第2話 回想中も勇者(現ゾンビ)は私を追ってくる!

「ようやく見つけたぜ。女賢者」


 女賢者は崖の上のボロ小屋でひっっそりと暮らしていた。


 どうしてこうなったのか。

 話は私達が魔王討伐に失敗した時から始まるらしい。

 らしい……というのは、私は瀕死の状態でその時の記憶が全くないからだ。

 そして全ての謎を女賢者が握っていると知り、ついに彼女の居場所を突き止めた。


「よく来たな、弱虫女盗賊」


「私の記憶を蘇らせてちょうだい。そのためにあんたを探してここまで来たの」


 隣で女僧侶がうんうんと頷いている。


「つくづく面倒な女だな」


「あんたに言われたくないわよ」


「で、あんた。どこまで覚えてるの?」


「何を?」


「勇者との想い出よ。まさかそれまで忘れたの?」


 勇者との想い出?

 なんじゃそりゃ?


「いいわ。覚悟はいいわね」


 え!いきなり?

 そりゃ押しかけたのはこっちだけど、さすがの私も心の準備が。



 ***



 徐々に記憶が蘇ってくる。

 と、いきなり目の前が真っ赤に染まり、激痛が全身を襲う。

 実際に痛みは感じないが、激痛を感じるのは体がその痛みを覚えている証拠だ。

 つまりこの記憶は確実に私のものだ。

 魔王の一撃で私は瀕死の重傷を負う。

 数メートル吹き飛び、何度も地面にバウンドした。

 目を開けると、私の腕はおかしな方向へ曲がり、バウンドしたあたりに私のちぎれた右足が横たわっている。

 これはもうだめだ。死ぬ。みんなごめん。

 そう思った時だった。

 気が付くと魔王が目の前に。

 何やら魔法詠唱を開始し見たこともない奇怪な術式が宙に浮かんでいる。

 終わった。

 何もかも。

 バイバイ、みんな。

 その時だった。

 私の目の前に女勇者が飛び込んできた。


「魔王!私が相手だ!」


 愛しの女勇者。

 そうだ。思い出した。

 この感覚。

 勇者の姿を見る度に、声を聴く度に、胸にこみ上げる熱いもの。

 私と女勇者はお互い惹かれ合っていた。

 お互いを欲していた。

 気持ちを通わせていた。

 そうだ、全部思い出した。


 決戦前日、女勇者は私を求めた。

 珍しく弱気になった彼女の求めに応じて、私は体を許した。

 私が愛した女勇者。

 でもどうして、ゾンビなんかに!


「ゆ……ゆ……ぁ」


 声も出ないじゃない、私。

 お願い、このまま死んで行く私を助けようなんてしないで。

 私の事はいいから。

 生き延びて。

 お願い、女勇者。


 女勇者は私をちらっと見ると優しく微笑んだ。

 現実ではなく、蘇った記憶の中だとしても、彼女の笑顔に心がきゅっと締め付けられる。


「好きだよ…」


 女勇者の口元がはっきりと動き、私の意識はそこで終わった。



 ***



 へ?終り?

 いきなり現実に戻されてきょとんとしている私を女賢者がめんどくさそう見ている。


「ここまで?ここまでなの」


「あ、なんか文句あんの?」


「お願い、続きを教えて。勇者に、彼女に何があったのか。どうして彼女がゾンビになったのか」


「私の記憶の断片を見る事になるけど、それでもいいの?あんたには結構酷な内容よ?」


 私は静かに頷いた。

 勇者に何があったのか知りたい。

 もしできることなら、勇者を救ってあげたい。


「ただし、私の記憶を覗くなら条件があるわ」


 女賢者は再度めんどくさそうに私を睨みつけた。


「女勇者の呪いを解く。それが条件よ」


 呪い?勇者は呪いにかかってるの?

 わかった。

 私が勇者の呪いを解く。


「わかった。わかったから早く!」


 ******



 ぼんやりと頭の中にその時の光景が浮かんでくる。

 方足で血まみれの私。

 装備を取れば腸が出てるに違いないほどの重傷を負っている。

 そのすぐそばに私を守るように立ち塞がる女勇者。

 まるでイーグルアイのように、私を取り巻く全ての環境がはっきりと見えた。

 そして、一つはっきりしたことがある。

 そう。

 私はもう死んでいる。


「魔王!私を見ろ!」


 女勇者が魔王の術式に腕を突っ込み魔王の顔を掴むと、強引に自分の方へ向けた。

 魔王の術式が完成し、目の前の女勇者が暗黒の水蒸気に包まれていく。


「女賢者!後は頼んだ!」


「待て!お前が犠牲になる必要はない!」


 女賢者は残り僅かの魔力を振り絞り勇者へ向けて【位置交換】の魔法を飛ばすが、勇者はそれを拒否しついには完全に暗黒の水蒸気に捕らわれた。


「ぐっ、女賢者。わかるか、あの魔法が……」


 瀕死の男魔法使いが女賢者に尋ねると、彼女はこくんと頷いた。


「あれはゾンビ化の魔法。女勇者は魔王配下のゾンビと化してしまう」


「な、もう、手はないのか」


「手はあるにはあるが、もう私はその魔力が……」


「魔力なら俺のがある。受け取れ」


 そう言うと男魔法使いは女賢者の手を握り、【魔力譲渡】の詠唱を始めた。


「そんなことをすると、お前の魔力が」


「この際、俺の事はどうでもいい。魔力が足りないってんなら【等価交換】でなんでもくれてやる」


 すると男魔法使いの両目がキラキラと輝きだし、光の雫となって消えていった。


「お前!自分の目を【等価交換】で魔力に!」


「頼んだぞ。女賢者」


 男魔法使いはその場で倒れこみ、両目があった位置から大量の血飛沫が噴出していた。

 女賢者は奥歯を噛みしめながら、両手を天にかざし、全身全霊を懸けた禁断の魔法を女勇者めがけて唱えた。


「魔法を呪いへ!【効果変換】」


 女賢者の体から飛び出したまばゆい光が暗黒に包まれた女勇者めがけて飛んでいく。

 危機を察知したのか魔王はすっと姿を消すと、その場から気配事消え去った。

 暗黒の水蒸気が蒸発し、その中に女勇者がただ立ち尽くす。

 肌の色も、髪も、何もかも術式に取り込まれる前となんら変わらない勇者。

 上手くいったか半信半疑だった女賢者は急いで私を回収すべく走り出した。


「おい、女盗賊!しっかりしろ!」


 既に息絶えている私が返事をするわけもなく、女賢者はおかしな形に変形した私の体を懸命に持ち上げた。


「頼む……」


 女勇者が声を出した。


「頼む。彼女が私の希望。私の全て……」


 女賢者はそっぽを向き私を担いで逃げようとした。

 その時、女勇者は突如雄たけびを上げる。

 悲壮に満ちたその雄たけびは、聞く者全ての意識に訴えかけるものだった。

 そしてそれは、女勇者からゾンビ勇者へと変わったことを鮮明に物語る。

 突如としてゾンビへ覚醒した勇者が女賢者めがけて剣を振りかざした。

 必死で抵抗するが力の差は歴然。

 ゾンビと化したばかりだからか、振り下ろす剣は中々狙いが定まっておらず、女賢者でもかろうじて回避できた。

 だが、それでも剣先が女賢者の体を切り刻む。

 その時、私の周りに黒い霧が立ち込め更なる悪夢が続いた。

 消えたはずの魔王が突如現れたのである。

 そしてその手を振り上げ負のエネルギーを固めると、勢いよく女賢者と私に振り下ろした。


「ダメだ……」


 女賢者が最後を覚悟した時、鋭い金属音が辺りに響き渡った。

 ゾンビ勇者が魔王の振り下ろした手を自らの剣で止めていたのだ。


「トウゾク……キボウ……アイシテル……」


 女賢者はとっさに私を担ぎその場から走り出すと、男魔法使いの元へ駆け寄った。

 そして【空間移動】のアイテムを噛みしめるとゾンビ勇者へ向き直り大きな声で叫んだ。


「バカ勇者!私だってあんたに惚れてたんだからな!!」


 神々しい光が私たちを包み込む。

 ゾンビと化した勇者は何かに葛藤しているのか、頭を抱え喉を掴み、地面にひれ伏していた。



 ***



 信じられなかった。

 手足がぶるぶると震えだす。

 見なきゃよかったとは思わない。

 知らなきゃよかったとも思わない。

 でも、これじゃまるで私のせいで女勇者がゾンビになったみたいじゃないか。


「そ、そんな……。勇者は、私の為に……」


「そうよ。あんたのせいで勇者はゾンビになった。これが真実よ」


 女賢者の言葉が重くのしかかる。

 私は頭を抱え左右に振るしかできなかった。


「嫌だ!違う!勇者がゾンビだなんて!しかも私と勇者が恋仲だなんて」


「すべて真実よ」


 私は事実を受け入れられずに混乱し、なりふり構わずわめき散らした。

 自分への怒りをこらえきれず、ついに女賢者に掴みかかってしまう。

 相変わらず冷たい目で私を睨む女賢者に、私はこう聞くのが精一杯だった。


「どうしたら、どうしたらいいの?」


「私のかけた呪いを解けばいいのよ。私がかけた呪いは【真実の愛】。それを解くには……」


 その時ボロ小屋の木造の壁がバキバキと音を立て、ぬめり気のある腕が飛び出してきた。


「きゃっ」


 その腕は女賢者の首根っこを掴むと勢いよく小屋の外に引きずり出した。


「勇者!」


 私はぽっかり空いた壁の穴から女賢者を追いかけるように飛び出す。

 そこには無残に切り刻まれた女賢者が横たわっていた。

 魔法を詠唱できないように首を掴まれている。

 ゾンビ勇者は私を見つけると、ハァハァと息を荒らげ女賢者を遠くへ投げ飛ばした。

 ゾンビとはいえ、やはり元勇者だ。

 ステータスが半端ではない。


 くそ。

 眼を覚ましてくれ、勇者。

 どうやったら呪いは解けるんだよ。

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