第17話 浅き夢見路酔ひもせず
やがて賑やかな時間も幕を閉じるタイミングが訪れる。たくさんの人に祝福され、もみくちゃにされたボクたちの疲れは、そろそろピークに達していた。
すでに店の中はボクたちとは関係のない所でどんちゃん騒ぎになっている。ボクは明日の出発に備えて早めに切り上げたいと申し出て、ヒデさんも快く応えてくれた。
ヒデさん、米倉氏、『織田』の親方と女将さん、そして参加してくれた皆に礼を述べて、ボクたちは先に店を出た。女将さんを始めとするお歴々の方々は早々に宿で休息していることだろう。
明日からの伊豆旅行は昼前の新幹線で向かう予定だが、今宵は早めに休むことにしよう。本来ならば「初夜」という蜜月の時なのだろうが、疲れている今のユイには一秒でも長い休息の時間が必要だ。
それでもユイはボクに甘えながら抱かれてくれる。
もちろん今宵もユイの口づけは蜜のように甘い。その甘い口づけに酔いながら、ボクは幸せの絶頂を感じて深い夢の世界に落ちていく・・・。
ふと目が覚めると、そこはねずみ色の壁、薄暗い蛍光灯、小さくて高い場所にある窓がある部屋だった。辺りはうっそうと静まり返っている。
そうだ、ここは留置場だ。連れて来られたのは昨日だったっけ。少し寒さを感じたためか、ブルッと震えて目が覚めたようだ。
時計がないので時間はわからなかったが、外はまだ暗く、夜は明けていない。そんな時間のようだった。向こうでは監視の警察官がうつらうつらしているのが見える。
また明日から五月蝿くて恐い刑事たちの取調べだ。そんなことを考えただけで一気に気持ちが憂鬱になる。それに、一瞬我に返るも眠いのは変わらない。
どうやらボクは夢を見ていたようだ。ボクの手の中にはあの時の感触がまだ残っている。それにしてもステキな夢だった。ユイがボクの下へ帰ってくる。そんなありえないような夢だった。ありえない夢とは程遠い冷たい現実がボクの目の前に立ちはだかっている。そして、ありえない妄想を振り払うかのように溜め息を吐くのである。
やがてボクは、まだ虚ろな寝ぼけ眼をこすることもなく、睡魔に誘われるまま、もう一度目を瞑る。まるで現実逃避をするかのように。
もう何も考えたくない・・・。
暗くて深いしじまは、そんなボクを誘うように、再び夢の世界へ導いてくれるのだった・・・・・。
結婚式の翌朝、ボクの瞼を明るい日差しが刺激した。
なんだか嫌な夢を見たような記憶が朧気に残っていた・・・・・。
そんな嫌な気分を払拭するかの如く、隣にユイが寝ていることを確認した。
いつもながら可愛い寝顔だ。疲れているのだろう、ボクの目が覚めた気配があるにもかかわらず、まだ夢心地のまま覚める様子がない。キスをするのはよそう。
まだボクもスッキリと目が覚めたわけじゃない。枕元の時計は七時を指していた。まだ時間はある。急ぐ必要なはい。もう少しゆっくり寝ていよう。
ボクは可愛いユイの寝顔をもう一度確認すると、重い瞼を閉じて、またぞろ布団に頭を突っ込んだ。そして、朦朧とする意識の中、朧気な記憶に誘われながら、迷宮の世界へと足を運ぶのである。
浅き夢見路をまだ酔いながら。
これから始まる幸せな日々を夢見ながら・・・。
「萌愛・・・愛してる・・・・・。」
そしてボクの意識は再び遠くまどろみの彼方へ・・・。
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