第12話 米倉氏からの新たな挑戦状

そして、まだまだ残暑厳しい九月の中頃、突然米倉氏から電話がかかってきた。

「恭介君かな、以前ウチでやったパーティイベントの第二弾があるんだが、どうだろう。今度は『織田』とのコラボで考えてるんだが。」

「また同じように料理を提供すればいいんですか。」

「いや、今度のは少し違う。あいつらも少々調子に乗っててね、料理対決が見たいっていうんだ。折角だからキミと『織田』の跡取りとの後継者対決っていうのも面白いと思ってさ。どうだい?なんなら他にもメンバーを増やしても良いけど。」

「いや、誰かと競うようなのはちょっと・・・・・。特段、自信があるわけでもないですし、圭太くんとも相談しなきゃいけないし。」

「ははは、そう言うと思ったよ。だから『織田』には先に電話を入れてある。彼の了解はもらってるよ。是非ともキミと腕試しをしたいって言ってたぜ。」

ボクは唖然とするしかなかった。それでも即答は避けたいと思った。

「ウチのお店の都合もあるので、親方と相談して返事をさせていただきます。」

「いいとも。いい返事を待ってるよ。」

米倉氏はそう言って電話を切った。

眉間にしわを寄せたような怪訝な表情をしているボクに女将さんが心配そうに話しかける。

「どうしたんだい。何かあったのかい?」

「米倉さんから電話があって、今度米倉さんの店で料理対決のイベントをやりたいって。ボクと圭ちゃんの対決でどうだっていうんだけど、ボクはあまり気が進まない。『織田』にも電話してて、圭ちゃんは前向きなんだって。」

女将さんはその話を聞いて親方を呼ぶ。

「あんた、米倉さんがキョウちゃんに仕事を依頼してきたんだけど、キョウちゃんの判断でいいだろ。」

すると親方は目をキラキラさせて喜んだ。

「もちろんじゃねえか。もうこの店を切り盛りしてるのはキョウスケなんだから。料理を出すだけなんだろ?」

「違うのさ、『織田』の跡取りと対決させようっていう話らしい。」

「うん?だけどアッチはフライものしかないだろう。こっちの方が有利じゃねえか。」

「ボクは違うと思います。あの人がトンカツと肉じゃがの対決をイベント化するはずがないと思います。しかも、他にもメンバーいるみたいだし。」

親方は腕を組んでしばらく思案に入る。

そうこうしているうちに、『織田』の圭ちゃんから電話がかかってきた。

「キョウちゃん、ビッグニュースだよ。米倉さんから電話かかってきた?」

「ああ、聞いたよ。圭ちゃんOKしたんだって?」

「親父は挑戦して来いって言うし、それにキョウちゃんと競えるなら臨むところだよ。」

「ボクはあんまり乗り気じゃないんだけど。それにきっとトンカツと肉じゃがの対決とかじゃない気がするんだ。」

「それはそれでいいじゃない。どんなことができるか楽しみじゃん。ねっ、一緒にやろうよ。って今度はライバルになるけど。」

「もう少し考えるよ。ウチはまだ親方の許可も出てないしね。」

ボクはそう言って電話を切った。

ボクと圭ちゃんの会話を聞いていた親方は、組んでいた腕をほどいて、ユイを呼んでボクの隣に立たせる。

「今回、ワシは手伝わん。キョウスケとユイちゃんと二人で行って来い。勝った負けたよりも得る物があるはずだ。店のことはワシがやる。常連さんのメシぐらい、ワシとカカアでなんとでもなる。楽しんで来い。」

親方はニッコリと笑ってボクとユイの肩を叩いた。

親方の後押しの言葉をもらい、ボクは米倉氏に電話した。「やらせていただきます」と。

すると米倉氏はたいそう喜んでくれたのだが、テーマについてはもう少し考えてから連絡すると言うことだった。できるだけゲストのリクエストに応えたいというものらしい。

そのあとで『織田』にも電話を入れる。

「米倉さんの話、受けることにしたよ。親方に楽しんで来いって言われた。」

「そうりゃそうだろ。ウチの親父もお袋も楽しみだって言ってたぜ。終わったら、双方の親方衆に食べ比べしてもらおうな。」

「うん、わかった。」


三日後、米倉氏から電話が入る。

期日は二週間後、水曜日の夜。お題は「らーめん」。

近年外国人の間でちょっとしたブームになっている「らーめん」。これを日本食というのだから不思議な感覚である。本来中華料理に位置づけられるべきだが、日本文化の中に浸透し、姿形を変えていったものの一つであろう。ナポリタンやカレーがそうであるように。

さあ、お題は決まった。ボクは店が終わるとユイと共にプランを考え始める。

「さあ、何から決めよう。」

「そうねえ。ウチじゃ麺を作ることはできないから、やっぱりスープじゃない。」

「じゃあ、スープは何をメインにしよう。外国の人はとんこつが好きだっていうから、クリーミーなものが好まれると思うんだ。だからあっさり仕立てよりこってり仕立ての方がいいと思う。」

「そうねえ。でもそれぐらいのことは圭ちゃんでも考えてるんじゃない?」

「ふうむ。」

アイデアなんてものは、そう簡単に湧いてこない。おおよその材料など、すでに世の中に出尽くしているのだろうから。

おかげでボクたちは普段の仕事の中でも腕を組みながら考える時間が増えてしまった。ユイなどもぼおっとしていて、お客さんが入ってきたことに気づかない時もあった。

それでもある夜、乾物問屋のご隠居がいつものようにビールときんぴらで赤ら顔を楽しんでいた時、次の注文がユイの耳に響いた。

「そろそろ夜は涼しくなるし、ここいらでビールから熱燗に切り替える準備をしようかな。とりあえずはスルメとたらこを焼いておくれよ。」

ユイは自ら燗の用意をして、グリルでスルメとたらこを焼き始める。

「お待ちどうさま。でもご隠居さん大丈夫?こんな硬いするめを齧ったりして。」

「こういうのはゆっくりと齧るから酒も旨くなるんだよ。」

するとその瞬間、ユイの目が大きく見開き、ご隠居の肩をパンパンと叩き始めた。

「ご隠居さん、それそれ。いいこと思いついた。」

そう言い終らぬウチに厨房へと飛び込んできた。

「キョウちゃん、スルメ!これにしよう。」

ボクは何のことだかすぐには理解できなかったが、キラキラと光るユイの目を見て思い出していた。

「そうか、以前に鍋の出汁にしているのを見たことがある。よし、これを使ってウチのスープを作ろう。」

「ねえ、ヒントをくれたご隠居さんにもう一本サービスしていい?」

「もちろんだよ。ちゃんとお酌もしておいで。」

そう言うとユイは急いで燗の酒をご隠居の元へと運んでいった。

あとはどうやって仕上げるか、ボクたちの試行錯誤は何日も続いた。そして約束の開催日まであと五日と迫ったころ、ボクたちのスープは完成した。スープは味噌仕立てで仕上げた。ウチの味噌汁で使っている味噌だ。その方が『もりや食堂』らしいかなと思った。それに焦がしバターと焦がしニンニクラー油をたらしてみた。

あとは麺とトッピングだったが、麺は極細麺をいつもの製麺所にお願いする。トッピングはやや多目のネギの上に焼きイカと油揚げをパリパリに焼いたものを乗せた。

完成したものを親方と女将さんに試食してもらうと思ったのだが、親方は首を振った。

「ワシが味見をするのは、イベントが終わってからにしよう。もうワシがどうこういうもんでもないし。」

「なら、あたしもそうするよ。ヒデさんにだけ味見してもらえばいいじゃないか。」

これが親方の気遣いか。ボクとユイに一任する姿勢か。結局二人してイベントが終わるまで何一つ味見することはなかった。

その日の夜、女将さんから連絡を受けたヒデさんがやってきた。

「キョウスケとユイちゃんの始めての合同作品なんだろ?不味い筈がないじゃないか。」

そう言ってスープを、麺をすすりあげた。そしてあっという間に器は空になる。

「なるほどこれは面白い。好き嫌いは分かれるかもしれないが、多少のクセがあったほうが外国人向けかもしれないな。味噌味だし、コーヒーみたいにミルクを隣においておけば尚面白いかもよ。」

「そのアイデアもらってもいいですか。」

「そのためにオレを呼んだんだろ。それぐらいのことでパテント料要求したりしないよ。」そう言うとヒデさんは親方と女将さんの方を振り返り、

「勝ち負けは別として、いいものを考えたと思います。褒めてやってください。」

そう言って頭を下げた。

「ヒデさんいつもありがとね。あたしたちは、イベントが終わってから頂くよ。」

女将さんの目はいつもどおりに優しい目だった。


そしてイベントの日は到来する。

ゲストの人数はおおよそ十五人。用意するのは十人前。『織田』も十人前を用意すると、双方で二十人前になる換算だ。

圭ちゃんが用意した『織田』のらーめんはデミグラスソースをスープにしたものだった。いわゆるカレーラーメンではなく、ハヤシラーメンといったところか。トッピングはミートボールだ。かなり欧米人を意識したものだとわかる。

麺料理は作り置きできない料理なので、手早く仕上げなければならない。さほど広くない厨房で二人一組が順繰りに一人前ずつ仕上げていく。圭ちゃんは相棒にベテランのバイトのおばさんを連れて来ていた。そして手際のいい四人は、ほどなくそれぞれ十人前ずつを仕上げていく。

会場では配膳を待ちかねた客たちが順繰りに食べていく。十五人が二十人前を食べ比べるのである。見た目は一瞬。写真を撮る人もいる。あとはたくさんの手が器になだれ込むようにして中身を奪い取っていく。そんな光景である。

作るのもあっという間だが、食べるのもあっという間だった。店が用意したイベントと初めてみるラーメンにゲストたちは大興奮だったようだ。

全ての丼が空っぽになり、参加者らは思い思いに感想を吐き出していく。おそらくは英語なのだろう、何を話しているのかさっぱりわからなかったが、みんなの顔は一様に満足げだった。

ボクはユイにお疲れ様と言って労をねぎらい、ユイはボクに「終わったね」といって笑顔をくれた。隣でその様子を見ていた圭ちゃんは、「まだ勝負が決まってないよ」と言ったけど、ボクとユイにとっては、もう勝ち負けなどどちらでもよかった。

その理由は、圭ちゃんと再び仕事ができたこと。ユイと二人で創作料理ができたこと。そして親方が良いというならば、二人で考案した食堂の新メニューができるからである。

会場では審査が行われていた。その結果、どうやら『織田』に軍配が上がったようだ。それを聴いた瞬間、圭ちゃんはこぶしを高く掲げて喜んだ。ボクとユイも素直に祝福した。

イベントが終了し、米倉氏が我々を見舞いに来た。

「よくやったね。イベントは大成功だよ。やっぱりキミたちは役に立つなあ。これからもよろしく頼むよ。これはとりあえずご祝儀ね。」

そう言ってボクたちに【大入り】とかかれた大き目のポチ袋をくれた。中には一万円ずつ入っており、どうやらまたしても米倉氏の店は予想以上に大もうけしたようだった。


翌日、米倉氏が『もりや食堂』にやってきた。丁度昼時だったので、ランチもご所望だ。

「うーん、今日は何にしようかな。かきあげ蕎麦と玉子丼の気分だな。」

「ご飯を少なめにしましょうか。」

ユイは気を利かせたつもりだったが、

「大丈夫。腹ペコなんだ。ガッツリ食うよ。」

「はい。」

いつものようにニッコリと返事をして、厨房の奥へと注文を届ける。

「ところでユイちゃん。先日の支払いをしたいから、食べ終わったら恭介君と親方を呼んでくれるかな。」

「はい。」

ユイは再度ニッコリと返事をして次の客の注文を取りに走る。

予告どおりかきあげ蕎麦と玉子丼をガッツリ平らげた米倉氏は、食後の茶をすすりながらボクと親方の到着を待っていた。

その様子を見たボクは親方に声をかけて米倉氏のテーブルへ足を運んだ。親方は一応米倉氏への挨拶もあるので同席はしたが、ボクに一任しているからと言い、黙って座っていた。

「いらっしゃいませ。」

ボクはありきたりの挨拶をする。

「やあ恭介君。先日のギャラを支払いに来たんだ。」

「ボクの方でも請求書を用意しています。」

そう言ってボクは用意していた請求書を渡した。額面は二万円としていた。

「ラーメンを十人前と出張費としていただきます。」

米倉氏はボクの提出した請求書を一瞥して、一瞬にしてくちゃくちゃに握りつぶしてポケットにしまい込んだ。

「これだから素人は困るんだ。ちゃんと適正な価格ってあるんだよ。オレが用意した出演料と材料費はこんなものだけどな。」

米倉氏は上着のポケットから一枚の紙を取り出した。上段には契約書と書かれてあり、額面は三十五万円と書かれていた。

「米倉さん。冗談ですよね。こんなにもらう理由がありません。」

「ところがね、これは正規の価格なんだ。しかも勝負に勝った織田君にはさらに上乗せで支払ってある。今回は出演者としてのギャラだから、源泉徴収だって引いてあるんだぜ。ウチはちゃんとした会社だから、心配しなくてもいいよ。それに前回同様、あのセレブ達からは目ん玉が飛び出るほどのセット料金もらってるからね。」

「ですけど・・・。」

すると今まで黙っていた親方が初めて口を出した。

「米倉さん、ウチの恭介はそちらのお役にたちましたか?本当にお客さんに喜んでもらえましたか?」

米倉氏は意を得たように満面の笑みで応える。

「ご主人、ウチも客商売です。ウケが悪けりゃ商売あがったりです。客から文句があるようじゃウチは彼にクレームを入れに来ますよ。でもそうじゃない。今回もウチは思ったよりも多くの儲けが出たので、適正な支払いを適正に履行しに来たというわけです。」

「わかりました。キョウスケ、ありがたく受け取っておきな。ワシが出ろと言ったんだ。ワシが出した役者が評価を得たんだ、ワシの目に狂いは無かったってことだよな。ならば、その金額の評価はワシが評価されたも同じだ。これは気分がいい。」

「今回の対決では『織田』さんに軍配が上がりましたが、ウチのスタッフの評価では明らかにこちらのラーメンの方が評判は良かったです。やっぱり外国人と日本人との味覚は違うんでしょうね。彼の評価はうなぎのぼりですよ。もしよかったら週に何回かはウチで腕を振るってもらいたいと思ってるんですよ。」

「それは困ります。ワシの大事な跡取りですから。」

「はい。『織田』さんでも同じことを言われました。その件は諦めます。その代り、年に何回かこういうイベントに協力をお願いしますね。」

そう言って懐から分厚い封筒と領収書を取り出した。

「ここにサインと押印をお願いします。」

ボクはユイを呼んだ。

「今回はユイの発案が発端です。受け取るのは彼女が適役です。」

それを聞いて驚いた表情を見せるユイ。

「えっ?わたしが?」

「領収書のサインはワシがしよう。ハンコはキョウスケが押すんだ。」

そう言って親方は領収書のサイン欄にボクの名前を書いた。

「えっ?ダメですよ、書き直してください。」

「残念ながら恭介君、予備の領収書は持ち合わせてないよ。このまま受け取ってもらうしかないね。」

「キョウスケ、後で材料分だけ請求するから、後はお前たちのボーナスにしておけ。それと、今度ウチに『織田』の息子も呼んでラーメン祭りでもやろうな。」

「ごちそうさま。旨かったよ。そのラーメン祭りの日、オレも呼んでくれ。ウチのシェフも連れてくるから。楽しみにしてるよ。」

そう言ってまた颯爽と店を出ていく米倉氏。後姿がカッコ良過ぎるじゃないか。


後日、丁度ボクの誕生日が到来したので、パーティよろしく圭ちゃんを呼んで『もりや食堂』でラーメン祭りを行った。気の合う友人とたくさんのお客さんが集まり、にぎやかな誕生日パーティとなり、ボクにとってはすごくいい思い出となった。

でもこれが親方とにぎやかに過ごした最後のイベントとなった。



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