第5話 リーシアの家
「アリッサ起きて」
「あ……」
目を覚ましたアリッサの耳に届いたのは割れんばかりの喧騒だった。
「オーディアスに着いたわ」
「人多いな」
門の前に並ぶ長蛇の列。途中その列に並ぶ人に対して露店を開いている商人もおり、入国検査を行っているようだ。
「これ、いつになったら入れるんだ?」
「そうねえ……ちょっとずるだけど、アリッサのために人肌脱ぎますか」
「なにするつもりだ?」
「前に言ったでしょ?爺さんと王様は仲が良かったって。だから、私もここの国の人達とは面識があってね」
並んでいた列を離れ、マーカスに乗りながら門に近づくとリーシアは降りて親しげな笑顔を浮かべながら騎士へ話しかける。
「やあ、皆元気?」
「こ、これはリーシア様!今日はどう言ったご用件で?」
ここの一番偉いと思われるおっちゃん騎士はリーシアの姿を見るなり大慌てになり、配下の騎士へリーシアのが来たことを王宮に伝える指示を出す。
「この人の付き添い。ていうか、人どうしたの?多いね」
「ええ、現在勇者の仲間になりたい冒険者が多いものでして、それに乗じて変なやからも少なからず……」
「勇者?」
「はい。なんでも異世界から召喚した人間らしく、勇者にしかないクラスを持っているそうです。詳しい話はリーシア様のお父様に聞いてみるのが一番かと思いますが」
「そうね。父上と母上はいつもの家に?」
「はい。そう言伝を受けております」
勇者と言われ、一瞬リーシアはアリッサの方を向いたが、彼女はそんな大層なもんじゃないと言わんばかりに首を左右に振った。
「ってことはまだ勇者は仲間を揃えてこの国を出ていない?」
「はい。身元の確認などがありますからね」
「へ~」
「リーシア様も参加されますか?リーシア様なら顔パスで済むと思いますが」
「いやぁ……私はいいわ」
「そうですか。陛下も喜ばれると思ったのですが」
「私はそんな柄じゃないわ。ノイシュらへん参加させればいいんじゃないの?」
「ええ、既にノイシュ様は参加して近々パーティーに正式に加わる予定ですよ」
「流石お堅い貴族様ねぇ……それで通って大丈夫かしら?」
「あ、はい!リーシア様とそちらは……」
「アリッサよ。私の相方」
「そうですか。では、お通りください」
「どうも~」
リーシアお嬢様の権限によって列待ちを回避した2人は遂にオーディアスに入国した。
「でけえ……ゲームだと小さいけどこんなにでかいもんなのか……」
東京の半分くらいはありそうな広大な西洋造りの街と人々の多さにアリッサは圧倒される。
「人多いなぁ……」
マーカスに乗りながらオーディアスを見渡すアリッサの顔にようやく笑顔が戻り、リーシアも楽しんでいる雰囲気を感じて安堵の息を漏らす。
「後で一緒に見て回りましょう?案内してあげる」
「ああ、その時は頼むわ」
「だから、今はとりあえず長旅の疲労を癒すためにもうちの屋敷に行きましょう」
「まじで貴族のお嬢様なのな。オレ、リーシアの友達で良かったわ」
「なんか今それを聞くと不純な意味に聞こえてしまうけれど、妹と弟が世話になったのだし、お礼をするのは当たり前のことよ」
道中、モンスター使いが珍しいのかディザスター・ホーンアぺスのマーカスは人々にじろじろと見られたり、レベルが変に高いせいか警備にあたっている騎士を驚かせたりと散々な目にあい、心なしかマーカスは疲れているように思えた。
「ここよ」
「うお、すご……」
中央から離れて東地区にそびえ立つ一際大きな建物。彼女の祖父の趣味か分からないが、石造りの街に対してこの豪華な屋敷だけは木造で、街の景観を完全にぶち壊していた。
「だからお爺さんは隠居したのよ。王国最強の騎士が民家同然の家に住みたいなんて言ったら許されないでしょ?」
「まぁ……確かに」
門に近づくと両脇に控える白銀の鎧を着た槍騎士がリーシアへ最上敬礼をする。
「「おかえりなさいませ!リーシアお嬢様!!」」
「はい、ただいま。父上と母上は?」
「はっ!中で商談をしております!」
「そ。アリッサ、いこ」
「お、おう…」
「ああ、この子はアリッサ。今日からしばらくうちに滞在するから、客人として丁重に扱うように。この事を屋敷内にいる使用人達にも回しておいて」
「かしこまりました!」
リーシアが顔を見せたのがそんなにも嬉しいのか、傍から見て鎧を着こんだ大男が小躍りしながら屋敷に入っていく様子は異質だ。
「滅多に帰って来ないの?」
「あの家で誰が飯を作っていると思う?」
「そういうことか……」
「それにね。オーディアスにいても良いことなんてないのよ」
「貴族ってだけで大変そうだけど」
「伊達に伯爵じゃないっていうか…」
『おかえりなさいませ!お嬢様!お客様!』
「メイド喫茶かよ…」
「皆、久しぶりね。変わりはない?」
玄関の扉を開けた瞬間に両脇にずらっと並んだメイドが一糸乱れもなく2人を出迎える。
「はい、旦那様と奥様にはよくして貰っています」
「それなら良かった。それじゃ、話は聞いているわね?こっちは私の友達だから」
「はい、聞いています。アリッサ様、今日から我らが身の回りのお世話をさせていただきます。何かあれば遠慮なくお申し付けください」
「まじか」
「変なこと頼んじゃダメだからね」
「んなことしないってば。オレを誰だと思ってんだ」
アリッサはこの若く美女揃いのメイド達に抱いた感想は『気後れ』だった。平凡な日本育ちの龍之介にとって両脇に並ぶメイド達は、皆テレビや雑誌で見るような同じ現実に住みつつもどこか自分とは違う世界に住む存在としてあるようなもので、それが突然自分の身の回りの世話をすると言われれば『お、おう…』ともなる。
プレイボーイであるのならば悪代官のようなちぎっては投げ的なことをしたかもしれないが、生憎と彼女とは無縁に生きてきた龍之介にとってメイド達はあまりにも刺激が強すぎたのだ。
これをゲームと割り切れたのならば話も違ったのだろうが、龍之介は既にこの世界は異世界であると決めつけていた。ゲームと同じ舞台の世界ではあるが、確かに存在しているのだ。彼女達はAIではない。
「アリッサ、この後どうする?」
思考にふけっていたアリッサを現実に引き戻したのはリーシアであった。彼女は既にアリッサを想ってメイド達を下げさせており、玄関にはアリッサとリーシアの2人しかいなかった。
「寝るわ」
「言うと思った。部屋分かる?てか、聞いてた?」
「ごめん、聞いてなかったわ。部屋どこ?」
「もう……こっちよ」
別に手を引かなくともいいと思いつつリーシアに連れられて階段を上り2階、3階へ。
「………」
「悪趣味でしょ。これが私がオーディアスに戻りたくない理由ね」
3階の通路は一言で表すのならば煌びやか。少し悪い言い方をすれば華美。アリッサが見たことがないシャンデリアやレッドカーペットやドラゴンを模した銅像など2階とは打って変わって王族が住むような豪華な飾りつけ。
「庶民のオレには辛いわ」
「分かる。私も庶民だから―――」
「いや、貴族のお嬢様だろうが」
「庶民だもん!!」
「なに張り合ってんだよ…」
アリッサの部屋は3階に上がってすぐの部屋だった。
「あれ、でも部屋はそうでもない?」
「メイド達にシャンデリアとかは外して貰ったのよ。アリッサ、そういうの嫌いでしょ?」
「まぁね。仕事早いな」
「ここのメイド達は一流よ。母上のお爺様であるブランケン伯爵が用意したそうよ」
「ブランケン伯爵……分からんわ」
「あら、知らない?」
「商人系のクエストをやれば会う人なんだろうなって感じ」
「とりあえず知らないってことね。会った時に説明するわ。それで、ご飯食べる?」
「あーうん……どうすっかなぁ…」
「部屋に持って来てあげるよ?」
「頼むわ」
「オッケー。んじゃ後でね」
メイドがお世話をするとは何だったのか。自分が作ると言わんばかりに笑顔を見せたリーシアと別れ、ふかふかのベッドに倒れ込む。
「あー久しぶりのベッド……もう野宿は当分こりごりだわ…」
瞼が重い。もう開けるのも億劫になったアリッサはそのまま意識を手放した。
―――――――――
―――――――
―――――
―――
――
―
「やあ」
「ん?」
静かな気泡の音。薄暗い空間。そして中央には安っぽい椅子に座る少年。少年エウロはアリッサを笑顔で迎えた。
「あ!お前!!」
「いきなりだね、君」
「あーもう!いきなりあれは何なんだよ!!」
言いたいことが多すぎてうまく言葉にできず、アリッサは思いっきりエウロを指差す。
「言いたいことは分かるよ。でも、最初に話を聞かなかったのは君じゃないか~」
「ゲームの世界じゃないなんて想像できるか!!!」
「だから、それも言ったじゃないか~」
「だからもう…!!!ふざけるなぁぁああああああ!!!!!」
空間が割れんばかりに叫び散らかすアリッサであった。
「落ち着いた?」
「お前まじでふざけてんだろ…」
「そんなことはない」
どこからともなく現れた椅子に座り、紅茶を飲んでいるアリッサの留飲は下がっていないようだ。
「どう?この世界に来てみて」
「最悪だよ……オレは元の世界に帰れるのか?」
「まだ無理かな。理由は話せないけど、いつか絶対帰れるよ」
「曖昧過ぎだろ……オレにとっては死活問題なんだが……」
「ほんとに今は何も言えないんだ……心苦しいけど…」
「はぁ………で、結局なんでオレなの?」
「君を呼んだ理由かい?」
「………」
「とりあえず話を聞いてほしいけど、本来君は呼ばれるはずはなかったんだ」
エウロは腕を組んで思い出すかのように話す。
「聞いたかどうかわからないけど、この世界に勇者として呼んだ存在がいる」
「ああ、そういやそんな話があったな」
「まぁ、その勇者召喚もミスったんだけどさ」
「は?」
「君のいた世界と似て非なる世界。要するに平行世界って奴かな。別の日本から招いた勇者が4人いるんだけど、なんか召喚をミスったせいか周りを巻き込んで30人近く呼んじゃったんだよね」
「なにそれ……知り合い同士なの…?」
「なんかクラスメイト?らしくて」
「教室丸ごと召喚したのかよ…」
「あ!ボクが失敗したわけじゃないよ!」
「あ、そう……で、その勇者様を呼んで何をしたかったん?」
もういちいちエウロについて反応を示すのが面倒になったアリッサはさっさと話を進めるため促す。
「いずれ来る災厄に備えて、としか言えない」
「君言えないこと多すぎない?」
「………ごめん…」
「いや、そこは軽く流せよ」
急に申し訳なさそうにするエウロに調子を狂わされるが、彼は一体何者なのだろうか。まるで先を見通しているかのような発言から察するに神、またはそれに相当する力を持った存在としか言えないが、悪い奴ではないと思えなくもない。
まあ本人の承諾なしに元いた世界と切り離されるのは納得出来ないし、元々自分は召喚される予定になかったと聞けばブチ切れてもいい気がするが。
「なんか腹たってきたわ」
「なんで!?」
「だってさ!よくよく話を整理したら完全にオレ巻き込まれただけじゃねえか!!!」
「そこは本当に申し訳ないというか...」
「…………お前しか会えないってことは、お前はオレの担当か何かなん?」
「そだね。ボクは失敗した上司の尻拭いとでも言おうか」
「あっそう...で、オレはその勇者様達の話を聞いてどうすればいいんだよ」
手伝えとか災厄に備えるために共に力を合わせろとか言われそうだなーと思ったアリッサの耳に届いたのは予想に反した答えだった。
「君の好きにしたらいいよ」
「は?」
「ん?」
「好きにしたらいいって...いいのか?」
「君に関しては完全なイレギュラーなんだ。勇者に匹敵、あるいはそれを超える能力を持ちながらあの世界を知り尽くしている。正直君の処遇はかなり揉めに揉めたんだよ?」
「お前らの不始末でオレの命が脅かされていたとか聞きたくねえ」
「でも、君の存在はあの世界に楔として打ち込まれてしまったから、元の世界に戻すにも出来なくてね。だから、今は観察中ってとこなの」
「オレの行動って常に見られてんの?プライベートはないのか?」
「そんなに見ているわけじゃないよ。ちゃんとプライベートに関しては守っているから安心して欲しい」
「ならいいけどさ...ところで、その勇者様達ってどんな能力持ってんの」
「今回の勇者は剣と槍と弓と盾で、それぞれ一騎当千の力を持っているとか」
「盾がどうやって一騎当千するんだよ......お前何も聞いていないのか?」
「だってボクの担当じゃないし...」
「なに、お前らの組織って縦社会か何かなのか?上司同士で揉めていたりしない?」
「揉めてますね」
「あほくさ……」
世界の命運云々の前にエウロの組織を解体した方がこの先面倒ごとに巻き込まれなさそうだと思うが、残念ながらアリッサにそのような能力はなく願うことしかできない。
「お前らの組織が一つになることを切実に祈っているよ」
「変に偉くなると大変だよね~」
「まぁ中間管理職が板挟みになるのは分かる。エウロってそこそこ偉いの?」
「そこそこね。君らの世界で言う課長みたいなもん?」
「なるほど。確かに板挟みだ」
「分かってくれてほんと助かるよ」
ため息をついて紅茶を飲んだエウロはカップを置く。
「で、今日呼んだ件はもう済んだんだ」
「ああ、勇者と今後のオレの処遇?」
「そそ、経過観察ってとこだね。それで、ボクも君のことに関しては同情していて、何か一つギフトを差し上げようと思うんだ」
「なにくれんの?」
「あまり強大な力を上げることは出来ないんだ。それこそ伝説の剣とか世界のバランスが壊れるようなものはちょっとね…」
「伝説の剣なら既に持っているんだけど」
「要は現在の君のレベルで装備できて尚且つ世界最強クラスの剣ってこと」
「ぶっ壊れじゃん?」
「うん、だからそれ以外で何かないかな?」
「そうだなぁ……」
宙を仰ぎ思考に耽ること数分。アリッサは退屈そうに紅茶を飲むエウロを向く。
「決まった。武器や防具についているユニーク能力を自由に付け替え出来るようにしてほしい」
「アスガルドシリーズのことだね?まぁそれくらいなら特に違反もないか……?」
「できそう?」
「大丈夫だと思うよ。ボクの権限で君に鍛冶才能を進化させよう」
「助かるわ。正直困ってたんだよね、あれ」
「そうだね。ボクもあの防具に興味があるし、今後君が何をしでかすか陰ながら応援しているよ」
「しでかすって決まってんのかよ。あと、ちゃんとプライベートは守れよな?」
「分かってますって」
若干不満も残りつつもエウロとのお茶会も終わりがやってくる。自然に流れる水の心地のいいせせらぎを聞きながら意識が薄れて来る。
「彼らは君らより年下だ。良くも悪くも子供でもあり、大人でもある。強要はしないけど、どうか彼らを見守っていてあげてほしい。それじゃ、おやすみ。坂口龍之介くん」
最後にぼんやりと頭に浮かんだのは見知らぬ世界に飛ばされた高校生たちの姿だった。
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