皆さん、ニューロン繋がってますか?

sadistic solid sun

NLS Fall

「何故、我々が人類最強の歩兵であるか解かるか?」


 忙しく動き回るエンジニアを眺めていた部下達が素早くこちらを見る。訓練時代に身に付いた癖だ、よく調教されているな。

 みな中東等から派遣された者で、よく焼けた顔が照明で光っている。


「我々がNLS(ニューロリンクソルジャー)だからです」


 アフガンで5年過ごしたNLS新兵のボブが新兵らしい堅実な答えを返す。


「ふん、そうだな」


 教官風の憎たらしい声を出しながら、少し揺れる機内を、古く威厳のある伝統的な歩き方で部下の前を往復する。


「確かにそれは合っている。が、何故、NLSが最強なのかを答えてほしいのだよ」


 優しくゆっくりとした口調で部下達に問う。


「最新鋭の装備と神経接続のお陰です」


 またまたボブが定型文を復唱する。


「そうだ。そうだ。確かに合っている。だが、肝心な事が解っていない」


 部下達に目を通していくが、誰も何も言わない。


「お前達は普通に兵士として戦い、普通に兵士として命令に従ってきた。だが、NLSでは違う」


 最後の違うを強調しておく。


「俺達は兵器だ。ブレインに従い、時に操られる、アメリカとその同盟国の免疫細胞だ。我々が最強なのはブレインが優秀だからだ。NLSだからと言って最強じゃあない」


 勘違いするなよと付け足す。


「お前達が最強じゃないんだ。お前達エイプどもにはよくわからんだろうが。自惚れるな、ブレインに従え。いいな!」


 言い終わるとすぐさま、一語たりともズレのない完璧な返答。美しいコーラスだ。


《こちらアルゴ、降下準備を初めてくれ》 


 コクピットからの通信が頭に響いた。

 NLSの脳には神経接続用の蜘蛛の巣状ネットが張られ、通信装置を兼ねる制御チップが埋め込まれている。これで脳の直接通信を行える。オカルト風に言えば科学のテレパシーと言った所か。


「聞いたな。これからフォールソードでアルゴから降下してターゲットをとっちめる。降下準備、行け!」


 後部ハッチの方へ向かうよう顎をしゃくる。

 カーゴベイ後部に並べられた4メートルもある長い筒。後部ハッチに鋭く尖った先端を向け、反対方向は横に突き出した減速装置に続いて、最上段に人が乗るためのカプセルスペースがある。

 これを見た人達が最初に言うのは剣、巨人の剣だ。

 名前もフォールソード。ある意味、間違いはないだろう。自分もこれの第一印象は剣だった。

 こてこてに電波吸収塗料の塗られたフォールソードに乗り込む。

 ソードのハッチを閉めようとしたエンジニアを制して、上体を起こしておく。

 強化外骨格にアーマーを着込んだ兵士達がソードに片足を突っ込み、寝袋の様に潜りこむの確認したらエンジニアにハッチを閉める様命じる。

 ヘルメットで顔の見えないエンジニアが頷くと、ソードのハッチが滑る様にスライドし、完全に自らを密閉した。

 密閉性の高さから外の音は聞こえない。静寂の中で、赤いライトが待機状態を意味する長い間隔の点滅を行っている。


《カーゴ内減圧開始》


 完全密閉のソードにいるとよく分からないが、外ではプレッシャーバルブが頑張って気圧を外気圧まで下げているはずだ。

 ギィと気圧差でソードが軋んで音をたてた。


《アンドリュー、調子は良さそうね》


 耳に染みた、いや、脳に染みた甘い声が響いた。A、私担当の指揮官、ドライバーだ。

 ドライバーはNLS兵士一人に一人付いてNLSのサポート及び操作を行う。


「いつもよりもずいぶん遅い通信だな」


 いつもならソードに乗る前にハンドリングされている。


《貴方が部下に説法を聞かせてたからね。待ってあげたのよ》


 冗談めかした声が落ち着いた口調に変わる。


《さて、ハンドリングするわよ。準備はいい?》


「いつでも」


《あいさー》


 ふざけた口調に戻った。


《終わった。正常にリンクできたわね》

 

 普段と変わらない感覚、Aのハンドリングが上手いのだ。下手なのがやると自分の体が希釈された様に感じる。


《他の者も終わったからそろそろ射出ね》


 通信が切れ、一人になった気がする。実際はブレインの庇護下にあるわけだが。


《降下3分前。後部ハッチ開放》


 Aの声からコクピットからの声に変わった。アルゴの後部ハッチが開いたらしい。

 それに伴い外は気流でもみくちゃになっているはずだが、ソードの中は平穏で静かなままだ。


《降下1分前。カウント開始》


 コクピットからのカウントダウンだけが聞こえる。赤いライトが降下待機を示すグリーンに変わっていた。


《フォールソード、射出開始》


 ソードが足の方向へ滑るのを感じると内臓が浮き上がり、不快な浮遊感に襲われた。

 空中に放り出されたのだ。



 巨大なステルス全翼機アルゴから射出された神の剣は、ソフトウェアによって制御されるフィンで軌道修正を行う。

 ソードは減速装置の小型スラスター等があるだけで自由に飛び回る為の推進装置はない。基本的には滑空、落下である。

 カチャカチャと装備同士の擦れる音を聞きながら降下していると通信が入った。守護天使の声だ。


《そろそろ刺さるよ》


 ソードの減速装置が作動し、少し速度が落ちる。

 それに合わせて重力が体を上から押さえつけるのを感じ、安堵を覚える。

 減速が終わるとガチャンと音が聴こえた。減速装置が役目を終えてパージされたのだ。


《ソード先端部分離。インパクト5秒前》


 ガチャンと音と足元からの振動が伝わる。

 地面に穴を開けるべくソード先端が分離し、ロケットで加速したのだ。


《インパクト。侵入口形成を確認。侵入10秒前》


 地中貫通弾となったソード先端部が穴を開け、そこに兵士の入ったカプセルが突っ込む、それがフォールソード。地中貫通兵員投入弾だ。

 突撃に備えて銃を握りしめ、全身に力をいれる。ソードの中でこんなことをしても本来、気休めに近いが一応やるのが人間というものだ。


《3》


《2》


《1》


《侵入》


 ソードがガタガタと揺れて体が沈み込む感じがして足にグッと体重がかかり、その荷重を強化外骨格が吸収した。

 ソードの侵入は中の人間が撹拌されるほど高速だ。しかし、特殊な構造のソード中央部が自壊して、ショックの大部分を吸収するのである。


《侵入完了ね。ちょっと待ってて》


 Aが待機命令を出し、じっとしているとボンといくつかの爆発音が聴こえる。ソード表面の自衛近接反応爆弾が炸裂したのか、敵の攻撃か。


「いまのは?」


《近接反応爆弾、決まってるでしょ》


 敵の攻撃なら死んでいるか。それにAは絶対に私を殺さない。


《いいわ、ハッチを開ける》


 目の前のハッチが吹き飛び、コンクリート粉塵の舞うぼろぼろになった部屋が表れる。

 地中に作られたテロ組織のシェルター的な物で、ここにターゲットがいる。

 ソードは下が蛇腹にしゃげて、その上のカプセルは形状を保っていた。毎度良くできていると思うよ。


《部隊と繋ぐ準備が出来た、繋ぐわよ》


「やっとか」


《ボブの接続に手こずったみたい。さあ、繋ぐわ》


 感覚が変わる。

 ボブ、クレイソン、デービス、エディの感覚と接続され、私達5人が1人に統合された。

 私が彼らの手足で、彼らが私の手足となったのだ。

 だがすぐに接続強度は落とされ、統一感が薄れて存在を感じる程度になった。通常任務の接続強度だ。

 統一感がするほどの接続は負荷が大きいので、緊急時や超重要任務のみで使用可能である。

 全員、自分の近くの部屋にいるのを確認する。


「よし、いける」


《ルートを表示した、ターゲットが逃走するのに最短で10分の計算だから》


「わかった。なるべく急げと」


《そう》


 Aが明るい声で言った。

 接続された者でターゲットに最も近いのはデービスか。


「A、デービスに追わせるのか?」


 ブレインの考えを読んでみる。


《当たり、珍しいわね私達の考えを当てるだなんて》


「何年もハンドリングされていれば分かるさ。それに今回の状況は簡単だ」


 ブレインはNLS一人一人を操作するハンドリングHTチーム、全体の戦術指揮を行うタクティクスTTチームに分けられて2つ揃ってのブレインだ。


《ご褒美に貴方の好きな銘柄のお酒を送っておくわね》


 Aは私がブレインの考えを当てるとご褒美をくれる。まあ、餌付けさ。


「ありがとう。楽しみに待つよ」


 ブレインがをIT送ってきた。NLSは、その場で柔軟に戦術考案をするTTの指揮をインスタントタクテITィクスと読んでいる。

 もちろんブレインは事前の戦術考案は入念に行っているが、机上と現実は違う。

 今日のITはデービスがターゲットを追って残りの者はそれのフォローだ。

 粉塵で白粉をした内臓を見せつける死体を、いくつかまたいで、部屋の傾いた扉を強化外骨格の脚力で蹴り飛ばす。

 飛んできた扉に衝突した不幸な敵に3発撃ち込むと、通路を確認する。


《クリアね。進んで》


 Aに従い、先に進む。近くの部屋でボブとクレイソンが交戦中なのを感じたので、壁越しに銃を撃って二人が交戦中の敵を側面から倒す。


「横取りですか?」


 クレイソンが不満げに通信を行ってきたが、接続されている感じではクレイソンは機嫌が良い。軽いジョークと言うやつか。


「ちょっと遅いクリスマスプレゼントだ」


 ジョークを返されころころと笑うクレイソンに、先の部屋で合流するように伝えておいた。

 索敵をAに任せて薄いメタルシートを張られた通路を行く。


《敵、右の角》


 バイザーに敵がマークされ、通路の角にイメージが映し出される。

 銃口を曲がり角に向けておくと敵が飛び出して来たので頭に一発放った。

 崩れ落ちた敵を飛び越える。

 その途端、腕が勝手に左手の扉を撃つと中から死体が倒れてきた。

 Aに操作されたのだ。


「助かった」


《遅れた。勝手にハンドリングしてごめんなさい》


 敵のマーキングが遅れた事と、勝手にハンドリングした事を謝るAに、気にしない様に言って先を急ぐ。

 Aにハンドリングされていなければ、今頃アンドリューと書かれた墓があっただろう。彼女には感謝しかない。

 次の部屋でクレイソンとボブに合流する。


「そっちの敵は掃討したか?」

「隊長が倒したのがこっちの敵の最後です」


 背後からの攻撃は気にしなくても良いようだ。別に背後から忍び寄られても、ヘルメットの全周囲カメラで警戒してくれるAがいれば安心だが。


「ボブ、大丈夫か?」

「はい」


 明瞭な返答を受ける。新入りボブは元気そうなので先に進んだ。


《突き当たりの扉の向こうに敵。デービスが行った後に他の部屋のが集まって来たみたい、手榴弾で吹き飛ばして》


 突き当たりの金属製の扉に張り付く。向こう側から撃たれて扉がカンカンと音をたてている。

 クレイソンが手榴弾を取り出したのを感じると扉を少し開ける。

 そこにクレイソンが手榴弾を投げ入れると扉を閉めて離れる。

 爆発音がするとバラバラ死体が転がる部屋に突入し、腹から腸をこぼして血まみれで悶える敵と、バイザーに映った照準を合わせ、撃ってやると上手い具合に顎が裂けて笑っている様に見えた。

 腸をこぼして血まみれで笑う骸。ハッピーなアメリカのアニメみたいだ。


《そこの床下隠し通路にターゲット。デービスがもう少しで追い付く》


 Aがデービスの視界を接続すると、無駄に足の速いターゲットの背を追っている所だった。


《アンドリュー、一応貴方も追って》


 青い線で囲まれマークされた床の穴に飛び降りると、岩盤剥き出しの壁に、強化外骨格をぶつけながら狭い隠し通路を進む。


「こちらデービス、ターゲット捕獲。繰り返す、ターゲット捕獲」


 デービスの通信が全体チャンネルで響くと、ボブとエディの安堵の声が聞こえてきた。

 通路を30メートル程行くと、両手を結束バンドで縛ったターゲットを連れるデービスに合流した。


「よくやった」

「ありがとうございます」


《捕獲成功ね。地上に上がって、ヘリが待機してるわ》


「了解。デービス、さっさと帰ろう」

「了解」


 ターゲットを乱暴に引きずるデービスと共に隠し通路から出ると、エディが部屋を漁っていた。ブレインから情報収集を命じられたのだろう。


「エディ、見つかったか?」

「えー、はい、今。隊長、なんで僕に機密ファイルの回収命令が下されたのを知ってるのですか?」


 バイザーで分からないが、多分きょとんとした顔だろう。

 不思議そうな声を上げるエディをからかうと部屋を出て地上に向かう。

 部下達も後に続いているのはわかっているので一足早く地上に上がった。


「お疲れさまです。ターゲットは?」


 ヘリの搭乗員がローターの騒音に負けないように声を出す。神経接続をしてないので詳しいことは知らない様だ。

 デービスの位置に意識を向けると出口まですぐの所にいた。


「すぐに来る」


 搭乗員にそう伝えるとヘリに乗り込む。

 5分後にはターゲットと部下が搭乗し、さらに一分後にヘリが離陸した。


「今回は初めての任務の者もいたがよくやった」


 部下に労いの言葉をかける。

 任務を終え、緊張が解れたのか部下達がお喋りを始めた。上官として叱責するべき所かも知れないが、自分はそういうのは向かないので好きにさせる事にした。ブレインも何も言っていないし良いだろう。

 部下達を眺めていると通信が繋がる。


《任務完了。お疲れさま、アンドリュー》


「ああ、今回もありがとう」


《水くさいわね》


 Aの笑い声が聞こえた。


「これからも頼んだ」


《急にかしこまってどうしたの? まあいいわ、貴方の面倒はちゃんと私が見てあげる》


 少し間が空く。


《これからも守るから、安心して》


 A。

 彼女が私をハンドリングする限り私は死なない、彼女の言葉を聞いてそんな気がした。

 ブレインはNLSを使ってこれからも戦い続け、勝ち続けるだろう。

 それに終わりはない。

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