【12.その歩幅、私に合わせてますか?】


帰り際のことである、1つのシアターが空調が壊れ使用不可となった。

そのスケジュールの変更に伴い、シアターをフル回転で使う必要が生まれ、私と山本さんは残業となった。


佐々木さんは、

「俺も残業したかったなー」とボヤいたが、フリーターを優先してくれて、私と山本さんが残業になり、佐々木さんは帰るしかなくなった。


「次、いついますか?」

「えーっと、火曜、だったかな?」

「一緒だ、じゃあまた火曜に」

嬉しそうに、笑顔で帰って行く佐々木さん。

私の心にやっと平穏が訪れた。


なんか、今日の佐々木さん変だし、ちょっとしんどかったなぁ・・・。


シアター内の清掃と誘導に回ろうとすると、ベテランの先輩達が「いいよいいよ、早川ちゃんはココのポジションお願い」と指示をくれた。


フル稼動のシアター軍団とは別世界のポップコーン売り場。

私と山本さんの間には、物理的な距離と心の距離。


16時入りの先輩達は、あくせく働いている。

色々心苦しい中、あっという間に1時間の残業が終わった。


正直、何もしなかった。

私たちが留守番をする代わりに、先輩達が忙しいエリアに割り振られただけだった。


なんか申し訳ないなぁ・・・。

暗い顔をしながら着替えていると、「お疲れ様です」と山本さんの声が、隣りの更衣室から聞こえた。


早いなぁ・・・。


私が更衣室を出たのは、その5分後。

『色々疲れたなぁ』と道を歩いていると、5分前に出たはずの山本さんが目の前にいる。


「???」

身長差があるので、歩幅も大差で負け、さらに時間差もあれば辿り着くハズのない山本さん。

驚きと共に躊躇したが、声をかけることにした私は、意を決して後ろから声をかけた。


「お疲れさまです」

ニコッと笑って覗きこむと、「あぁ」と応えながらすぐにスマホを取り出した山本さん。

『あー、やっぱり喋りたくないのかな』と思って、速度を落としてスマホをいじり始める私。

しかし、山本さんの速度も落ちていてなかなか距離が広がらない。


『ん?合わせてくれてる?話そうとしてる?ん????』

5分ほど悩んでいると、徐々に山本さんの速度が上がり、あっという間に姿が見えなくなった。


話す気があったのか、

スマホに集中して速度が落ちていただけなのか、

分からずじまいであった。

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映画館の彼氏。 【カオル】 @yuki710

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