取りで終わるんだな~と見ていたらバジェストの眼光が鋭くなり、アリッサの顔を見て固まる。
「待て。リーシア、その者はお前の連れか?」
「はい。私の護衛でございます。如何されましたか?」
「名は?」
「アリッサでございます。これでも腕が立つんです」
「ふむ………余の眼光を持ってしてでも見抜けぬお主は一体何者だ?」
(やべ……真眼スキルで無効化していたか……)
「良い、発言を許す」
「アリッサ…」
「あ、えっと……」
「お父様、そこまでにいたしましょう。リーシアが困っているではありませんか。そんな怖い顔をされてはオルバルト様に怒られても知りませんよ?」
そこへ助け船を出したのはラクーシャだった。
「おっと、そうであったな。確かにオルバルト殿の所で育つ戦士であれば余を超える逸材がいてもおかしくはない。許せ、アリッサよ」
「は、はい」
「リーシア、後でお話をしましょう?私、貴方にいっぱい話したいことがあるの」
「はい、ラクーシャ様。では、失礼します」
久しく流していなかった冷や汗を拭いながらアリッサはリーシアの後ろについて行く。
「こ、こええ……」
「流石の私もあれはダメかと思ったわ……ラクーシャに感謝ね」
「あれが武王バジェストかよ……やべえわ」
今も他の貴族と談笑を楽しむ王様を横目にそそくさとテラスへ逃げ帰る2人。本来の目的を達成する前に王様にいらぬ疑いをかけられる所だったが、思わぬところで姫様とリーシアの爺さんのおかげで窮地を脱出し、緊張でがちがちになった身体をリセットすべく夜風にあたる。
「バジェスト王の観察眼を無効化するなんてつくづく貴方のスキルは予想の遥か上を行っているわね」
「勝手にレジストしてしまうんだよ。それにオレの能力がバレたら面倒ごとに巻き込まれるんだぞ?真眼があってやっぱ良かったよ」
「まぁね。もしバレたらきっと貴方、余と一騎打ちをしろーって言われるわよ?」
「うわ、そういうバトルジャンキーは勘弁願いたいわ」
「王様は生粋の武人だからね~。きっと今の玉座もさぞかし座り心地が悪いと思うわ」
「リーシア、そのお方とはとても仲がよろしいのですね」
王様の話で盛り上がっている所へとことこと歩いてくる女の子がいた。
「ら、ラクーシャ様!?」
それは先ほどアリッサの窮地を救ってくれたラクーシャ姫にほかならず、彼女の背後にはこれまたリーシアと比較しても同じくらい綺麗な銀髪の女騎士が控えていた。
「えへへ、来ちゃった」
「ら、ラクーシャ様……来ちゃったって……」
「久しぶりだな。リーシア」
「オリヴィア……貴方も…」
背後の綺麗な銀髪女騎士はどうやらオリヴィアというらしい。過去作にそんなキャラがいた気がするが、どうも記憶にない。もしかしたら姫様の隣にいるだけで余り本編に関わって来ないキャラだったのかもしれない。
「リーシア、そのお方を紹介してくれるかしら?貴方のお友達なら是非私もお友達になりたいわ」
「あ、えっと。こちらはアリッサという冒険者でして、お爺さんの道場で共に育った良き姉妹と言いますか……」
(お、おい…歯切れが悪いぞ!)
(だ、だって!本当のことを言えるわけないでしょう!?)
「まあ!オルバルト様の道場ということは相当腕が立つのではなくって?」
「ほう、リーシアが認めるほどの者か。一度お手合わせを願いたいものだ」
(どうしてここの騎士は皆隙あらば決闘を申し込んでくるんだよ!!)
(皆王様の影響を受けているから…)
「2人はどうしてここに?リーシア、貴方こういう催しは嫌いだったでしょう?」
「異世界からの勇者がどんな者なのか気になりまして」
「勇者様ですか……」
リーシアの言葉を受けたラクーシャの顔に陰りが見える。おや?という表情を見せたアリッサの気持ちを読んだオリヴィアが代わりに答える。
「はっきり言って軟弱者だ。あの者らは本当に勇者なのか?やる気が微塵も感じられん」
「見た感じはそうね…」
リーシアの視線の先には可愛い貴族の女性に話しかけられて鼻の下を伸ばす男子生徒やイケメンの貴族に猛アタックを仕掛けている女子生徒など世界の危機なんて知らん顔をしている。
まあアリッサがその立場になれば同じ気持ちを抱いたことだろう。エウロ達の勝手な思惑に乗せられ、自分の意思とは関係なしに見ず知らずの世界に連れて来られた挙句世界を救えなどと言われれば途端に面倒くさくなるだろう。
度々口にするが坂口龍之介は一般人だ。断じて世界を救う英雄ではない。子供の頃に思い描いたプロサッカー選手や野球選手などではなく、あくまで生きるために精一杯尽くし、時には力を抜いたりと世界に何の影響を及ぼすことなく社会の歯車になって一生を終える。そんなありふれた人間に過ぎないのだ。
「オレだっていきなり世界を救えなんて言われれば嫌にもなるさ…」
彼らと同じ高校生だった頃、アニメで見た電撃を操る少女や圧倒的力を持った少年などそういった能力が自分の身にあったら、と考えたことはある。
その能力の使い道も明日学校が嫌だな~あの能力で学校壊せねえかな~とか所詮そんなものである。断じて世界のため、世間のため、はたまた世界平和のために使う気などさらさらない。
「ちょっとアリッサ…」
「ん?あ、やべ。声に出してたか」
「今の言葉、どういう意味か話して貰おうか」
オリヴィアが目に見えて怒っているが、捻くれているアリッサこと坂口龍之介は反発したくなった。彼もストレスがたまっていたに違いない。
「そのまんまの意味だよ。オリヴィアさんは彼らの立場になって考えてみたことはない?そして彼らのことはどこまで知っている?」
「む?彼らは異世界からやってきたこと。そして彼らは学生?という身分らしい」
「それに付け加えるのなら彼らの世界は争い事が存在しない世界だ。いや、実際には起きているけど、海の向こう側の世界の話だと思っている。そんな彼らがいきなりこの世界に連れて来られて来て世界の危機のために戦えって言われても戸惑うに決まっているじゃないか」
少なくとも自分の命をかけて救うほどの価値がこの世界にはないとアリッサは思っている。
「そもそも君ら呼んでおいて彼らを帰す手段はあるの?」
「いや……今のところは……」
「………」
それも知っていたことだ。エウロですらまだ自分を帰す手段がないと言っていたのだから、高校生達も帰る手段があるわけがない。
「まあ、そういうことだよ。どうせ世界の危機を救った暁には富と名声が与えられるとかそんなところなんだろうけど、彼らには必要がないんだよ。彼らの世界ではまだ成人してすらいないんだ。彼らの1人ひとりにだって帰りを待つ家族がいる。あったかいご飯とあったかい風呂と当たり前のように出て来る畳まれた衣服。そんなの帰りたいに決まっているじゃないか。こんな平和とは無縁の世界でいきなり世界を救えだなんてそんなバカげている話を誰が本気にする?」
それは自分に言い聞かせているようだった。
「最初はまだいいさ。だけど、ここで過ごしていくうちで彼らは気付いて行くはずさ。思春期で親といつも喧嘩をしている子も自分の親の有難味を。自分の日常の陰でいつも子のために血反吐を吐きながら働いている親の存在を。でも、それがこの世界にはいない」
「アリッサ……貴方……」
「彼らはまだ子供なんだ。オレはオリヴィアさんに怒っているわけじゃない。これはこの国のシステムに憤りを覚えている。親の寵愛を受けている最中の子供を引き離し、無理やり勇者へ仕立て上げて戦場へ駆り立てるお前ら国がオレは大っ嫌いなんだ」
アリッサの言葉は止まらない。いつの間にかパーティー会場は静まり返り、皆王女へ怒りをぶつけているように見えるアリッサへ視線を向ける。
「なあ、お前ら何とも思わないのか?突然いなくなった我が子を探す親がある日死体となって子が見つかったら?こんな年端も行かない子供たちを戦場へ何食わぬ顔で向かわせるお前らはなんだ?皆仲良く世界を救ってさあ帰ろうってなるほどこの世界は甘くねえだろ…?」
アリッサの言葉をラクーシャは目を逸らすことなく一身に受け止めた。
「ここに来てしまったものは仕方がない。それはもうどうしようもないことだ。でも、彼らにだって帰るべき場所があることくらいは覚えておいてほしい」
「アリッサ様の言葉、しかと胸に受け止めました。このラクーシャに誓って勇者様方を全面的に支援いたしましょう」
「ありがとうございます、姫様」
ラクーシャは王女に相応しい威厳に満ちた声でそう誓った。アリッサは度々の無礼な振る舞いを恥じるべく深々と頭を下げるのであった。
「アリッサ殿は何者なのだ…?」
それからパーティーの空気を悪くしたアリッサは一足先に護衛であることも忘れて『帰るわ』と言い出し、リーシアを置いて城を後にしており、今パーティー会場にはリーシアしかいない。
「私も知りたいわ。リーシア、あの方は何者なの?」
「えーっと……」
言うべきか迷う。流石にもう同じ門下生と言うのは苦しいだろう。だが、言ってしまっていいのだろうか?彼女は平穏を望んでいる。
それをみすみす壊すような真似はしたくはない。
「姫様、この件は後日改めて説明いたします。どうか今日の所は私の顔に免じてお願いします」
「リーシアがそこまで言うのならいいけど……でも、絶対よ?彼女、ただ者ではないわ」
「はい、必ず」
ちょっと頬を膨らませている可愛らしい王女様はオリヴィアを連れて戻っていく。
「ほんとアリッサといると退屈しないわ」
貴族相手に啖呵を切った彼女を見た時どんな罰が下されるか冷や汗もんだったが、ラクーシャが話が分かる人で助かったと安堵の息を吐く。
「私もぼちぼち帰りますかね。アリッサいないし」
その後、馬車の中で王女相手に罵声を浴びせた自分を悔いているアリッサがおり、帰り道リーシアは必死に彼女を宥めるのであった。
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