ゾンビ(元勇者)が私の唇を奪いに来て、うぜぇ!!
桝屋千夏
第1話 勇者(現ゾンビ)が私を追ってくる!
「待て!待って、勇者!私を食っても美味しくないって!」
ここは断崖絶壁。
勇者の形をしたゾンビに襲われ、あれよあれよという間にマウントポジションを取られてしまった。
ゾンビと言えど、さすが元勇者。
あらゆるステータスで、女盗賊の私を上回っている。
賢さ以外は。
いや、ずる賢さ以外は……かな?
何故こんなことになってるかというと話は結構遡る。
******
魔王討伐に失敗した私達は命からがら逃げ帰った。
逃げ帰ったのは良かったのだが、パーティーはボロボロだったらしい。
……らしい。というのは、当時の私は生き絶えていて後から蘇生してもらったのだ。
だから死ぬ前の記憶が結構ない。
メンバーのことも忘れてたぐらいだ。
そして一番最悪なことに、勇者が捕まってしまいゾンビになったと聞かされた。
で、なぜか執拗に私だけを追いかけてくる。
私だけを。
私になんか恨みでもあんのか?
ある時は、川で洗濯してるときに急に川から飛び出してきたり。
ある時は、山で芝刈をしてるときに空からふってきたり。
で、ある時竹藪の中で光る竹を見つけ恐る恐る近づくと、地面からいきなり這い出てきたり。
ちなみに川では蹴飛ばして溺れさせて、山では芝刈の鎌で首を跳ねて、竹藪では竹を切って両目に突き刺して火をつけた。
それでも懲りずにゾンビ勇者は私を追ってくる。
そして不思議なことに、そのどれもが私だけを狙って追いかけてくる。
街中でも、ダンジョンでも、女子トイレでも。
私の隣にはいつも役立たずのちびっこ女僧侶がいるのだが、そいつには一切目もくれない。
目もくれないというか、あまりにちびっこ過ぎて眼中にないのかもしれない。
一応こいつのほうが歳上なんだが……。
しかもこのゾンビ勇者は私に一切手をあげない。
襲いかかっては来るものの、殴ったり何か乱暴なことをしてきたりとかは全然ない。
逆にこっちが殴ったり突き飛ばしたりしても呻き声をあげるだけで、のそのそと追いかけてくる。
が、厄介なのが襲われて捕まってからだ。
やたら私の唇を奪いに来やがる!
まぢでうざい!
臭いしエグい!
キモい!
それ以外に言葉が見つからない。
******
「女賢者に会いに行きましょう」
女僧侶の提案に、私は何の迷いもなかった。
なんでも、最後まで生き残ったのは女賢者らしく、彼女のおかげで全員逃げ帰ったらしい。
ん?じゃあ、女僧侶は何してたんだ?
そんなこんなで私達は旅を続け、ようやくとある酒場で有力な情報をゲットした。
女賢者の居場所だ!
ついに女賢者、ゲットだぜ!!
と、女僧侶と盛り上がっているとなんだか酒場の外がざわつき出した。
逃げ惑う人々の狂乱に満ちた悲鳴がそこらじゅうに響き渡り、魔法を使えない人間が使用したピストルの音が甲高く轟く。
「何事だ?」
「盗賊さん!モンスターだ!モンスターが街に入ってきた」
私と女僧侶は顔を見合せ、いざモンスター退治に行かんと席を立った時、外から壁を殴る音が聞こえた。
ドゴンドゴンと打ち付けられる拳の音。
次第に音は近くなり、ついにはおしゃれな壁が音をたて崩れた。
そしてぽっかりと空いた壁の向こうからゾンビが一体入ってきた。
「「ゆ、勇者!」」
私と女僧侶は声をだして飛び上がった。
まさかもう復活したとは!
実はさっきゾンビ勇者に襲われて逃げてきたばっかりなのだ。
攻撃魔法が使えない私達は物理の打撃に頼るしかない。
故に奴が私を追いかけてる間に、女僧侶が穴を堀り、その穴に上手く奴を落としてやった。
そのあとは女僧侶がよくわからない魔法を唱え、私はひたすらゾンビ勇者に土を被せ生き埋めにした。
ゾンビに生き埋めにしたって表現もおかしいが……。
なのにもう出てきて、私の居場所を見つけ出すとは!
完璧ストーカーゾンビだな!
でも、わからないことが一つだけある。
ゾンビ勇者に襲われて抱きつかれると、なんでか温かい気持ちになる。
懐かしいような。
ポカポカした気持ち。
ちなみに勇者は男じゃない、女勇者。
女の人に抱きつかれてもなんにも感じないのに、どうしてだろう。
ゾンビ勇者の目も、すごく愛しく感じる。
すごく親密な、まるで恋人同士のような。
もしかしたら記憶を失う前は、ゾンビフェチだったのかな?
そんなこんなで私達は壁から来た勇者を背に酒場を後にした。
猛ダッシュで。
しかし、そこはゾンビと言えど、さすが元勇者。
あらゆるステータスで、女盗賊の私を上回っている。
すぐに追い付かれてしまう。
が、そこはずる賢さで勝る私の出番。
まきびしやとりあえず邪魔になりそうなものを撒いてひたすら逃げる。
追い付かれては逃げ、追い付かれては逃げを繰り返しているうちに。
ついに捕まってしまった!
案の定、走る私に背後から飛び付きそのまま私は倒れてしまう。
でも、私達は闇雲に逃げていたわけではない。
あと少し。
あと少しで女賢者の居場所へ辿り着ける。
その前にこいつを何とかしなければ。
私は背後から飛び付いてきたゾンビ勇者のみぞおちにおもいっきり肘を入れた。
多少のダメージはあったのか、呻き声をあげる。
その瞬間、私は素早く地面を這い、ゾンビ勇者から逃れると断崖絶壁へ向かって走った。
「女僧侶!武器だ!太い木とかなんか殴るもん」
「え!!今から買いに行ったんじゃ間に合わないよ!」
でた、ポンコツの役立たず。
誰がこの状況で買いに行くんだよ!
拾ってこいよ!
「そこら辺に木の枝とかあるだろ!殴れそうなもんを、お、うわっ」
女僧侶のポンコツぶりに気をとられたせいで、ゾンビ勇者に捕まってしまった。
そんな私を見てあわあわしている女僧侶。
早く行けよ!!!
******
で、現在。
「やめろ!やめろ、勇者!」
私は渾身の力を込めて、勇者の顔をボコスカボコスカ殴りまくる。
でも勇者には全然効いてないみたいで、意味不明なうめき声をあげてどんどん私の顔に近づいてくる。
「うえー、気持ち悪いー」
ゾンビ勇者の吐く息が嗅げるほどの距離まで顔が近づいた。
まぢで気持ち悪い。
生きたドジョウをそのまま舐めたみたいな匂いだ。
私はゾンビ勇者の顔を必死で押し返すが、ゾンビ勇者も負けじと体重をかけて迫ってくる。
「今だ!女僧侶!」
その声と同時にゾンビ勇者の背後に現れた女僧侶が持っていた棍棒で振り上げた。
そして勢いよくその棍棒を振り下ろし、ゾンビ勇者のお尻をスパンキング。
ゾンビ勇者は一瞬硬直したものの、何事もなかったかのように顔を近づけてくる。
「違うだろ!頭だよ、頭!ケツ叩いてどうすんだよ!」
「え!悪い子にはお仕置きってよく言うじゃないですか!」
「空気読めよ!この状況ならどー考えても頭だろ!」
女僧侶は再び棍棒を振り上げると、せーのっと小さく呟き思いっきりゾンビ勇者の頭に棍棒を振り下ろした。
「グギギャアアアア」
「ひぇーーーーーー」
女僧侶の振り下ろした棍棒は見事にゾンビ勇者の頭にクリンヒットした。
……したのは良かったのだが、横殴りでなく、まっすぐ振り下ろしたため、ゾンビ勇者の顔は勢いよく私の顔面に押し付けられた。
ゾンビ勇者の顔面が私の顔と棍棒に挟まれ、ぐしゃっと音を立てて潰れる。
ゾンビのくせに綺麗な蒼い眼が勢いよく飛び出した。
「ぶぎゃーーーーー」
女僧侶がその目玉を見て雄たけびを上げた。
いや、叫びたいのはこっちだし。
お前、見てるだけだろ!
てか、お前のせいだろ!それ!
私も叫びたいけど叫べない。
叫ぶとゾンビ勇者の汚い唾液やら潰れた顔から流れ出てる何かが口に入ってきそう。
でも今なら、ゾンビ勇者が弱ってる今なら私でも勝てる。
「おりゃーー」
私はゾンビ勇者の腰と腹のあたりを足裏で持ち上げ、そのままの勢いで巴投げのように崖へ投げ飛ばした。
ゾンビだからか、やたらと軽かった。
「……アイシテル……ナンドデモ……」
投げ飛ばす瞬間、私はゾンビ勇者と目があった。
吸い込まれそうなほど綺麗なその蒼い瞳が、どこか懐かしくて心がざわつく。
以前も、記憶をなくす前にも、その蒼い瞳に私は……。
「……アイシテル……ナンドデモ……」
視線が重なった瞬間、ゾンビ勇者は私にそう言った気がした。
その言葉がすごく懐かしかった。
愛おしかった。
胸の奥が、瞳の奥が熱くなる。
いや、風邪だな。
きっと気のせいだ。
ゾンビに愛されるだなんて気持ち悪い。
私は谷底に落ちたゾンビ勇者を確認すると目をぐるぐる回して突っ立っている女僧侶に渾身のスパンキングをくらわした。
「あ、あれ?ゾンビ勇者は?」
「もう終わったよ。さあ、先を急ごう。女賢者の家はこの崖の頂上だ」
私は足元に転がるゾンビ勇者の目玉を踏みつぶし、女賢者の元へと急いだ。
何故、ゾンビ勇者は私を狙うのか。
何故、勇者はゾンビになったのか。
全ての謎は彼女が知っている。
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