第28話 芹沢 夏杜希はカラスと踊る。
「かー、かー、か~~~~~~~ぁ」
とある日の夕方。学校からの帰り道でのこと。
特徴的なツインテールが揺れ動く女の子の背中が視界に入った。
「かー、かー、か~~~~~あ~~~~~~」
その娘は空に向かって、しきりに奇声を発していた。
ぶっちゃけ見なかったことにしてこの場を去りたいが、まあ、そういうわけにもいかないか……。
「おい、夏杜希。いったいなにしてんだ?」
「あ! あーちゃん。こんなところで会うとは奇遇だな」
「奇遇もなにも帰り道かぶってるよね?」
ん? と不思議そうに首を傾げる夏杜希は挨拶もそこそこに、再び空に向かって「かー、かー」言い出した。
言う、というか鳴くって言ったほうが正しいだろう。
夏杜希の声に反応したのか、ちょっと上の方から〝カー、カー〟という鳴き声が返ってきた。
「お! 返事が返ってきた。つーか、カラスとしゃべるのか?」
「なにいってるんだ? カラスはしゃべらないだろ?」
これまた、きょとんとした反応を返してくる夏杜希。愛らしく小首をかしげるのは可愛らしいが、そういう反応されると無駄に傷つくからやめて。
「わたしは『ボス』に挨拶をしていたんだ」
それから「かー、かー」鳴き真似をする夏杜希。それに呼応して〝カー、カー〟というカラスの鳴き声が返ってくる。
? だからそれを会話しようとしているのでは? と思うけど、
「音は記号のようなものなんだよ。こうして、わたしはここにいますよ、って合図を送ってるんだ」
うぐ……。こいつごく
アホの娘と
まあ、カラスと意思疎通を図ろうとするあたり不思議ちゃんの要素も見え隠れするわけで。
「そういうのは個性があって俺は好きだけどな」
「にゃはは~、あーちゃんはホントわたしのことが好きだな」
つい口に出てしまった言葉に照れ照れとした反応を見せる夏杜希。
いやまあ……妹として。
あくまで、可愛い妹として好きなんだがな。
もじもじと女の子女の子した可愛らしい仕草でそう返されても困る。前髪の行方を
ちくしょう! ちょっと可愛いじゃないか! ドキッとするじゃないか!
「ところで、その『ボス』ってのはいったいなんだ?」
「『ボス』はねー。あそこの木の上にいるんだ」
夏杜希が指差す先を見ると、そこには一羽のカラスがいた。
その辺で見かけるカラスと違って少し大きいように思える。
たたずまいも只ならぬ雰囲気を
「『ボス』はこの辺り一体を支配している
「おさ? え? カラスが? だから『ボス』なのか?」
頭の中で疑問符が飛び交って混乱する。
たしかに、威厳があるような……泰然自若というか……。
よく見ると『ボス』の片目には傷がある。
三本ライン。
何かに爪で引っかかれたような傷跡だった。
「かつてここら一帯を荒らしまわる猫の集団がいたんだ」
なにやら夏杜希が語りだした。
その目は
「その猫たちはゴミ置き場を荒らしまわって、街のみんなを困らせていた」
壮大な雰囲気を
「そんなとき、空から現れたんだ」
ごくりと生唾を飲み込む音が大きく鳴った。
「天高く飛翔した『ボス』は急降下して、ゴミ置き場を荒らす猫たちに戦いを挑んだ」
「え? 普通カラスだってゴミ漁って迷惑かけるものじゃ……」
「瞬く間に猫たちを蹴散らした『ボス』」
あ、なんか変なスイッチ入っちゃったっぽい。
「しかし、猫たちを従えていたリーダー格の三毛猫が『ボス』にその鋭利に研ぎ澄まされた
熱に浮かされた夏杜希はその後も『ボス』の武勇伝を披露し続けた。
俺はなんとも
夏杜希の語りが思いがけず上手で、やたらに装飾され煌びやかに展開されていく世界に魅了されたのだ。
「そうして『ボス』は誇り高き孤高の鳥として、この街一帯を見守る
時間も忘れて話しにのめりこんでた俺たちの間で、なにか心を揺さぶるような感動が共有された。
熱く語っていた夏杜希は一大叙事詩を謳い上げた吟遊詩人のようであり、その顔は清々しさに包まれていた。
「感動した~!『ボス』めちゃくちゃかっけーです!」
俺は弾けんばかりの拍手を送って、『ボス』の物語を賞賛した。
「そうなんだよ。『ボス』はカッコいいんだ」
だからこうして「かー、かー」と挨拶を繰り返すのだ、と夏杜希は言った。
はたして、そんな夏杜希に呼応したのか『ボス』はふわりと下降してきて彼女の小さな頭の上に乗った。
「はわわわわ~あーちゃん!『ボス』が!『ボス』が!」
『ボス』の応対に感極まった夏杜希が声を震わせる。
それは、人と動物とが
俺たちは今、種を越えた絆を結ぼうとしていた。
「って!? 痛っ! 痛い! 痛いよ『ボス』!!」
と思ったのもつかの間、夏杜希は頭に乗った『ボス』にそのトレードマークともいえるツインテールを
「ああー、あ~ちゃん~、助けて、助けてよー」
引っ張られる髪が痛いのか、はたまた大自然の驚異に
カラスに襲われる夏杜希はじたばたとツインテールを振り乱して、しばし暴れまわるのだった。
それはまるで、
夕日に焼ける街の中に少女の悲鳴がこだまするのであった。
「あ~ちゃ~ん~!!!!!」
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