【8.その香り、偽物。】

エプロンを着けた私たちは、表に出たもののお喋りを続けた。


「暇ですね〜」

「そうですね〜、ふあぁ」

「佐々木さんって、しょっちゅう欠伸してますね」

大きな欠伸をする佐々木さんを見て、私は小さく笑った。その微笑みに、佐々木さんは満面の笑みで返す。


次のピークに備えて、私はチョコのポップコーンを作り始める。焼きたてのポップコーンに、チョコソースを絡めて常温庫へ移していく。その横でドリンクバーのメンテナンスをする佐々木さん、距離は常に1m以内をキープしている。


時折 山本さんが視界に入るが、

私がチラッとそっちを見ると見計らったかのように身を翻して、見えないポジションへ入っていく。

見られるのも嫌なのか、どれだけ嫌われているのだ私は。


「早川さん、コレ取れないんですけど」

「あぁ、それはスイッチを切ったら取れますよ」

しゃがんでいた佐々木さんの斜め上のスイッチに手を伸ばすと、キョトンとした顔でこちらを見上げて固まった。

その視線に気付いて、それなりに近い状態で目線を合わせた。

「早川さん、良い匂いしますね」

その言葉に、私もキョトンとした顔のまま硬直した。

「か、勘弁してください」

反応に困った私は、苦しまぎれにそんな言葉を放つ。その姿に、笑顔を浮かべた佐々木さん。

「女の子って良い匂いしますよね!」

って、そんなことそんな笑顔で言われても、本当に勘弁してください。と、頭の中は困惑状態。

君みたいな若い子に、女の子なんて扱いされるほどのポテンシャルは持ち合わせていない。


そんな2人に、後ろから別のポジションの女の子が声をかけてきた。

「すいません、一瞬 佐々木さん借りていいですか?看板取り替えたいんですけど、身長届かなくて・・・」

「あぁ、分かりました!」

そう言ってエプロンを取りに裏へ戻った佐々木さんの姿を見て、女の子が驚いたように呟いた。

「佐々木さんって、あんなによく笑う人だったんですね」

「え?あ、そうですね」

「知らなかったなぁ」

「気さくで優しい、よく笑う子な気がします」

「これからは、私も喋りかけてみようと思います」

ニコッと大人びた笑顔を浮かべた彼女は、佐々木さんが着替え終わると、一緒に外へと出て行った。


佐々木さんが出て行くと、さっきまでチラチラと視界に入っていた山本さんが完全に視界から消えた。


誰も見ていない、誰もいない。

そう思った瞬間に、カチリと表情筋が力を抜いた。

冷たい山本さんの態度を思い出して、モヤっとするのを表に出さないように、ただなんとなくそんなことを繰り返し考えていた。


次のピークまで、あと30分も前のことだった。

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