【3.相合傘をお願いしてもいいですか?】


「お疲れ様です」

黒のニットに、ジーパン。

上着はグレーのダッフルコート。

年相応というか、落ち着いた色合いに着替えた私は、裏口のドアを開けた。



ザーーーーーーーー



目の前が白くなるほどの豪雨が立ちはだかる。

雨というより、もはや壁だ。

駅まで徒歩15分。

傘なしが無謀なのは、火を見るより明らか。

雨なのに、火を持ち出す表現もどうかとは思うけど、とにかく無理ゲーだった。


徒歩3分のコンビニに駆け込んだとしても、その3分で充分傘のいらない状況になれそうだ。


しかし、私はその白い壁の向こう側。

5m先に人影を見つけた。

特には何も考えず、気付いたら身体が動いていたレベルで、彼の元に飛び込んだ。


「すいません、傘入れてください!」

彼は特に驚いた素振りもなく、拒むこともなく、私のことを一瞥だけした。

「来るとき雨降ってなかったの?」

彼が発したのは、その冷静な一言だけだった。

「あ、はい。来るときは、私が通った時は止んでて・・・」

よく見たら、映画館のバイトの子だ。

挨拶どころか、一言も喋ったことはない。

知らない人の傘に入れてもらおうとする私も大概だけど、この子もなかなか肝の座った子だな。


「電車?」

「はい、京浜東北線です」

「え?マジで?どっち方面?」

「大船行きです」

「うわぁ、マジか。シバタさんぶりだなぁ。そうか・・・」

含みを持たせて言う彼は、どことなく嬉しそうにも聞こえた。

ただ、シバタさんという誰と肩を並べられているのかが何処か不快に思い、小首を傾げて流した。その会話の途中、何度か傘のヘリが当たり「はたたっ」と訳の分からない反応をして私なりに訴えたのだが、やはり何度か傘のヘリが当たる。


「っていうか、傘。映画館の勝手に持って行っていいんですよ」

「え?!そうなんですか?!」

「そうですよ。なので、今から戻りましょう!」

「え、えぇ〜」

もうすでに歩き始めて7分は経っている。なんなら折り返し地点。

意地悪を言う彼の声は、なんだか生き生きしていて楽しそう。


「それかコンビニで買いましょう!ほら、そこにありますよ!」

「な、なんでそんなこと言うんですか〜」

「ははっ」

とっさに腕を掴んだ私に、これまた意地悪な笑顔を向けてきた。

傘を持つ手は、私の肩の横にまた固定された。


「ほら、屋根あるところまであと10mくらいじゃないですか!あとちょっと入れてください!」

「いや〜、あとちょっとならもういいですね!」

「わ〜、もうすぐ傘避けるのやめてください〜」

傘を傾ける彼の腕を掴み、再び留めた。

そのやりとりや距離感で言ったら、イチャついてるカップルにしか見えないだろう。

まさかコレが初めてのやり取りだなんて、多分 誰も気付かないだろうな。


「先輩は、いつも何のお勉強をしてるんですか?」

「勉強?してないよ、バイト行って寝てるだけ」

大学4年生かな?と思ったけど、その言い方からしてフリーターかなと、勝手に結論づけた。


「働いて寝るのは、普通のことですよ」

「そっちは?学生?」

「いいえ、掛け持ちのフリーターです」

「なに?借金でもしてんの?」

「違いますよ!」

「あー、そうか借金取りに追われてんのか〜」

「いや、借金してないし、悪い男にも貢いでないですし!」

「あ〜可哀想だな〜」

上機嫌でイジる彼のタメ口が気になった。


『あー、コレ。私のこと年下だと思ってんな〜。歳バレたら、みんな敬語になっちゃうんだよな〜。』

少し残念に思いながら、今だけの貴重な時間を楽しんだ。


駅に辿り着くと、「自分、こっちに予定あるんで」と駅ビルの中に彼は入って行った。


「お疲れ様です。ありがとうございます」

そう言って会釈をすると、彼も会釈をしてくれた。

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