第29話 芹沢 颯希のお部屋

「お願いゆうくん。私の汚部屋おへやの片づけを手伝ってはいただけないでしょうか?」


 そう言って俺の目の前で土下座をする颯希ねーちゃんの服装は、およそ土下座をするには相応しくないラフなもので……。

 相変わらず人の前だというのにけしからん身体を隠そうともしない露出過多な服装は目のやり場に困る。

 土下座する颯希ねーちゃんの豊満な双丘そうきゅうが押しつぶされて、魅惑的な絶景を呈している。


「べ、べつにいいけど。頼むから土下座をやめて」


 あと、〝お部屋→汚部屋〟になってるのはなんで?


「あははは……お世辞にも、異性に見せられるような部屋じゃないのよ。まあ、同性でもきついかしら……」


 普段の姿からは想像もできないような、卑屈な笑みに胸がえぐられるような気分を味わう。


「俺には見られてもいいの?」


「ん~、だってね~。今更な感じじゃない?」


 なんだその長年付き添ったほにゃらら……的な言い方。

 いやまあ、たしかに颯希ねーちゃんのだらしなさは認める。俺だって男なわけだし、そう簡単に露出の激しい部屋着でウロウロしないでもらいたい。

 夏杜希も言っていたことだが、颯希ねーちゃんの部屋は散らかっていて汚いらしい。夏杜希が中に入るのを頑なに拒むぐらいに……。


「もちろん手伝ってくれたお礼はするわ!」


 両手を顔の前で合わせて懇願する颯希ねーちゃん。

 むにゅう~、と悩ましげに押しつぶされる胸が扇情的。

 実にいやらしい。

 いい意味でいやらしい!

 まあ、不可抗力だ。勝手に見てしまっているようで申し訳ないのでなるべく目線をそらして、


「わかった。わかったから、上になにか羽織ってくれ」


「やだゆうくんったら。どこ見てたの? エッチだな~」


 ニマニマと蠱惑的こわくてきな笑みを貼り付けた颯希ねーちゃんから確信犯だったことを悟って降参のポーズをあげる。


「そうやって人の弱みに付け込むようなこと、他の人にはやらないでよね」


「あら、私のこと心配してくれるの? 優しいだこと」


 そんな心にもないようなことを言う颯希ねーちゃんのあとに続き、件の汚部屋へと赴くことになった。


 φ


「これは……想像以上だ……」


「でしょう。凄いのよこれ……」


 ずぼらなセクシー系枠に含まれるであろう颯希ねーちゃんは、その例に漏れることなく部屋が汚い。


「定番といえば定番だけど……絵に描いたようなブッ散らかりようじゃねーか」


「あは、あは、あはは……面目ねー」


 こうして入り口に突っ立ってても仕方がない。


「とりあえず、私物と捨てる物を分けようか」


「そうね、そうしましょう」


 流石の颯希ねーちゃんもこの惨状を見られるのには恥ずかしさを感じるのか、言われるがまま作業を始める。

 足の踏み場もない空間に俺と颯希ねーちゃんの入れるスペースを最初に作ってから私物とゴミとを分けていく。


 まあ、その後はお約束の展開が目白押しだったわけで……。


 無造作に手に取った布を広げてみると、


「ひゃあー、これパンツ! それも紐!」


「そんな女の子みたいな声出しちゃって~初心うぶなんだから」


「こういうのはちゃんと仕舞っとけよ!」


「こういうのとは失礼ね。私だって下着ぐらいちゃんと仕舞っているわよ」


 と、パンツを奪い取る颯希ねーちゃんの顔は意外なことに赤く染まっていた。


「恥ずかしいんだったらしっかり仕舞っておいてよ」


 そう言う俺にぶーぶーとブーイングを垂れる颯希ねーちゃん。

 さらに片づけを進めていくと、


「ぎゃー!! またパンツ!!」


 またしても、パンツ。それも以上に面積の少ないパンツ!!

 その後も、隙を見つけてはパンツが発掘される。


「パンツ、パンツ、パンツパンツ!!」


 頭がおかしくなりそうだ。


「あーもう、恥ずかしいからやめて! パンツパンツはしたないんだからね」


「だって、掃除していく端からパンツ出てきたら誰だって驚くでしょ?」


「私だってキッチリ仕舞ってるんだから! どうして脱走してるんだか……自分でも分からないわよ」


 脱走って……かき集めれば一山は出来上がりそうなパンツの山。

 まさか、そう言う趣味でもあるのか?


「べ、べつに趣味で集めてるわけじゃないわよ……あーでも、趣味って言ったら趣味なのか……」


 もごもごと歯切れの悪い。

 穿きもせず、無造作に放置されるパンツ。

 パンツの山。

 というか、片づけをしていて思ったのは、あまり女の子の部屋って感じがしないのだ。

 まるで作業場? ベッドを別にして何か一つの用途に特化したみたいな、ガレージ?


 その答えは片づけがほぼほぼ終わったころに分かった。


「こ、これは!?」


 今、俺の手にはフィギュアが握られていた。

 ただのフィギュアではない。

 褐色の美少女。

 競泳水着をきた褐色の美少女だ。

 その造形の美しさにわなわなと震えていると、


「ふふふ、ついに見つけたわね。そう! それこそが私が生業にしているもの。趣味、の一言では語り尽くせない情熱を捧げている崇高なるもの」


 その言の堂々たるや、颯希ねーちゃんの意外な一面を目の当たりにして絶句である。

 いままで異常なまでに芹沢さんに執着もとい――溺愛していたのは傍から見ても明らかだった。

 だが、颯希ねーちゃんはそれだけでは自身の愛を表現し切れなかった!


「『1/16スケール 褐色美少女みずにゃん』の競泳水着コスVer.』今年の新作になります」


 うやうやしく掲げられた褐色猫耳美少女のフィギュア。

 それはフィギュア造りを趣味にしている颯希ねーちゃんの渾身の一作。

 象られているのはどこからどう見ても芹沢さん。


「美水希ちゃんの可愛さ。それを永遠の形に収める。私はみんなに愛される美水希ちゃんが大好きなの!」


 狂信的なまでに溺愛する妹のことを愛しすぎたが故の偉業。

 あるいは異形……。


「いやまあたしかに、これは可愛いけどさ」


じゃない! この娘はみずにゃん!! 間違ってもモノ扱いしないで!!」


 目をキリッと吊り上げて詰め寄ってくる颯希ねーちゃんの熱気が! 圧が! 凄い。

 ちょっと恐ろしさを感じるけど、それだけこれ……この娘を愛している。

 その情熱だけは伝わってくる。


「最初はほんと、ちょっとした出来心って感じだったんだけど。やり始めたらこれがどうして。面白くなっちゃって。今ではこの仕上がりになるまで上達しちゃった」


「上達って、そんな簡単なものでもないでしょ」


「そりゃそうよ。でもね。自分の手で一から美水希ちゃん――みずにゃんを作ってると思うと……ぐふふ、こう胸の内からぶわーって来るものがあるのよ」


 あーなんだろこれ。踏み込んではいけない領域に到達しているっていうのか……。

 陶然と顔を蕩けさせている颯希ねーちゃんを見て、なんともいえない気持ちになる。


「ところでゆうくん」


 この場は見なかったことにして颯希ねーちゃんの部屋を去ろうとしたその時、ぎゅっと肩を強くつかまれる。

 ぎぎぎ、と錆び付いたロボットのように振り向くと、瞳を妖しく光らせた颯希えーちゃんの妖艶な笑みが目に入ってきた。


「このことは、決して他言しないことよ。特に! 美水希ちゃんには、絶対に! ぜったいに! だからね」


「は、はひぃ!!」


「分からばいいのよ。それとこれは今日片づけを手伝ってくれたお礼」


 そう言って胸ポケットにあるものを滑り込ませてくる颯希ねーちゃん。

 それはたしかにご褒美。

 それと共に、颯希ねーちゃんと共犯になる烙印。


 俺はまだ知らなかった。このことが、まさかあんな事態を招くとになるとは……。


「いやいやまあまあ、そんな大袈裟なことでもないでしょ。ありがたく貰っておきなさいってば」


 今日はありがとねー、と颯希ねーちゃんは扉の内側に消えていった。

 あとに残された俺は……ここでじっとしていても仕方がない。

 颯希ねーちゃんから頂いた戦利品を胸に自宅に帰還する事にしたのであった。

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