第2話 六角忠史(ろっかく ただふみ)
とある動画サイトに上がっていた今の動画を見せられて、左目に眼帯をしている稲荷原流香はこれといった感慨を抱いていないのか、終始表情を変えなかったものの、
「赤い……宝石?」
と、呟いて顔を上げた。
「あれがどうかしたのか?」
「いいえ、何でもありません」
「で、どうだ、流香? こいつは本物だと思うか?」
俺がそう訊ねると、
「
流香は俺を忌々しく右目だけで睨み付けながらぶっきらぼうに答えた。
流香の左目があった場所は眼帯で隠されてはいるが、左目そのものが何者かによってえぐり取られてしまっていて、もうそこには存在していない。
左目があった場所にいるのは『姉の魂』との事だが、魂なんてものをあまり信じていない俺はどちらかと言えば懐疑的だ。
あれは姉ではなく、怪異の類いではないかと睨んでいる。
あの闇の揺らぎを。
「そこをなんとか」
朝の日課である本殿での祝詞を終えて、拝殿を出て自宅へと戻ろうとしたところを待ち構えていた俺が話しかけたのだ。
俺の体躯がでかすぎるから、どうしても流香を見下ろすような格好になってしまい、威圧的に取れなくもない。
俺に慣れているせいか、流香は俺を怖がったりは決してしないし、態度もどこか親しみがある。
『この動画を見て欲しい』
そう言って、さきほどの意味不明な動画を見せた。
有無を言わさない流れだったからなのか、流香はすっかり不機嫌になっていた。
「この映像だけじゃ分からないものか。実際にこの動画がアップされた後に、本当に焼け死んだんだよ、水沼英二って男が。で、その二時間後にこの動画の男も死んだ。男が予告した通り、人体自然発火みたいな状態でな」
そんな流香の反応が普通である事を知っているからか、俺は態度を改める気はなかった。
「……私にイタコの真似事でもして、その男の霊を呼び出せというのでしょうか? 事前に言っておきます。お断りします」
「つれないな、流香は」
「馴れ馴れしいですね、本当に」
流香の態度はいつになくつっけんどんだった。
それもそのはずで、何か奇っ怪な事件がある度に、俺は流香に訊きに来るようにしているからだ。
故に、しつこすぎて邪険にされているところもあるが、流香は思ったよりも付き合いがよくて、今回も動画を最後まで見てくれたりした。
「どう思う? 本当にこれは魔法か?」
「見解を話す前に一つ提案があります」
流香は右手を挙げて、人差し指で空を指し示した。
「分かっている、分かっている。捜査のヒントになったら、有名処のケーキ……そうだな、一週間ほど毎日届けるようにしよう。これでどうだ?」
俺はそういう流れになる事を想定して、流香に対する提案をあらかじめ考えていた。
付き合いが長いため、俺は流香の事を熟知していると言える。
左目を失い、服で隠れていて見えないが背中には爪か何かにより深くえぐられた傷跡が今も残っている事も。
流香が自分の事を一切語ろうともしない事も。
流香が甘い物好きの女子高生である事も。
そして、俺が図体だけは大きいものの、少女漫画好きという乙女な一面があるのを知っている事も。
俺はよく知っている。
四年前、稲荷原流香が左目を失った連続殺人事件に刑事として関わっていたのが、俺だからでもある。
「現場の写真、当然持ってきていますよね? 持ってきていないのであれば、無能としか言いようがないのですけれども」
「ああ、当然持ってきているさ」
死体の写真だけは見せられないというべきか、見せてはいけない物だと思って持ち出してきてはいない。
流香が死体を見慣れているのは知ってはいるが、さすがに見せるのはデリカシーに欠ける気がした。
「親父さんに言ってあるし、ケーキも持ってきてあるから食べながら見てもらうだけでいい」
「事件現場の写真を見ながらケーキを食べろと言うのでしょうか? 随分と変わった趣向を押しつけるようですね」
とある事件で、左目を失った流香を俺が抱きかかえて病院へとか蹴込んだ経緯があるからなのだろう。
事件について話を聞きにくる俺を拒絶したりは滅多にしない。
「そこでケーキを食べるかどうかは流香次第だな」
「……分かりました」
流香は俺を置いてすたすたと自宅の方へと歩き始める。
俺は流香の後ろ姿を見つめた後、後に続いた。
神社から徒歩四分のところに流香の自宅はあり、父親である
姉の
生前の姉とやらを俺は知らない。
死体となった姉を知っているだけだ。
流香に言わせると『都市伝説の化け物と戦って無様に死んだ』との事だが、あの死に様は無様だと形容すべきなのだろうか?
巨大な怪物に引きちぎられたかのように上半身と下半身とが分断されていたあの姿が脳裏に今も焼き付いている。
あの姿は無様だと形容すべきなのだろうか?
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