【9.その恐怖、想像に難くない。】


それからたったの10分しか経っていない。

まだピーク時間まで20分はあるはずなのに、人混みがゾロゾロと入り口をくぐってくる。


ポップコーン売り場も最初は「まだ2組」「まだ3組」と余裕を持っていたが、5分もしたらあっという間に長蛇の列。

淡々と素早く対応していくが、フードのストックがどんどんなくなるばかりで、追い詰められているのは新人の私でも分かった。


ほこにエプロンを結びながら現れたのは、山本さんだった。手早く素早く補充をしてくれている内に、佐々木さんや昼から出勤の人も現れて、ポップコーン売り場の従業員はあっという間に10人を超えた。

1番遠くのレジで作業をする山本さんは、何度か様子を見て1番忙しいレジの私の補充を手伝ってくれた。

「ありがとうございます」

小声で言うものの、山本さんからの反応はなかった。


そこにアナウンスが響く。

『13:45 海の広さ。開場いたします』

最後の開場だ。

この映画を見る人たちがピークの最後の波である。

まばらになってきた人混みを見て、半分の人が補充へと回る。

そんな中で、本来は他のポジションである山本さんが私のフォローへと専念してくれた。

おかげさまで、最後の波は私のレジだけで捌くことができた。


そのピークが終わる頃には補充も終わり、

「やばかったね〜」なんて皆が雑談を始める。私は山本さんの姿を探し、他の人と話しているのを見つけて声をかけた。

「ぱいせん!めっちゃ忙しかったですね!」

チラッと私を見ると、何もなかったかのようにその場から姿を消した山本さん。

無視された私も、突然 話が切れたのを驚く同期も、その行動には全く理解ができなかった。


間を持たせようとした同期が、

「俺、山本さんとロッカー隣りなんだけど、あの人誰か来るたびに肩身狭そうにスイマセンって言うんですよね」なんて言う。

「へー、意外」と、私も淡白に返した。

元来、お喋り好きで社交的な山本さん。

その話も考慮したら、礼儀正しいタイプだろう。

そんな人に無視される私は、一体 彼に何をしてしまったのだろうか。


考えても思い当たる節はなく、強いて言うならば自分の好意であるが、それは口にしてはいないし、隠してこそはいないが悟られるほどの行動もしていない。


ただ、自分が20歳そこそこの男子で、26歳の女の人に迫られたら怖いだろうなぁ。

という罪悪感はあったため、釈然としないわけでもなかった。

そのため特に気にもせず、また佐々木さんとのお喋りに戻っていくのであった。

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