第4話 首都オーディアスに行くための足
途中ゴブリンなど低レベルのモンスターと遭遇したが、2人ともここ数日で30レベルになったので7レベルそこいらのモンスターには後れを取るはずもなく、さくさく進んで行く。
そしてアリッサは1人暮らしなので料理も出来なくもないが、リーシアの料理が別次元に美味しかったので野営する場合の料理担当はいつからか全て自然とリーシアがすることになっていた。
なんでも家で料理をする存在が自分と父親しかいないそうで、母親がやはり大貴族の娘と言うべきか、そういったことは下々に任せっきりで腕の方はからっきしらしい。
そこで騎士をしていた時、部下と打ち解けるために野営をしたときに料理を振る舞っていた父親に料理を習い、今では父親の腕を超えたという本人談。
「アリッサのインベントリ?ってのが便利でいいわね。物の劣化がないのは素晴らしいわ」
「お前の飯が美味しく頂けるのならあってよかったな」
「え!?それもしかして告白!?アリッサ遂に私の想いに!!」
「んな!!来るな!!少し褒めたらこれだよ!!!」
とまぁそんな感じで若干身の危険を感じる相方リーシアとの冒険をしながら2人は王都オーディアスを目指した。
オーディアスに近づくほどモンスターのレベルは下がっていき、弓スキルの鷹の目を発動させてモンスターの気配を察知するが、どのモンスターもレベル差があるせいで遠目に伺うだけで襲ってくる気配はない。
リーシアに言わせれば『モンスターも自分の命くらいは惜しいでしょ』らしく、ゲーム感覚に戻りそうな思考をそう言った点で引き戻してくれる。
ついつい便利な武器投擲を使いたくなるが、これも訓練だと自分に言い聞かせて弓でぱしゅんぱしゅんモンスターの頭を打ち抜いて行く。もちろん敵対してきたモンスターではなく晩飯用だ。
「良かったぁ。そのアビスバードはお肉が柔らかいことで有名でね。警戒心が高いことからなかなか狩れない高級食材なのよ」
「へえ、なんか綺麗な鳥だな。でも腐ってもモンスターなんだよなぁ…」
「まだモンスター食うことに抵抗があるの?ほら、今日は腕に寄りかけて作るからさっさとそんな考えは捨てなさい」
「へ~い」
綺麗な群青色の羽なので、記念に剥ぎ取っておいて調理者のリーシアに渡す。1mあるクジャクのようなアビスバードは羽をむしり取られた姿は何とも情けないが、リーシアがうまいというのだ。きっとうまいのだろう。
この世界に来てから1週間以上は経ったが、未だにモンスターの肉を食べるという行為に慣れない。
リアルの世界でゲームをやっているとどうもモンスター=邪悪な存在なんてイメージを持っているせいか、食って大丈夫なんかなぁと毎回思っている。
前にリーシアにこの世界に家畜はいるのか?と聞いたら――――
「いるわよ」
「牛とか?」
「うし?」
「ほら、ミルクとかチーズの原材料のあれ」
「ああ、それね。ちゃんといるわよ。私も詳しい話はよく分からないのだけれど、ご先祖様が元はモンスターだったものを人にも扱えるようにしたものらしいわ」
「なるほど。あの村にいた牛っぽい奴もモンスターなのか…」
「元を辿れば皆モンスターよ」
と、モンスターイコール動物と置き換えれば話は納得できるのだろうか。邪悪な存在なのは悪魔くらいとかって言っていたっけ。
「モンスターの配合に成功しているってことはモンスター使いもいるのか」
「全体から見れば少数だけれどね。アリッサもモンスターを扱えるの?」
「モンスター使いの武器もあるからな。テイムに成功すれば使えるんじゃないかな」
そこでリーシアはどこか思案するように考え込み、顔を上げてぼそりと呟く。
「足、欲しくない?」
「わかる」
即答だった。ついゲーム感覚で村からオーディアスに向けて歩き出したが、首都は想った以上に遠かった。既に村から持ち込んだ食材もなくなっており、今も狩りをしてなんとかやり繰りするくらいには遠かった。
理解はしていた。だが、思った以上にゲームとリアルでの意識の差と言うべきか。リアルだとこんなにも首都が遠いことに驚いたし、同時にこの先歩むことになるであろう道全てが自分の常識外にあることを問答無用で認識させてくる。
なので、今後のことを踏まえて足の調達は最優先事項であった。モンスター使いと専用武器によって一応全てのモンスターを仲間にできるらしいが、今作の世界にそれが当てはまるかどうかは謎である。
「とりあえず2人で乗れるモンスターが前提条件かな」
そう言ってアリッサはリーシアに目を向けるとその意味を理解した彼女は『う~ん……』と唸ってここら辺に生息するモンスターを頭の中で列挙していく。
「デュアルホーンアぺスとかアーマータイガーとか…?」
デュアルホーンアぺスとは目が赤く2本の黄色い角を持つ灰色の馬型のモンスターだ。初級魔法を使いこなす頭のいいモンスターで、走り回りながら詠唱を唱える姿から追いかける苦労さと遠距離から飛んでくる攻撃のうざさから序盤の面倒モンスターとして知られている。
アーマータイガーは体毛がまるで鋼鉄のように硬いモンスターで、攻撃力と防御力の高さが売りの脳筋モンスターなのだが、実は精神力がとんでもなく低くく設定されており、初級魔法を撃てばすぐ倒せてしまう魔法の大切さを教える先生の一人なのだ。
「アーマータイガーはアホだろ。オレの知り合いにいるモンスター使いもアーマータイガーだけはやめとけって言っていたぞ」
「まぁね……確かにアーマータイガーをテイムしたって話は聞かないわ……」
「それならデュアルホーンアぺスの方がましなのかね?つかあいつスタミナあるの?将来的に馬車を引かせることも視野に入れているわけだけども」
「精神力が高く育つモンスターだから並みの子よりも長く走れるだろうけど、スピードは他の馬型モンスターに比べてイマイチかも」
「スピードはいいんじゃね?それにオレらのパーティー魔法いないしさ、丁度いいと思う」
「そうね。それに進化したらスピード問題も改善されるかもしれない」
「え?」
「ん?」
「モンスターって進化すんの…?」
「するわよ?」
とんでも事実が発覚した。なんと今作のモンスターは進化するらしく、まだ進化について解明されたわけではないが、ほぼすべてのモンスターはある条件を満たすと姿形を変えて強力なモンスターとして生まれ変わるそうだ。
「私達の上級クラスみたいなもの、と言っていたっけね。そりゃ人間だけ強くなってモンスターが強くならない理由はないわよね」
「確かにそうだが……デュアルホーンアぺスは何になるんだ?」
「ええと……私が見たデュアルホーンアぺスの進化は今のところ陛下の愛馬、ジャッジメント・ホーンアぺスかな?」
「なにそれやばそう……」
知らないモンスターだった。雷を司る馬らしく、角は稲妻のようにジグザグで体毛はシマウマのような白黒。だが、体毛は常に帯電しており、心を許した者以外が触ると裁きが下るという意味からジャッジメント。裁定者として現在大陸に存在するモンスターの中で最強の一角を担っているそうだ。
「なるほど、イクシオンか」
「イクシオン?」
「オレがやっていたゲームで結構馬が雷を使うモンスターは大体イクシオンっていう名前なんだ。バハムートとかベヒーモスくらい使われる頻度の高い名前でね。雷を使うモンスターの代表格と言えばイクシオンかラムウ的なまで言われる」
「ちょっとよく分からなかったけど、陛下の馬はそれと酷似しているんだ?」
「ほとんど一致しているけどね。つか、そんな危険な馬を飼いならすって現王様は半端ねえな」
「お爺さんから聞いた程度だけど、遥か昔から王族に仕えてきた神馬らしいわ。ジャッジメント・ホーンアぺス専用に作られた神殿の奥で、選ばれた生娘だけがお世話することを許されているとか」
「それ男性禁制なん?」
「ええ、よくわかったわね」
「処女厨のユニコーンかよ」
「そう言えばユニコーンもそんな話があったわ」
一度首都に向けた足の方向を変え、2人はデュアルホーンアぺスが生息する地域へ向けて歩き出す。
それから2時間歩き続けた2人は神聖な雰囲気が漂う巨大な湖に出た。若干の霧が漂う湖の近くには話に合ったデュアルホーンアぺスがたくさん群れでおり、皆水浴びをしたり休憩したりと実に楽しそうである。
「どう?テイムできそう?」
「待て、真眼を発動する」
スキルのことは全てリーシアに伝えているアリッサは問答無用で休んでいるデュアルホーンアぺス達をトレースしていく。
「大体34から40の間って感じ」
「それなら問題ないわね。魔法耐性は私が付与するから」
「流石ホーリーランサー。魔法障壁もお手の物か」
「ホーリーランサーは攻めより守りに適したクラスなのよ?あんた馬鹿にしているでしょ」
「いやいや、んなことないって」
軽口を叩けるくらい仲が良くなった2人はバフを掛け合いながらステータスを底上げしていく。だが、そこで湖に現れた一体のデュアルホーンアぺスにアリッサは目を奪われた。
「お、おい……あれはなんだ?」
「え?どれ?」
アリッサが指をさす方向に目を向けたリーシアだが、彼女の視界には何も変わらないデュアルホーンアぺスの群れがいるだけ。
つまりライブラリでステータスが完全開示されているアリッサだけが分かる情報があるのだ。
「真眼ではどうなっているの」
「ディザスター・ホーンアぺス……レベル50……こいつレアモンスターか…?」
「ディザスター!?聞いたことないわ!!」
「でも、見た目にあんまり変化がないからまだなりかけ…?それとも進化する直前なのか…?」
「その可能性はありえるわ。アリッサ、弱点は?」
「弱点は聖・刺突。耐性は闇・斬撃・打撃だ…」
「付与耐性」
「Bランク魔法耐性。闇属性無効化ぐらいか」
「どうやら闇に支配されたデュアルホーンアぺスってところかしら」
「かもな。どうする?やるか?」
「そうね………よし、ディザスター・ホーンアぺスをテイムしましょう」
「正気か!?オレとレベル差が18もあるんだぞ!?確率が低くなる!」
「大丈夫でしょ。あなたの便利な次元宝物庫を頼りにしているんだから」
「お前まじで頭イカれているわ……」
「褒め言葉よ」
やる気満々も相方に頭を抱えるアリッサは、今回ばかりは全滅もあり得る戦いと踏んで彼女に貸したビーストランスの権限を剥奪する。
「ちょ、ちょっと私の槍!」
「オレのだ!」
すっかり自分の槍だと思い込んでいるリーシアに怒りつつ新しい槍を用意する。
「レベル40になったから、やっとましなユニーク武器を貸せる。これ使っておけ」
彼女に貸したのは『ユノの聖槍』というNPC武器だった。これは後の未来でリーシアが仲良くなる女の子で、その彼女からお礼として貰えるユニーク武器なのだ。
レア度ユニーク 『ユノの聖槍』 :適正レベル40 女性専用武器
攻撃力+31 精神力+13 HP+20 耐久力+10 闇属性特攻付与 闇属性耐性(A)
緑と青の植物のツタのような模様が特徴的な長槍で、いつも太陽のように笑う優しい少女の想いが込められた槍は悪しき存在を貫く輝きを放つ。
「なんだろう……知らないはずなのにあの子の笑顔が思い浮かぶ……」
「大切に使えよ?その槍はその子に貰ったもんだからな。お前にだから貸したんだ」
「ええ、大切にするわ」
リーシアの聖属性に呼応するかのように槍はほのかに光を放ち、既に槍は彼女と馴染んでいるようだ。
「まずは逃げられないように結界を張るぞ」
「任せて」
今のレベルで用意できる最高のモンスター使い専用の武器、鞭を取り出して作戦会議をする。
「一応武器投擲でオレもダメージに貢献できるが、奴隷紋が完成するまではオレのダメージに期待しないでくれ」
「わかった。なら、今日は私がタンクをやるわね?」
「その認識で構わない。盾職がいない中でタンクもくそもないが、タゲを奪わない程度にオレも攻撃していくわ」
「おーけい」
ここ数日で現代知識に精通してきたリーシアはアリッサと慣れたように言葉を交わして、再びバフを互いにかけて行く。
「死なないことが大前提だ。HPには注意しながら戦ってくれ」
「了解」
「よし、行くか」
互いのステータスのバフを確認したアリッサは不備がないか最終確認を行う。そして確認を終えたアリッサとリーシアは林から飛び出した。
2人の存在に気付いたデュアルホーンアぺス達は驚いて散り尻に逃げ出すが、2人の狙いはその先で逃げようとするディザスター・ホーンアぺスの方だ。
「リーシア!!」
「ホーリーサンクチュアリ!!」
地面へ縫い付けるように投擲された槍はディザスター・ホーンアぺスの足元に突き刺さり、それと同時に白く透明なドーム状の結界を展開する。
この結界に入った者は闇属性攻撃が低下し、逆に闇属性攻撃に強くなるというもので、これを解除するには発動者を倒す他にない。
逃げようとしたディザスター・ホーンアぺスは頭を結界に何度も打ち付け、そして逃げられないことを悟り背後にいる2人の冒険者へ向き直る。
「行くぞ!!サイドワインダー!!」
闇属性へ特効がある光の鞭は蛇へと変化し、まるで生きているかのようにディザスター・ホーンアぺスへ巻き付く。
「最初から本気で!阿修羅八王撃!!!やってみせる!!」
彼女の家のオリジナルかと思われるスキルが放たれる。地面を抉る突進力で駆け出したリーシアは地面に突き刺さった槍を回収し、そのまま一瞬で相手の懐に飛び込むと、武器が怪しげな光を帯びて光速の刺突がディザスター・ホーンアぺスを襲う。
「ユノ!!私に力を貸して!!」
(リーシアの敏捷ステータスが一瞬限界突破した!?)
まるで次元屈折のようにほぼ同時に7連撃を繰り出したリーシアは、ディザスター・ホーンアぺスをハイキックで地面に寝かせると後ろに跳躍し、禍々しい炎を纏った槍を投擲した。
「ラストオオオオオオオ!!!!」
「―――――――!!?!!??!?!」
最後の投擲が直撃すると辺りに凄まじい爆炎を巻き起こし、これにはたまらずディザスター・ホーンアぺスは悲鳴を上げる。
「大切にしろよって言った直後にこれか」
「何となく私も武器の声が聞こえた気がしたのよ。大丈夫、使ってもいいよって。この技、お爺さんからは槍に対する外道だから絶対使うなって言われていたんだけどね」
荒々しい息を吐くリーシアは、精神力を消耗したようでスタミナポーションをがぶ飲みする。
その間もアリッサは真眼で位置を把握しているディザスター・ホーンアぺスへ向けて鞭を振るう。スキルは発動させず、ひたすら奴隷紋を刻むため蓄積ダメージを与え続ける。
「どれくらい削れた?」
「今ので3割だ」
「ええー!私の奥義なのよ!?」
「属性ダメージの割合が大きいんだろ」
「ぶー……」
それに恐らくあいつはレアモンスター扱いで若干ステータスに補正がかかっているのかもしれない。
「ほら、来るぞ」
硬直から回復したディザスター・ホーンアぺスは煙を引き裂きながら闇を纏った角を突き出してくる。アリッサはともかく、聖属性であるリーシアが食らえばひとたまりもないのは火を見るよりも明らかで、彼女は疲労が残る身体に鞭を打って回避行動に移る。
「ふッ!」
アリッサは飛びながら鞭を操り、ディザスター・ホーンアぺスの足に絡ませると力任せに引っ張って転倒させるなり、再びサイドワインダーを繰り出して動きを封じる。
「妨害に関しては盗賊と互角よね。モンスター使いは」
「相手の力を利用したりとなかなか面白いスキルが多いな。でも、やっぱオレは攻撃職に限るわ。妨害は他の奴に任せる」
「それは同感。で、奴隷紋の完成度はどんなもんよ」
「4割かね。今のところ順調かなぁ」
「HPは?」
「あと6割ってとこ。今の突進攻撃めっちゃ強かったらしくて、転倒させたら1割HP減ったわ」
「HP管理気をつけなさいよ?」
「いきなり奥義ぶっぱした奴が言うセリフじゃねえわ」
拘束している現在も奴隷紋は順調に刻んでおり、そのたびにディザスター・ホーンアぺスは苦し気な声をあげるが、知ったことではない。
既にこの世界に来て2週間の時が流れたが、中身が一般人な坂口龍之介はやはり痛いことに関しては滅法弱かった。攻撃に当たれば痛い痛い言うし、ゴブリンの攻撃を避けそこなって刃が肉を裂けば涙も出て来るし、段々戦いが嫌になって来たまである。
戦争とは無縁の平和な日本で30年近く血が流れるほどの痛みを負ったことはなく、突然この世界に来て血が流れる痛みと戦いを繰り返していれば慣れる――――なんて甘いことはなかった。。
痛いものは痛いし、出来れば楽に後方で戦いたい思いが増しているのを感じるし、リーシアには悪いが弓を使っている時が一番気が楽だったことも判明している。
(拷問とかされたらすぐゲロっちまいそうだなぁ)
なんかこう前方で攻撃だけを受けてくれる奴はいないかなぁ……――――とかいっそのこと鍛冶だけで生きて行くのもありとか思い始めていた。
レジェンダリーファンタジーのアリッサではなく、坂口龍之介なのだ。彼は英雄ではない。ただの一般人に過ぎなかった。
「おーわりっと」
所詮序盤モンスターでしかないディザスター・ホーンアぺスの亜種とはいえ、行動パターンを解析したディザスター・ホーンアぺスとの戦いは楽だった。
鞭を薙いでディザスター・ホーンアぺスの胸を叩くと奴隷紋は完成し、開いた宝箱に剣を突き刺した紋様が浮かび上がる。
本来ならばモンスター使いの紋様ができるところが、アリッサのクラスであるマスターコレクターのクラス紋ができるらしい。
「できたのね。それ、アリッサのクラス印?」
「マスターコレクターのな。で、名前どうする?」
大人しくじっとこちらを見つめるディザスター・ホーンアぺスを見ながらアリッサはリーシアに名前を決めるように尋ねる。
(敵対をしない、命令違反時には精神に激痛ダメージを設定っと…)
奴隷を作成した時に決めるチェック事項に目を通しているアリッサは、正直名前なんてどうでも良かった。足は欲しいが、それ以外のことを頼むつもりもないし、ただでさえ今の世界を生きて行くことに精一杯な現状でペット感覚でモンスターと接するつもりはなかったのだ。
というか、アリッサは疲れていた。何もかも便利な日本の国から不便の一言しかない国に来たのだ。そりゃあ魔法とか興味を引くことはあったが、それ以上にアリッサのストレスは最高潮に達しようとしていたのだ。
「ええ、決めておくわ」
それをリーシアは理解していた。ここ最近アリッサがため息をつく回数が増えており、ふらっとどこかにいなくなったかと思えば陰で食べたものを吐いていたりと日に日に顔色が悪くなっているのを誰よりも傍で見ている彼女が気付かない道理などなかった。
アリッサは当てもない旅をしようとしている。収入もなく、頼れる友人もいなく、ゲーム知識のみでこの世界を歩くつもりなのだ。
マスターコレクターとはいえ、彼女が呼び出せるのは武器のみ。それでどうやって旅などできるものか。
「アリッサ、オーディアスに着いたらちょっと休憩しましょう?」
「ああ」
返答は短かった。
リーシアの中でアリッサを守らなければという想いはより一層強くなっていった。彼女は元を辿れば男らしいが、それは真実なのだろう。最初は信じなかったが、ふとした仕草が父親と被るところが多々あり、女性らしい仕草など皆無に等しい。
彼女の寝顔も寝起きの顔も、寝癖がついた髪をとかすのも自分のもの。もはや戻れないところまで来てしまっているリーシアだが、半ば開き直っていた。それに過ごしていてわかったが、アリッサという人間は最初こそ反発が強いが、押しに弱く、最終的に折れる性格だと分かっている。
そして彼女は朝に弱い。朝は特に思考がまとまらないのか、身の回りの世話は全てリーシアがしている。
そう、着替えも全てリーシアがしている。だから、このまま首都についてアリッサが旅をやめると言ってもリーシアはそれでよかった。
「それじゃ、あなたの名前は今日からマーカスね」
「マーカスね。とりあえずオレとリーシアの言うことを聞くように設定しておくわ」
マーカス、そう名付けられると同時にパーティーにマーカスの名が追加され、これでパーティー人数が2名と1頭になった。
「手綱とかは一応マスターコレクターのボックスを開けた時に入っていたものがある」
馬用の装備を受け取ったリーシアがマーカスに付けて行く。
「なかなかじゃないか?」
「革装備だけど、これで乗り心地は良くなかったかと思うわ」
リーシアのアイディアでフォレストウォルフの毛皮を座る場所に敷くとこれが思った以上にふかふかで尻の違和感が消えたように思える。
「馬は操れる?」
「いや」
「なら、私が手綱を握るからアリッサは腰に手を回して落ちないようにしてね」
「ああ」
今更リーシアの腰や胸を触った程度で驚くようなアリッサではない。坂口龍之介だったならそれはもうてんぱっただろうが、女性アバターのせいか女性に対して遠慮がなくなっているようで、自分が女性になったかのように何とも気持ちが悪い。
「ふひ…」
「あ?」
「なんでもないわ。それじゃ出発するよ」
一瞬リーシアの表情が気持ち悪いにやけ面になった気がするが、疲れているアリッサは彼女の腰に手を回して風を感じながら眠りにつくのであった。
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