第3話 推理はケーキと共に
客間の座卓の上には、お皿に載せられたケーキとお茶とが二人分もう用意されていた。
流香は正座するなり、まずはお茶を一口飲み、喉を潤してから俺が昨日買ってきた某有名洋菓子店のショートケーキにフォークを入れた。
「ケーキを食べてからでいい」
俺は流香と向かい合って座るなり、持ってきた十二枚の写真を伏せて、座卓の上に置いた。
「……時間があまりありませんので」
流香はケーキを一口食べた後、フォークを置いて、写真に手を伸ばして引き寄せるなりすぐに見始めた。
「……何か分かるか?」
十二枚のうち、六枚が水沼英二の部屋で、残りの六枚が魔法使いだと自称した男『嵯峨野正隆(さがの まさたか)』が死んでいた場所のものだ。
どの写真も焼死体があった場所だ。
部屋の中を色々な角度から撮影したもので、外部から何かを放り込まれたりされたような形跡はいずれの現場にもなかった。
流香はその十二枚の写真を座卓一面に並べて、じっと見つめる。
「二人が亡くなった時間はほぼ同じなのでしょうか?」
写真から顔を上げると、流香は眉間に皺を寄せた。
「自称『魔法使い』の嵯峨野正隆は、配信を行った日に死んだのは確実だ。だが、水沼英二に関しては骨まで灰になるほどの火力で燃えてしまっていたので不明だ」
「燃料に燃料をくべれば可能ではないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
流香は思案顔をしながら、フォークを手に取り、ショートケーキを口に運んだ。
「この六枚には人が死んでからさほど時間が経っていないのが痕跡として残っています」
流香はそう言って、嵯峨野の現場の写真を指し示す。
「嵯峨野正隆の現場だな。何が見えるんだ?」
俺には見えない物が見えているのだろうか、流香には。
「魂の欠片です。ですが、こちらの現場の写真は魂の欠片が一切見当たりません」
流香は水沼英二の現場を指さす。
「そっちは水沼英二だな。どういう事だ?」
流香が言わんとしている意図が分からなかった。
「死んだ時期がおそらくは異なります。魂の痕跡が一切残っていませんから死後一ヶ月は経過しているとみてもいいような気がします。一ヶ月あれば可能なような気がしますけれども」
「何で分かる?」
「見えているからとしか言いようがありません。姉にも見えているようですが、この件にはあまり関わりたくはないと言っています。それに、魔法使いというのは眉唾物だとも言ってもいます」
写真にはもう興味がないからなのか、流香はケーキに目を移して、せわしなくフォークを動かし始める。
「魔法は置いておこう。で、何故分かる?」
根拠があるのだろうからそう主張しているのだろう。
姉云々はもう慣れているから聞き流しはした。
左目については俺に霊感だとかそういった類いの超感覚がないため受け入れるしかないと思っている。
これまでの経験則上からそう思わざるを得ないのだ。
「あの映像の人……嵯峨野正隆でしたか? その人は『五行』と言っていました。覚えていますよね?」
「五行か。古代中国にあった自然哲学の思想だったかな? 万物は火、水、木、金、土の五種類の元素から成り立っているっていう」
「はい。ですが、嵯峨野という人の主張は五行から逸脱しています」
「どう違う?」
俺の知識不足なためか流香の要点が掴みきれない。
「魔法を使って五行を操り、離れた場所にいる人間を殺すと言っていたのです。おかしいでしょう?」
流香は無表情でケーキを食べ終えると、俺の分として用意されていたであろうケーキに手を伸ばす。
俺は何も言わずに、考えをまとめようとするも、やはり答えが見いだせない。
「降参だ。答えを教えてくれ」
「五行という考えは物理法則を決して無視しているワケではありません。五つの元素がお互いに影響し合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化して循環しているという思想が根幹にあります。ですが。人を焼死させた火はどう発生したのでしょうか? 骨まで灰にする程の業火がどこから生じたのでしょうか?」
「嵯峨野が使った魔法からじゃないのか?」
そう言うと、流香は俺の事を鼻で笑った。
「一つ、訊きたい事があります」
流香はフォークを置いて、右手を掲げる。
そして、人差し指を立てて『一』を示した。
「水沼英二という人が死んだという場所の外側から……例えば、極端な例ですが砲弾などを撃ち込まれたような形跡はありましたか?」
「当然ない。あれば、それが原因によるものだと断定されるはずだ」
「ならば、物理法則を無視していますね。嵯峨野が魔法を放ったのであれば、外部に魔法が直撃した形跡があってもおかしくはありません。ですが、それがないという事は内部から炎が発生した可能性が高いという事を示唆します」
「うん?」
「例え話ですが、ガラス窓越しに人を撃ち殺したとしましょう。その際、弾丸が通過するのだから、硝子は当然割れますよね?」
「ああ、当然だな」
「この状況は、窓越しに人を撃ち殺したはずなのに、窓硝子が割れていないというものなのです。魔法を使ったはずなのに、魔法が通過したはずの場所が損傷していない。おかしな話でしょう?」
「そういう事か。だから魔法ではないと」
「五行と言っているのにその五行の基本理念を無視している。その点だけでも眉唾物といったところでしょうね」
「そういう事か。分かったような、分からないような」
俺の分もケーキも平らげると、流香は立ち上がった。
「きちんとした報酬を用意しておいてください。水沼英二の死について考察してみましょう」
「ん?」
「今日はこれから学校があるので無理ですが、後日、現場検証に付き合います、といっているのです。分かりますでしょうか?」
何か興味を引かれることでもあったのだろうか?
こうも乗り気な流香を見た事がなかったので、半ば信じられなかった。
「行かなくてもいいのでしょうか?」
「いや、お願いする。で、いつなら大丈夫なんだ?」
「明日の朝、祝詞の奏上が終わった頃ならば開けておきましょう」
「分かった。明日だな。車で現地に向かうとしよう」
俺は流香の真意が掴みかねている。
何かあるというのだろうか?
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