ファラ・サイデュー

 僕が四杯目のコークハイを半分まで飲んで、その有と無の境目を漂う氷の群れに視線を泳がせている時、隣に黙って座った奴がいた。


「ティム……」


 僕は友人の名前を呼んだが、彼は黙って頷いただけで、いつもの軽口は飛んで来なかった。


 注文は、と尋ねるバーテンダーにジンジャーエールを頼んだティムは、


「車でね」


 と、何故か僕に言い訳のようなことを言って、また小さく頷くような仕草をした。

 小太りのバーテンダーが彼の前にジンジャーエールのグラスを置いても彼は黙ったままだったが、グラスの氷が軋んで、からんと鳴った時、ようやく言葉を絞り出した。


「彼女は……その……残念だった」

「ああ……いい子だった……」


 また暫くの沈黙があった。パトカーがサイレンを鳴らしながら外を通り過ぎ、店のBGMはエドガイの曲が丸々一曲終わって、アンドリュー.W.Kが歌い始めた。


「ファラの手紙?」

「ああ」

「見せて貰っても?」


 僕はニアから預かった恋人の手紙を、ティムに渡した。


「本当に、いい子だった。妹思いで。体は病弱だったけど、心は強かった。料理が上手くて、詩人だった。良い友人で、最高の恋人だった。病気ではあったけど人生に前向きで、勉強家で、LCSW──目指してたソーシャルワーカーの資格試験にも合格して、これからだった。未来が用意されていたのに……」


 友人が亡き恋人の手紙を読むその隣で、僕は彼女への、ファラへの思いを語った。

 一度は役割を終えていた涙が、また勤勉に働き始めて、周りの景色は滲み、グラスの氷はからからと小刻みに鳴った。


 ティムはファラの手紙を読み終わると、細く長い溜息をついた。


「僕はファラを愛していた。彼女も僕を愛してくれた。彼女は難しい病気だったけれど、それも彼女の人生の一部だし、僕には受け入れる準備があった。彼女の喜びも、悲しみも、怒りも、痛みも、僕の人生の一部にする準備が、僕にはあったんだ。それなのに……」


 友人はジンジャーエールを煽った。


「ニアにも悪いことをした。知らなかったんだよ。彼女が、つまり、僕を好きだったなんて。僕はバカだ。彼女に辛い思いをさせた。僕はニアに、僕とファラの付き合い方の相談までしてたんだ」

「ウィリアム」


 ティムは真剣な眼差しで僕を見た。


「僕は君の友人としてここに来た。これから話すことも、君の友人として話すことだ。まずはそれを承諾してほしい」

「……ジンジャーエールで酔ったのかティム。当たり前じゃないか」


 ティムは一度、天を仰ぐと、意を決したように僕の目を見て言った。


「ファラって……ファラ・サイデューという人間って本当に居たのかな」

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